
ベネッセ教育総合研究所と東京大学社会科学研究所の共同プロジェクト「子どもの生活と学びに関する親子調査2022」の結果によると、この4年間で「上手な勉強のしかたがわからない」という子どもが増加し約7割に。学習方法に悩む子どもが増えていることが明らかになった。
また、上手な勉強のしかたの理解は、学習意欲や成績と関連しており、学習意欲よりも成績との相関が高い傾向がみられたという。
今回は、この研究に関わっている東京大学の大野特任准教授に、研究の背景と内容、子どもの学習意欲を高めるために大人がどういったサポートをするのが望ましいかについて詳しいお話を伺った。
大野 志郎さん
東京大学社会科学研究所 特任准教授
小学1年生〜高校3年生の同一の親子を継続的に調査
──今回の研究をおこなった背景について教えてください。
大野准教授:この研究プロジェクトは、ベネッセ教育総合研究所と東京大学社会科学研究所が共同でおこなっています。保護者と子ども、親子セットのアンケート調査により、学術的に分析をおこなうことを目的としています。
2014年に「子どもの生活と学び」の実態を明らかにする共同研究プロジェクトを立ち上げ、毎年、同一の親子を追跡してアンケート調査をおこなうことで、学習に対する意識や行動の変化を分析しています。
当初は4年計画でスタートしましたが、社会的に意義のあるデータが得られたこともあり、プロジェクトは今年で10年目を迎えています。
──ずっと継続しておこなわれている調査なのですね。
大野准教授:はい。小学1年生から高校3年生までの子どもと保護者、約21,000サンプルを対象としたアンケートの回答を元に調査・分析を続けています。ベネッセ保有の膨大なリストからサンプリングしているため、世の中の小中高生の状況を精密に把握することができる貴重なデータです。
「上手な勉強のしかたがわからない」子どもが約7割に
──共同研究の調査で、どのようなことが分かったのでしょうか?
大野准教授:昨年公表した調査結果(2021年調査)では、子どもたちの「勉強する気持ちがわかない」という回答が半数以上になり、学習意欲が低下しているということがわかりました。
学習意欲が高まらない状況が継続しているため、2022年の調査では「学習意欲を高めるために何をすればよいか」という視点から、「学習方法の理解」に注目しました。
──どのように「学習方法の理解」について、調査・分析をしたのでしょうか?
大野准教授:「上手な勉強のしかたがわからない」という質問に対して、「とてもあてはまる」、「まああてはまる」と回答した子どもの数を合算し、肯定率を算出しました。肯定率はこの4年間で増加し続けていて、約7割の子どもが「上手な勉強のしかたがわからない」という状況になっていることがわかります。
──7割もいるんですね。なぜ勉強のしかたがわからない子どもが増えているのでしょうか?
大野准教授:さまざまな要因が考えられるため分析を進めている段階なのですが、2021年のコロナ禍のタイミングで「学習のやり方やプロセスをふりかえる」授業が減少したことが、原因のひとつだと考えられます。
──やはり、コロナの影響も考えられるのでしょうか?
大野准教授:そうですね。コロナの影響も考えられますが、他にも考慮すべき点はいくつかあります。
小学校・中学校では、「GIGAスクール構想」という1人1台デジタル端末を整備する文部科学省の取り組みがあり、新型コロナの影響もあって2020年に急速に整備が進みました。
また「新学習指導要領」への全面的な切り替えも影響していると考えられます。小学校では2020年、中学校では2021年から、学校の授業に変化がありました。
「新型コロナ」「GIGAスクール構想」「新学習指導要領」など、大きな社会的背景を取ってもいくつかの要素が関係しているため、具体的に何が原因で「勉強のしかたがわからない」と答える子どもが増えたのか?をはっきり言及することはできないんです。
学習方法の理解は、学習意欲や成績と関連
──「上手な勉強のしかた」を身につけるには、どのような点を意識すればいいのでしょうか?
大野准教授:学習方法・学習意欲・学習時間・成績の相互の単純な関連を調べてみると、このような結果になりました。
数字は相関係数で“1に近いほど関わりが強い”ことを表しています。
このデータをみると、「学習方法(上手な勉強のしかた)」の理解は、「学習意欲」と関連が強く、さらに詳細な分析では、理解が進むことで意欲が高まる関係も見られました。
また、「成績」との関連を見てみると、「学習意欲」、「学習時間」と同等かそれ以上に「学習方法」と強い関連があるということがわかります。成績を上げるためには、学習時間を長くすることも重要ですが、「学習方法(上手な勉強のしかた)」を身につけることが、効率的だといえそうです。
──「上手な勉強のしかた」を身につけると、成績向上も期待できるということですね。「上手な勉強のしかた」と「学習意欲」に強い関連があった点について、詳しく教えていただけますか?
大野准教授:“学習方法の理解の2年間の変化”と“学習意欲の2年間の変化”を見たところ、学習方法がわからない状態から、理解できるようになった「理解に変化群」では、学習意欲が上昇している傾向がありました。
また、学習方法を理解していた状態から、わからなくなってしまった「不明に変化群」では、「意欲低下群」が多くみられます。
このことからも、学習方法の理解と学習意欲は、連動して変化することがわかります。
できるだけ早い段階で“メタ認知的方略”を取り入れよう
──「上手な勉強のしかたがわからない」と答えた子どもには、どのような特徴があるのでしょうか?
大野准教授:「上手な勉強のしかたがわからない」子どもは、学習方略をあまり取り入れていないと考えられます。
これらの中でも、教育関連では「メタ認知」と呼ばれている【自己調整方略:勉強のやり方を工夫する】、【モニタリング方略:何が分かっていないか確かめる】、【プランニング方略:計画をたてて勉強する】など、自分の行動などを高次な視点で認識したりコントロールするような学習方略を意識することが効果的だと思われます。
メタ認知的方略は学習意欲や成績にも大きく影響しますので、学習効率を高めるためにも、できるだけ早い段階から取り入れた方がいいでしょう。
──具体的にどれくらいの時期から取り入れると良いのでしょうか?
大野准教授:今回の調査では「自分の学習のやり方やプロセスをふりかえる」授業が減っていましたが、新学習指導要領にはメタ認知的方略の取り入れについての記載があります。家庭でも子どもの発達に合わせながら、幼児教育や小学校低学年などに少しずつでも取り入れるのがよさそうです。
──なるほど。まずどの学習方略から取り入れるのがおすすめでしょうか?
大野准教授:方略を試す順番というよりは“できるだけ早い段階でメタ認知的方略を取り入れる”ことを意識するといいのではないでしょうか。
子どもの学習意欲を高めるために大人ができること
──学習意欲を高めるためにも、虫や宇宙など子どもが関心を持ちそうなトピックに付き合うのも効果的なのでしょうか?
大野准教授:“勉強の楽しさを教えてもらっているか”も学習意欲の高低に関連していましたので、子どもが没頭できる趣味などに付き合うのもよいと思います。
また、子どもが関心を持っているトピックに対して「これは算数にも関係しているし、歴史も関係しているよね」「この勉強が、あなたが面白いと思っていることにつながってるんだよ」など、興味から勉強に紐づけるようにサポートできればよいですね。
「単に一緒に遊んであげる」というよりは、いろいろな視点を子どもに与えて知的好奇心を刺激する工夫を大人が考えてあげるとよいと思います。
──小さな頃から“知的好奇心”を育み、勉強に興味を持ってもらうことも大切なんですね。
大野准教授:そうですね。7年間の学習意欲の推移を分析したところ、小学校4年生のときに学習意欲が低かった生徒はその後もずっと低く、高かった人はずっと高いというような傾向が見られました。「学習意欲」は多くの場合、小学校4年生よりも早い段階で、すでに差がついているものと思われます。
さらに、毎日が楽しいと感じていると学習意欲も高い傾向にあり、毎日楽しくないと感じている人は学習意欲もなかなか高まらないこともわかっています。
考えてみれば、「毎日本当に楽しいことがなくて嫌なのに、勉強だけはやりたいです」という人は稀ですよね。
子どもに勉強をしてもらうためには、それなりの楽しさや活力を提供し、親も楽しそう・幸せそうにしているということも大事なのかもしれません。
── 今回の結果を踏まえて、今後取り組みたいと考えている研究はありますか?
大野准教授:プロジェクト全体での関心として、今後も「学習意欲」については注目していこうと思います。
また、デジタル化の学習意欲への影響についても、今後どうなっていくか注目していきたいですね。小学生でも自分専用の端末を持つことが多くなり、スマホ・ゲームの利用時間が今後増えていくと予想されます。
家や学校でどうサポートしていけばよいか、スマホ・ゲームの利用がどれくらいの問題となっていくのか、どの程度抑制すれば良いのか、さまざまな問いに答えられるように、より重点的に分析をしていかなければいけないと感じております。
── 大野准教授、本日はどうもありがとうございました!
Wellulu編集後記
“上手な勉強のしかたは学習意欲と強く関連がみられる”こと、“学習意欲の高さは小学校4年生までに差がついている”ことから、幼児〜小学生の早い段階で子どもの知的好奇心・学習意欲を高めてあげることの重要性を感じました。
また、調査の結果、学習時間よりも“上手な勉強のしかた”が成績との関連が高いということにも驚きました。単に「勉強しなさい」と勉強習慣をつけさせるだけでなく、一歩進んだサポートができるようなヒントを知ることができました。
※今記事内のグラフやデータに関して「ベネッセ教育総合研究所・東京大学社会科学研究所 共同プロジェクト『子どもの生活と学びに関する親子調査 2022』結果速報」のリリース資料をもとに制作しています。
本記事のリリース情報
博士(社会情報学)。主として青少年の情報環境と心理・行動に関する研究を行っている。著書に「逃避型ネット依存の社会心理」(勁草書房)など。東京大学大学院学際情報学府卒。学習院大学・立教女学院短期大学・東京大学大学院の助教、駿河台大学メディア情報学部の准教授を経て現職。