「おいしさ」とは味だけじゃない?私たちがおいしいと感じる裏には、どんな要素が隠れているのか…。食の情緒的な価値とは?気づいているようで気づいていなかったおいしさの秘密やレシピ提案の新しいスタイルなど、今回、キッコーマン株式会社おいしさ未来研究センターの荒井さん、宮田さん、野尻さんに食と幸福、ウェルビーイングについてなど詳しくお話を伺った。
荒井さん
宮田さん
野尻さん
本記事のリリース情報
ウェルビーイングに特化したメディア「Welulu」にて「おいしさ未来研究センター」のメンバーがインタビューを受けました。
ウェルビーイングに特化したメディア「Welulu」にて「おいしさ未来研究センター」のメンバーがインタビューを受けました。
味覚だけじゃない!社会変化や情報によってかわる「おいしい」の捉え方
──「おいしさ未来研究センター」はどのような目的で設立に至ったのでしょうか?
荒井さん:私たちが所属するキッコーマン株式会社 おいしさ未来研究センターは、「おいしさ」や「生活者」、そして「人々を取り巻く社会の変化」を総合的に分析・研究することを目的として2017年に設立されました。元々は、生活者の調査を中心として始まりましたが、これに限らず、外部環境の分析やさまざまな専門家からの意見を取り入れ、より広い視野から「おいしさ」を追求しようと現在の形になりました。
──「おいしさ」「生活者」「環境」の関わり合いを研究されているんですね。日々、生活者を取り巻く社会は変化していますが、研究を通して、どのような変化を感じていますか?
荒井さん:センターの設立当初から、一言では言い表せないほど社会環境は多大な変化をしています。とくに、コロナ禍によって、私たちの生活様式や価値観に大きな影響を及ぼしましたよね。
こういった社会の変化に併せて、幸福に対する人々の考え方なども変わっています。当センターでは、これらの社会的な変動をデータとして捉え、それが生活者の食に対する幸福度にどう影響しているのかを分析しています。
──確かに、コロナ禍によって生活者の食行動は大きく変わっていますね。料理をする機会が増えた人もいれば、外食の機会が減ったことで自宅でちょっと贅沢な食事時間をつくってみたり…。
──このようなデータはどういった場面で活用されているのでしょうか?
荒井さん:食体験をより豊かにするレシピアプリや商品の調査などに活かしています。生活者の変化や市場のニーズを把握し、それに応じて食に対する「おいしさ」を見つめ直していくことで、生活者の期待に応える試みをすすめています。
また、外部環境や人々の変化の分析を通じて潜在的な需要を見つけ出し、未来の食文化を形成するための基盤を築いています。
食に付随する様々な要素がおいしさに紐づく
──「おいしさ」を見つめ直す分析をしているとのことですが、例えばどういったことがわかったのでしょうか?
宮田さん:「おいしさ」は味だけに紐づくのではなく、食に付随する様々な要素が心の満足度に影響を与えていることがわかりました。
──食に付随する要素について詳しく聞きたいです。同じ食事でも1人で食べるか、仲のよい友人と食べるかで満足度が違う。みたいなことでしょうか?
宮田さん:はい。それもひとつです。ほかの例としては、見た目・のどごし・食感などの物理的要因、達成感や充実感を経験した後の食事などの心理的要因、幼少期の馴染みのある味を求めるといった個人的体験など、50種類以上の要素を「おいしさファクター」として整理しました。
──50種類以上も!「おいしい」に紐づく要素がそんなにあるとは…。
宮田さん:もっとたくさんあるのではないかとも思っています。話題になっている流行りものを食べたくなったり、素敵な演出やおもてなしをしてくれるレストランで食事をしたくなったりすることも「おいしさファクター」に含まれています。
──レトロな純喫茶を見つけると入りたくなるのもそうかもしれませんね。
食と幸福度8タイプ
──食に対する意識や価値観、そして幸福度について調査をおこない、生活者をタイプ別に分類したとのことですが、それについて教えていただけますか?
宮田さん:はい、全国の男女5000名から得たデータをもとに、食に対する意識や価値観、そして幸福度を総合的に分析し、料理好きで健康志向型や家族との食事を重視する家庭型、ひとりでの食事を楽しむ型など、各々が持つ食に対する関心の度合いや生活様式に基づき、8つのタイプに分類しました。
単に料理をする主婦層だけでなく、1人で食事をする人や食にそれほどこだわりを持たない人たちなど、多様な生活者の視点を取り入れることで、全体地図のような位置づけで作成しました。
── それぞれのタイプがそれぞれどのように食事に接しているのでしょうか?
宮田さん:まず、「食と幸福度8タイプ」は、食に対する関心と幸福度によって異なる8つのグループに分けられます。食への関心が高い層、手料理をしっかり作る層、家族第一タイプで忙しい主婦層など、食事を通じて家族との絆を深めたり、自分の健康を管理することに意識が向いている方がいます。
その一方で、食事の多様性や社会的な食事の楽しみにはあまり価値を見出していない層もいます。資格の勉強などほかの事柄に忙しいか、過去には興味があったものの、現在は食べることに無関心な状態などがあげられます。
── 過去には興味があった人でも今は関心がないなど、その人の現在の状況によっても左右されそうですね。
荒井さん:そのとおりで、これらはライフステージの変化に応じて変わることが多く、たとえば結婚や子どもができることで食に対する意識が高まることもあります。
とくに、食に対する関心が低い人たちに対しては、新しい食体験を提供することで興味を引き出すような取り組みをするなど、各タイプのニーズに合わせたアプローチを考え、食を通じてそれぞれの幸福度を高める方法を模索しています。
──時代やライフステージ、さまざまな環境下で変化が起きつつ、それぞれに合うアプローチが必要なのですね。
宮田さん:時代や生活者の変化に応じて、これらのタイプの中身もアップデートしていく必要があるため、継続的な市場調査と分析が必要です。たとえば、特定のタイプが増加傾向にある場合、そのニーズに応える新たなレシピや商品の開発が必要になるはずです。また、各タイプごとに細かいニーズを理解し、それぞれに合った提案をおこなっていくことで、生活者一人ひとりの幸福につながるサポートを実現していきたいと思っています!
リラックスしたい、ポジティブになりたい…、「おいしさ曼荼羅(まんだら)」を活用した新しい食体験
──「おいしさ未来研究センター」が取り組んでいる調査について、他にもお伺いしたいです。
宮田さん:一般の生活者の方々においしさ体験について自由に回答してもらい、回答から感じられる感情を分析しました(詳細)。その結果から、おいしさに様々な気持ちが紐づいていることが明らかになりました。また、その他にも様々な調査から、「気分をあげたい!」とか「気持ちを落ち着かせたい」などの感情が食べ物やメニューの選択に影響することが確認されています。
──なるほど。たとえば元気を出したいとき、私たちはどのような料理を選んでいるのでしょうか?
宮田さん:元気を出したいときには、味が濃くてガッツリとした肉料理や揚げ物を選ぶ傾向があります。味の強さとともに満足感や特別感を与え、ダイナミックな気分転換に関係していると考えています。
ほかにも、心を落ち着けたいときには、魚料理や漬物などシンプルで優しい味の和食が選ばれることが多いんです。ほっこりするなど穏やかな気持ちを引き出すのに関係していると考えています。
── たしかに、言われてみると自分の経験にも重なる気が…!
宮田さん:生活者のおいしさ体験についての回答を踏まえて「おいしさ曼荼羅」という図を制作しました。これは、おいしいときに感じるさまざまな感情を12種類に分類し、視覚化したものです。
宮田さん:この「おいしさ曼荼羅」を活用して、「今、何を食べたいか?」だけではなく、「今、どんな気持ちなのか?」という感情を考慮して最適な食事を提案することで、より豊かな食体験につなげていくことを私たちは目指しています。
──おもしろい!このように見える化されたことでぐっと本当の食の楽しみに近づけそうです。
宮田さん:献立を考える際の基準として、一般的には冷蔵庫にある食材、栄養バランス、調理時間などを考慮する方も多いと思いますが、キッコーマンのレシピアプリ「きょうの献立アプリ」を活用いただければ、「おいしさ曼荼羅」を踏まえて心理的な影響を重視した献立も提案できるようになりました。
まずユーザーがその日の気分や食欲を入力したあと、「おいしさ曼荼羅」に基づいて12種類の気持ちの中から該当する気持ちを1つ選んでいただくと、いくつかメニューが提案されます。
──新感覚のレシピアプリですね!いまの自分の心とリンクしたレシピと出会えるなんて…。
宮田さん:ユーザーは自分の気持ちに合った食事を選ぶことができ、食事を通じての気分の向上やストレス軽減を期待できます。食事の選択が単なる栄養摂取の場から、心の健康にも寄与する重要な要素となるということです。
──心の健康から食事を考える、ですか…。近い将来には「おいしさ曼荼羅」を使って、誰かと一緒に食事に行くときに「何食べたい?」じゃなく「今、どんな気分」でお店を選んだりもできそうですね。
宮田さん:そういったサービスにもつながるかもしれませんね。
──「気分で選べるお弁当屋さん」みたいなお店もおもしろそうです!妄想が膨らむ…。
達成感、没頭感…、調理や食事の時間を豊かにする4つの要素
──ここまでのお話をお伺いして「おいしさ未来研究センター」の取り組みが、新たな視点でのレシピ提案に活かされていることがよくわかりました。
野尻さん:おいしさ未来研究センターでは他の調査にも取り組んでいて、料理や食事の時間における心の健康を重視した提案もしています(詳細)。過去におこなった、生活背景の違う20代から50代の男女を対象にした調査結果を踏まえて、元々キッコーマンが持っていたたくさんのレシピから「達成感」や「没頭」といった感情を味わえるレシピを選定しました。
レシピ提案においては、達成感を得やすいものから、日常的に簡単に取り入れられるものまで幅広くピックアップし、それぞれのライフスタイルに合った幸福を提供できるよう努めています。
そして、先行研究や幸福度に関する多くの研究から、料理や食事の時間という観点から行動に起こしやすい要素として「達成」「没頭」「ポジティブな人間関係」「ありのままでいること」の4つを選びました。
「達成感」や「没頭」は、料理のプロセス自体において感じることができる感覚で、これらを通じて人々がより充実感を感じることができます。また、「ポジティブな人間関係」は食事をともにする場でのコミュニケーションを通じて、そして「ありのままでいること」は、自分に正直な食生活を送ることで、自己受容を促進することができます。
──実際に、それぞれの要素別にどのようなレシピを提案してくれるのでしょうか?
野尻さん:たとえば、「達成感」では、豚の角煮やいなり寿司のように、ある程度の手間や工程が必要な料理を提案しています。時間と手間をかけて作る料理は、完成時に大きな達成感を与えてくれます。
「没頭」では、手作り餃子などがあります。みじん切りや皮包みなどの工程に集中することで、没頭を味わえるはずです。
「ポジティブな人間関係」では、料理を通じてコミュニケーションが生まれるような、みんなで作ることができるホットプレート料理や手巻き寿司などがありますね。
「ありのままでいること」では、人それぞれのこだわりをもつ卵かけご飯のような、自分の好きな食材を自由に使えるレシピを提案しています。人と比べずに自分らしさを表現できる料理を通じて、自己受容を高めることにつながります。
──なるほど!どれも納得というか、切り口が変わることで見慣れた料理の違う側面を知れた気がします!
野尻さん:ですよね。これらのレシピを通して、生活者が自分自身と向き合い、日々の生活の中で小さな幸福を見つけ出せる、そんな手助けができたら、と思っています!
自分らしさのある良さのものさしが食を通じたウェルビーイングにつながる
──おいしさ未来研究センターが考える「ウェルビーイング」とは、具体的にどのようなものでしょうか?
野尻さん:私たちは、ウェルビーイングとは、「自分らしさのある”良さのものさし”が見えてくること」だと考えています。これは、社会的な価値観や他人が定めた基準に左右されることなく、個々人が自身の内面から感じる「よい」という感覚を大切にするようなイメージです。
──世の中はこうだから…ではなく、自分の中にある「よい」という感覚を大切に。食を通じたウェルビーイングに向けて、キッコーマンとしてどのようにアプローチしていますか?
野尻さん:ウェルビーイングは、あくまで生活者が主体であり、生活者本人が価値観をつくりあげたり、見つけています。
その中で、キッコーマンは、このウェルビーイングの考えを軸に、商品やレシピなどのサービスを通じて、生活者が自分なりの良さを見つけられるよう、自分の価値観に合った方法で健康や幸福を追求できるようサポートをしています。
さまざまな食材や調理法を提案することで、個々の好みや生活スタイルに合った料理を楽しめるのもその1つで、生活者の方が「自分なりの良さのものさし」を見つけるためのお手伝いをする、そんな存在であれたらと考えています。
──あくまでも生活者自身が主体、でも「自分なりの良さのものさし」を見つけるお手伝いをしてくれる。心強いですね。
野尻さん:具体的な食材や調理法の選択肢を提供することで、生活者が自分自身のウェルビーイングを形成する過程をサポートし、個々の「良さのものさし」に合った食生活を送ることができるよう努めています。
──忙しい中でも、一度立ち止まって自分自身と向き合い、「本当は何が好きなのか?」自分と対話する時間をもつことが大切ですね。
野尻さん:そうですね。自分なりに、自分にとって好きなものを見つけて、食事も含めてそれを取り入れることで精神的な満足感を得られ、それが日々の活力にも影響します。まずは自分にとって何が幸せかを見つめ直すこと、それが健康的な生活への第一歩です。
──ただ、一人ひとりが自分らしい食生活・身体的な健康の両立をするのは難しい気もするのですが…。
野尻さん:1つの方法として、日々の中で食事のバランスを調整する「チューニング」をおこなうのがおすすめです。たとえば、お菓子が主食であった女性の場合、朝にお菓子を食べた日は、昼や夜で野菜を多めにとったり。1日で調整するのが難しい場合は、1週間という期間でおこなってみてください。週の初めに健康ではないかもしれないけど自分の好きな食事をたくさんしたのであれば、週の後半は健康に少し目を向けた食事にしてみることで、長期的に見たときに精神的な満足と体の健康のバランスの取れた食事に近づいているはずです。
──まずは1週間で調整する「チューニング」であれば、ストレスを感じすぎずできそうです!
野尻さん:健康をまったく考慮しない食生活を推奨するわけにはいきませんが、食事が個人の幸せに直結している以上、それを大幅に制限することも避けたいですね。理想は、身体と心の両方が満たされるような食生活のバランスを見つけることですね。
── 食は生活において切り離せない存在だからこそ、工夫しながら心身ともに健康でいられる自分らしい食生活を見つけたいですね!
編集後記
食と感情、幸福度の関連を探ることで、味だけではないおいしさの要素や私たちと食との深い関係性を知ることができました。どのような感情のときどんな料理を食べたいか、視覚化されたことで納得いく人も多いはずです。レシピの提案を感情やいくつかの要素をヒントにおこなうなど、斬新な取り組みの数々に、つい試したくなりました。