大阪公立大学の研究によると、日本の大学生のヘルスリテラシーは国際的に見ても低い水準にあることが判明しました。特に、健康・医療情報の「評価」と「活用」に自信のなさが明らかになり、全体の85%が「問題あり」、または「不十分」に該当するとのこと。この調査結果は、生涯を通じた病気の予防・健康維持において、若年層からの継続したヘルスリテラシー教育の重要性を示唆しています。
大学生にとって、信頼できる健康情報を選び取り、適切な意思決定をするためのヘルスリテラシーの向上は不可欠です。本記事では、大学生のヘルスリテラシーの現状と、向上させるポイントについて紹介します。
ヘルスリテラシーとは?
横山 久代さん
大阪公立大学都市健康・スポーツ研究センター 教授
本記事のリリース情報
大学生のヘルスリテラシーに関する研究がWebメディア「Wellulu」で紹介されました
正しい情報に基づいた健康意思決定ができていない!「ヘルスリテラシー」の低下
──横山教授、今回の調査を行ったきっかけについて伺えますか?
横山教授:実際にヘルスリテラシーの研究は私の専門分野ではなかったのですが、学生との日常的な接触の中で、この分野の重要性を感じ、コロナ禍以降、本格的に研究を始めました。
──元々は違う分野の研究を専門とされていたんですね。学生と接する中で、どういった経緯でヘルスリテラシーの重要性を感じたのでしょうか?
横山教授:20年以上にわたる内科医としての経験の中で、特に若い患者の間で、インターネットに基づく誤った情報に翻弄されるケースが増えていることに気付きました。これは自身の健康に関する適切な意思決定ができない状態にもつながります。特にコロナ禍で一変した日常生活、ワクチンに対する誤解や医療従事者への差別的な発言などを目の当たりにし、冷静な情報の取捨選択が必要だと感じ、ヘルスリテラシーの重要性を痛感しました。
──なるほど。近年だとSNSや専門性の低いメディアによる情報発信が、ヘルスリテラシーにも影響を与えているのですかね?
横山教授:それもあると思います。専門家でなくても気軽に情報を発信できる環境が、情報源の確認を怠る傾向を生んでいます。特にワクチンに関する有効性や誤った情報への信頼、誤解など、多くの学生が根拠の薄い情報に基づいて行動していることが見受けられました。これは学生に限らず、社会全体の課題です。
ヘルスリテラシーは、健康情報を適切に入手、理解、評価、活用する能力
──ヘルスリテラシーの定義とは具体的にどのようなものでしょうか?
リテラシーは、健康に関する情報を適切に入手、理解、評価し、自分の健康増進や治療のために活用する能力を指します。具体的には、以下の四つの能力が重要です。
まず、情報入手能力です。これは、医師や看護師からの話、メディアやインターネットからの情報の収集を含みます。次に、理解能力。これは、口頭や書面での健康に関する情報を正確に理解する能力です。そして、評価能力。これは情報の信憑性や正確性を見極める力で、情報源や根拠、最新性を考慮することが重要です。最後に、活用能力。これは入手した正確な情報を基に、適切な医療機関を選択したり、自己の健康行動を改善する力です。
──ヘルスリテラシーは個人の能力だけでなく、専門家の助言やサポートも重要なのでしょうか?
横山教授:その通りです。個人だけでは専門外の情報を正確に理解し、適切に活用するのは難しいです。したがって、医師や専門家からのアドバイスを活用し、正しい情報に基づいた健康意思決定を行うことが、ヘルスリテラシーを高める上で非常に重要です。
日本は海外に比べてヘルスリテラシーが低い!教育面での課題も
──現在の日本におけるヘルスリテラシーの状況について、課題感や研究の方向性について教えていただけますか?
横山教授:実は、ヘルスリテラシーに関して日本はいくつかの課題を抱えています。海外の研究では、ヘルスリテラシーが低いことで医療費の増大や検診受診率の低下などの問題が報告されています。反対に、ヘルスリテラシーが高いと健康的な生活習慣が見られることが明らかになっています。日本の場合、以前はヘルスリテラシーが高いと考えられていましたが、実際には欧州諸国と比較して低いことが2015年、聖路加国際大学の中山和弘先生らの報告によりに明らかになりました。
──欧州と比べて日本はヘルスリテラシーが低いのですね…。具体的に日本は海外と比べてどんな課題があるのでしょうか?
横山教授:日本におけるヘルスリテラシーの課題は、情報発信システムの不足、公的な健康支援プログラムの欠如、かかりつけ医の不在、そして特に教育面での課題が大きいです。例えば、北欧(フィンランド)では妊娠期から子育て期にわたり保健師のサポートがありますが、日本ではそのようなサービスが一般的ではありません。また、学校教育におけるヘルスリテラシーの授業が不十分であり、主に健康や栄養に関する知識伝達に留まっています。他国では、健康に関するテーマを探究し、自分自身の健康行動に反映させるような教育が行われていますが、日本ではそのような実践的な授業はまだまだ少ないです。
──日本の教育において、ヘルスリテラシーを高めるために必要な変化は何でしょうか?
横山教授:日本では、まずヘルスリテラシーに対する理解が不十分であり、単なる健康教育とヘルスリテラシー教育を混同している傾向があります。知識の伝達だけでなく、学生自身が情報を判断し、問題解決に導くための実践的な授業が必要です。例えば、健康に関する情報の真偽を見極める能力、自己の健康行動に関する自己評価と改善など、より実践的なアプローチが求められています。また、健康教育を担当する教員の資質や教育内容の充実も重要です。海外の例を見ると、例えばアメリカの一部の州では看護師資格を持った教員が健康教育を担当するなど、専門性を持ち合わせた教育が行われていますが、日本ではそのような体制はまだ確立されていません。
ヘルスリテラシーが高い人ほど「健康的な生活習慣」「良好な人間関係」を築けている
──今回の研究では具体的にどのような調査を行ったのでしょうか?
横山教授:この研究では大学生を対象に調査を行いました。彼らが親からも自立し始める時期であり、健康に関する意思決定を自分で行うようになる重要な時期だからです。調査は大阪市立大学と大阪府立大学(のちに大阪公立大学に統合)の学生1,049名にWebを通じて実施しました。
ヘルスリテラシーを評価するために、国際的に使用される「HLS-EU-Q47」というスケールを用いました。これは47問の質問で構成されており、自己評価式の質問です。例えば、「医師から得た情報を自分にどのように当てはまるか判断するのは簡単か難しいか」や「病気の治療に関する情報を見つけるのは簡単か難しいか」といった質問が含まれます。このスケールは、ヘルスリテラシーの4つの能力(情報入手、理解、評価、活用)に関連する質問を通じて、個人の自覚的なヘルスリテラシーのレベルを評価します。
──この調査は主観的な評価の観点が強そうにも感じました。
横山教授:はい。正確には、この調査は自己評価に基づくもので、客観的な質問紙は用いていません。例えば、薬のラベルを読んで理解する能力や、栄養素の計算問題などの客観的な質問もあるのですが、日本の大学生であればほとんどの場合100点を取ることができるでしょう。そのため、今回は国際的に使用されるスケールを採用し、他国の報告との比較が可能になるようにしました。
──研究から見えてきた、大学生のヘルスリテラシーに関する問題点や、健康的な生活習慣との関連はありますか?また、ヘルスリテラシーが高い人の特徴や傾向などありましたか?
横山教授:大学生の85%がヘルスリテラシーに問題があるか、不十分であるという結果が出ました。日本の大学生は、ヨーロッパの同じ調査を行った場合よりもヘルスリテラシーのレベルが低いことが示されました。
特に、「情報の評価」と「活用」に関して低いスコアが見られました。情報入手や理解に関しては平均的なスコアでしたが、評価と活用の面で課題があることが明らかになりました。
また、調査からは健康的な生活習慣や良好な人間関係を持っている学生ほど、ヘルスリテラシーのレベルが高いという結果も出ました。具体的には、睡眠状況や健康に配慮した食事、人間関係の質などが良好な学生は、ヘルスリテラシーのレベルも高い傾向にあります。逆に、ヘルスリテラシーのレベルが高い学生は、健康に関する自己評価も高いという関連性も見られました。
──ヘルスリテラシーが高い学生ほど健康的な生活習慣を実践し、良好な人間関係を築いている可能性があるのですね!一方で大学1年生のヘルスリテラシーに関して、特に低い結果が見られたとのことですが、その要因についてどのようにお考えですか?
横山教授:はい、1年生がヘルスリテラシーレベルが低いという結果について、いくつかの要因が考えられます。まず、1年生は親から自立し始める時期であり、初めての一人暮らしに伴う食生活の変化や健康管理の課題が生じています。例えば、野菜や果物の摂取が減少したり、食生活が乱れたりすることが多いです。また、大学生活への適応、新しい人間関係の構築、学業への責任感など、様々な変化に直面しているため、健康に関する不安や問題が生じやすい時期です。
これらの経験がヘルスリテラシーに影響を与えている可能性があります。1年生は健康情報を探求する機会が増えるものの、結果として自分に納得いく答えを見つけにくい状況にあるかもしれません。これは、大学での研究やレポート作成などを通じて情報収集や解釈のスキルが向上するにつれ、ヘルスリテラシーが高まる可能性を示唆しています。
情報の批判的評価や適切な活用に関する教育が様々な情報リテラシーを向上させる
──自由記述の設問ではどのような内容が得られたのでしょうか?
横山教授:自由記述の設問では、学生たちにインターネット上で健康情報を検索する際の体験や感想、困難を自由に書いてもらいました。具体的には、インターネットで健康情報を探す際の注意点や難しさ、疑問点などです。
調査結果からは、男女間でヘルスリテラシーに差があることもわかりました。これは意外な傾向ではあったのですが、男性学生はインターネットで健康情報を検索する際に、情報源を確認したり、複数の情報を比較したりすることを具体的に記述していました。一方で、女性学生はダイエットや美容に関する情報を多く検索しており、情報の多さから自分に合った方法を見つけるのに困難を感じているという回答が多かったです。
──この結果から、ヘルスリテラシーに関する男女の違いについて何か感じられることはありますか?
横山教授:はい。男子学生は健康情報を批判的に評価する傾向があり、女子学生は情報を受け入れやすい傾向があるようです。これは、ヘルスリテラシーを高める上で、男女それぞれに合わせたサポートや教育が必要であることを示唆しています。
──ヘルスリテラシーを高めるためには、具体的な経験やトレーニングが重要だということですね?教育によるアプローチとしてどのようなものが効果的だと考えられますか?
横山教授:はい、正確には、ヘルスリテラシーを高めるためには、情報収集や解釈のスキルを磨くことが重要です。大学生活の中で、論文の読解やレポートの作成などを通じて、情報の批判的評価や適切な活用を学ぶことが、ヘルスリテラシーの向上につながると考えられます。これは、健康に関連する情報に限らず、様々な情報に対するリテラシーを高める上で重要なプロセスです。
ヘルスリテラシーを高める3つのポイント
──ヘルスリテラシーを高めるための具体的な方法はありますか?
横山教授:ヘルスリテラシーを高めるためには、まず情報を批判的に見ることが重要です。そのためには、「情報発信者を確認する」・「情報の根拠を確認する」・「情報が最新であるか確認する」の3つのポイントを意識することが効果的です。
1 情報発信者を確認する
情報が信頼できる政府機関や教育機関から発信されているか、民間企業や個人ブログなど営利目的で発信されているかを見分ける。ウェブサイトのドメイン名(例えば、go.jp、ac.jpなど)をチェックすることで、発信元を推測できます。
2 情報の根拠を確認する
情報が根拠に基づいているかどうかを確認する。根拠が示されていない、あるいは不明確な情報には注意が必要です。また一次情報(根拠となるデータ参照元)がどこであるかも確認しましょう。
3 情報が最新であるか確認する
特にインターネットの情報は、古いものか新しいものかを確認することが大切です。ウェブサイトが最終更新された日付などをチェックし、最新の情報を得るようにしましょう。
以上の3つのポイントを意識することで、誤った情報に惑わされるリスクを減らすことができます。また、ヘルスリテラシーを高めるためには、日頃から健康情報に関心を持ち、自分で情報を探求する習慣をつけることも大切です。信頼できるソースからの情報を得ること、そしてそれを自分の状況に適用してみることが、ヘルスリテラシーを高める鍵となります。
──確かに、普段よく目にする情報の多くが、政府や教育とは限らないメディアや企業、個人のものが多いかもしれません。
横山教授:はい、特に誰でも情報発信できるようになった現在では、信頼できる情報を見つけるのは容易ではないかもしれません。特に批判的に見てほしいのは、営利目的であるようなサイトです。情報を得るために個人情報の入力を要求するサイトや商品を販売するサイトなどは、商品販売やマーケティングを目的としている場合が多く、自身の都合の良い方に誘導しているため信頼性に欠けることがあります。
自分自身で健康情報を評価し、自分の状況や体質・体調に合わせて適用する
──他にも気をつけるポイントはありますでしょうか。
横山教授:前提としてぜひ心に留めておいてほしいのが、「他人に当てはまることが自分にも当てはまるとは限らない」ということです。自分の状況や体質・体調に合わせて、情報を適用する際には注意が必要です。
自分自身で情報を評価し、自分の状況に合わせて適用することが、健康を守る上で欠かせないスキルとなります。
──まさにメディアによる情報提供が私たちの生活を揺さぶることもあるように思います。
横山教授:はい、メディアが提供する情報には、しばしばセンセーショナリズムが見られます。例えば子宮頸がんワクチンの報道では、HPVワクチンを受けた女性たちが歩けなくなった様子がメディアに出たことで一部のネガティブな事例が強調され、ワクチン接種が積極的に推奨されてなかった時期がありました。
これを「ワクチンのせいだ」と報道してしまうとそのように聞こえてしまうのですが、実際にワクチンには「副反応」と「有害事象」というものがあり、ワクチンが原因だと証明されているものが副反応、因果関係がわかってないものは有害事象です。ワクチンを打った後に起こった症状は因果関係が明らかでなくても有害事象とされるのですが、メディアは「副反応」と「有害事象」とを必ずしも区別して伝えていないことがあるのです。このような報道は、公衆の健康に関する意思決定に影響を及ぼし、本来できたはずの大切な予防措置を取る機会を損なうことがあります。
医療専門家の意見や科学的根拠に基づいた健康情報を優先し、多角的に収集・評価する
──大きく取り上げられるメディアの情報も、自分で判断と選択をしないといけないですね。
横山教授:はい。メディアは視聴率や読者数を意識して、衝撃的な内容やネガティブなニュースを選びがちです。しかし、これらの情報が必ずしも正確で完全ではないこともあります。健康に関する情報を得る際は、メディアの情報も批判的に見る必要があります。出典や根拠、情報の新しさを確認し、一方的な報道に流されず、複数の信頼できる情報源から情報を得ることが重要です。
ぜひ皆さんには、特に健康に関する情報を選ぶ際に、メディアの情報に頼るだけでなく、自分で情報を調べ、信頼性を判断する能力を高めていってほしいと思います。これには、先ほど述べたヘルスリテラシーを高める方法が役立ちます。自分自身の健康に関する意思決定を行う際には、メディアの情報を一つの参考として利用し、他の信頼できる情報源も併せて参照することが大切です。特に、健康に関連する重要な判断を下す際には、医療専門家の意見や科学的根拠に基づいた情報を優先するべきです。メディアは情報の提供源の一つですが、その情報が全てではないことを理解し、多角的に情報を収集・評価することが重要です。
──先生が今行っていることや今後の取り組みについてのお考えもお聞かせください。
横山教授:今回の研究結果を受けて、ではどうヘルスリテラシーを上げていくかというところで、大学で授業を行っています。学生たちが実際に健康情報に関する疑問を持ち、それを調べるプロセスを通じて、健康情報の信頼性を評価する方法を学んでいます。例えば、「朝食を抜くと太る」といったような日常で自分が気になった健康情報について真偽を調べます。インターネット上で情報を検索しながら、その情報源が信頼できるかどうかを評価し、また自分はどう活用できそうかも考えていくものです。
このアプローチは、学生が日常生活で遭遇する様々な健康情報に対して、自分で判断できる力を養うことを目的としています。実際に学生からは好評で、「もっと早く知りたかった」という声も多いです。
今後の教育分野における取り組みとしては、小中学校からヘルスリテラシー教育を導入することが重要だと考えています。子どもたちが早い段階から、健康に関する情報を適切に理解し、評価する能力を身に付けることが望ましいです。現在の教育指導要領にはヘルスリテラシーの言葉が含まれているものの、実際の授業でどのように取り組むかは今後の課題です。子どもたちの発達段階に応じた、実践的で効果的なヘルスリテラシー教育の開発が求められています。
🔳大阪公立大学が授業で使用しているeラーニングコンテンツ
「焦げを食べたらガンになる?」他、全11編https://twitter.com/OsakaMetUniv/status/1692451671572648358
Wellulu編集後記:
今回、横山教授の「大学生のヘルスリテラシーレベル」に関する研究のお話をお伺いして、健康情報を適切に理解し、自身の健康に関する意思決定に活かす能力の重要性を改めて感じました。この能力は、情報入手、理解、評価、活用の4つの能力に基づき、情報発信者の確認、情報の根拠の確認、情報の最新性の確認は、正しい健康意思決定を行う上で欠かせません。
また、ヘルスリテラシーが高い人は良好な人間関係を築いているという結果も注目に値します。健康的な生活習慣を実践し、良好な人間関係を築くためにも、本記事を読んだ皆さんがヘルスリテラシーを高める意識をより強く持ってもらえたらうれしいです。
糖尿病専門医としての臨床経験をふまえて、運動を介したウェルビーイングを実現するための方策や、アスリートの栄養サポートに関する研究を行っている。また、スポーツドクターとして、運動指導、スポーツ現場でのメディカルサポートにも携わっている。大阪市立大学都市健康・スポーツ研究センター准教授を経て、2022年より現職。