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いつでも倒れられる社会をつくる。最先端の「テクノロジー」が介護に関わるすべての人をウェルビーイングに<株式会社aba>

株式会社aba

介護に関わる人たちにとって、重くのしかかるのが「排せつ」の問題。介護する側の人には負担が大きく、介護される側の人にとっては、羞恥心や尊厳が傷つくことにもつながる。そんな「排せつケア」という難題に、最先端のテクノロジーで立ち向かうのが株式会社abaだ。

2019年に株式会社abaがパラマウントベッドと共同開発し、製品化に成功したのが、においセンサーで排せつを検知する排せつケアシステム「Helppad(ヘルプパッド)」。現在は大幅な改良を加えた「Helppad2(仮称)」の予約販売が始まり、さらなる普及を模索しているという。

そんな株式会社aba・代表取締役CEOの宇井 吉美さんに、起業の経緯や恩師との出会い、この事業がもたらすウェルビーイングな未来について、Wellulu編集部プロデューサーの堂上研が話を伺った。

介護実習での出来事が「排せつケア」の問題に取り組むきっかけに

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堂上:はじめに、「Helppad(ヘルプパッド)」とはどういう製品なのか教えてください。

宇井:「Helppad」は、尿や便を排せつした時のにおいをセンサーが検知して、介護者に知らせてくれるというシステムです。おむつの中をチェックしなくても、排せつしたかどうかがわかり、介護者の負担も、介護される人の負担も軽減することができます。

堂上:要介護者にとっても、「排せつ」を伝えることはやはりハードルが高いのですか?

宇井:実際の介護現場には、寝たきり状態で意思を伝えることができない方もいますし、気恥ずかしさがあって伝えられない人もいます。特におむつに排せつしたことを伝えるのは抵抗がある方も多い。私たちは「Helppad」について、ナースコールを再発明していると考えているんです。排せつしたことを「Helppad」が代わりに伝えてくれる。要介護の人にとっても、家族やヘルパーなどの介護者にとっても、さらには購入を検討する介護施設の方にとっても、導入して良かったと思える製品を目指しています。

堂上:なぜ介護現場の「排せつ」に注目して、「Helppad」の開発を進めていったのでしょうか?

宇井:大きなきっかけは、大学時代に行った特別養護老人ホームへの介護実習です。実習初日に、認知症の方の排せつ介助に立ち会うことになりました。便座の上のお年寄りの体を1人が押さえ、もう1人がお腹を押す。お年寄りがウワーッと叫んでいる光景に、私は驚いて思わず泣いてしまったんです。

そして、介護職員に「これは本人が望んでいるケアなんですか?」と涙を流しながら尋ねました。介護職員からの答えは「わからない」でした。家で介護している家族の方から「できれば施設で排便を済ませてから帰してほしい」と頼まれているという事情を伝えられ、「私たち介護職は、家族のケアも含めて考えなければならない。でも、あなたから『それは本人が望んでいるのか』と聞かれると、答えが出ない。わからない……」という言葉が今でも忘れられません。

堂上:プロの介護ヘルパーの方でも悩まれているんですね。

宇井:そうですね。そのときに「排せつケア」が、介護者の心と身体にとって、重い負担になっていることを知りました。そしてその日の終礼で、率直に「どんな介護ロボットがあればうれしいですか?」と聞いてみたんです。その答えは「おむつを開けずに中を確認したい」。尿や便が出ていないのにおむつを開くのは、本人の自尊心という観点でも、介護者の負担としても大きい。逆にチェックが遅くなり、おむつの外に漏れてしまうことがあれば、シーツの交換などの負担がかかってくることになります。

「そのすれ違いが少なくなるだけで、負担が軽くなる」と言われたことから、今までずっと研究・開発を進めています。

祖母の病気が「自分の生きる道」を決定づけた。目的意識を持って研究へと突き進む

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堂上:そもそも宇井さんが、介護ロボットの分野を志した理由はなんだったのですか?

宇井:中学生の頃、同居していた祖母が病気になったことが理由の1つです。私自身が広い意味での家族介護者になり、ヘルスケア・介護の難しさ、大変さを、身をもって知ることになりました。そのときに感じたのが、「支える人」を支えられる新しいソリューションが必要だということでした。

堂上:テクノロジーにはもともと興味があったんですか?

宇井:私が中学生の頃は、まさにインターネット黎明期でした。テクノロジーの凄さや情報が広がるスピードを目の当たりにして、いつかこのテクノロジーが介護問題を払拭してくれるかもしれないと、漠然と感じていたのかもしれません。

高校生になり、進学を目指していた筑波大学のオープンキャンパスに足を運んで、「介護ロボット」の研究分野を知ったとき、介護への思いとテクノロジーへの憧れがひとつの言葉にまとまっていったんです。

堂上:そこから、自分の生きる道が定まったんですね。

宇井:そうですね。その場にいた筑波大学の先生に、「私は筑波大学が大好きです。筑波大学で介護ロボットを研究したいです」と伝えて、「コミュニケーションロボットのようなジャンルに携わりたい」と話したところ、その先生からは「君のやりたいことにぴったりな研究をしている富山先生という人が他の大学にいるよ」と教えてもらいました。この先生は、筑波大学の学生数を増やすことよりも、学生一人一人にとってより良い選択を優先してくれたんです。だから私に迷わず、他大の先生を紹介してくれました。

それからはこの時に言われた「理系は大学で選ぶのではなく、研究室で選んだ方がいい」という、その筑波大学の先生の言葉を胸に、私の目標は「富山先生の下で研究すること」になりました。

人に合わせた「ものさし」で評価する。恩師との出会いで挑戦できる環境が整う

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堂上:富山先生を追って、千葉工業大学の未来ロボティクス学科に入り、在学中に株式会社abaを立ち上げた経緯を教えてください。

宇井:研究していた排せつセンサーを製品化したいという強い思いで、2011年の大学4年のときに起業しました。当時は企業との共同研究も考えていたのですが、東日本大震災が起こり、社会が混乱してしまっていて……。周りに相談するなかで、「それなら、自分で会社を作ろう」と決心して、事業化を目指しました。

富山先生には起業の3ヶ月前に伝えたのですが、不安そうに起業したいと私を前に、満面の笑みでひと言、「宇井さんは、本当に面白いね!」と言ってくれて、その後も研究面はもとより、精神面でのサポートをしていただきました。

堂上:背中を押してくれたんですね!

宇井:私が会社を立ち上げて、「Helppad」の製品化まで進んでいく中で、富山先生は他の先生から「なんで宇井さんがこんなに成功するとわかったの?」と聞かれたらしいんです。実際に、私は優秀な学生ではなかったですし、そう疑問に思われるのも当然です。

その時、富山先生は「アカデミアのものさしや、エンジニアのものさしで宇井さんを測れば、全然ダメなのかもしれない。しかし、この子に合ったものさし、例えば『新しいものを作る力』とか『企画する力』を測るものさしに持ち替えたときには、宇井さんのポテンシャルは測り知れないよ」と、そう思ってくださっていたと伝えてくれました。

堂上:教育者として、学生に合わせたものさしに持ち替えて、判断・評価してくれた。本当に素晴らしい出会いが、挑戦できる環境と、新しいコミュニティを生んでくれたということですね。

宇井:本当にそう思います。あのまま大学で研究を続けていたら、エンジニアとして企業に入社していたら、こんな自分の道を歩むような人生を送れていたかなと考えることもあります。

堂上:その大きな出会いを経て、製品化した「Helppad」ですが、使用者の声は聞こえてきていますか?

宇井:例えば、「おむつチェックの回数が半分になりました」という声もあります。「Helppad」はデータが蓄積すると、「排せつ予報」を出し始めます。「そろそろ排せつのタイミング」というのがわかり、先にトイレに連れて行けるようになったという事例も。清潔を保てるので、床ずれが改善したという声も、少しずつ聞こえ始めてきました!

いつ倒れても安心できる社会の実現へ。それぞれのウェルビーイングを考える

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堂上:宇井さんにとってのウェルビーイングとはどういうものでしょう?

宇井:私が考えるウェルビーイングな社会というのは、「いつでも倒れられる社会」だと思っています。株式会社abaのビジョンは「テクノロジーで誰もが介護をしたくなる社会をつくる」。それは、誰もが人を支えるスキルを持つということです。つまり、いつだって安心して倒れられる社会の実現なんです。

堂上:そういう社会をつくるという思いが、宇井さん自身のウェルビーイングにもつながっているんですね。

宇井:そうですね。私は地域活動で「船橋ワーキングマザーの会」という、働くママを支える会の事務局に入っています。世の中はいまだに子どもを産むとなかなか復職しにくい状況があります。私は3歳と6歳の2児の母親でもあり、そういった事情を知っているので、「ママになったからって自分のキャリアを諦めなくていい。いい方法は絶対あるはずだ」と伝えたいんです。

他にもこれまで、後輩の女性起業家が出産について悩んでいる場面もたくさん見てきました。そんな人には「妊娠と出産は、予定の立つハードシングスだ」と伝えています。経営者には、予期できない荒波が常に押し寄せるもの。妊娠・出産・子育てはもちろん大変ですが、順調にいけば予定は立てやすいですし、いいトレーニングにもなると思います(笑)

その経験を事業に生かして、会社を成長させていくチャンスであり、イベントだと思って、迷っていたら産むようにアドバイスしています。そういった思いや意見を共有しあえる環境も、お互いが支え合う社会の形なのではないでしょうか。

堂上:なるほど!宇井さんの力の源には、「他の人の幸せな状態」というのもあるんでしょうね。逆に、宇井さんからパワーをもらっている人も多いのではないでしょうか。

宇井:ありがとうございます!株式会社abaの理念として、創業当初から私は「よく生き、よく死ぬ、未来つくり」と言ってきました。生きることも、死ぬことも、人それぞれに「よい」形は違います。自分なりのウェルビーイングな状態になるために、様々な視点から、社会全体で新しいウェルビーイングの形を考えていくことが大切だと思っています。

多様性に満ちた世の中へ。未来の介護と「排せつケア」のあり方

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堂上:2023年の秋には「Helppad2」が発売されます。今後、株式会社abaの製品はどのように進化していくのでしょうか?

宇井:「Helppad」は排せつのあり・なしがわかり、「Helppad2」では、尿と便の識別ができるようになります。さらに、メンテナンスの簡素化やコストダウンが図られています。今後は、排せつ物の量や血が混ざっているかどうか、そして、においセンサーで病気がわかるシステムの開発を目指しています。

「Helppad」は、現場で「こんなのいらないよ」と何度も言われながら、開発を進めてきました。しかし、ニーズは必ずあると確信を持って、今も改良を続けています。私が思っているのは、介護の現場ではテクノロジーは敵ではなく、「仲間」だということ。介護ロボットは万能ではありません。「Helppad」もできることは、「においで排せつしているかを検知する」だけ。24時間365日、ただそれだけを繰り返す介護ロボットです。介護現場の中では道具ではなく、「チーム」として、「仲間」として、活用してほしいと思っています。

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「Helppad」をセッティングする宇井さん

堂上:最後に、介護と「排せつ」は、これからどんな未来へと進んでいくのか。宇井さんのメッセージをお聞かせください。

宇井:これからの「排せつ」を考えるには、「トイレでするのが一番」という先入観・決めつけの排除も必要かもしれません。トイレで排せつするには、歩ける・向きを変えられる・座れる・ふんばれるなど、様々な工程が必要になります。さらに人工肛門や人工膀胱で生活を送る方もいらっしゃいます。おむつを使っての排せつや簡易トイレなど、「排せつ方法」も多様性の1つとして社会に受け入れられていくことで、介護される方の尊厳が傷つくことなく、「排せつケア」を受けられる未来が訪れるのではないでしょうか。

堂上:なるほど!排せつ方法も多様になるという考え方は、目からウロコが落ちました。

これからも、介護の未来を明るくする製品の開発を期待しています。本日はありがとうございました!

宇井 吉美さん

株式会社aba 代表取締役CEO

2011年、千葉工業大学在学中に「株式会社aba」を設立。介護者を支援するためのロボットの開発を続ける一方で、介護現場を深く理解するために3年間、介護職を兼務する。2019年にはパラマウントベッドとの共同開発で、排せつをにおいで検知する「Helppad」を製品化する。

堂上 研さん

Wellulu 編集部プロデューサー

1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。

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