日本には2023年12月現在、約1724の市町村(※)があるが、「訪れたことがない」「何があるか知らない」という地域は多いのではないだろうか。
※出典:総務省ホームページ
「おてつたび」はそういった地域と人を、「お手伝い」という形を通じて結んでいる。地域が農業の収穫作業や旅館の清掃・裏方業務を募集し、参加した人へ報酬と宿泊先を提供。このような取り組みは、地域の課題を解決しながら新たな地域を知ることに繋がり、観光以上の深い関係性を地域の人たちと築くことができる。
「おてつたび」を通じて、どのような交流が生まれているのだろうか。代表の永岡さんに、Wellulu編集部の左達也とライターの齋藤優里花が話を伺った。
永岡 里菜さん
株式会社おてつたび 代表取締役CEO
左 達也さん
Wellulu編集部プロデューサー
福岡市生まれ。九州大学経済学部卒業後、博報堂に入社。デジタル・データ専門ユニットで、全社のデジタル・データシフトを推進後、生活総研では生活者発想を広く社会に役立てる教育プログラム開発に従事。ミライの事業室では、スタートアップと協業・連携を推進するHakuhodo Alliance OneやWell-beingテーマでのビジネスを推進。Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。毎朝の筋トレとランニングで体脂肪率8〜10%の維持が自身のウェルビーイングの素。
齋藤 優里花さん
ライター
慶応義塾大学文学部卒業。JTB首都圏(現:JTB)、リクルートコミュニケーションズ(現:リクルート)にて勤務したのち、独立。マーケティングからweb制作ディレクション、取材・ライティング、メディア運営と幅広く活動。幼少期の海外在住経験や、大学時代にシェイクスピアについて学んだ経験から、芸術が自身のウェルビーイングに必要不可欠。
「どこそこ」といわれる地域に行く動機を増やしたい
左:まずは、永岡さんがおてつたびを立ち上げるまでの経緯を教えてください。
永岡:イベント企画・制作会社でディレクターとして働いたのち、地域活性化に取り組む企業に転職しました。仕事として様々な地域を訪れる中で、私の出身地である三重県尾鷲市のように、観光地としては有名ではなくとも、魅力的な場所が数多くあることを知ったんです。「どこそこ」といわれてしまうけれど、良いものをたくさん持っている場所に人が集まる動機を作りたいと思い、退職後に一人で旅をしながら仮説検証を行って起業に至りました。
左:三重県は伊勢市が観光地として有名なので、それ以外の地域にスポットが当たりにくいですよね。そういったまだ発見されていない地域は日本全国にたくさんありますね。
齋藤:地域の活性化に関する事業は多くありますが、永岡さんがまだ解決されていないと感じられた課題はどのような部分にありますか?
永岡:起業を志した2016年当時、地域活性化のソリューションは、メディアを通して魅力を可視化していくことが多いように感じました。それは非常に素敵なことですが、ほかの地域と差別化する必要があり、魅力を伝えきれないケースもあると思います。例えば、尾鷲市の良さを言葉にしてみると、「美しい海がある」「美味しい空気がある」「魚が美味しい」「人が優しい」などがありますが、ほかの地域と同じように見えてしまう。差別化するためのブランディングを磨く方法もあると思いますが、地域に行く「動機」をもっと増やせないだろうかと考えました。
左:地域に行く動機を増やす、というのは重要なキーワードですね。どういった方法や目的で地域に行く動機を増やそうと考えられましたか?
永岡:地域に行く選択肢は主に、①観光・旅行、②出張、③実家の家族や地元の友人などに会いに行く、の3つあると思います。これでは「どこそこ」といわれてしまうような地域に行く、という選択肢が挙がってきません。そこで新たに考えたのが「おてつたび」です。地域が募集するお手伝い(仕事)に参加することで、今まで知らなかった地域に行く動機ができます。また、観光に行く以上に地域の人たちとの関係性ができあがります。これらを通して地域の魅力を深く知ることは、再訪するきっかけになり、地域に長く関わってくれる人たちが増えるのではないかと思いました。
齋藤:地域では人口減少に伴い労働力の不足が課題となっており、それらの課題解決に関心を持っている人も多いですよね。お手伝いが、地域に行く動機作りになると気づいたきっかけはありますか?
永岡:私自身が起業前に東京の家を解約し、半年間、様々なお手伝いをさせてもらいながら地域を巡っていたんです。農家の皆さんのこだわりや想いを知れたり、一緒に働くことで達成感があったり、ただ観光に訪れるだけでは得られない経験があると感じました。
齋藤:旅館の住み込みバイトなどはこれまでもありましたが、「おてつたび」で新たに意識されたことは何でしょうか。
永岡:まずは「おてつたび」という言葉ですね。住み込みバイトや季節労働、出稼ぎといった言葉はネガティブに捉えられることもあり、なかなか日常で使いにくい感覚があります。「おてつたび」という言葉でリブランディングすることで、多くの人が関わりやすい形にしたいと拘りました。平仮名であることにもそういった想いが込められています。
左:確かに「おてつたび」はロゴやHPにも温かみがあり、わかりやすいだけでなく、概念が新たにアップグレードされた感じがします。
永岡:一方で、「新しいけれど昔ながらのサービスだよね」と言っていただけることが嬉しく、それも大切にしていることです。例えば、昔は大学のスキー部員たちが毎年スキー場でバイトするというような人と地域の繋がりが多かったと思うんです。しかし、コロナ禍やインターネットの発達によって、人の繋がりがどんどん減ってきてしまった。以前は、旅行先で旅館の女将さんにおすすめの場所を聞いていたことも多かったけれど、スマホで検索すれば観光情報が出てくるので、女将さんと話す機会も減ってきているように思います。地域との関係構築が希薄になっている中で、ある種昔ながらの繋がりを生み出すサービスであることは、非常に重要なポイントだと思っています。
アクティブシニアのウェルビーイン創出にも貢献
左:「おてつたび」を利用しているのはどういった方が多いですか? 時間にも余裕のある大学生が多いのかなと想像していたのですが。
永岡:現在約4.7万人のユーザーがいる中で、約5割が大学生を中心とした20代です。ただ最近は、30代以上の方も利用が増えており、アクティブシニアの方やフリーランスの方、主婦の方など、いろんな方々に使っていただいています。
左:想定していなかった使われ方や、意外なユーザーはいらっしゃいますか?
永岡:おてつたび先の方がおてつたび参加者側になっていることもあります。農家さんが閑散期にほかの農家さんのお手伝いをされていて、良い交流が生まれているなと実感しますね。また日本一周や、バンライフをしながらおてつたびを利用する方もいます。創業当時はバンライフがここまで普及するとは想定していなかったので、意外なユーザーでした。
左:コロナ禍を機に生き方を見直す人も増えている中で、おてつたびが利用されているのですね。
永岡:起業を志している方が利用するケースも多いです。おてつたびは地域の一次情報を取りに行けるので、農家さんや地域の人々のリアルな課題を知ったり、精度の高いソリューションを練ったりできるんです。
左:リアルな地域の一次情報を取りにいく使われ方は面白いですね。就活中の大学生と話すと、地域の課題を解決したいと考える人が増えているように思います。思いはあるけれどどうやったら良いか分からないという人が多いので、おてつたびでまず一次情報を取りに行くというのは良い経験になりますね。就活生のインターンシップとしても良いのではないでしょうか。
永岡:そうですね。実際に大阪観光大学とは連携協定を締結し、学生たちの実習としておてつたびが活用されています。新しい観光の形を考えていく学生たちに、地域の魅力や関わり方を考えるきっかけにしていただいてるんです。
左:息子が大学生になったらおてつたびに行かせたいです。若いうちにおてつたびで地域の方々と深い交流ができるのは良い経験になるはずですよね。Welluluの読者の皆さんにお話を聞いていても、地域の課題に対する関心度が非常に高いです。
アクティブシニアの方がおてつたびを利用されているというのは意外に感じましたが、どういった声がありますか?
永岡:「おてつたびが生きがいになっている」と言っていただけることが多いです。60歳以上になり、定年退職という形で社会との繋がりが断たれたように感じている中で、旅もできて、人の役にも立てて、繋がりも生まれるおてつたびに価値を感じてくださっています。アクティブシニアの方々は経験が豊富なので、地域の皆さんにも喜んでいただけることが多く、Win-Winな関係だなと感じます。
左:新たなつながりが生まれることで生きがいを感じられている、というのはまさにウェルビーイングですね。自分の知識や経験値を喜んでもらえて、第二の居場所ができるというのは理想的な状態だと思います。
永岡:さらに良いなと思うのは、おてつたびでは多世代交流が生まれていることです。20代の大学生とアクティブシニアの方が、おてつたび先で知り合うことができる。私自身もそうだったのですが、大学生の時は、大人との接点って両親と先生とバイト先の店長くらいと少ないんですよね。なので、おてつたび先の方、おてつたびに参加している様々な世代の方との交流で、色々な価値観や生き様に触れられることが素晴らしいなと日々実感しています。
左:シニア世代の方も若い人たちと交流できることは楽しいですよね。おてつたびならではのコミュニティが形成されているのだと思います。
齋藤:おてつたびの体験記を拝見すると、大学を休学中だったり、今の働き方で良いのか迷わわれていたり、日常生活において悩みを持っている方が、おてつたびを通して新しい自分や新しい居場所を見つけられているのかなと思いました。
永岡:おてつたび先で新しい自分を発見したというお話はよく聞きます。コミュニケーション能力が低いのではないかと悩んでた学生の子が、おてつたびに参加して、意外といろんな人と話せるぞと自信に繋がったこともありました。そういった方の背中を押す存在であれたら嬉しいですし、誰もが自分の居住地と出身地以外に、好きでたまらない地域をいくつか持ってると良いと思います。
左:自分の居場所を複数持っておくということも、ウェルビーイングに繋がりますね。
受け入れ先の地域の人々にも生まれる「旅」体験
齋藤:おてつたびを募集される地域の皆さんの反応はいかがですか?
永岡:地元の人達だけだと、地域の強みや魅力に気づけないことも多いので、おてつたびの参加者からもらえる気づきがたくさんあると言われます。
左:ずっと住んでいることで、その地域の良さも当たり前に感じてしまって気づけないことがありますよね。
永岡:愛媛県の農家さんの言葉で印象に残っているのが、「おてつたびって、参加者だけが旅していると思っていませんか? 実は僕たちも旅させてもらってるんですよ」と話されたことです。農家さんは生産活動をされているので、長期間農地を離れることが難しいんですよね。そこで、おてつたびの参加者が、あそこの地域は面白かった、ほかの地域はこういうことに悩んでいるとか、いろんな話をしてくれて様々な情報が入ってくるのだと。おてつたびを通じて全国の色々な地域に住む人たちの話を聞けて、刺激に繋がっているそうです。
左:おてつたび先の方々も、旅の体験が生まれているのですね。
永岡:おてつたびを経て、移住される方もいますよ。元々移住を考えていた方が、おてつたびでその候補先の地域に訪れて、実際に仕事をしてみたり、人との繋がりを作ったりした上で決定する。こういう活用方法はとても増えています。
左:移住する方にとっても、移住先の方にとっても、一定期間滞在するおてつたびなら、観光するだけではわかりにくい部分も見えてきますよね。移住後にミスマッチが起こるのではなく、移住の前のソリューションとしておてつたびを活用するというのは良いですね。
永岡:おてつたびは、いわゆる観光という交流人口と、移住という定住人口の間の関係人口を増やしていきたいと考えています。先日も50代の男性が、おてつたびをきっかけに徳島県鳴門市に移住されました。その方は50歳の時に会社で早期退職者の募集を見て、会社に居続けることもできるけれど、新しいことに挑戦したいと考えて、おてつたびに参加されたそうです。らっきょうが好きな方だったのですが、おてつたびを通じて、鳴門市のらっきょう農家さんと知り合って、市場調査もできて。加工品なら自分でビジネスできると考えられて、移住されました。
左:おてつたびで移住先の生活の想定や、起業にあたっての情報収集も行って、新たなコミュニティと生きがいを見つけられたのですね。そういったニーズは今後も増えていきそうです。
「誰かにとって、特別な地域」を作り続けるために
齋藤:今後おてつたびを通じてどのような世界を作っていきたいと思われますか?
永岡:著名な観光名所へ行く以外に、地域に行くという選択肢を当たり前にしていきたいです。また、その地域に労働力として関わることでより親密になり、その土地のものを買い続けたり、再訪して還元し続けてもらえるような関係性を目指しています。そうすることで、日本の人口が減っていく中でも、私の出身地のような地域が次世代に少しでも残る可能性を作っていきたいです。「誰かにとって特別な地域をつくる」というミッションにもそういった想いを込めています。
左:ミッションにある「“知らないだけ”という機会損失を無くす」「温かい関係が広がる世界を作る」という言葉にも繋がってきますね。
では、永岡さんご自身がウェルビーイングな瞬間はどういう瞬間でしょうか?
永岡:大事な仲間と同じ目標に向けて進んでいる時や、おてつたびが必要とされている時ですね。おてつたびをきっかけに結婚した方もいらっしゃって、サービスが人生を変えるきっかけになっていることにウェルビーイングを感じます。
左:結婚された方もいるのですか? それはすごいですね。
永岡:そうなんです。お子さんが生まれたという報告を聞くこともあって、そのような声を聞くともっと頑張ろう! という原動力にもなります。ほかにも、旅館のおてつたびに参加した20歳の女性が、旅館の若旦那と親しくなり、結婚して沖縄から奈良に移住したということもありました。今ではおてつたび先としておてつたびユーザーを受け入れてくれているんです。
齋藤:永岡さんはユーザーたちの声をとてもよく拾われているのですね。
永岡:ユーザーイベントを開いたり、広報担当者が取材に伺ったり、SNSで繋がったりするので、皆さんの声はたくさん入ってくるんです。おてつたび先の方々は継続してお付き合いさせていただくことが多いので、そういった方々からの声もたくさん届いています。地域に足を運ぶことで、人生が変わるほどの出会いや繋がりが生まれているということは、私自身にとってもウェルビーイングになっています。
三重県尾鷲市出身。千葉大学卒業後、イベント企画・制作会社にディレクターとして入社。官公庁・日本最大手のEC企業をはじめ数多くの企業のプロモーションやイベントの企画提案・プランニング・運営を担当。退職後は、農林水産省と共に和食推進事業をゼロから作り上げる。その後フリーランスを経て、地域にほれ込み2018年7月、株式会社おてつたび創業。