哺乳びんからスキンケア用品、離乳食など幅広い育児用品を開発するピジョン株式会社。正木久美子さんは、プロダクトデザイナーとして数多くの商品デザインを担ってきた。
そんな正木さんは現在、コーポレートブランディングという、企業のデザインにも取り組んでいる。ジャンルの異なるデザインに挑戦する上で、どんな意識の変化があったのか。
今回は、正木さんのデザインとブランディングへの向き合い方についてインタビューを実施。正木さんのお話からは、業務に変化があったとしても自分が納得できる考え方で取り組むことの大切さが伝わってきた。

正木 久美子さん
「かわいい」から始まった。育児用品のものづくりを選んだ理由

── 本日はよろしくお願いします!まずは、正木さんが赤ちゃん向けの商品に興味を持ったきっかけを教えてください。
正木さん:子どものころから「赤ちゃんってかわいいな」と思っていました。それに加え、ものづくりも好きだったので、進路を考えたときにデザインを勉強したいという気持ちで、その道に進みました。
大学に入ってからはプロダクトデザインを学び、就職先を考えるときに、いわゆる花形とされる家電や車のデザインに、「自分はそこまで惹かれないな」ということに気づいたんです。
「じゃあ何に興味があるのか?」って考えたときに、大好きな赤ちゃんに関するデザインなら、自分自身のデザインのテイストにもあっていて、より楽しめるかもしれないと思ったんです。
── ベースに赤ちゃんへの愛情があったんですね。
正木さん:そうですね。生まれたときに囲まれているものが素敵だったら、その先の人生も素敵になるんじゃないかなと思ったのも、きっかけの1つでした。
それに、育児用品という愛情がベースにあるプロダクトのデザインなら、人の感情を大切にするデザインができるんじゃないかと思い、育児用品業界を志しました。
選ぶのはお母さん、使うのは赤ちゃん

── 実際に育児用品のデザインに携わるなかで、どのような点に難しさを感じますか?
正木さん:商品の使用者は赤ちゃんなので、フィードバックを言葉で得ることができない点、そして商品を選ぶのは赤ちゃんではなく、お大人という特徴的な構造が、難しくも面白い部分ですね。
赤ちゃんも大人も使いやすく、なおかつデザインにも満足してもらえる商品をつくるために、入社したてのころはお昼休みにずっと赤ちゃん雑誌を読んで勉強していました。
── 哺乳びんを例にあげると、選ぶのはお母さんですが、哺乳びんでミルクを飲むのは赤ちゃんですもんね!
正木さん:そうなんです。哺乳器に関しては、赤ちゃんや授乳の状況に合わせて、生まれた後にも検討をされる方が多い商品かと思います。
ですが、生まれる前に購入することの多い育児用品のすべてを、赤ちゃんにとっての使いやすさを考慮して選ぶのはやはり難しいと思うんです。
ですので、赤ちゃんにとっての使いやすさに関しては「ピジョンの商品を買えば大丈夫」と任せていただけるように、「安心安全で間違いない」ものを作り続けなければならないと思っています。
ピジョンならではの「お客様の言葉」

── ピジョン株式会社ではどのように製品開発に取り組んでいるのでしょうか?
正木さん:デザインチームとは別に研究チームもあり、さまざまな商品の試作とモニターを繰り返しています。
たとえば、ピジョンの哺乳器の乳首には、研究を通して明らかにした「赤ちゃんが乳首をくわえる深さの目安」となるラインが施されているものがあります。
正解不正解を示すようなラインを施すことは「ピジョンらしくない」ということで、波型、且つ製品に馴染むようなラインにして、唇がかかっているかどうかのみで判断できるようにデザインしました。

── 研究の結果を、プロダクトに馴染むようにデザインされているんですね。
正木さん:はい。商品を使用している赤ちゃんの様子をしっかりと観察し、お母さんからご意見をもらった上で、ピジョンらしいコミュニケーションも踏まえて商品デザインに反映しています。
また、ピジョンではそういった研究の知見を生かして、公的規格基準に、さらにチェックすべき観点を加えた、独自の厳しい品質管理基準を設定しています。
── そういった取り組みを通して、安心安全な商品が作られていることがわかりました。そのような試行錯誤を繰り返す中で、お客さんからの印象的な言葉はありますか?
正木さん:実際に商品を使っていただいたお客様にお会いすると「うちの子がお世話になりました」というお声をいただくことがあります。
育児用品、とくに哺乳器という赤ちゃんの生活に密接に関わる製品を扱う企業だからこそ、ありがたいお言葉だと思っています。
哺乳器に関しては「何をしてもダメだったけど、ピジョンの商品にしたらミルクを飲んでくれた!」とか、すでに高校生のお子さんやお孫さんがいらっしゃる世代の方からも、「子どもが小さいころにお世話になりました」と言ってもらえて。世代を超えた信頼関係が構築できていることも、とてもうれしいですね。
また、哺乳器以外にも、ベビーソープやスキンケア用品、乳歯ケア用品などもピジョンの商品を選んでくださる方も多くて。赤ちゃんの生活にしっかりと寄り添うことができているという自負があります。

── 育児経験者にとって、ピジョンは子育てをともに乗り越えた戦友なんでしょうね。そういえば、Xで自分の好みの哺乳びんが作れる店舗があるのを拝見しました。
正木さん:ありがとうございます。株式会社赤ちゃん本舗様とのコラボで、アカチャンホンポ ららぽーと豊洲店とアカチャンホンポ ららぽーとEXPOCITY店で、哺乳器のパーツを組み合わせてカスタマイズできるPigeon Bottle Lab(ピジョンボトルラボ)を展開しています。
赤ちゃんが生まれるのをご夫婦で楽しみにされる日々のなかで、お出かけしたときなど「育児用品を揃える最初のきっかけ作り」になればという想いで、取り組みがスタートしました。
哺乳器のボトルに関しては、成長後に使うマグやいれものとして再利用できるパーツを販売したり、使用済みの哺乳器を回収して資源として利用するリサイクルを推進しています。哺乳器を育児の思い出として大切にできる提案をしているんです。
── 思い出がつまった哺乳びんを長く楽しめるなんて、うれしいですね!
経営もデザインも本質は一緒

── 正木さんは現在プロダクトデザインだけでなく、企業全体のブランド戦略から社内外の広報にも携わられているそうですね。
正木さん:はい。ブランドデザイン部という、コーポレートブランディングとクリエイティブデザインの両方を担う部署に所属しています。
正直、この部門への配属が決まったとき、ピジョンの企業ブランディングを担当するのが初めてだったのと、他社事例もなくてイメージをつかむのに時間がかかりました。
── プロダクトデザインから企業デザインも担当することになり、はじめは戸惑いがあったんですね。どのように乗り越えられたのでしょうか?
正木さん:まず、ブランディングは企業全体のことなので、経営とは何かを学ぶところから始めました。そのなかで、自分がこれまで携わってきたデザインと照らし合わせてみて、「経営はデッサンに近い」という気づきを得られたことが突破口になりました。
── 経営がデッサンに近いとは、おもしろい発想ですね!具体的にはどういった感覚なのでしょうか?
正木さん:デッサンは、どこを正面にして、どのように立体的に描くか、どこにハイライトをいれるかなどを含めて、トータルで考えていくんですね。経営やブランディングも、ピジョンという会社を魅力的に見せるためにはどうすればいいのかを考えることなんだと思えたことで、理解が進んだように思います。
── まさに正木さんらしい理解の仕方ですね。他社との差別化もブランディングの範囲として考えられているのでしょうか?
正木さん:ブランディングにおいてはあまり他社を意識することはないんです。長年変わらないピジョンらしさを、時代や世代に合わせてどう見せるのかということを考えることが多いですね。
── 変わらない自分たちらしさをどのように見せるかというイメージでしょうか? 目に見えるものではないからこそ難しそうです。
正木さん:そうですね。たとえば、ピジョンには、「Pigeon Group DNA ・ Pigeon Way」という企業理念があるのですが、これはもともと根付いていた企業風土を言語化したものです。
企業の姿を言語化したことで、ピジョンの姿を社外の方にもわかりやすく伝えることができるようになりました。

── 実際にどのような取り組みをされているのでしょうか?
正木さん:2026年のはじめに、コーポレートサイトに「わたしたちの想い」というピジョンの存在意義である「赤ちゃんをいつも真に見つめ続け、この世界をもっと赤ちゃんにやさしい場所にします」を伝えるページを作りました。
情報を発信するためのページというよりは、育児に取り組むご両親に向けたピジョンからのメッセージになっています。
── 妊娠から出産、子育てに対するピジョンらしい寄り添いが見えるページですね。会社のブランディング業務も楽しまれていることが伝わってきました。
清く正しいだけでなく、美しく

── プロダクトから企業まで、デザインとブランディングに携わる正木さんのマイルールを教えてください。
正木さん:私の座右の銘は、「清く正しく美しく」です。ピジョンはこれまでお話してきたとおり「清く正しい」会社なんですね。ただ、それだけでは足りないと思っていて。私自身がデザイン出身なのもあり、「美しさ」を追加しました。
── 素敵です! 美しさに関しては、プロダクトの見た目や広告の美しさというイメージでしょうか?
正木さん:プロダクトの見た目はもちろん、所作や立ち振る舞いも含まれています。企業でいえば、メッセージの伝え方やマーケティングの手法などもですね。
これまで、安心安全という清くて正しい状態を伝えてきたので、今後はストーリー性なども含めて、エモーショナルに美しく心に響く伝え方を工夫していきたいと思っています。
── ピジョンらしい美しい伝え方とは、工夫しがいがありそうですね。
正木さん:そうですね。世の中にたくさんのものがあふれていて、育児用品もいろいろな商品が選べるなかで、マーケティング戦略だけの勝負になってしまうのは、本質的ではないと思っていて。
ピジョンが何を大切にしていて、「使う人にどういう生活をしてほしいのか」「どういう育児と時間を届けたくて、商品を作っているのか」を、美しく伝えたいんです。
事業の延長にある社会貢献

── さまざまな想いを商品に込められているなか、まだ十分に伝わっていないと感じるピジョンの魅力を教えてください。
正木さん:正直、ピジョンを「もっと知ってほしい!」という気持ちよりも、「お客さんと丁寧なコミュニケーションをとっていきたい」という気持ちが大きいです。そのためにも、お客さんに寄り添った伝え方を模索し続けたいですね。
「商品がいいんです!」と伝えるのだけではなく、育児の時間や親子の愛情がどれだけ尊くて貴重でかけがえのないものなのかを、さまざまな方法で伝えていきたいんです。
事業の延長にある社会貢献

── 会社のコミュニケーションの一部として、現在チャレンジされていることはありますか?
正木さん:全国の中学生向けに、「赤ちゃんを知る授業―赤ちゃんにやさしい未来のために―」を提供しています。教材を制作してそれを日本全国の希望される中学校向けに提供しているのですが、時には社員が直接学校にお伺いし授業を実施する「出前授業」もおこなっています。
中学生という未来を創る世代の対し、妊婦の方の身体の変化や赤ちゃん、育児について「早期教育」をおこなうことは、中学生に赤ちゃんへの興味・関心を持ってもらい、社会の一員として自らできることを考え、赤ちゃんにやさしい行動をおこすきっかけづくりになると考えています。
授業では、とくに体験してもらうことを重視していて、妊娠8ヵ月程度のおなかの重さを体感できる妊婦ジャケットの着用や、リアルな重さの赤ちゃんの人形を使って赤ちゃんを抱っこすることで、重さを実感してもらっています。
── 未来につながるピジョンらしい社会貢献ですね。
正木さん:実はあまり社会貢献という感覚はなくて。赤ちゃんのいる空間、環境、時間を一緒に作り上げる通常の事業の延長線にあると思っています。
企業の売り上げを伸ばすためのブランディングではなくて、出前授業などを通して育児にまつわる時間や空間、価値観までブランディングできたら、ピジョンらしいのではないかと思っています。
Wellulu編集後記
新しくまかされた仕事に馴染みがなく、取り組み方が難しいという状況は誰しもあるだろう。正木さんがプロダクトデザインから企業デザインへと取り組んでいく姿は、そんな人に勇気を与えるお話だったように思う。
目の前の業務単位で考えるのではなく、本質的な意味や方向性を見つめれば、自分の馴染みのある分野で例えられる瞬間があるかもしれない。
未知の領域に足を踏み入れるときは、なるべく自分に引き寄せて考える。それができれば、新しい仕事であってもおのずと楽しめるようになるのではないだろうか。
金沢美術工芸大学でプロダクトデザインを専攻。卒業後は育児用品のデザイナーとして国内外で経験を積み、2010年にプロダクトデザイナーとしてピジョンに中途入社。
現在はデザイン業務を主軸としながら、CIやブランド戦略、企業理念の浸透、さらには社内外広報や社会貢献活動までを統括。
グローバルに広がるグループ会社各社と連携したブランドデザイン戦略や、商品デザインにおける基本戦略の推進、プロダクトデザインガイドラインの策定などを通じて、グローバルなブランドおよび商品デザインの統括・推進に従事している。