多くの企業が注目し、世の中のスタンダードになりつつある「ウェルビーイング」。では、企業が「ビジネス」と「ウェルビーイング」を直接的に結び付け、新しい事業を生み出していくにはどうすればいいのだろうか。
博報堂と大手マーケティングリサーチ会社の株式会社マクロミルとの合弁会社である「QO株式会社」は、2024年10月に「ウェルビーイングビジネス受容性調査」の結果を公開した。生活者が求めるウェルビーイングなサービスの受容性を評価し、新しいビジネスの可能性を明るく照らし出す、ウェルビーイング産業に携わる企業・団体にとって非常に興味深いレポートになっている。
今回はQO株式会社 代表取締役社長の恒藤優さん、同社マーケティングプランナーの木村なみさん、Wellulu編集長の堂上研と左達也の4人が、調査レポートを読み解きながらウェルビーイングとビジネスとのつながりについて語り合った座談会の様子をお送りする。
恒藤 優さん
QO株式会社 代表取締役社長/株式会社マクロミル 執行役員
木村 なみさん
QO株式会社 マーケティングプランニング本部/マーケティングプランニング部/ マーケティングプラニングU/マーケティングプランナー
前職では、商業施設のマーケティング戦略立案や不動産・飲料・金融などを中心としたプランニング業務に携わる。QO株式会社に入社後はウェルビーイング研究に参画。グラフィックレコーディングの手法を用いたディスカッション内容の可視化・共有を得意とする。
堂上 研
株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu 編集長
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。
https://ecotone.co.jp/
左 達也
Wellulu 編集部プロデューサー
福岡市生まれ。九州大学経済学部卒業後、博報堂に入社。デジタル・データ専門ユニットで、全社のデジタル・データシフトを推進後、生活総研では生活者発想を広く社会に役立てる教育プログラム開発に従事。ミライの事業室では、スタートアップと協業・連携を推進するHakuhodo Alliance OneやWell-beingテーマでのビジネスを推進。Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。毎朝の筋トレとランニングで体脂肪率8〜10%の維持が自身のウェルビーイングの素。
生活者を深く理解する=「ウェルビーイング」へと結びついていく
堂上:今回のテーマは「ウェルビーイングとビジネス」です。「ウェルビーイングなビジネス」について考えると、そのほとんどが「nice to have(あったら良いな)」であり、「must have(なくてはならないもの)」にはなっていないように感じています。
恒藤:ウェルビーイングを追及すると、ビジネスには結びつかないと言われることもありますよね。
堂上:そうなんです。しかし私たちは、ウェルビーイングとビジネスが同じベクトルで進んでいけるようにチャレンジしていかなければならない。そういう意味でも、今回の調査はとても興味深いです。
左:そもそもQO株式会社さんが「ウェルビーイングビジネス受容性調査」を実施した背景を教えてもらえますか?
恒藤:QO株式会社は社内向けに、「生活者ラボ」という研究機関を持っています。この機関は、特にウェルビーイングというテーマに限定して研究しているわけではありません。しかし、生活者のインサイトや消費トレンド、トライブといわれるようなセグメントを追いかけていくうちに気づいたことがあります。
それは、どこからスタートして、どう研究を進めていっても、行き着くのは「生活者のウェルビーイング」だということでした。
左:最終的に「ウェルビーイング」につながるわけですか!
木村:そうなんですよ。生活者がどのように考えて、行動しているのか。理解できるように深く突き詰めていくと、最後は「ウェルビーイングであるため」に結びつくんです。
堂上:結果、ウェルビーイングを研究するラボになっているんですね! ウェルビーイングについて調査する際に、どう定義するのかというのは重要ですよね。例えば、「あなたは今、幸せを感じていますか?」という聞き方と、「あなたは今、他の人よりも幸せだと思いますか?」という聞き方では、まったくスコアが変わってきます。主観的なウェルビーイングなのか、客観的なウェルビーイングなのか、一言で変わってきてしまうんですよね。
近年では「人とのつながりから、ウェルビーイングを感じているか」とか、「組織・コミュニティの中でウェルビーイングを感じているか」といった、細かく解像度を上げた調査が行われるようになってきたように感じます。
恒藤:その通りですね。今回の調査でフォーカスしたのは、「ウェルビーイングなサービスは、ビジネスとして成立するのか」。そのためには、生活者の多様な「幸福のあり方」を知り、ニーズに合ったものを提供していく必要があると考えました。そういった経緯で、株式会社ECOTONEと共同で実施したのが「ウェルビーイングビジネス受容性調査」だったんです。
恒藤:また、事業会社でマーケティングに携わる方々からも、良く訊かれるようになってきたのは「私たちが行っている商品開発やサービス提供が、果たして生活者のウェルビーイングにつながっているのか」という問題意識でした。
堂上:今は、ビジネスサイドもウェルビーイングとの共生について、問いを持ち始めているタイミングだということですね。
恒藤:そうですね。私たちも、ウェルビーイングとビジネスがつながり始めていると感じているんです。
ウェルビーイングを阻害する3つの要因とは?
堂上:では、調査の内容について議論していきましょう!
恒藤:まずは日本人の幸福度に関する調査結果です。現在の自身について「幸せな方だと思いますか?」という問いに対して、「とてもそう思う」「ややそう思う」と回答した人は全体の「66.8%」に上り、3人に2人が幸せだと感じているという結果になりました。
恒藤:さらにその中でも、特に「幸せ」を感じている人が多いセグメントは以下のようになりました。
恒藤:若い世代である10代や学生の方たちが幸せを感じているというのは、未来への希望にあふれているというのがベースにありそうです。
左:「60代~70代」は、多くの方が会社の定年を迎えて、子どもたちも独立して、落ち着いた幸せを手に入れた世代なんですかね。
堂上:「専業主婦・主夫」の方や、女性がより幸せを感じている傾向もあるんですね。逆に、30~50代男性の現役世代があまり幸せを感じられていないとも言えます。特に、男性と女性とでウェルビーイング度に違いが生まれるというのはどういったことなのでしょうか?
恒藤:まず、「女性性」として、対人能力の高さがあげられるので、その観点は影響していそうだなと思いました。
左:人と関わって、コミュニティを作るのは上手い方が多いですよね。
木村:女性は様々なコミュニティに属することで、新しいことを発見する機会が増えているのかもしれません。
堂上:結婚・出産を経て子ども関係のコミュニティも広がりますよね。木村さんも様々なコミュニティの中で、ウェルビーイングを感じることは多いのですか?
木村:私はどちらかと言えば、自分一人で作業しているときにウェルビーイングを感じるタイプかもしれません。私は漫画が大好きで、自分でも漫画を描いているのですが、その時が一番ウェルビーイングを感じます。
左:ご自身で描かれているんですか! 特にどんな瞬間がウェルビーイングなんですか?
木村:例えば、漫画を描いているときに「このキャラクターは、昨日よりも上手く描けたかも」とか「昨日よりも早く描けたかも」と、自分の成長を感じたときですね。
堂上:なるほど! 日々の成長を実感することが、自らをウェルビーイングに導いているんですね。
私はウェルビーイングを阻害する要因は、大きく3つあると思っているんです。1つは「孤独」。先ほどの調査からも、「家族と同居」している方が幸せを感じているという結果が出ていますよね。人とのつながりを持たず「孤独」な状態というのは、ウェルビーイングを感じにくいのだと思います。
2つめは「時間の制限」です。例えば、レポートや仕事に追われて、余裕なく過ごすというのはウェルビーイングを阻害する要因になります。
最後が「居場所」。例えば、会社の中に自分の居場所がない状況では、人はウェルビーイングになれないんですよね。木村さんの話は、この「居場所」という話にもつながるかもしれません。会社での日々の業務とは別に、漫画を描くという「自分の居場所」があることがウェルビーイングに影響しているのではないでしょうか。
「新たな気づき」がウェルビーイングとビジネスの懸け橋になる
恒藤:「家族」「時間的な自由」「居場所」の3つというのは、大きなキーワードになりそうですね。調査の中でも、その3つに「食生活」と「住空間」を加えた、5つの要素への満足がウェルビーイング度によって大きく異なるという結果が出ているんです。
左:「食」も確かに重要ですね。私もバランスの良い食事には気をつけています。
堂上:「自分らしくいられる居場所がある」ことがウェルビーイングにつながる、と数値で示されているのは非常に面白いですね。さらに深堀りすると、1つしか居場所がない人よりも、複数の居場所を持っている人の方がウェルビーイングだという話もあります。
恒藤:仕事に関しては、例えば自由に副業ができる仕組みがあると、複数の居場所が作られていきますよね。
堂上:外とのゆるやかなネットワークを持つことは、イノベーションが起こりやすい環境にもつながります。企業にも大きなメリットがあると思うんですけどね。
木村:また、幸せな人が意識していることは、「食」よりも「睡眠」や「運動」が上位に来ているというデータもあるんです。
堂上:この調査で大切だと感じているのは、「新しい発見」や「人との出会い」、「挑戦できる環境」「おいしい食事」など、ニューネスのジャンルに関することです。ここには「気づかないことにさえ、気づいていない」という状態が存在していて、気づいていなかったことに初めて気づいたとき、人はウェルビーイングになるとわかってきたんです。
商品開発・事業開発において、もっとも大切なのは「気づかなかったことに気づけるかどうか」。新たな発見・発明が、世の中に本当に必要なサービスを生み出す過程には不可欠だと思います。さらに言えば、新しい体験を提供するサービスは、生活者をウェルビーイングに導くビジネスになるということですよね。
恒藤:例えば「睡眠」の専門家がその人にとって最適な睡眠法を教えてくれるような、新しい気づきを与えてくれるサービスですね。
堂上:そうですね! 自分にとって必要な睡眠時間や、睡眠時の調光、お酒の量などを指導してくれる。自分だけでは知り得なかったパーソナライズされた情報を教えてくれるというのは、まさにウェルビーイングなビジネスだと思います。
恒藤:今回、受容性を検証したウェルビーイングなサービスアイデアの中でも、「カウンセリングつき睡眠データ計測サービス」は、多くの人が興味を示してくれる結果になりました。
左:やはり「睡眠」に関することには、生活者の関心が寄せられているんですね。
木村:アンケートの中にも「新しい自分を発見したい!」という声があります。睡眠に限らず、ファッションや有効な時間の使い方など、気づきを与えてくれるサービスには可能性を感じます。
堂上:特にパーソナライズしてくれるというのは、ウェルビーイングにとって重要ですよね。「あなたにとっては、これがベスト」と言ってくれるのは、多くの人にとってうれしいサービスです。
恒藤:例えば、家事代行というのは、パーソナライズの究極かもしれないですね。自分にとって、一番必要な家事をサポートしてくれるのは魅力的だと思います。
堂上:当然「新たな気づき」をビジネスとして確立するには、価値に対する費用対効果の議論も必要です。家事の代行に支払えるコストと、ファッションのアドバイスに支払えるコストは人によっても変わってきますよね。その中で、今後さらに面白いサービスが生まれてくることに期待しています。
生活者に寄り添う「マーケティング」は、幸せを広げる
恒藤:ウェルビーイングなサービスへの受容性には、男性・女性、年代別にも傾向の差があることがわかりました。特に「睡眠」に関するサービスは、男性を中心に幅広い年齢層において、関心を集めていますね。
左:睡眠データ計測サービスが多くの生活者から注目されているのは、どういった要因が考えられるのでしょうか?
恒藤:「睡眠の質」について課題を持っている方が多いことや、そのための方法が「自分だけでは分からない」といった声があがっていましたね。
左:Z世代のウェルビーイングについて調査しても、「睡眠」についての課題は上位に来ているんですよね。
堂上:睡眠の質というのは、ライフスタイルに多大な影響を受けると思います。例えば、私は冷房があまり好きではないのですが、子どもたちは暑がりで冷房をつけたがるんです。私は寒い部屋で寝ると睡眠の質が下がってしまうので、自分の睡眠環境をいかにして整えるかが本当に難しいんですよね。
そういった自分の体験から考えても、睡眠データを計測して、ベストな睡眠環境をアドバイスして貰えるサービスにニーズが集まっているのは非常に理解できます。
恒藤:男性はデータ計測して数値を見るというのが好きな人が多い傾向もありそうですよね。
堂上:14のサービスコンセプトの中で、お2人が気になったサービスはありますか?
恒藤:私は「食事写真にもとづく食生活診断/提案サービス」ですね。料理をするのが大好きで、家族の中でも料理を担当しているんです。
料理をするのは楽しいんですが、ゼロから献立を考えるのはなかなか大変なんですよね。こういった食事に関するサービスで、メニューを提案してもらって、栄養バランスや彩りを整えられるなら使ってみたいと思いました。
堂上:私も子どもたちのお弁当をよく作るのでわかります。バランスの取れた献立を考えるのは、大変ですよね。
木村:私が気になったのは「ヒーラーのガイドつき瞑想体験」ですね。これと少し似ているのですが、私は地域の太極拳教室に通っているんです。やはりきちんとした先生がついて、正しい手順で新しいことを学ぶ体験というのは、貴重ですよね。たくさんの人と一緒にみんなで同じ動きをしながら学んでいくというのも大切だと思います。
堂上:みんなで一緒に取り組むからこそ、続けていける、習慣化できるというのもありますよね。この「習慣化」というのも、ウェルビーイングにつながるビジネスを考える上で重要なキーワードだと思います。
恒藤:実は先日、リサーチという仕事もウェルビーイングにつながるビジネスなのではないかと気づかされる出来事があったんです。京都の高校で、リサーチ講座を提供する機会があったのですが、そこでの学生からの言葉がきっかけでした。
堂上:どのようなことを授業したのですか?
恒藤:世の中で、リサーチがどう使われているのか、リサーチ結果を使ってマーケティング会社がどういったことを考えるのかについて講義しました。講義後のアンケートで、学生の一人が「今まで、データサイエンスやマーケティングという言葉は聞いたことがありましたが、どんな仕事なのかイメージができていませんでした。人に物を売ることだけを考えるのではなく、人を喜ばせるために物事を考える、世の中に幸せを増やす仕事なんですね」とコメントを書いてくれたんです。
左:生活者に寄り添うのが、マーケティングだということですね。
木村:「仕事は、ただ大変なものだと思っていましたが、今回の講義で考え方が変わりました」と答えてくれる学生もいて、この仕事をやってきて良かったなと感じることができました。
堂上:学生たちにとっても、とてもいい授業だったんでしょうね! 本日はウェルビーイングとビジネスを紐づけていくための有意義な議論ができたと思います。ありがとうございました!
2012年、株式会社マクロミルに入社。アカウントマネージャーとして商品開発、コミュニケーション戦略設計、マーケティング計画の策定などに従事する。2019年に株式会社博報堂との合弁事業立ち上げに伴い、株式会社H.M.マーケティングリサーチ(現QO株式会社)へ執行役員として出向。事業責任者として統合組織を牽引し、事業戦略および中期経営計画の策定、新規事業開発などを担当する。2022年より現職。