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「睡眠休養感」や「徐波睡眠」とは?睡眠は精神状態を示すバイタルサイン【日本大学・鈴木教授】

心と体の健康の維持増進には、適切な睡眠時間の確保が重要とされている。

しかし、睡眠時間が十分だったとしても、倦怠感が残るなど快適な目覚めを得られない眠りでは、睡眠本来の目的を果たしたとは言えない。睡眠本来の目的とは、心身の機能の回復。より必要なのは、いわゆる睡眠の質を示す指標「睡眠休養感」や「徐波睡眠」に目を向けることだ。

今回は、研究者たちのなかでも注目を集めている「睡眠休養感」にも触れながら、睡眠とメンタルヘルスの関係について、日本大学医学部精神医学系精神医学分野の鈴木正泰教授にお話を伺った。

鈴木 正泰さん

日本大学医学部精神医学系精神医学分野 教授

精神科医。専門領域は、睡眠障害、うつ病などの気分障害。2002年日本大学医学部卒業。2008年に博士(医学)取得。日本大学医学部精神医学教室、イタリアSan Raffaele大学臨床神経科学分野を経て2020年より現職。

目次

主観に基づいた“良質な睡眠”を示す指標「睡眠休養感」

──まずは睡眠の質を示す指標である「睡眠休養感」について教えていただけますでしょうか?

鈴木教授:睡眠休養感とは、朝目が覚めたときに睡眠によって十分に休息がとれたという感覚を指す言葉です。「よく寝たな!」という時は睡眠休養感が高く、反対に「疲れが取れていないな…」という時は睡眠休養感が低いということになります。例えば8時間寝たからといって疲労感や倦怠感が必ずとれるとも言い切れません。国立精神神経医療研究センターの先生方が中心となって研究を行った結果、睡眠休養感が睡眠の質を反映する指標となるだろうと結論づけました。

──どのような背景から、睡眠休養感という指標がつくられたのでしょうか?

鈴木教授:これまで健康と睡眠との関連性に触れるとき、睡眠時間が重要視されてきました。しかし、これは「睡眠の質」の話になりますが、これまで何をもって良質な睡眠と呼ぶのか?定義づけることができなかったため、被験者の主観に基づいた「睡眠休養感」をひとつの指標にするようになりました。

──被験者の主観がベースにあるとのことですが、研究過程において、どのようにして睡眠休養感を計測するのでしょう。

鈴木教授:あくまで「感覚」なので、被験者に睡眠に関するさまざまな質問を投げかけて評価します。「睡眠によってリフレッシュした感覚があるか」「疲労が回復したと感じるか」といった、質問に対する回答から計測しています。

──何か特別な機器を用いて計測するとか、数値化するとは違うアプローチですね。

鈴木教授:健康と睡眠との関係を調べる研究調査では、寝付くまでの時間や、途中で起きた時間を機器を用いて計測することが多くあります。一方、睡眠休養感に関する調査では、睡眠に関するさまざまな問題も内包したうえで、休息という睡眠の一番の目的をどれほど達成できたかを被験者にダイレクトに聞くという方法がとられます。

メンタルヘルスにも重要な「睡眠休養感」

──睡眠休養感を向上させるための方法はあるのでしょうか?

鈴木教授:どのような睡眠がとれると睡眠休養感が向上するかは、今後の検討課題として考えています。いずれにせよ、睡眠休養感は体の健康だけでなく、心を健康に保つ上でも重要と考えられ、最近私たちが行った研究でも休養感のない睡眠の人は、その後のうつ病の発症リスクが高かったことが明らかになっています。精神疾患を発症するリスクが高まるだけでなく、日常における感情のコントロールも難しくなる可能性があります。

──睡眠とメンタルヘルスの関係性についても教えてください。

鈴木教授:睡眠とメンタルヘルスの関係性はとても深いです。私自身は精神科医ですが、診察に訪れた患者さんには、睡眠の状態をほぼ毎回尋ねます。睡眠について何かしらの問題が生じている場合、それが精神疾患の増悪や再発の兆候となっている可能性があるからです。

睡眠が十分にとれていれば、治療の経過も良い場合が多く、反対に睡眠がなかなかとれていなければ、精神的不調も長く続く傾向があります。そのようなことから、睡眠は精神疾患の重要なバイタルサインであると考えています。

また、多くの研究から不眠症状がある人はそうでない人に比べて、うつ病を発症するリスクが約2倍高いこともわかっています。

ノンレム睡眠とどう違う?脳機能の休息・回復に不可欠な「徐波睡眠」

──うつ病を発症するから不眠になる、わけではないのですね。

鈴木教授:そのあたりの関係は複雑です。睡眠の最大の目的は心身の休息・回復です。実は、うつ病の患者さんの多くでは「徐波睡眠(じょはすいみん)」と呼ばれる深い睡眠がとれていません。深い睡眠こそ脳機能の休息・回復に不可欠です。不眠症がうつ病のリスクになることについては、脳を休ませることができていない状態が長く続いた結果と考えることもできるかと思います。もちろん、うつ病の一症状としても不眠は現れます。

──徐波睡眠について、詳しく教えていただけますか。

鈴木教授:「徐波睡眠」はノンレム睡眠の中でも深い睡眠のことを指します。睡眠にはいくつかの段階があり、一般的には入眠してすぐに浅いノンレム睡眠が現れて、そのあとに深いノンレム睡眠に移行します。その後、レム睡眠とよばれる急速な眼球運動を伴う睡眠が現れます。そのサイクルが90〜120分程度で、一晩あたり4〜5回繰り返されます。次の図が示すように、ノンレム睡眠は深さに応じて4段階にわけられ、もっとも深いステージ3〜4の睡眠を脳波の波形から徐波睡眠と呼びます。

成長ホルモンの分泌や体内の回復につながる徐波睡眠!体を休めるレム睡眠

鈴木教授:徐波睡眠は、脳をしっかりと休ませ、成長ホルモンを分泌して体内の回復をおこなう働きをもちます。一方、レム睡眠では、一部を除く全身の筋肉が弛緩することから、体を休める働きをもつとされています。レム睡眠中の脳波活動は浅いノンレム睡眠に似ており、鮮明な夢を見るのはレム睡眠中と考えられています。

記憶力の低下やイライラするなど、不眠症による影響とは?

──先ほど「不眠」という言葉が出てきましたが、睡眠休養感や徐波睡眠がきちんととれていないと、体にも精神的にも悪影響ということになりますよね?

鈴木教授:そうですね。睡眠休養感と徐波睡眠との関連はまだよくわかっていませんが、寝ているつもりでも睡眠により休息がとれていないと感じる場合は、心身の回復が不十分である可能性があります。朝起きた瞬間から疲れた感じがする、ささいなことでイライラする、気持ちに余裕がなくなる、目の前のことに集中できずにボンヤリしてしまう、パフォーマンスが低下する、記憶力の低下を感じる。このあたりは睡眠休養感の低さの現れと考えていいと思います。

不眠症の定義とは?「入眠困難」、「中途覚醒」、「早期覚醒」の3タイプ

──不眠症の定義はありますか?

鈴木教授:次の3つが揃った場合に不眠症と診断されます。ひとつは、寝付けない入眠困難、途中で何度も目が覚めてしまう中途覚醒、とても早い時間に目が覚めて以降眠れなくなる早期覚醒といった睡眠問題がみられること。もうひとつは、眠るのに適切な環境下で睡眠問題が起きているということ。そして、それによって日中に寝不足の症状を認める。この3つが揃うと、不眠症と診断されます。

──睡眠に費やす時間の長さにかかわらず睡眠休養感が得られていないと感じる人は、不眠症の可能性も考えておいたほうが良さそうですね。

鈴木教授:先に説明した不眠症の定義に当てはまるような状態が続くと、様々な疾患のリスクが上がりますので、医療機関の受診を検討した方がよいと思います。糖尿病や高血圧、脂質異常症などの生活習慣病の多くは、不眠症だと罹患率が高まります。また、うつ病患者さんでは85%の人で不眠症がみられることから、精神疾患の兆候として不眠が現れている場合もあるので注意が必要です。

眠れない…を解消するための睡眠指針12カ条

──メンタルヘルスだけでない健康を手に入れるために、睡眠の状態を確認して見直すことの重要性を感じますね。

鈴木教授:2014年に、厚生労働省が「健康づくりのための睡眠指針」という12カ条を発表しています。患者さんへの指導としては、臨床現場で最も汎用されているものなので皆さんにとっても参考になるかと思います。

──睡眠指針をベースに患者さんへの指導をされているとのことですが、実際に指導をしていくなかで鈴木教授が感じること、工夫されていることはありますか?

鈴木教授:世代別の指導については、もう少し具体的に伝えるように心がけています。例えば、若い世代は寝床でスマホを見続けてしまう傾向にあるので、その点を注意します。「夜更かしをしない」「朝日をきちんと浴びる」「朝食をとる」の三点をしっかり伝えます。

この三点に留意することで、睡眠と覚醒のリズムが乱れにくくなります。就労世代では、過剰労働を避けて「休養する時間を確保する」不眠や睡眠時無呼吸症候群などの「睡眠障害の兆候が見られたらすぐに専門医へ受診する」といった点が大事です。

7時間睡眠では足りない人も!ベストな睡眠時間を知ろう

──休養する時間を確保する、とありました。睡眠時間を長くとればいいわけではないことを理解したうえで、大体何時間くらい確保するといいでしょうか。

鈴木教授:健康と睡眠にまつわる成人を対象とした調査の多くでは、7時間睡眠の人で最も病気や死亡のリスクが少なかったことが報告されています。しかし、適切な睡眠時間の個人差は大きく、全ての人において7時間睡眠がよいというわけではありません。

いわゆるショートスリーパーやロングスリーパーの方もおり、4〜5時間がちょうどいい人、成人でも9時間がベストに感じる人もいるでしょう。

平日の睡眠時間が足りているかどうかについては、週末の睡眠時間で判断すると良いと思います。土日を迎えたときに睡眠時間がかなり伸びるようであれば、不足していると考えて良いと思います。

──今日からすぐに始められる睡眠の質を改善する方法などがあれば、教えていただきたいのですが…。

鈴木教授:日中のストレスを寝床に持ち込まないことが重要です。そのために、寝る前に心身ともにリラックスした状態を作れるとよいと思います。例えば、先に入浴を済ませたあと軽いストレッチやヨガなどをして体をほぐして心を落ち着ける時間をつくるのはおすすめです。市販のホットアイマスクなどを活用して思考をリセットするのもいいですね。もちろんこれ以外にも、自分にとってリラックスできる方法であればどんなことでもいいと思います。

──鈴木教授、本日は貴重なお時間をありがとうございました!

Wellulu編集後期

今回は、日本大学医学部精神医学系精神医学分野の鈴木正泰教授にお話を伺いました。

睡眠の目的は脳を休めることであり、そのためには睡眠にあてた時間ではなく目覚めたときの睡眠休養感が大事であることや、睡眠とメンタルヘルスが深く関わりあっていることなどを知ることができました。

睡眠不足によるイライラ感や集中力の低下については、心当たりがある人も多いのではないでしょうか。鈴木教授からいただいた世代や季節に応じたよりよい睡眠をとるための方法や、すぐにできる実践的なアドバイスを参考にして、今日から早速、生活サイクルに取り入れて睡眠の質改善に取り組みたいと思います。

本記事のリリース情報

精神医学分野 鈴木正泰教授の取材記事がウェルビーイングメディア「Wellulu」に掲載されました。

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