健康によい食材というイメージのきのこ。「菌活」というワードもよく耳にするが、実際にきのこに含まれる栄養とは?きのこに含まれるエルゴチオネインというアミノ酸が私たちの健康にどう関わっているのか。お肌の健康にもつながるエルゴチオネインの効果や毎日の食生活にきのこを取り入れるポイントなど、今回、ホクト株式会社の森さんに詳しくお話を伺った。
森 光一郎さん
ホクト株式会社 開発研究課 係長 薬学博士
本記事のリリース情報
菌活で腸内環境の改善。きのこが身体にいい理由
──まずきのこについて、たくさんの種類があると思いますが、栄養面も含め、教えていただけますか?
森さん:そうですね。日本に自生しているきのこの種類は、推定で4000~5000種類ほどありますが、実際に食用にされているのはそのうちのごく一部、100種類ほどです。さらに、林野庁の統計によると、栽培されている食用きのこの種類はおよそ25種類程度とされています。毒きのこと確定しているものは200種類程度で、多くのきのこが食毒不明で、食べられるかどうか判明していません。
私たちが普段口にしている食用きのこの約90%は水分で、残りの10%の固形分にはさまざまな栄養素が含まれています。一番多い成分は食物繊維で、固形分の約30%を占めています。これは一般的な葉物野菜よりも多い量になります。
食物繊維は、短鎖脂肪酸の生成を促し、免疫力の向上や運動の持久力向上、便通の改善など、身体に多くのよい影響をもたらし、健康を保つのに役立ちます。また、きのこは低カロリーで低脂質な食材でもあるため、ダイエットや生活習慣病の予防にもピッタリと言えます。
──きのこは身体によいというイメージがありましたが、その通りなのですね!よく耳にする「菌活」についても教えていただけますか?
森さん:菌活とは、きのこなどの菌類を積極的に食生活に取り入れることで、身体の中から健康や美容を向上させる生活習慣のことを指します。きのこに含まれる栄養素、とくに食物繊維は腸内環境を整えることで知られており、菌活の中心を担う存在の一つです。
腸内環境の健康をサポート!プレバイオティクスとプロバイオティクス
──きのことプロバイオティクスとプレバイオティクスとの関係を教えてください。
森さん:プロバイオティクスとは、乳酸菌やビフィズス菌のような有益な生菌を指し、これらを摂取することで直接的に腸内環境を改善しようとするアプローチです。
一方で、プレバイオティクスとは、これら有益菌のエサとなる食物繊維やオリゴ糖などを指します。きのこは、主にこのプレバイオティクスの役割を果たし、その豊富な食物繊維が腸内の善玉菌を育てるはたらきをします。
このプロバイオティクスとプレバイオティクスを組み合わせたシンバイオティクスというものが重要で、組み合わせることにより、腸内環境の健康を効率的にサポートするものです。たとえば、乳酸菌入りのヨーグルトに食物繊維を加えた製品など、市販の商品で見たことがある人もいるのではないでしょうか。きのこを日常的に摂り、乳酸菌のヨーグルトと組み合わせて食べることで、腸内環境をさらに良好に保つことが可能です。
抗酸化作用を持つアミノ酸の一種「エルゴチオネイン」
──続いて、きのこに多く含まれるエルゴチオネインという成分についても教えていただけますか?
森さん:エルゴチオネインは、菌類や一部の細菌のみが生産できるアミノ酸の一種で、強力な抗酸化作用を持っています。その抗酸化力により、体内で生成される活性酸素から細胞を保護する役割を果たしています。この活性酸素とは、呼吸で体内に取り込まれる酸素が高い反応性を持つ状態に変化したもので、これが過剰になった場合、細胞の老化や病気の原因となります。エルゴチオネインは、これらの活性酸素を無害化し、細胞の損傷を防ぐことで、老化の遅延や健康の維持に寄与します。
エルゴチオネインはきのこに非常に高濃度で含まれているもので、他にも麹を使った甘酒(味噌は含まれる可能性有りますが、データがほとんど無いので)などといった一部の発酵食品に含まれています。
肌を紫外線や乾燥から守る?エルゴチオネインの保護力
── ホクト株式会社がエルゴチオネインの研究をするに至った経緯を教えてください。
森さん:2005年に発表された研究で、エルゴチオネインを細胞に取り込むための特定のタンパク質(トランスポーター)が発見されたことが大きなきっかけとなりました。人間を含む動物において身体がエルゴチオネインを積極的に取り込んで利用するシステムが備わっていることを発見した、というものでした。
加えて、私たちの研究グループが行った動物試験において、きのこを摂取した際の腸内細菌や血中の成分の変化を見ていた中で、偶然血中のエルゴチオネイン濃度が顕著に上昇することを観察しました。
この事実が、エルゴチオネインがどのようにして体内で利用され、また、どのような生理的な役割を果たしているのかを研究するきっかけとなりました。
エルゴチオネインが肌のうるおいを保つ!
── まず、エルゴチオネインを多く含むきのこを食べさせたマウスが紫外線ダメージを受けたときの肌への効果に対する実験でわかったことについて教えてください。
森さん:この実験では、マウスを用いて紫外線による肌のダメージに対するエルゴチオネインの効果を調べました。マウスにエルゴチオネインを多く含むヒラタケを食べさせ、紫外線を照射してダメージを与えた後に皮膚の状態を調べました。
その結果、エルゴチオネインを食べていたマウスは、紫外線を照射したことによる肌のバリア機能の障害が軽減され、水分量が保持されることが確認されました。これにより、エルゴチオネインの抗酸化作用が、紫外線による皮膚の細胞の損傷を軽減することがわかりました。
── 続いて、女性を対象にエルゴチオネインを摂取した研究でわかったことについて教えてください。
森さん:この実験では、エルゴチオネインを含むヒラタケを毎日摂取することで、同様の効果が人間にも見られるかを調査しました。参加者にはエルゴチオネインが25mg含まれる、ヒラタケ50g相当の錠剤、またはプラセボ錠剤を12週間にわたり摂取してもらいました。この期間中、定期的に肌の水分量やシミ、しわの状態を評価しました。
その結果、8週目には有意ににエルゴチオネインを摂取していたグループの肌の水分量が高く、12週目にはシミやしわのスコアにおいて有意に改善が見られました。
これらの結果から、エルゴチオネインが肌の保湿と老化防止に対して効果的である可能性が示されました。また、血中エルゴチオネイン濃度が低い参加者にはとくに顕著な改善が見られました。つまり、特に体内のエルゴチオネインが少ない人にとっては、エルゴチオネインの摂取がよりいっそう有益であることが示唆されました。
── エルゴチオネインが肌を保護してくれるのですね!そのメカニズムを教えていただけますか?
森さん:エルゴチオネインの強力な抗酸化作用が肌を保護する重要な役割を果たしています。体内でエルゴチオネインは、OCTN1というトランスポーターによって腸から血中に吸収され身体のさまざまな細胞に運ばれます。このトランスポーターは全身の多くの臓器に存在し、エルゴチオネインを細胞内に取り込むことで活性酸素を消去し、細胞を酸化ストレスから守ります。
とくに皮膚の場合、エルゴチオネインは表皮に多く存在しており、紫外線などの外的ストレスによって生成される活性酸素を効率よく消去します。活性酸素が皮膚の細胞を攻撃することを防ぎ、結果として皮膚のバリア機能を保持し、水分が外に逃げるのを防ぐ効果があります。実際今回の試験で、エルゴチオネインの血中濃度が高いほど、皮膚のバリア機能が高く水分が保持されるという傾向が見られ、皮膚を保護する効果が高くなると推定されました。
──ちなみにエルゴチオネインは経口摂取以外にも、肌への直接的な塗布などの研究はされているのでしょうか?
森さん:エルゴチオネインは主に食品からの摂取が一般的ですが、実際には化粧品業界でも抗酸化成分として注目されており、多くの製品に配合されています。エルゴチオネインを塗布することで肌の日焼けを軽減するという臨床研究結果が報告されており、、塗布によっても肌のダメージを防ぐ効果が期待されています。
きのこを食べてエルゴチオネイン摂取!美しく健康な肌を
──きのこの種類の中でも、エルゴチオネインを多く含む種類はあるのでしょうか?
森さん:一般的にはヒラタケ属のきのこに多く含まれています。その中でもとくにタモギタケに多く含まれています。(タモギタケもヒラタケ属なので)。タモギタケはエルゴチオネインのサプリメントの原料としても利用されており、100g当たり約100mgのエルゴチオネインが含まれています。ただ、北海道など一部の地域以外では、一般的なスーパーマーケットで見かけることは多くありません。
その他の種類であれば、ヒラタケにも豊富に含まれています。ヒラタケの場合、100g当たり約50mg、エリンギやブナシメジではその半分の約25mg含まれています。エノキタケといった他の一般的なキノコも、エルゴチオネインは含まれているので、きのこを日常的に食べることで、サプリメントと同等以上の効果が期待できます。
── エルゴチオネインの摂取量の目安はありますか?
森さん:エルゴチオネインの記憶力の維持に役立つ機能性表示食品としての推奨摂取量は、1日5mgとされています。ヒラタケを例にすると、100gの中に50mgのエルゴチオネインが含まれているので、1日10g程度に当たる量です。
── エルゴチオネインの過剰摂取による悪影響はあるのでしょうか?
森さん:今のところ過剰摂取による悪影響の報告はありません。実際、欧州食品安全機関(EFSA)の報告では、動物実験では体重1kgあたり800mgのエルゴチオネインを摂取しても安全であるとされており、たとえば50kgの人で計算すると1日に40gのエルゴチオネインを摂取しても安全ということです。
これは非常に大量であり、ヒラタケを例にすると、約800パックの摂取ということになります。
きのこに含まれるうま味成分「グアニル酸」を活かした調理法
──きのこを一度冷凍して使用するとよいと聞くのですが、どういうことでしょうか?
森さん:きのこには、グアニル酸という旨味成分が含まれています。グアニル酸は、きのこの細胞内にあるリボ核酸が酵素により分解されて生成します。冷凍によってきのこの細胞構造が破壊されると、この酵素反応が進みやすくなり、調理時にグアニル酸が増えるため、旨味が増すと考えられています。
── 冷凍や加熱により栄養素が減ることの心配はないのでしょうか。
森さん:きのこを冷凍しても、エルゴチオネインやビタミンなどの主要な栄養素は大きな変化はありません。実際、エルゴチオネインは加熱しても安定しているため、冷凍・解凍の過程でもその量に大きな変化は見られません。したがって、きのこを冷凍することでは栄養価の損失はほとんどないにも関わらず、旨味が増すというメリットがあるということです。
また、エルゴチオネインは熱に強い一方、水に溶けやすいため、きのこを茹でる際にはスープなどにして汁ごと摂取することで、エルゴチオネインを逃すことなく摂取することがおすすめです。
── きのこを美味しく、かつ健康的に食べるためのおすすめの調理法について教えていただけますか?
森さん:きのこはさまざまな料理に合わせやすいので、たとえば、私の家ではカレーや味噌汁に必ずきのこを加えるようにしています。きのこの旨味が引き立ち、さらに美味しく仕上がります。もしサラダに加える場合には、生ではなく加熱してから使ってください。カット済みのきのこを活用するのもおすすめで、レンジで加熱し、そのまま他の野菜と混ぜてマリネやドレッシングで味付けするのも手軽で美味しくたのしんでいただけるはずです。
その他にも、パスタやうどん、ラーメンなどの麺類にも非常によく合います。麺と同時にきのこを茹でることで、一緒に調理ができて便利なだけでなく、きのこが持つ栄養素も一緒に取り入れることができます。カップ麺の場合は、乾燥きのこやカットきのこをトッピングとして加え、お湯を注ぐことで、忙しい時にも手軽に栄養価の高い一品が完成します。
── 日々の食事にすぐ取り入れられそうです!最後に、今後の研究の目標や展望など教えてください。
森さん:エルゴチオネインは全身の酸化ストレスに対抗し、さまざまな健康効果が期待されていますが、その中でもとくに高齢者の健康維持や老化防止に関わるポテンシャルが高いと考えています。具体的には、エルゴチオネインが筋肉の健康にどのように寄与するか、またその他の活性酸素が引き起こす病態に対する保護効果についてさらに詳しく調べていきたいです。
また、エルゴチオネインの認知機能保持に対する効果も非常に興味深く捉えています。既にエルゴチオネインが高い人はフレイル(活動量の低下や寝たきりになりやすい状態)のリスクが低いことが示されています。これらの研究を基に、高齢化社会での健康維持に貢献できる成分として、エルゴチオネインの可能性をさらに探求していく予定です。
私たちは「人生100年時代、老けない・ボケない・寝込まない」というキャッチフレーズを掲げています。エルゴチオネインのパワーを多くの人に知ってもらいたいと思っています。
Welllulu編集後記
低カロリーで低脂質で食物繊維がたっぷり含まれる魅力的な食材であるきのこ。私たちの普段の食事の中でもその風味豊かな美味しさは親しまれてきましたが、まさか腸内環境を整えるだけでなく、皮膚の保湿、シミやしわの改善にもつながるとは驚きでした。また、高齢者の健康維持や老化防止に対する可能性など、これからの研究の行方がたのしみです。