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【石戸奈々子氏】テクノロジーで子どもの共創の場を創る。多様性時代における教育のウェルビーイングとは

インターネットやスマホが当たり前の時代となり、教育の分野でも「デジタル教育」に関心が高まっている。実際、自身が小中学生だった頃とは全く違う教育のあり方に、戸惑う親も多いのではないだろうか。

今回ご登場いただいたのは、慶應義塾大学の教授や、NPO法人CANVASの代表などさまざまな分野で活躍中の石戸奈々子さん。大学でデジタル分野に出会ったという石戸さんは、まさに「プログラミング教育」や「デジタル教科書」を主流にした第一人者だ。

多様性が叫ばれる現代における、子どものウェルビーイングとは。Wellulu編集部プロデューサーであり、そして自身も3人の子どもを持つ父親である堂上研が話を伺った。

 

石戸 奈々子さん

慶慶應義塾大学教授 博士(政策・メディア)/B Lab所長/一般社団法人超教育協会理事長/CANVAS代表

東京大学工学部卒業後、マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員研究員を経て、NPO法人CANVAS、株式会社デジタルえほん、一般社団法人超教育協会等を設立、代表に就任。株式会社松屋社外取締役。
総務省情報通信審議会委員など省庁の委員やNHK中央放送番組審議会委員を歴任。デジタルサイネージコンソーシアム理事等を兼任。政策・メディア博士。

■著書
『子どもの創造力スイッチ!』(フィルムアート社/2014年)
『デジタル教育宣言』(KADOKAWA/2014年)
『プログラミング教育ってなに?親が知りたい45のギモン』(ジャムハウス/2018年)
『日本のオンライン教育最前線──アフターコロナの学びを考える』(明石書店/2020年)
『賢い子はスマホで何をしているのか』(日経BP 日本経済新聞出版本部/2021年)
など多数。

堂上 研

Wellulu編集部プロデューサー

1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。

自由な校風の学校生活で得た主体性と実行力

堂上:『Wellulu』を立ち上げてさまざまな読者の方から感想をいただくうちに、子どものウェルビーイングや多様性について興味を持っている方が多いことがわかりました。そこで、まさにそれらの分野でご活躍されている奈々子さんにお話をお伺いできると、今日はすごく楽しみにしていたんです。

石戸:そうですか! ありがとうございます。よろしくお願いいたします。

堂上:今ではさまざまな活動をされている奈々子さんですが、小さい頃のお話を伺ってもよろしいですか? どんなタイプの子どもでした?

石戸:そうですね……私は下町生まれの、ごく普通の子どもでしたよ。ただ、今の活動にもつながっている話で言うと、「やりたいこと」をベースに自分の道を決めてきたタイプでした。たとえば、私は日本の大学を卒業した後に、マサチューセッツ工科大学のメディアラボに入ったのですが、当時はよく「昔から留学したいと思っていたんですか?」と聞かれました。でも私は留学がしたかったのではなくて、あくまでもメディアラボに入りたかっただけなんです。

堂上:留学することが目的ではなかったんですね。

石戸:はい。メディアラボを出てから就活をせずにNPO法人を立ち上げた時も、「起業に興味があったんですか?」と聞かれたりもしたんですが、起業がしたかったのではなくやりたいことを実現するための手段が起業だったんです。大学を選んだ時も「〇〇大学に行きたい」ではなく、「航空宇宙学科がある大学に行きたい」というのが軸でした。

堂上:そうだったんですね。やりたいことを見つけてそれに向かって頑張ったわけですよね。その行動力と実行力は素晴らしいと思います。

石戸:ありがとうございます。じつは卒業した中学・高校が、かなり自由と主体性を重視する学校だったんです。いわゆる世俗的な幸せという価値観に囚われず、「自分の幸せとは何か?」を自分で考え、決断し、それを得るために行動するということが推奨されている環境でした。

当時の同級生を思い返してみても、自分の力で幸せを掴み取る力の強い人が多い印象を持ちます。

堂上:なるほど。素晴らしい学校ですね。そちらの高校を卒業されてからは、東京大学に進学されたんですよね?

石戸:はい。ずっと宇宙に関わる仕事をしたいと思っていたので、東京大学の工学部に進んでロボット工学を勉強していました。そこでたまたま受けた授業でメディアラボについて知り、とても惹かれてデジタルの世界に入ることに決めました。

堂上:昔から好奇心は旺盛だったのでしょうか。

石戸:どうなんでしょう……。でも、それまでしつこく「宇宙に関わる仕事がしたい」と思っていたのに、メディアラボに立ってみたら「私が目指すのは宇宙ではなくて、メディアラボだったんだ」と直感的に思ったんです。

どちらも未知の世界に対する好奇心を刺激されるのは同じだけれど、すでにある世界を探索する宇宙という分野に対して、デジタルは自分で世界を創っていくものですよね。そこに惹かれたんだと思います。

1,000万人の小中学生のクリエイティビティ底上げを目指して

堂上:メディアラボを出られてからは「キャンバス(NPO法人CANVAS)」を立ち上げられたんですよね。そのきっかけは何だったのでしょうか。

石戸:メディアラボに入った時に、ラボ自体が持っている「場」の素晴らしさに衝撃を受けました。人種も年齢も専門分野も多様な人々が集まっていて、みんながフラットな関係の中でディスカッションしながら研究を進めていました。思い立ったら何でも創れる環境が整っていたり、非常識といわれることにどんどん挑戦したり、新しい価値を創ることに最大限の賞賛の言葉が贈られる環境でした。

また研究室にこもるのではなく、技術と社会との接点を模索し、新しい価値を生み出している点も魅力でした。理想的な創造の源泉がここにあるなと思ったんです。「いつかこういう場所を創りたい」と思ったのがきっかけです。

堂上:本当に素晴らしい環境だったんですね。

石戸:はい。それと同時にメディアラボでは、ちょうど私が入った時に「OLPC(One Laptop per Child)」という世界中に100ドルのパソコンを配ることによって学びの改革をするプロジェクトの構想を立ち上げた頃でした。

この背景には「子ども自身が好きなことに夢中になって、自分の手で創りながら主体的に取り組むことによって、本当に意味のある学びが実現できる」という考えがあるのですが、これにすごく感銘を受けたんですよね。日本でそれをやりたいと思って立ち上げたのが「CANVAS」です。

堂上:そういう背景や想いがあったんですね。僕は10年ほど前に、奈々子さんと知り合って初めて「CANVAS」を知ったのですが、子どものクリエイティビティを高めるための素晴らしい仕組みだなと思いました。

石戸:ありがとうございます。日本は知識を暗記するという学びにおいては、本当に世界に誇る教育をこれまで提供してきたけれど、色々な人とつながってコミュニケーションを取りながら自分で考えて新しい価値を創っていく、いわゆる創造表現型の学びが、じつはすごく少なかったんですよね。

堂上:たしかにおっしゃる通りだと思います。

石戸:その一方で、新しいものを創り出すことは人間が生きていることそのもので、本能や根源的な喜びに近いものだと思います。そういう、これまであまり重要視されてこなかった部分に対して、新しい学びのあり方を提供するきっかけになればと思ったんです。

NPO法人にしたのは、未来の子どもの教育を考えることを学校や家庭だけに任せるのではなく、産官学民みんなで連携してやりたかったからです。

堂上:「CANVAS」の取り組みは本当に素晴らしいと思うのですが、今でこそ「子どものクリエイティビティ」という言葉が理解され始めているものの、当時はまだまだ世の中にそんな風潮はありませんでしたよね。

石戸:おっしゃる通りです。「CANVAS」は、主体的で協働的で創造的な学びの場として「遊びと学びのヒミツ基地」というキャッチフレーズで2002年に始めたのですが、当時は全然理解していただけませんでした。「子どもにデジタル機器を持たせるなんて……」「クリエイティビティを高めるということは、アーティストを育てたいんですか?」という声もたくさんありましたよ。しかし私たちがやりたかったことは、すべての子どもたちの創造力の底上げ活動でした。

もともとは学校と協同で進めていこうと思っていたのですが、当時の学校は今よりさらに閉鎖的で、立ち上げたばかりで実績のないNPO法人ということもあって怪しまれてしまったんですよね。

堂上:想像に難くないです……。いくら価値があるものとはいえ、受け入れられるのはそう簡単なことではありませんよね。

石戸:まずは自分たちで学校外の活動を始め、学校の外からアプローチして学校とつながろうと思いました。「CANVAS」の活動のひとつの象徴となる企画として「ワークショップコレクション」があります。教育と聞くとどうしても閉鎖的で真面目な印象がありますが、新しい学びをポップに楽しく、ファッションショーみたいな感覚で伝えていけれたらと思って、ワークショップの博覧会企画として始めました。徐々に広がっていき、結果的に2日で10万人もの方が来てくださるようなイベントになりました。今では色々な地方で開催されていて、それぞれ数千人、数万人規模になっています。

堂上:すごいですね!

石戸:それでも、当時ワークショップという言葉は全然主流ではなかったので、「勉強会」と表現されていましたけどね(笑)。

堂上:今でこそ、そういった活動が大切だという風潮が広まりつつありますが、当時は「なにそれ?」みたいな雰囲気だったのでしょうね……。

石戸:そうでしたね。そういった経緯で始めた「CANVAS」ですが、8年間くらい経った時に、50万人の子どもたちにしかアプローチできていないと気づいたのです。我々のワークショップの考え方への理解が得られない頃から比較して、広がっていく感覚は持てたのでもちろん満足度はあったのですが、それでも「50万人にしか届いていないのか……」と思ったんです。

堂上:50万人! 十分な気がしますが……。

石戸:日本の小中学生は1,000万人いるんです。もともとの私たちの目標が「日本中のすべての子どもたちのクリエイティビティの底上げをしたい」というものだったので、そういう観点で見ると全然足りなくて。

それで、2010年に学校の中での学びを、思考・創造型の学びに変えていくことにチャレンジする活動を始めました。2005年に提案した「デジタルランドセル構想」として、プログラミング教育の必修化やデジタル教科書の導入、1人1台情報端末を持って学ぶ環境の整備を推奨し始めました。当時はなかなか進まなかったんですが、10年ほど経ってコロナ禍の影響もあり、ここ数年で一気に実装が進みました。

堂上:今ではある意味主流となった教育のあり方が実現したわけですね。

石戸:我々の提案の実現に目処が立った2018年、そこまでの活動は社会の、世界の教育へのキャッチアップにすぎないけれど、同時並行で最先端の学びを創ることにもチャレンジしたいと考え、31の業界団体の集まりとして「超教育協会」を立ち上げました。

さらにいざ学校に入ってみると、不登校の問題や子どものウェルビーイングの低さといったとても深刻で大きな取り組むべき他の課題も見えてきました。そしてその背景のひとつに、脳の多様性というものがあります。より多くの子どもが自分に合った学びを得るためには、一律の学びではなく、一人ひとりに最適化された学びが欠かせません。

そしてこれは、子どもだけでなく大人にもいえることですよね。脳・神経はひとりひとり違う。みんな世の中の感じ方、捉え方は違う。そのダイバーシティを大切にした学び方、働き方、生き方を実現したいなと思って、「ニューロダイバーシティプロジェクト」をスタートさせました。

どんな人でも生きやすいよう選択肢の多い社会を創りたい

堂上:ニューロダイバーシティプロジェクトについて詳しくお話を伺えますか?

石戸:もちろんです。ニューロダイバーシティプロジェクトは、「一人ひとりが力を発揮できる社会を構築する」ということをミッションに2023年からスタートさせた、超多様社会を実装するためのプロジェクトです。

堂上:まさにウェルビーイングな取り組みですね。

石戸:ニューロダイバーシティは、人種や年齢、性別などのさまざまな多様性の中でも、脳や神経に由来する多様性を指します。脳、神経の違いにより、個々の人々が異なる特性を持ちます。その多様性を相互に尊重し、その違いを社会で活かし、社会的な包摂を促進していこう。それがニューロダイバーシティプロジェクトです。

社会には、生きづらさを抱えている人が多くいます。どうにも社会と折り合いがつかず、居場所がなく、苦しんでいる人がいます。そこには脳の多様性が背景にあることが明らかになってきました。そして十分に力を発揮できず、さまざまな場面で困難に直面してしまうと、時に、個人の特性が問題かのように捉えられることがあります。でも人々が抱える生きづらさは、個人の特性と環境の相互作用によって生じるものです。私はそういう理解が広がるとともに、多くの人にとって、自分が生きやすくなるような選択肢が多い社会になればいいなと思っているんです。

もともと、ニューロダイバーシティは自閉症スペクトラム症の当事者の方の権利運動として始まったものです。しかし、障害と健常、病気と健康がはっきり分かれるわけではなく、そこは地続きです。だから障害や病気と言われていなくても、先天的に現代社会に生きづらさを感じる人もいます。環境に恵まれず社会不適合を起こし、精神疾患等を発症する人もいます。

脳は一人ひとり違うのだから、ニューロダイバーシティの考え方はすべての人に当てはまるのだと思うので、私たちは広義のニューロダイバーシティとしてすべての人を対象として活動をしています。ニューロダイバーシティは、あらゆる人が自分らしく豊かに生きていく上で重要な考えなのです。そしてその考え方の普及は、全ての人の新たな創造性を引き出し、社会全体の発展に寄与できると考え、その実現に取り組んでいます。

堂上:なるほど。僕自身ウェルビーイングに関して取り組んでいる中で、「誰も取りのこさない」というボーダレスな社会づくりの話もよく聴くのですが、まさに全ての人を受け入れた社会ですね。みんなが違って良い、という感じでしょうか?

石戸:一人ひとりが力を発揮しやすい社会のために、私たちは「個の拡張」「環境整備」というアプローチ方法を取っています。

個の拡張は、テクノロジーの力を使うことによって個人の脳機能や身体を拡張すること。昔は視力が悪い人は障害者だったかもしれませんが、いまはメガネをかければいいので、誰もそう捉えません。最近では、メガネはファッションアイテムとして利用する人もいます。

義足や補聴器も同じです。車椅子も、足の不自由な人や高齢者だけでなく、幅広い人々が自由な移動を実現するためのパーソナルモビリティも生まれています。最新では、ブレインテックの技術など、脳機能を拡張する技術も急速に発展してきています。テクノロジーの力を使うことで、生活の質の向上や個人の潜在能力の発揮が可能となるのです。そのような個を拡張し、一人ひとりの「ちから」の発揮を促す技術開発に取り組んでいます。

環境整備は、D&Iの視点で物理的空間や社会的制度・慣習などの環境を再設計することです。たとえば、色覚障害の人は信号の色が区別しにくいという困難を抱えているのですが、信号の色が別の色だったら、そもそも色ではなく形で判断できるようになったら、その人は困らないかもしれませんよね。

それから、子どもの中には制服が重かったりチクチクしたりするのが嫌で不登校になってしまう子がいるんです。でも、制服ってそこまでして着せなければいけないものでしょうか? 校則の見直しをしたり、柔軟な対応をすることで学校に通えるのであれば、そのほうがいいのではないかと感じます。

私たちの生活は、物理的な環境であったり、社会的制度やルールや慣習などによって影響を受けています。いまの「当たり前」とされている環境が、全ての人にとって適切であるかを再考し、再設計することで、生きづらさが解消され、一人ひとりが「ちから」を発揮しやすい社会を構築できるのではないかと考えて、それを目指しています。

堂上:素晴らしいですね! そのような声を多くの方に届けるためのイベントなどを開催しているということですよね。

石戸:はい。たとえば2023年は「みんなの脳の世界」という体験型のイベントを開催しました。

石戸:脳や神経の多様性は、目に見えにくいものじゃないですか。「この世の中をみんなが同じように見ているわけじゃない」ということって、すごくわかりにくいんです。

そこでVR等の技術を活用して、他者の視点で世界を見たり、他者が感じている五感を疑似体験したりするような展示にしました。そうすることで、世界の多様な捉え方への理解を深め、その違いを尊重することにつなげたいと考えています。

堂上:すごく面白そうですね。子どもだけでなく、大人でも楽しめそうです。

石戸:2024年は10月に開催予定ですので、ぜひいらしてください!

展示では5つのエリアを用意していて、そのひとつに「社会創造」のエリアがあります。活動の中で私たちがもっとも大事にしてるのはこの「社会創造」です。こういったイベントを通して「色々な人がいるんだね」「感じ方はそれぞれ違うんだね」とわかってもらうことは大切です。でもそれ以上に「へぇ」で終わらずに、すべての人が当事者意識を持って新しい社会創造に参画することが、これからの新しい時代を創っていく上で欠かせません。

そのために、産官学民が、組織横断で集うコミュニティを形成し、こうした展示を開催したり研修をしたりしながら社会運動をつくっています。

堂上:まさに産官学民みんながつながって、社会を創造しているわけですね。

石戸:その通りです。これからも活動の幅を広げていきたいと考えています。

堂上:Wellulu』でもぜひお手伝いさせてください。

「想像と創造」によって子どもの共創の場を大人が共創する

堂上:これまでのお話を伺っていると、奈々子さんはその時々に感じた課題と自分の心が赴くことをしっかり受け止め、色々な人たちと影響を受け合いながらその都度行動してきたわけですね。その思考力と実行力には頭が上がりません。

石戸:私の座右の銘にしているのが、私の恩師であり、STEAM教育提唱者であるジョン・マエダ先生がおっしゃっていた「Imagine and Realize」という言葉です。日本語に訳すと「想像と創造」。頭で考えることも大切だけど、それだけでは世の中は変わりません。だから頭で考えるだけではなく、形にすること、創ること、表現すること、実行すること、行動することを大切にしたいんです。

堂上:すてきな座右の銘ですね。とはいえ、頭で思いついたことを実際に行動に移すのって、そう簡単ではないと思うんです。大人はもちろん、子どもや学生の中にもそう感じている方は多いと思うのですが、奈々子さんだったらどんなアドバイスをしますか?

石戸:好きなことに没頭すること、そして周りの反応を気にしすぎないことでしょうか。本来、自主的に動いたり何かを創ったりするのは、人間の根源的な欲求としてあるものだと思うんです。たとえば、小さい頃って紙とペンがあればずっと何か描いてるじゃないですか。でも、そんな子どももいつの間にか積極的に絵を描かなくなってしまうんですよね。それって、ある時から自分の絵が上手か上手じゃないか、といった他者からの見え方を意識し始めるからなんです。

たとえば、昔ワークショップに来てくれた子どもが、自分の描いた絵を破ってしまったことがありました。「どうして?」と聞いてみたら、「上手に描けなかったから」と言うんです。その子は以前、青色のクリスマスツリーを描いた時にお母さんから「クリスマスツリーは緑でしょ」と言われた経験があったそうです。それを「自分は絵が上手くない」と捉えてしまったんでしょうね。

堂上:大人が上手か上手じゃないかの基準を作ってしまったんですね。

石戸:はい。子どもに対して周りの大人が枠にはめすぎないことは大切ですよね。また「CANVAS」では、子どもたちが自分の「好き」や「得意」に出会えるように多様な選択肢を提供してきました。1つでも2つでも、自分の好きや得意に出会えた子は、そこを起点に探求や学びを深めることができ、安心して失敗できる場で、小さな成功体験を積み重ねることができると思うからです。

さらにはそれを競争ではなく「共創」で実現してきました。心で感じ、頭で考え、全身で表現する。その楽しさ、喜びの積み重ねは、子どもたちの好奇心を刺激し、学ぶ意欲を湧き起こし、自己肯定感、自己効力感の向上にもつながるのではないか。それこそが自分の幸せを自分で考え、自分自身の人生を主体的に決定し、社会に主体的に関わり当事者意識をもって未来を創造することにつながるのでは、と思ったからです。

堂上:確かにおっしゃる通りだと思います。本来、子どもの周りにいる大人たちはそういう環境を与えるべきなのに、僕も含めてついつい「これが正しい」「こうするべきだ」と言い過ぎてしまっているのかもしれませんね。

石戸:今は、あらゆることに対して答えがない時代ですよね。未来が見通せないからこそ、自分で主体的に考え、自己決定し、多様な価値観を尊重しながら共に新しい価値を創っていく力が、今まで以上に求められています。「ウェルビーイング」に通じる考え方だと思います。

堂上:まさにその通りです。奈々子さんは「CANVAS」を通して、20年以上も前からやられていたわけですね。

石戸:私たちも、ウェルビーイングという言葉を聞いたときには「あれ? 今まで私たちがやってきたことじゃん!」と思いました(笑)。

堂上:ウェルビーイングという言葉が出たのでお伺いしたいのですが、奈々子さん自身のウェルビーイングは何ですか? 世の中の子どもたちをウェルビーイングにするために奮闘している奈々子さんの原動力を知りたいです。

石戸:私自身は、これまで場を創るということをやり続けてきました。産官学が集まって子どもたちの創造力を育む場、ワークショップを全国に広げるために関係者が集う場、プログラミング教育普及のための知見を持ち寄る場、ニューロダイバーシティ社会をみんなで共創するための研究者が集う場……。そんな何か新しい価値を生む「場創り」そのものが楽しいですね。

堂上:素晴らしいですね。奈々子さん自身にも求心力があるから、創られた場がきちんと機能するのでしょうね。

石戸:私自身が、というより、テーマに求心力があるのだと思います。たとえば「CANVAS」であれば、子どもの未来そのものに求心力があるのだと思います。未来の子どものためにみんなで何かしようとなれば、地元の方々も集まりやすいですからね。それに、私はイベントに関してはまったく知識がない上、使える資金もそう多くないので、毎回手作り感満載のものになってしまっています(笑)。

堂上:きっと、その手作り感もすごくポジティブに働いているのだと思います。イベントを企画するとつい「主催者側と参加者側」という構図になってしまいがちですが、「全員が主催者」こそまさに共創ですもんね。

石戸:そうですね。そういう意味では、私たちは子どもの共創の場を大人が共創してきたといえるかもしれません。

子どものウェルビーイングのために親はどうすれば良い?

堂上:今の子どもたちにとってウェルビーイングな環境を創るためには、親はどう行動すれば良いと思いますか?

石戸:大人の価値観や常識を押し付けないこと、だと思います。

堂上:さっきの絵の話でいう、「クリスマスツリーは緑だよ」って言わないことですね。

石戸:そうですね。これまでの常識が今の常識ではなくなっているように、今後の常識もどんどん変わると思うんです。そんな中、答えがひとつである時代の価値観を押し付けても、それが子どもにとって幸せかどうかは誰にもわかりません。

これからの未来を創るのが今の子どもたちである以上、そんな子どもたちが自由にフルスイングできることが大切です。そのために大人ができることは、答えを提示することではなく、場やツールを提供することなんじゃないかと思います。

堂上:僕自身3人の子どもを持つ親なので、すごく響きました! では、子どもたちがこれからの社会でのびのび生きられるように、子どもたち自身へ何かアドバイスをするとしたらどんな言葉をかけられますか?

石戸:「変化を楽しむこと」を大事にしてほしいですね。たとえば、これまで教育の情報化がなぜ進まなかったかというと、変化を恐れる世の中の空気感というものがブレーキになっていたと思うんです。

コロナ禍においても人の行動は2つに分かれました。未来に不安を感じて何も行動できなかった人も多いと思います。ただ、その一方でそれをチャンスと捉えて行動した人がいるのも事実で、きっとそういう人たちが新しい未来を創っていくのではないでしょうか。なので、変化を恐れず動いていくことを大切にしてほしいなと思います。

堂上:奈々子さんらしい、素敵なお考えですね。

石戸:テクノロジーがすべてではないとは思いますが、今の子どもたちは幼い頃からスマホやタブレットを持っています。それらを使って世界中のリアルタイムな情報を得たり、何かしようと思った時に、世界中から資金や仲間を集められたりすることもできます。自分の情報発信に社会を動かす力があること、社会に働きかける手段を自分が持てることをよく知っているんですよね。

デジタルで情報入手力と発信力が圧倒的に高まりましたが、これから先も生成AIのような新しい技術がどんどん出てきて、今まで以上に個の力を拡張してくれます。テクノロジーの力を使えば、今までの自分の能力をはるかに超える力というものを得ることができるのだから、そういう力が発揮できるような社会を創ってあげたいなと思うんです。

ただ、これまでも技術は悪い使われ方もしてきました。ある意味、新しい技術の脅威は、技術そのものではなく人間ともいえるかもしれません。技術はあくまでも入口に過ぎなくて、出口を作るのは人間なんです。

だからこそ、幸せになる社会を構想しなければなりません。どんな未来になっているかはわかりません。それは私たち一人ひとりの意思次第だからです。だからこそ、全員が主体的によりよい未来を想像し、創造することが大事だと思います。

堂上:まさにその通りですね。本日は本当に素敵なお話をたくさんお伺いできて、僕自身もすごく勉強になりました。奈々子さん、ありがとうございました!

堂上編集後記:

奈々子さんとはじめてお会いしたのは12、3年前に遡る。僕が自分自身で起業しようと思ったときに、似たような活動をされている人がいるよ、ということで同僚に紹介いただいた。

そのときから、憧れの存在だった。メディアでお話しされていることや、共創コミュニティdラボの創業など、僕がやりたいことをどんどん構想して、実行まで持っていく。そして、彼女自身が常に「変化」を楽しんでいる。

最近、情報経営イノベーション専門職大学の中村学長とお話しをしていたら、奈々子さんのお話しになり、「ああ、久しぶりにお会いしたい」と思って、お忙しい中お時間を割いていただいた。

オフィスにおうかがいすると、そこはもうウェルビーイングな場所で、好きなものに囲まれている感じだった。奈々子さんの生き方にやっぱり惚れぼれする感じで盛り上がった。

いつまでも「変化を楽しむ」僕も、そんな人でありたい。どうもありがとうございました。

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