豊かな自然環境と多様な文化・伝統が根付く富山県。この地域のウェルビーイング(心も身体も社会的にも「満たされた状態」、実感としての幸せなどを表す)に対する取り組みが、注目を集めている。
富山県成長戦略室の牧山さんによると、「県民の皆様のウェルビーイングが向上し、いきいきと自分らしく暮らすことができることはもとより、周りの人、社会のウェルビーイングのことも考え、行動できるようになるためには、一人ひとりのウェルビーイングへの意識を高めることが第一歩」とのこと。
そこで今回は、県民一人ひとりのウェルビーイングの向上を目指して、成長戦略室が取り組んでいる施策についてのお話を伺った。また、地域の人が中心となるイベントやコミュニティなど、ウェルビーイングにつながる取り組みについても教えてもらった。
牧山 貴英さん
富山県知事政策局成長戦略室ウェルビーイング推進課長
本記事のリリース情報
わたしのウェルビーイングをチェック!ウェルビーイング指標で自分の状態を知る
──成長戦略室が取り組んでいるウェルビーイング施策について教えてください。
牧山さん:まず、ウェルビーイング自体への認知や共感を広げる取り組みです。「ウェルビーイングという言葉や意味を知っていますか?」ということを県政世論調査の中で2021年から県民の皆様にお聞きしていますが、最初はとても低い状況でした。
その後、普及事業の展開や県政の各場面での発信により、認知度は着実に高まってきています。また、県民のウェルビーイング向上に関する取り組みについては、まずは現状を知ることが大事です。
このため、ウェルビーイング県民意識調査を2022年9月に実施しました。調査結果からは、年代や性別などによって異なる多様なウェルビーイングの姿が明らかになりました。
その調査結果を分析し、本県のウェルビーイングを捉える新たな「ものさし」として、独自の「富山県ウェルビーイング指標」を策定しました。指標は、現在・過去・未来の視点を取り入れた「総合指標」、家族、友人、職場・学校、地域、富山県との「つながり指標」、個々人の健康・安心・生きがいなどの実感を捉える「分野別指標」で構成しています。
2023年2月に国内外のウェルビーイング研究者や国際機関担当者などを招いて開催した会議でこの指標を紹介したのですが、“主観”を重視したチャレンジングな取り組みだと、多くの機関や研究者の方々に興味を持ってもらうことができました。
──なるほど。ウェルビーイング指標を用いて状態をどのように測定するのでしょうか?
牧山さん:はい。状態を捉えるための47の設問があり、今後も定期的に調査していきます。これ以外にも、富山県が運営している特設サイト「わたしの、みんなのウェルビーイング・アクション!」にある“ウェルビーイング・チェック!”を利用いただければ、どなたでも自身のウェルビーイングをチェックすることができますよ。
指標はウェルビーイングのイメージをみなさんと共有し、コミュニケーションツールとしても活用するため、全体像を花に見立てて視覚的に表現しています。
また、指標の大事な活用方法として、政策の課題やニーズを分析する狙いもあります。今、必要な政策を実行していくためにも、客観的なデータだけではなく、県民の皆様の主観的な実感をデータとして把握することが大切だと考えています。
──意識調査のデータを収集・分析した結果、わかったことはあるのですか?
牧山さん:例えば、年代によってもウェルビーイングの状況が大きく異なります。例えば、10代の方々は現在の総合実感が高く、将来に対する希望も高い傾向にあります。しかし、年齢が上がるにつれて、総合実感は徐々に下降する傾向が見られました。
最も現在の総合実感が低かったのは40代です。また、女性の総合実感は男性よりも高い傾向にあります。
さらに、職業などによっても回答の傾向は異なります。この調査結果を踏まえて、政策の対象となる県民の皆様の状態をより具体的に想定し、県民目線で、課題・ニーズを主体的に見つけ、政策に反映させていきたいと考えています。
──成長戦略室ではほかにどういった取り組みを?
牧山さん:多角的な視点で県民のウェルビーイングを高めていくことが必要であり、人と人とのつながりを深めることも重視しています。その一例として、特設サイトではウェルビーイングに関する情報を幅広く発信し、富山でいきいきと暮らしている県民・企業の皆様を紹介することで、県民の皆様にウェルビーイングを身近に感じていただきたいと考えています。
牧山さん:ウェルビーイングは抽象的で捉えにくい言葉ですが、まずは身近なこととして県民の皆様に感じてもらうことで、一人ひとりのウェルビーイングに対する意識が高まり、地域交流や人と人のつながりも促進していきたいですね。そして、本県に住む方々がいきいきと自分らしく暮らし、また、そんな富山県に魅力を感じた多様な方々が集まり、交流することによって、イノベーションが生まれる「幸せ人口1000万~ウェルビーイング先進地域、富山」を実現させていきたいです。
──行政だけでなく、県民の方々も巻き込んでウェルビーイングなまちをつくっていく。素敵な考えであり取り組みですね。「ウェルビーイング指標」やメディアでの発信以外にも、県民のウェルビーイング意識を高めるための取り組みはあるのでしょうか?
牧山さん:ウェルビーイングに関する理解を深めるイベントも開催しています。また、若い人たちの中には地域とのつながり実感が低い方も多いという課題があるため、他者とのつながりを感じられるようなコミュニティづくりや交流も大切にしています。
カンファレンスやコミュニティ、ウェルビーイングでつながる地域の人たち
──ウェルビーイング関連のイベントについて、詳しく教えていただけますか?
牧山さん:これまで「富山ウェルビーイング会議」や「富山県成長戦略カンファレンス」などを開催しました。「富山ウェルビーイング会議」は、暮らし・子育て・教育・食・仕事・自己実現などさまざまな角度からウェルビーイングを感じることができる講演会にしました。
「富山県成長戦略カンファレンス」は、今年度で3回目になります。今年は自然に囲まれた山の中にあるオフィススペース「KOTELO」で開催し、全国各地から企業やプレイヤーをお招きし、新たな連携を生み出すための熱い議論を繰り広げていただきました。
こういったイベントは、地域の人々がウェルビーイングへの理解を深める機会になるほか、自分たちの地域や社会について再発見する機会の創出にもなると考えています。
──幅広い企業や人が集まり意見を交換できる場があり、自分たちの暮らしを見つめ直すきっかけになりそうですね。
牧山さん:はい。富山県で開催されるこういったイベントには、本当に多くの団体やプレイヤーの方が参加しているので、コミュニティの活性化にもつながっていると思います。
──富山県にあるコミュニティについても、ぜひ教えてほしいです!
牧山さん:多様なコミュニティが自然発生的に形成されてきていて、私たちも完全に把握できないくらい、たくさんのコミュニティがありますよ。アクティブな活動に参加したい方、ウェルビーイングを発信したい方などが集まって様々なコミュニティで活動をしています。「E-TENKI(いーてんき)」という、転勤と天気をかけた名称の転勤族の方が集まるコミュニティなどもありますね。
──そういったコミュニティがあることで、気軽に相談できたり意見交換できるのはいいですね。行政のみなさんが運営しているコミュニティもあるのですか?
牧山さん:具体的なコミュニティをつくるのではなく、富山県公式のオンラインコミュニティプラットフォーム「ウェルビーイング・コミュニティとやま」を立ち上げて、複数のコミュニティや、各分野で富山の活性化・仲間づくりの活動を行っている方々が気軽につながれるような仕組みをつくりました。
牧山さん:このコミュニティでは、自らのウェルビーイング・アクションを発信したり、共に実行する仲間を集めることができます。また、自分のウェルビーイングが見つかるきっかけになる情報収集や、専属のコンシェルジュに企画や活動内容を相談することもできます。ウェルビーイングな富山を県外にも発信し、関係人口の創出にもつなげたいと考えています。
──なるほど。コミュニティづくりも県民が主体となっているんですね!教育分野でのウェルビーイングについてもお伺いしたいのですが、いかがでしょうか?
牧山さん: 2023年5月に、本県でG7富山・金沢教育大臣会合が開催されましたが、その中で子ども達のウェルビーイングについて議論されました。多くの生徒・児童も関連事業に参加するなど、ウェルビーイングを考える貴重な機会になったと思います。教育におけるウェルビーイングは国レベルでも取り組みが進められていますが、本県としてもしっかりと取り組んでいきたいと考えています。
高校生がコースを設計!地域の魅力と触れ合えるイベント「ロゲイニング」
──カンファレンスやコミュニティ以外にも、県民参加型のアクティブなイベントも開催しているのでしょうか?
牧山さん:はい。最近だと、高校生からの提案を受け「ロゲイニング」のウェルビーイング向上効果に着目したイベントを開催しました。
──ロゲイニングとは…?
牧山さん:ナビゲーションスポーツの一種で、地図をもとに時間内にチェックポイントを回る大会です。チェックポイントを複数名で編成されたチームでめぐり、ミッション等をこなすことで獲得した得点で競い合います。12月の大会では、多くの高校生に参加いただきました。また、運営自体にも高校生に携わってもらいました。
──地域交流も活性化されそうですね。
牧山さん:そうですね。これらの活動は、参加者の健康促進や地域愛を育む機会にもなりました。地域のお店や施設を巡ることで、参加者が地元の特色や文化を再発見することができ、地域住民とのコミュニケーション活性化にもつながりました。「ロゲイニング」により、地域全体のウェルビーイングを向上させることができると手応えを感じています。
──富山県では、ウェルビーイングについて県民一人ひとりが考え、アクションにもつながる仕掛けがたくさんあるんですね。
壮大な自然に伝統行事、季節で楽しみが変わる富山県
写真提供:(公社)とやま観光推進機構
富山県には、自然や伝統文化など、ぜひおすすめしたい魅力的な「幸せの基盤」がたくさんあります。例えば、立山黒部アルペンルートのような自然豊かなエリアです。壮大な自然を五感で存分に感じられ、県外から訪問される方々だけでなく、地域住民にも人気です。
「雪の大谷」もそのひとつ。
写真提供:(公社)とやま観光推進機構
春の富山県を代表するスポットで、迫力ある景色を楽しめます。標高3,000m級の峰々が連なる北アルプスを貫く山岳観光ルート「立山黒部アルペンルート」に位置し、この雪の壁は高さ約20m、区間は約500mにも及びます。雪の美しい白と澄み切った青空のコントラストは、まさに息を呑む美しさ。
また、伝統的なお祭りとしておすすめなのが「おわら風の盆」。3日間で約20万人もの来訪者を記録し、全国的にも有名です。
写真提供:(公社)とやま観光推進機構
300年以上の歴史を持ち、踊り手たちが踊り歩くその姿は気品があり、三味線や胡弓、太鼓の音色は情緒に溢れています。各町内の踊りや男踊りなどのさまざまな踊りを見ることができ、町に並ぶ数千のぼんぼりの灯りのもと繰り広げられる夜の踊りはとにかく美しい!
牧山さん:自然豊かな富山県はおいしい食材が揃い、食の魅力にも溢れています!その中でも、特に海の幸が豊富で、地元のスーパーでも手軽に新鮮な魚が手に入ります。
富山湾は「天然のいけす」と呼ばれているほどの魚の宝庫で、その中でも有名なのは、ブリ、ホタルイカ、シロエビ、ベニズワイガニなどです。富山湾で獲れた、鮮度のよい魚を使った寿司、刺身など、間違いのないおいしさです!ぜひ富山の自然の豊かさを食からも感じて欲しいです。
富山が誇る雄大な自然や豊かな食文化は、ウェルビーイングの基盤であり、富山県の強みと世界的な潮流とが重なり合い、また、県民にとって当たり前の日常の暮らしや地域文化の入口として分かりやすい素材である「寿司」に焦点を絞り、一点突破のブランディングも進めています。
「寿司」を入口として、伝統文化や食文化、自然環境など、富山県が世界に誇る魅力を県内外の方々に知ってもらうことで、「富山=ウェルビーイング」のイメージを強化し、「幸せ人口1000万~ウェルビーイング先進地域、富山」を目指していきたいと考えています。
Wellulu編集後記:
富山県のウェルビーイングへの取り組みは、単なる政策の枠を超え、県民一人ひとりの生活の質を高める素晴らしいアプローチだと感じました。
今回の取材で、ウェルビーイング指標の策定や活用方法、さらにはコミュニティとの連携を通じたウェルビーイング向上策などをお伺いし、ウェルビーイング先進地域として富山県が注目されている理由もわかった気がします。
ホットトピックとして、12月中旬に開催された高校生の提案に基づく「ロゲイニング」イベントの開催は、若年層の意見をひとつの施策として反映させた素敵な取り組みだと感じました。
富山市八尾町出身。富山高校、富山大学経済学部を卒業後、1993年に富山県庁に入庁。富山土木事務所、企業局、財政課、医務課などに在籍。医務課にいた2011年、東日本大震災が発生し、岩手県釜石市で被災地医療支援に携わる。広報課長から、2022年4月に設置されたウェルビーイング推進課長に就任。趣味は小学2年から始めた剣道で四段の腕前。