
今住んでいる地域の社会経済状況が、自分の健康寿命に影響を与えているとしたら?
大阪医科薬科大学研究支援センター医療統計室の伊藤先生、片岡先生による研究から、住んでいる地域により健康寿命に格差が生じ、地域の困窮度が高いほど平均寿命・健康寿命が短くなることがわかった。
今回は伊藤先生にも同席いただき、片岡先生に「住んでいる地域と平均寿命・健康寿命の関係性」について詳しくお話を伺った。
伊藤 ゆりさん
大阪医科薬科大学 医学研究支援センター 医療統計室 准教授
片岡 葵さん
大阪医科薬科大学 医学研究支援センター 医療統計室 特別協力研究員/神戸大学大学院医学研究科 特命助教
社会疫学者。2021年東京医科大学大学院社会医学系専攻にて博士(医学)を取得。大阪府・東京都文京区にて保健師、大阪医科薬科大学医学研究支援センター医療統計室にて研究支援員・ポストドクターを経て2023年より同室にて特別協力研究員/神戸大学大学院医学研究科にて特命助教として従事。研究テーマは、公的統計を用いた地域の社会環境要因による健康格差の記述疫学研究。
市町村単位で見る平均寿命・健康寿命の格差
──まず、片岡先生がこの研究に取り組まれたきっかけを教えていただけますか?
片岡先生:厚生労働省が、国民の健康づくり対策として発表している「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」というものがあります。
第2次では主目標の1つに“健康寿命の延伸と健康格差の縮小”が掲げられており、研究ではこの“健康格差の縮小”に着目しました。
2023年5月に発表された第3次でも、健康格差の縮小は引き続き主目標に掲げられております。
“健康格差の縮小”に関しては、都道府県単位でモニタリングが実施されています。
しかし、それだけでは、所得、教育歴、就労状況の違いなどの市区町村ごとの社会経済状況の違いや、健康状態のよい地域・悪い地域などの細かい部分が見えなくなってしまうのではないかと考えました。
そうなると、実際に自治体が介入していく上で、支援が必要な市区町村が見過ごされてしまうのではないかと感じ、市区町村単位で社会経済状況に基づく健康格差を測定することを目的に、今回の研究をおこなっております。
──市区町村という細かい単位で健康格差を測ることで、本当に支援を必要としている地域にアプローチできたらという思いがあったんですね。
片岡先生:そうですね。また私自身、この研究領域に入る前は自治体で保健師をしていた経験もあり、行政政策の評価やモニタリングに関心があったことも背景としてあります。
住んでいる地域の社会経済状況が平均寿命・健康寿命の格差をもたらす
── 今回の研究はどのようにおこなわれたのですか?
片岡先生:今回は全国1707市区町村を対象に「公的統計データ」と呼ばれる国が収集しているデータをもとに解析しました。具体的には、死亡数、人口、介護保険、市区町村別の社会経済状況のデータを使用しています。
介護保険のデータは、市区町村別の健康寿命の算出をおこなうのに使用し、今回の研究では「要介護2以上」の人たちを「不健康」と定義しました。
各地域の社会経済状況については、東北大学の中谷教授が作成した地理的剥奪指標(Areal Deprivation Index: ADI)という指標を使用しています。
ADIは、国勢調査のデータをもとに作成された、世帯、住居、労働・職業に関する8変数から構成された指標のことで、ADIの値が大きいほど、困窮度が高く社会経済状況が悪い地域であると定義されます。
研究ではまず、ADIの値をもとに1707の市区町村を100分位にグループ化し、各分位の人口規模が同じくらいになるように調整しました。
それから100分位別に平均寿命・健康寿命を算出し、最も裕福な地域と最も困窮した地域の差での平均寿命・健康寿命の格差の計測をおこなっています。
“困窮度が高くなるほど平均寿命・健康寿命が短い”という結果に
── 格差の計測をおこなった結果、どのようなことがわかったのでしょうか?
片岡先生:研究の結果、ADIの値が大きくなる(=困窮度が高くなる)ほど、平均寿命・健康寿命が短くなるという結果がみられました。
グラフは右にいくほど、ADIの値が大きな地域グループを示しており、右肩下がりに悪くなっているのがわかります。
細かな数値を見てみると、最も困窮度の高い地域グループと最も困窮度の低い地域グループの間には、男性で平均寿命2.49年、健康寿命2.32年、女性で平均寿命1.22年、健康寿命0.93年の差がありました。
とくに、最も困窮度の高い地域グループである100分位目は、ほかの地域グループと比べて極端に健康状態が悪いことがわかりました。
── ADIは世帯・住居・労働・職業など、さまざまな要素がありましたが、平均寿命や健康寿命に大きく影響を与えているものは何なのでしょうか?
片岡先生:今回の研究はADIを用いて全体的な地域の経済状況をはかったので、具体的にどの要素が平均寿命・健康寿命に影響を与えているかまでの分析はできていません。
グラフは、横軸がADIの100分位、縦軸がADIの各変数の割合を示しています。
健康状況との関連を見たわけではありませんが、論文の補足として、ADIの構成変数それぞれを、100分位に分けた地域で見たときに、どのような分布を描いているかを確認したグラフがあります。
そのグラフでみると、ADIを構成する8変数の中でも、とくに「失業者」「高齢者単身世帯」の割合が、最も困窮度が高いグループですごく高くなっていることがわかりました。
──本当ですね。グラフでも100分位目だけ突出しているのがわかります。
片岡先生:実際にまだ健康状況との相関関係までは調べられていませんが、もしかするとこの「高齢者単身世帯」や「失業率」などの変数が、平均寿命・健康寿命に影響を与える可能性はあるかもしれません。
── なるほど。冒頭でも“最も困窮度の高い地域グループである100分位目は、ほかの地域グループと比べて極端に健康状態が悪いことがわかった”とおっしゃっていましたね。
片岡先生:そうですね。一部のグループごとの人口密度、高齢化率、昔の主要産業、被差別(部落問題)の有無などを調べたところ、100分位目はほかの地域に比べて、人口密度の低い地域が多く、高齢化率が高いことから、過疎が進んでいる地域ではないかと考えられました。
それ以外の要因として、かつて石炭鉱業で栄え、労働者階級の方々が多く住んでいた地域であることや、被差別部落の問題も関わっているのではないかという可能性も考えられます。
市区町村単位で調べていくことで、初めてこのような背景が見えてきました。健康格差の問題を考える上で、今見えている特徴だけではなく、歴史的背景や文化も関係性が深いと考えております。
── 市区町村単位で調べることで、さまざまな気づきがあったのですね。今回のテーマである“健康格差”に関しては、都道府県単位と市区町村単位でどのくらいの差がありましたか?
伊藤先生:中谷教授のADIを都道府県単位と市区町村単位でみた、健康格差の違いのデータがあります。
最も裕福な地域と最も困窮した地域の健康寿命の格差が、市区町村単位で見ると2年以上あるのに対し、都道府県単位でみたものは1年くらいの差になっていて、過小評価されてしまっていることがわかります。
都道府県単位で見るとほとんど差がないように見えても、市区町村単位で見ると明らかな差がある。これこそが、より細かい地域でみていくことの重要性であり、今回の研究結果の一番大事な結果であると感じています。
男性は”社会経済的な背景”や”不健康な健康行動”、女性は“地域の都会度”に影響を受ける可能性
── 平均寿命・健康寿命に関して、女性より男性のほうが影響を受けているようですが、何か理由はありますか?
片岡先生:女性に比べて男性のほうが、仕事の職位や学歴などの「社会経済的な背景による影響」を大きく受けやすいのではないかと思っています。
また、健康指標への影響で、いわゆる喫煙や飲酒などの生活習慣の部分も介在しています。生活習慣は、社会経済状況が悪い人ほど不健康な健康行動をとってしまうところがあり、このような不健康行動は、どうしても女性よりも男性のほうがとりやすいんです。
── 社会経済的な背景や不健康な健康行動が、より男性の健康に影響を与えているんですね。
片岡先生:今回の研究ではありませんが、ADIに近い都道府県単位の社会経済状況をはかる指標と、地域が都会か田舎かをはかる指標の2つの指標を用いた別の研究※があります。
※片岡ら.都道府県別の社会経済状況を測る合成指標の開発-健康格差の都道府県間格差対策に向けて-厚生の指標.2023
その研究結果では、都道府県単位でみた健康寿命は、男性では社会経済状況と関連がみられ、女性では地域の都会度との指標に関連がみられることがわかりました。
このことから、女性に関してはADIよりも、都会度などの地域の特性の指標との関連が深いのではないかと考えます。
── 男女で影響する要因が異なるんですね。
伊藤先生:男女の死因別にADIとの関連を見ると、実は女性では「裕福な地域の方のほうが、死亡率が高くなる」という逆の関連性がでるものもあるんです。
たとえば、女性特有の乳がんでは、子どもを産んでおらず、授乳をしていないと乳がんになりやすいなどの要因に関連することが背景として考えられます。このように、困窮度とはまた別の独立した指標が、女性の死亡との関連性に強く影響がでるような場合もあるんです。
複雑にはなりますが、男性と女性とで関連してくる指標が異なるというのは、研究者としても大変興味深い傾向であると感じるとともに、あわせて調査していく必要があると思っています。
ADIが行政のよりよい地域作りのためのヒントに
── たとえば自分が住んでいる地域のADIを知りたいと思ったとき、一般の人でも確認できるのでしょうか?
片岡先生:今回使用したADIの値そのものは公表されていませんが、ADIの計算式や構成している変数に関しては論文などで公表されているので、どうしても知りたいという人は自力で計算する必要があります。
ただし、値を公表することや一般のみなさんに把握してもらうことは、やはり良し悪しがあると思っていて…。仮にADIを公開したとして、もし悪いほうに捉えられてしまったら本来の意味をなさないですし「この地域は困窮度が高く貧しい地域だ」というレッテルを貼ることにつながってしまうのではという懸念もあります。
ADIは一般の方が自分の地域を調べるというよりも、自治体を作る行政の人たちが地域を把握し、どこに介入したらいいのかを考える上での一助になったらいいなと考えています。
図書館や公民館などの社社会資源とアクティブにつながることが大切
── ADIは行政がよりよい地域づくりをしていくための指標なんですね。もし自分の住む地域が困窮度の高い地域だと感じているとしたら、どのように対策したらよいでしょうか?
片岡先生:地域の裕福度にかかわらず、どの自治体にもサービスがあります。たとえば、高齢者の方が通えるような通いの場であったり、自治体が実施する母子保健であれば保健センターのお喋り会のような集いであったり…いわゆる図書館や公民館などの社会資源が、どの自治体にもあります。
今住んでいる地域が「ちょっと貧しいかもしれない…」と思っても、すぐに引っ越しや環境を変えるのは難しいですよね。まずは、個人が自治体にある社会資源にどんどんアクティブにつながっていくことで、健康に対するよい影響というのはあるのではないかなと思っています。
とはいえ、個人で行動するのも最初はなかなか難しいので、行政としては、住民に対してアプローチをかけて、さまざまな社会的サービスや社会資源につなげていく努力をしていく必要があると思います。
──これから環境を変えようと思っている人は、場所を選ぶ際に何を重視すればよいでしょうか?
片岡先生:一概にはいえませんが、その人が新しく移る地域の自治体に何を求めているのかが重要になってくるのではないでしょうか。
たとえば、これから子育てをする世帯であれば「子育てサービス、公園、保健所などの環境が十分にあるのかどうか、高齢者の方であれば、地域に出ていける環境なのか、行政の支援があるのかどうか、自治体によって充実度も異なります。
自分の求めているものに対し、地域の自治体が「何に力を入れてどのように取り組んでいるのか」を調べていくことが大事なのではないかと思います。
また保健師をしていた経験からみても、自治体で働く人々は地域と触れる機会も多いため、地域について詳しい情報を知っている人が比較的多いです。自治体の取り組み内容が1つの指標になるのに加え、行政の人にお話を聞くことも1つの方法だと思いますよ。
── 自分が地域に求めること、そしてそれに対する自治体のサービスを知ることが大切なんですね。
伊藤先生:私達の研究や活動が目指すところは「どこに住んでいても、安心して健康でいられること」です。その中で、今こうやって差が生じてしまっている部分と要因は何だろう?というのを、まさに探っているところなんですよね。
その地域から引っ越して解決するのではなく、自分たちの自治体に必要な環境を作っていく。そうした方向に持っていくためのエビデンスを集めているところです。
環境と健康との関連について、厚生労働省だけでなく国土交通省などの異なる部門の人たちとも一緒に研究していくという活動もどんどん進んでいっています。
── 今後の研究によって、よりよい地域づくりにつながるヒントがどんどん明らかになっていきそうですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
Wellulu編集後記
今回は大阪医科薬科大学の片岡先生と伊藤先生に「住んでいる地域の社会経済状況と健康寿命の格差」の関連についてお話を伺いました。
住んでいる地域の社会経済状況が自分の健康状態に影響を与えていることに驚くとともに、困窮度と関わる地域の特徴や明確な数値での健康格差を知ることができました。
まず私たちができることとして、今回の研究結果を参考にしながら自分が住んでいる地域の特性を理解し、自分の求めることに対する自治体のサービス内容を知っていくことが第一歩になると思います。
より介入を必要としている地域に有効な対策をするために、そしていずれはどの地域に住んでいても安心して健康でいられる世の中にしていくために、片岡先生・伊藤先生のグループの研究はこれからも続きます。
本記事のリリース情報
疫学・保健医療統計研究者。2007年大阪大学医学系研究科保健学専攻にて博士(保健学)を取得。その後、大阪国際がんセンターがん対策センターにて研究員、主任研究員を経て、2018年より大阪医科薬科大学研究支援センター医療統計室長・准教授として、学内外の研究の統計的支援を行う。公的統計を用いた記述疫学的手法により、がん対策や健康格差に関する研究に従事。