
ここ30〜40年でアレルギー発症が低年齢化し、何かしらのアレルギーを持っている子どもが増えているそう。子どものアレルギー発症リスクを高めている原因には、どのようなものがあるのだろうか?
宮崎大学の佐藤克明教授の研究によって、幼若期の抗生剤投与がアレルギー発症リスクを高める仕組みが明らかになった。
今回は、佐藤教授に研究の背景と内容、子どものアレルギー発症リスクを下げるためのポイントなどについてお話しを伺った。
佐藤 克明さん
宮崎大学医学部医学科感染症学講座免疫学分野 教授
アレルギー疾患率は約40%。子どものアレルギー発症率も増加傾向に
──今回の研究をおこなった背景について教えていただけますか?
佐藤教授:私は免疫の研究をはじめてから約30年となります。アレルギー、自己免疫異常、がん、感染症などを対象として、免疫細胞の機能・役割について研究してきました。
今は、免疫細胞の中でも“免疫反応の司令塔”といわれている白血球、つまり「樹状細胞」について研究しています。
今回の研究はアレルギーに関わるものですが、“アレルギーがなぜ発症・増していくのか”という機序には「樹状細胞」が深く関わっているのではないかという仮説を立てていました。
“なぜアレルギーの発症が低年齢化しているのか”、“なぜこの30年くらいの間でアレルギーの発症率が増えてきているのか”を調べるため、「樹状細胞」という免疫細胞にフォーカスして研究に取り組みました。
──まずお伺いしたいのですが、現代のアレルギー発症率について教えてください。
佐藤教授:厚労省からも発表されていますが、現在国民の2人に1人は何かしらのアレルギーにかかっているといわれています。
春先になると花粉症で多くの方がマスクをしているのを見かけますし、周りをみていても、国民の2人に1人というのは頷ける結果だと思います。
平成生まれの方であれば、子どもの頃、同級生にアレルギー持ちの人がいることは珍しくなかったと思いますが、それより前の時代はアレルギーの人ってそんなに多くなかったんです。
時代が進むにつれてアレルギー患者がどんどん増えてきて、厚労省や小児アレルギー学会の調査によると、子どもたちの40%内外は何らかのアレルギーを持っているといわれています。。
──なぜ、平成生まれ以降だとアレルギー発症率が高くなるのでしょうか?
佐藤教授:結論から申し上げますと、どうしてかは科学的には証明されていないんです。
ただ、免疫の病気やがんのみならず、多くの病気は「遺伝子の変異」が関わっています。アレルギーを引き起こしやすい免疫細胞が活性化しやすくなってしまい、結果的にアレルギーを発症してしまう…というイメージです。
ところが、アレルギーの発症はここ30〜40年で急激に増えていますので、突然遺伝子が原因でアレルギーがたくさん発生するというのも妙な話ですよね。
遺伝子が原因である可能性は低いだろうということで、「環境要因」によるものが大きいのではないかといわれています。
衛生環境が良くなると、アレルギー発症率が増える?
──ここ30〜40年での、私たちを取り巻く環境の変化がアレルギー発症に影響を与えているということでしょうか?
佐藤教授:生活習慣や食生活を含めて「衛生仮説」という考え方があります。簡単にいうと、衛生環境がよかったらアレルギーになりやすく、衛生環境が悪いとアレルギーになりにくい、といった仮説です。
昔の子どもは泥だらけになったり、山で虫を捕まえたり、今の子どもよりも汚い遊びをする機会が多かったというのもひとつ背景としていえますね。
もう少し詳しくお話しをすると「免疫」というのは、自分と違うものが体内に入ってきた時に排除するという反応系です。細菌、ウイルス、寄生虫…、病原体と称するものが、身体に入ってくると臓器の働きを障害して、病気になってしまいます。そういったものを排除するのが免疫です。
免疫にはいくつか型があり、細菌・ウイルスを排除する免疫反応は「Th1反応」、寄生虫を排除する免疫反応は「Th2反応」です。
細菌・ウイルスに感染したら「Th1反応」が強くなり、寄生虫に感染したら「Th2反応」が働くのですが、「Th1反応」が強くなると「Th2反応」が弱まり、逆に「Th2反応」が強まると「Th1反応」が弱まるという、シーソーゲームのような原理になっています。
昔は寄生虫も細菌・ウイルスも感染リスクがありましたが、最近は寄生虫に感染する人はほとんどおらず、感染リスクは圧倒的に細菌・ウイルスの方が高いんです。
今は綺麗な環境で寄生虫のリスクがないとすると「Th2反応」の対象物というのがなくなりますよね。そうした場合に、花粉、食べ物、埃、ペットのふけなどの身の回りの無害なものが対象物となり、これらに反応してアレルギーを引き起こします。このようなアレルギーの原因物質をアレルゲンといいます。
つまり、平成・令和の子どもたちは、綺麗な環境で細菌・ウイルス感染のリスクも少ないために「Th1反応」よりも「Th2反応」が優勢になり、ただし「Th2反応」が優先でも対象物である寄生虫もいないため、身の回りの無害なものに反応してアレルギーを発症することが多くなったという考え方です。
──環境がきれいになったことで、今までは反応していなかったようなものに、反応してアレルギーになってしまうケースが増えてきたということですね。
抗生剤の服用で、免疫が学習する機会が減少
佐藤教授:今回の研究でも扱った本題に入りますが“抗生剤の使用”もアレルギー発症が多くなった原因のひとつといわれています。
──抗生剤は身体を守ってくれるイメージがありますが…どうしてアレルギーの原因になるのでしょうか?
佐藤教授:前提として抗生剤というのは、細菌感染に対しての薬ですが、ウイルス感染に対する薬ではありません。すごく簡単にいうと、抗生剤は細菌の増殖を抑えますが、ウイルスの増殖は抑えません。
小さな子どもが細菌感染をしたとき、免疫はどうやって戦えばいいかを勉強するんです。私はこれを「免疫教育」と呼んでいます。
たとえば、ポケモンでもサトシがピカチュウに「バトルだぜ!」といって敵と戦わせて経験値を積んで強くなりますよね。それと似たようなイメージで、私たちの身体も体内に入ってきた細菌やウイルスと戦うことで、感染抵抗性が増していくんです。
子どもの健康を気遣って、医師の適切な判断で抗生剤を出すのであれば、それはもちろん使っていただいてOKなのですが、乱発し過ぎると、子どもの免疫が戦い方を学習する機会を失ってしまいます。
そうすると、細菌・ウイルスに反応する「Th1反応」が弱くなり、子どものうちから「Th2反応」が優勢になっていきます。結果として子どものアレルギーが増えていき、大人も今では2人に1人がアレルギーということになっていったと考えられるんです。
──抗生剤が細菌の増殖を抑えてくれたことにより、自分の免疫で細菌と戦う機会が少なくなってしまう。結果として「Th2反応」が優勢になり、アレルギーを引き起こすということですね。
佐藤教授:はい、その通りです。今回の研究では、この子どもの頃(幼若期)の抗生剤服用がアレルギー発症リスクを高める仕組みを明らかにしました。
消化管の免疫寛容の破綻もアレルギー発症に影響する
──どのような方法で研究されたか教えていただけますか?
佐藤教授:まず研究を理解していただくために必要な前提からお話しさせていただきますね。
免疫反応は、私たちにとって有益であっても有害であっても、身体に入ってきた異物をとにかく排除する反応です。ただ、皮膚やそのほかの組織から異物が入ったときは排除するのですが「消化管粘膜」から入ってきたときには排除しないんです。
これが「免疫寛容」と呼ばれる仕組みです。
たとえば、食べ物というのは異物ですので、本来体に入ってきたら排除すべきですよね。ですが、排除されないで消化吸収され、最後は排泄・排便されています。
免疫によって排除されないことを“寛容”と呼んでいて、消化管では摂取した食べ物に対する免疫反応を阻止する「消化管粘膜免疫寛容」が成立しているというわけです。
この「消化管粘膜免疫寛容」が破綻すると、食べ物に対する免疫反応が起こってしまい、食物アレルギーを発症すると考えられています。
──食物アレルギーには「消化管粘膜免疫寛容」が関わっているということですね。
佐藤教授:はい。この「消化管粘膜免疫寛容」が成立するためには、消化管にある“腸間膜リンパ節”という場所において、粘膜組織樹状細胞によって誘導された「CD4+Foxp3+制御性T細胞」というものが、アレルギーを引き起こす原因となる「食物抗原反応性T細胞」の活性化を抑えることが重要です。
そこで、研究では野生型マウスと、粘膜組織樹状細胞がないマウスを用意して、食物摂取後の比較実験をおこなったところ、野生型マウスの腸管膜リンパ節では「CD4+Foxp3+制御性T細胞」の誘導が認められ、粘膜組織樹状細胞がないマウスでは誘導低下がみられたので、「消化管粘膜免疫寛容」の成立には、粘膜組織樹状細胞が必須ということが証明できました。
次に、幼若期で抗生剤を服用した野生型マウスと、未服用の野生型マウスの食物摂取後の比較実験をしてみました。その結果、抗生剤を服用していたマウスでは、腸管膜リンパ節での「CD4+Foxp3+制御性T細胞」の誘導が低下しており「消化管粘膜免疫寛容」の破綻を導くことがわかりました。
──「消化管粘膜免疫寛容」には、粘膜組織樹状細胞が必須であること、抗生剤を服用すると「消化管粘膜免疫寛容」が破綻してしまうことがわかったのですね。
佐藤教授:はい。さらに幼若期で抗生剤を服用した野生型マウスと、未服用の野生型マウスを詳しく比較してみたところ、抗生剤服用によって腸間膜リンパ節に存在する粘膜組織樹状細胞の免疫抑制機能が喪失してしまい「CD4+Foxp3+制御性T細胞」の誘導を弱めてしまうという仕組みなども明らかにすることができました。
今回、アレルギー発症に関わるさまざまな仕組みがわかったので、この結果を応用し、アレルギーに対する新たな治療法の開発などにつながればいいなと思っています。
抗生剤の使用は主治医の指示に従って
──今回の結果を踏まえて、子どものアレルギー発症リスクを下げるために注意した方が良いポイントを教えていただけますでしょうか?
佐藤教授:“主治医の指示にしたがって、適切な抗生剤の使用をしてください”と伝えたいですね。
幼稚園・保育園・認定こども園に通っている子どもがいる親御さんは、子どもが熱を出すたびに、しょっちゅう通園先から呼ばれたりするんですよね。そういうのが続くと、早く病気を治したいあまり「抗生剤を出してくれ」という方も多くいらっしゃるんです。
繰り返しになりますが、抗生剤は細菌の増殖をおさえるものですので、ウイルス感染には効かないんです。風邪のほとんどはウイルスによるものですので、抗生剤をもらっても意味がないものを飲ませてしまう…というケースもあるんです。
小児科の先生が判断して抗生剤を出す場合は、もちろん服用していただきますが、必要以上に抗生剤を出してもらったり、使用をしたりするのは避けるのがいいでしょう。
アレルギーの新たな治療法開発へ期待
──今回の結果を踏まえ、これから研究をしようと思っている、もしくは現在おこなっていることはありますか?
佐藤教授:私たちは基礎研究者なので“仕組みを解き明かす”というのが一番の知的好奇心なんです。
今回の研究で仕組みを理解できたので、基礎研究者としてある程度満足できているのですが、今後このような研究に興味を持っている臨床の先生や製薬企業の方々と、アレルギーの発症に関わる「樹状細胞」をターゲットとした薬剤開発ができたら嬉しいなと思います。
研究者単独でおこなうことは難しいので、夢のような話ではありますが、今後私が得た知見をもとに、食物アレルギーを含めたアレルギー疾患の医薬開発ができればいいですね。
── 佐藤教授、本日はどうもありがとうございました!
Wellulu編集後記
アレルギーを発症する人が増えている背景、食物アレルギーの発症に関わる「消化管粘膜免疫寛容」の仕組みなど、今まで知らなかったアレルギーに関する知識を得ることができました。
今回の研究では、抗生剤の服用がアレルギー発症リスクを高める仕組みが明らかになったとのこと。小さな子どもがいる読者の方には、ぜひ“抗生剤の服用は主治医の指示に従う”ということを心がけていただきたいです。
今回の研究結果が、今後アレルギー疾患の医薬品開発などに寄与することに期待が高まります。
本記事のリリース情報
専門領域は免疫学。北海道大学大学院理学研究科化学専攻博士課程終了、博士(理学)取得。カナダ国The John. P. Robarts医学研究所・ポストドクター、東京大学医科学研究所・助手、鹿児島大学医学部医学科・講師、理化学研究所横浜研究所免疫・アレルギー科学総合研究センター・チームリーダーを経て、現職。