
「結婚や出産でキャリアを諦めたくない」「地方にいても自分らしく働き、チャレンジしたい」そんな思いを持つ女性は少なくない。しかし、都市部と地方では働き方やライフスタイルの選択肢に差があるのも現実だ。
「一人ひとりがWill(ありたい姿)に向けて自らチャレンジできる社会に」をビジョンに掲げ、株式会社Will Labを立ち上げた小安美和さん。今回は、彼女が目指す「女性×地方のウェルビーイング」とは何か、そして女性がより自由に生きるためのヒントについて、Wellulu編集長の堂上研が話を伺った。

小安 美和さん
株式会社Will Lab 代表取締役

堂上 研
株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu編集長
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。
https://ecotone.co.jp/
絵を描く時間は自分と向き合う時間
堂上:美和さんとは絵本作家でアーティストのまつざわくみさんのご縁でつながったんですよね。くみさんにはECOTONE社の名刺を作っていただきました。そのときに美和さんのお話も伺っていたので、今日はお話しできるのを楽しみにしていたんです。よろしくお願いいたします。
小安:私もくみさんに名刺を作っていただいていて、とても気に入っています。対話を通じて共鳴した「KIRIFUDA」を名刺にするという発想は、本当に素敵ですよね。
堂上:わかります。嬉しくて、いろいろな方に配っています(笑)。そこに、その人の生き方や物語があって、話が盛り上がります!
堂上:あらためて、今日はWill Labを立ち上げたきっかけや原体験となった出来事、そして美和さんが描く未来の社会の姿まで伺っていきたいと思います。まずは小さい頃、夢中になっていたものはありますか?
小安:祖父がアマチュアの画家だったこともあって、絵を描くのがとにかく好きな子どもでした。時間を気にせず寝食忘れて何かに没入するタイプだったので、絵を描き出したら自分が納得いくまでずっと描いていましたね。
ひとつ明確に覚えているのが、中学1年生の美術の授業で絵を描いたときのことです。良く描けたのですが、もう少し描きたいと思って、授業時間内に提出しなかったんですよ。そうしたら「時間内に提出しなかった」という理由で成績を下げられてしまって……。
小学4年生から中学1年生まで親の転勤でドイツの学校に通っていたこともあって、「日本の学校にわたしは合わない!」と子どもながらに思っていました。どれだけ時間がかかるかは人によって違うのが当たり前なのに、決められた枠の中で成果を出す人が褒められる管理型の構造は窮屈だな、と。
堂上:まさに今の活動にもつながる原点ですね。ドイツで受けられた教育の影響も大きかったのでしょうか。
小安:そうですね。日本人学校だったので先生も日本人でしたが、自分で「海外に行きたい」と手を挙げる先生方はやっぱり独創的な方が多くて。本当に自由に、個々の良さを褒めてもらえる教育を受けられたのはすごく良い経験でした。
堂上:素敵です。僕も小さい頃から絵を描くのが好きで、高校生でニュージーランドに留学したときにもアートの授業を中心に選択していました。最初の授業でプラムを渡されて、「今からこれを食べてその味を絵で表現してください」という課題が出たんです。日本では受けたことのない教育で、ものすごく衝撃と影響を受けたのを思い出しました。
小安:近しい体験をされていたんですね。ホワイトシップという会社が『EGAKU』というワークショップをおこなっていています。そこでは、「大切にしていること」といった抽象的なテーマで自由に絵を描くんです。その後、複数人で鑑賞しながらその絵を見て感じたことを話し合い、最後に作者が「こういう思いで描きました」と絵のタイトルを発表します。他者を通して自分が気づいていなかった感情が言語化されることもあって、面白いですよ。私は会社員時代から通っています。
堂上:面白い! 参加してみたいです。
小安:ぜひ! 実は起業のテーマは、このプログラムで絵を描きながら固めていきました。
堂上:というと?
小安:絵を描く時間は、まさに自分と向き合う時間なんですよね。逆に言えば、自分と向き合わなければいけない時間でもある。このプログラムでは、絵を通して向き合いたくないことにもしっかり向き合いながら自分と対話せざるを得ません。その対話を通じて、次の行くべき道を自分の中で決めている感じです。とはいえ今は忙しくてほとんど絵を描けていないのですが……。
堂上:0から学ぶイメージで新しいことを始められるのも素敵ですよね。
小安:はい。それに私にとって絵を描くことはあくまでも自己表現ですから、最近は無理して誰かに学ぶ必要はないのでは、とも思います。
堂上:わかります。僕も社会人になって忙しくて絵を描けなくなり、教室に通っていた時期がありましたが、子どものために絵本を数冊作ったらそれで満足しました。それに、絵を描くことよりも面白いと思える事業開発という仕事に出会えたのも大きかったです。
小安:事業開発も絵を描くことに通ずる部分がありそうですね。
堂上:新しいことに挑戦するなかで自分と向き合う時間や、学ぶこともとても多くて、それが僕にとっては心地良かったんです。エコトーン社も、僕にとっては作品をひとつ生み出した感じなんですよ。
小安:私も自治体や企業という主体者がいるとは言えど、その地域や組織の状況を把握して、ゴールや戦略を立てるという仕事は絵を描くようなイメージです。それがすごく好きで、特に実行に移っているプロセスではもっともアドレナリンが出ています(笑)。
とはいえ絵自体を描くのもやっぱり好きで、引退してから亡くなるまで絵を描き続けた祖父の人生が私の理想です。私も55歳で画家になろうと目論んでいます。
堂上:美和さんにとっては、絵を描くことがウェルビーイングを感じる瞬間なんですね。
偶発性を楽しみながら結果としてキャリアを築く
堂上:Will Labを立ち上げるまでのご経歴をお伺いしてもよろしいでしょうか。
小安:新卒で日本経済新聞社に入社して5年ほど経った頃、結婚でシンガポールに行くことになり退職しました。駐在員の妻という立場で自分で自分の人生を選択できないことにもやもやして、もう一度キャリアを見つめ直したいと思い日本に帰ってきたんです。その後は、33歳で株式会社リクルートに入社しました。リクルートでは『AB-ROAD』のネット編集長をしたり、上海で『ゼクシィ』のネット開発をしたり……。インターネットの過渡期だったこともあり紙媒体からネット化するプロジェクトが多くて、紙媒体しか経験のない私にとっては、とにかく勉強の毎日でしたね。
堂上:駐在員の妻として海外を経験したあと、ご自身でも駐在されているんですね。
小安:小さい頃に親の転勤で海外生活していたこと、メディアの仕事が大好きだったこともあって海外でメディアの仕事をしてみたいとずっと思っていたんです。でも、駐在員の妻の立場ではそれが難しかった。だから、上海駐在は私にとってはリベンジでもありましたね。帰国後は人材メディア事業に配属になり、メディア開発から経営企画の業務に携わるようになりました。営業やメディア開発を経験して、最後に経営企画を経験したことは、起業後の現在とても役立っています。
堂上:一つひとつのご経験をしっかり糧にされていると感じます。キャリアを選択するときは迷う方も多いと思うのですが、美和さんは一度決めたら入り込んでいくタイプですか?
小安:もちろんものすごく迷いますよ。でも、周囲の声を聞きながら総合的に全ての可能性を出してみて、何が1番インパクトが大きいのかを論理的に判断するタイプです。
堂上:そうなんですね。実は僕自身、もともとデザイナーやコピーライターの仕事に携わりたかったんです。でもそれが叶わず悶々としていた時に、当時の上司が「社会をデザインするっていう視点、つまり生活者に新しい価値を提供できるって考えたら、広告会社の仕事はものすごく面白いよ」と言ってくださったのを、今でも覚えています。周囲の声を参考にすることも、すごく大切ですよね。
小安:はい。それに、すべて計画的偶発性理論(※)なんです。例えば私は紙媒体が大好きだったのでネットメディア開発の仕事をすることに躊躇がありました。でも結果として今、当時の経験が活きていて、心から学んでおいて良かったなと思います。
※計画的偶発性理論:スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授らが提案したキャリアに関する理論。個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定される、その偶然を計画的に設計し、自分のキャリアを良いものにしていこうという考え方。
データでは見えない地方女性の生きづらさを掘り起こす
堂上:そんなご経歴のなかで、Will Labを立ち上げるきっかけとなった出来事はあるのでしょうか。
小安:リクルートでは当時、『Will Can Mustシート』という半期に一度上司と「これからどうしたいか」「それに向けて何をすべきか」を言語化して、それを目標にしていくという取り組みがおこなわれていました。しかし、「Will欄」を書けていない人(特に女性)が多いことに気づいたんです。これに危機感を感じて、Willはどうしたら生まれるかを研究したいと、Will Labを立ち上げました。私はWillがある人ほど強いし、そういう人たちが社会を変えると思うんです。だからこそ、Willを持つ人を育てたい。
地域にも、Willを持っているのに言語化できていない人が多くいます。そういった方々に対し、「あなたの未来はこれだ」という言語化のプロセスをお手伝いすること、そしてそれを実現するためのプロセスをコンサルすることが私たちの仕事です。
堂上:なるほど。地域や組織の場合は、やはりトップがWillを持っていることが大事なのでしょうか。
小安:そうですね。トップの意思あるプロジェクトは、壁があっても乗り越えられますから。
堂上:美和さんは、Will Labで「女性×地方」をテーマにさまざまな自治体の支援をしているとのことですが、もともと興味があったテーマなのですか?
小安:シンガポールで暮らしている頃、ラオスなど発展途上国の子どもや女性の貧困を目にしたことが興味を持ったきっかけです。でも本格的に独立を考えた頃には大きく環境が変わっていて、そもそも日本自体が大丈夫なのか? という疑問を持つようになりました。
それからリクルートを卒業した後に、スイスのIMD(国際経営開発研究所:スイスのローザンヌに拠点を置くビジネススクール)のプログラムに参加しました。その際に、「今のあなたを形作った幼少期のもっとも重要な出来事を絵で描く」という課題が与えられ、私は子ども時代にドイツで父が交通事故に遭ったときの家族のシーンを描きました。
私が結果的に「女性」をテーマにしたのは、その時の母の姿が関係しているんです。専業主婦の母は、父がいなくなったら3人の子どもを育てることができない。女性は大学を出てもこんなにも経済的に不安定なのかと実感しました。これらの経験と、シンガポール時代に感じた不条理をきっかけに女性の就労が重要だということがずっと深層心理の中にあったのだと気づき、「女性」をテーマとすることにしました。
堂上:そうだったんですね。僕の母も専業主婦ですが、父がいなければ生活はままならないかもしれません。「女性の活躍」と言いながらも、まだまだ男尊女卑がはびこっている会社もあるでしょう。例えば女性用のトイレがなかったり、お茶出しの文化だったり……。就労環境をはじめとする対策は必須ですよね。
小安:そうですね。例えば、宮城県気仙沼では人口減少対策のゴールをウェルビーイングに置いているんですよ。
堂上:どういうことでしょうか?
小安:人口減少や少子化は止まらないという前提で、“今、この街で生きている人”がウェルビーイングであることを目指しましょうという取り組みです。それが実現すれば、例えば若者や女性などが1回地元を出てもUターンで戻ってくるようになります。それに向けて重要なことはいくつかあるんですが、そのうちの一つが堂上さんがおっしゃっていた「就労環境」です。人口減少対策というとそのゴールを「人口増」とすることが多いのですが、そうではなく「ウェルビーング」に置くというのは、素晴らしい発想ですよね。
堂上:素敵ですね。
小安:人口減少、少子化対策にもウェルビーイングの概念がないと、「人口減少の要因は女性の流出だ、であれば子どもを生む女性をできるだけその地域に戻そう」という残念な考えになってしまいます。そうではなく、女性がなぜその地域で生きづらいのか、時間をかけて徹底的にヒアリングして、戻りやすいサービスを開発するのが私たちのアプローチ方法です。
そして、地方女性の生きづらさは既存のデータなどで図れるものではありません。「○%以上の女性が生きづらいと感じているから」ではなく、「ひとりでも生きづらさを感じている」のなら、その要因をしっかり特定して、解消することが重要です。それに、生の声を聞いてみると「自分の人生に後悔してると答えたくなかった」という女性もいますから、そういった意味でもどれだけ人の深層心理を丁寧に聞き取れるかは、サービスをデザインするうえで欠かせません。
堂上:おっしゃるとおりだと思います。Welluluでも地方のウェルビーイングを実現する方法について相談されることがあるのですが、やはり1番大事なのはその地域で暮らす人々が何に悩んでいるかというのを把握することですよね。
小安:特に日本は、どうしても女性が声をあげづらい仕組みになってしまっているんです。それに、地方で暮らす女性自身が社会の不公平さに気づいていないこともあります。だからこそ、当事者意識のある人を地域に生み出すのが私たちの役割です。
堂上:良いですね。多様な人々が混じり合うことで、新しい文化や事業が生まれることもありますもんね。まずは美和さんのような方が外圧となることも、地方が変わるためには必要なんだと思います。
当事者の主体性を大切にしたい
小安:私、地方創生の仕事をするときに二宮尊徳のことを考えることが多いんですよ。何をした人かご存じですか?
堂上:二宮金次郎像の人ですよね。
小安:はい。彼は江戸時代に600もの村で財政再建や農村復興といった「地方創生」をした人なんです。尊徳は、地域の方の当事者意識や自立心、結束を強化したと言われていて、とても感銘を受けました。
堂上:小安さんはあくまでもアドバイザーで、地元にいる人が主体性を持たなければいけませんよね。
堂上:美和さんのお話を伺っていると「社会を変えたい」という強い意思を感じます。
小安:やっぱり、小学校時代をドイツで過ごしたことが大きいように思います。小学生のときは自分から積極的に学級委員に立候補するようなタイプだったんですが、日本に帰ってきたらその積極性がなんとなく嫌がられているような雰囲気があって。
堂上:まさに「出る杭は打たれる」ですね。
小安:多分その頃から生きづらさを感じていて、この社会を変えたい、変えなくてはいけないと思っていたのでしょうね。そこに対する使命で動いているという感じです。
堂上:美和さんのように求心力を持った人が各地域にいれば、それぞれがもっと住みやすくウェルビーイングな場所になるのだと思います。
小安:私は、Willの頭文字を取った「Women Innovative Living Lab」というプロジェクトもゆるく立ち上げているんです。これはさまざまな地域でイノベーティブに生き、働こうと頑張ってる女性の思いやナレッジをつなぐためのリビングラボで、東京都台東区蔵前に拠点を構えています。
堂上:素晴らしいですね。
小安:今は色々な自治体に向けてモデルを作ることが私の仕事ですが、いずれは得意な人に引き継ぎたいと思っています。55歳で引退して、この蔵前のリビングラボで絵を描いて暮らすのが私の夢です!
堂上:素敵です。画家になった美和さんと、またWelluluで取材できることを楽しみにしています! 今日は貴重なお話をたくさんありがとうございました!
東京外国語大学卒業後、日本経済新聞社入社。2005年リクルート入社、13年リクルートジョブズ執行役員 経営統括室長 兼 経営企画部長。15年よりリクルートホールディングスにて「子育てしながら働きやすい世の中を共に創るiction!」プロジェクト推進事務局長。17年3月株式会社Will Lab設立。ジェンダーギャップ解消に向けて、兵庫県豊岡市、富山県南砺市、宮城県気仙沼市などで企業経営者の意識変革、女性のリーダー育成に取り組んでいる。
2019年より内閣府男女共同参画推進連携会議有識者議員。
岩手県釜石市地方創生アドバイザー、奈良県こども・子育て推進アドバイザー(ジェンダー平等推進担当)、三重県DXアドバイザー、「三重県若者の県内定着・人口還流に向けた産学官連携懇話会」委員などを務める。
2021年2月より、蔵前にて女性のためのブックアトリエbookwillを主宰。
https://www.willlab.tokyo/