生まれてすぐの赤ちゃんがまず口にする母乳。栄養価が高くて、身体によいものというイメージはありつつも、どんな成分が含まれ、どのように赤ちゃんの健康に影響しているか知っていますか?
分や機能について紐解き、母乳が足りないときやあげられないときに支えてくれる粉ミルクの開発を手掛けている雪印ビーンスタークに取材を実施。長年に渡る母乳の研究からわかったこと、母乳を続けるためにできることなど、日暮さんと菅原さんに詳しくお話を伺った。
日暮 聡志さん
雪印ビーンスターク(株) 商品開発部 シーズ研究グループ
菅原 牧裕さん
雪印ビーンスターク(株) 商品開発部
雪印乳業(株)技術研究所(現、雪印メグミルク(株)ミルクサイエンス研究所)、栄養科学研究所にて母乳研究と育児用粉乳の開発に従事したのち、海外向け育児用粉乳、国内育児用商品の企画、生産技術管理、品質保証業務に従事。現在は研究開発のサポート、アドバイスを担当。
本記事のリリース情報
Webメディア「Welulu(ウェルル)」にて、弊社の「母乳研究」に関するインタビュー記事を掲載いただきましたのでご案内いたします。
動物によって成分組成が異なる!「赤ちゃんを守る力」を持つ母乳ってどんなもの?
──まず始めに、母乳のはたらきについて教えていただけますか?赤ちゃんの成長において、とても大切なものだということは分かるのですが…。
日暮さん:母乳は赤ちゃんの適切な成長のための最良の栄養源ですが、それだけではありません。脳神経系の発達や消化管の成熟を促す成分や、細菌やウイルスの感染から赤ちゃんを守る成分も含まれています。とくに免疫機能が未熟な赤ちゃんを病気から守ることは母乳の大切な役割なのです。
──母乳は赤ちゃんを病気から守っているのですね!
日暮さん:そうですね。母乳には、消化管への病原体の付着を防ぐ成分、消化管の成熟化を促しバリア機能を高める成分や、赤ちゃん自身の免疫力を高める成分が含まれています。
──ちなみに、母乳と他の哺乳類の乳には違いがあるのでしょうか?
日暮さん:哺乳類は生息している地域や環境などに応じて様々な形態に進化しています。乳の栄養組成もそれにに適合するように変化しています。たとえばクジラやオットセイなどの海洋に生息する哺乳類は、海の中でも授乳がしやすいように、脂肪分が多く糖質が極端に少ない濃厚な乳を分泌します。
人間の赤ちゃんの成長はゆっくり
──なるほど!動物によって生息地域が異なると、必要な栄養素も異なるんですね。
菅原さん:ウシの赤ちゃんの場合、生まれてすぐに立ち上がって歩き出します。一方、人間の赤ちゃんは歩き始めるのに1年程度かかるなど、成長がゆっくりなため、筋肉や体組織の材料となるたんぱく質やカルシウムなどのミネラルは牛乳に比べて少ないのが特徴です。ゆっくりした成長速度に適応した組成だといえます。つまり、ウシの赤ちゃんと人間の赤ちゃんでは必要とする栄養成分が異なるということです。
──おもしろい視点ですね!一般的に母乳を用いた育児というのは何歳ごろまで行われることが多いのでしょうか?
日暮さん:現在、世界保健機関(WHO)では生後6か月間は完全母乳を推奨しており、その後も2年間は母乳を続けることをすすめています。ただし、これはあくまで一般的なガイドラインであり、実際には文化や個々の状況によって異なる場合があります。
統計によると、地域や状況にもよりますが、日本では2歳まで母乳育児を続けている母親は10%から20%程度と言われています。長期間母乳を与えることのデメリットは少ないとされているため、可能な限り長く続けることがおすすめです。
母乳は赤ちゃんが必要とするすべての栄養素を含んでいる
──出産後の「初乳」がありますが、通常の母乳とはどのような点で違いがあるのでしょうか?
日暮さん:まず、初乳とは出産後1週間くらいまでに分泌される母乳のことを指します。通常の母乳に比べ、見た目は少し黄色がかっており、粘性があるのが特徴です。
左が初乳。右は通常の母乳
成分においても、通常の母乳に比べ、たんぱく質の含有量が高く、とくに免疫グロブリンやラクトフェリンなどの感染防御に関わる成分が豊富に含まれています。これらの成分は、赤ちゃんの未熟な免疫システムをおぎない病原体の感染から守ってくれるので、初乳は生まれたばかりの赤ちゃんにとって非常に重要なのです。自然が用意した貴重な成分と言えますね。
── 通常の母乳よりも赤ちゃんを守る成分がより多いんですね!赤ちゃんとって母乳は非常に重要というのが感じられました。
日暮さん:そうですね。母乳は赤ちゃんの成長と発達を支えるだけでなく、抵抗力を高め、さまざまな病気から守ってくれる存在です。
さらに、母乳は赤ちゃんの将来の健康にも影響を与えることが示されています。例えば、母乳で育った赤ちゃんは、小児期(成長した後)の肥満リスクが低くなるという報告があります。母乳育児がなぜ肥満を予防するのかはっきりした理由は分かっていませんが、母乳に含まれるホルモンなどの影響が考えられています。
このように、母乳は赤ちゃんの成長をサポートするだけでなく、幼少期を超えて大人になるまで影響が長く続く可能性があるのです。さらに赤ちゃんの身体的成長だけでなく、精神的、感情的発達にも寄与する重要な栄養源なのです。
母から子へ、母乳の研究でわかったこと
──これまで大規模な調査も含め、母乳の研究を続けてこられたと思います。まずは母乳の研究を始めたきっかけについて教えていただけますか?
菅原さん:当社の前身である雪印乳業が1951年に育児用粉乳を発売したのがきっかけです。このときすでに、赤ちゃんにはできるだけ母乳に近いミルクをあげたいという想いがありました。しかし、そのころ日本人の母乳に関するデータはほとんどありませんでした。欧米と日本では気候風土も生活習慣や食生活も異なっており、この違いが母乳にも影響しているのでは?との疑問が動機となり、1960年に日本で初めて全国規模での母乳調査を開始しました。
──日本では母乳についての研究がまだ十分に行われていなかったのですね。
菅原さん:はい、日本人の母乳に近い粉ミルクを開発するための基礎を築くことを目的として研究が行われました。そこから現在まで、母乳に関する詳細な研究の成果と粉ミルクの製造技術の進歩が相まって、より母乳に近い成分と機能を備えた製品が提供できるようになりました。
母乳の成分組成解明から、母親の生活習慣の母乳、乳児への影響解析へ
──これまでの全国母乳調査と調査を通してわかったことを教えてください。
菅原さん:1960年に実施した第1回全国母乳調査では、母乳の栄養成分を調べました。具体的には、たんぱく質、脂質、乳糖、灰分(ミネラル成分)の量やアミノ酸組成、脂肪酸組成など26項目の分析を行い、日本人母乳の成分組成を明らかにしました。このデータはのちに日本食品標準成分表にも採用され、日本の母乳の代表値として多くの場面で活用されてきました。また、この調査をベースに、日本人の母乳に近い成分の粉ミルクの開発が進められました。
1970年代に入ってからは、母乳に含まれる成分が赤ちゃんの腸内細菌叢や脳神経系機能にどのように影響するかの研究が進められました。特に、母乳特有の成分であるオリゴ糖やタウリンなどに焦点を当て、それらの働きを研究し、粉ミルクへの応用が試みられました。
その後、1989年に第2回全国母乳調査を実施しました。第1回の調査から約30年経過し、その間の日本人の生活環境や食生活は大きく変化しました。この変化が母乳成分に与えた影響を把握する必要があると考えたからです。全国2400名以上のお母さま方にご協力いただき、2700検体以上の母乳を集めることができました。これは当時世界でも最大規模の母乳調査でした。成果の一例として、たんぱく質の摂取量はこの間に約15%増え、一方母乳中のたんぱく質は約14%増えていることが明らかになりました。
また、分析技術の発達により、以前は分析できなかった成分も調べることができるようになり、合計で約180項目の成分を詳細に調べました。脳や神経機能に関与するDHAはその例です。
──日本人の母乳を分析し、日本人に合う粉ミルクを追及してきたのですね。では、第3回全国母乳調査についても教えていただけますか?
日暮さん:第3回全国母乳調査は、母親の社会生活要因や生活習慣が母乳の成分及び乳児に与える影響を明らかにすることを目的に行っています。2014年から2019年にかけて募集を行い、日本全国の73の産科医療機関から1210人のお母さま方に参加いただき、6,000検体以上の母乳を提供いただきました。第1回、第2回の調査では母乳の成分組成の解明が主な目的でしたが、第3回母乳調査では母乳成分の分析に加えて、世帯の家族構成や年収、学歴などの社会生活要因や食事内容や生活習慣、赤ちゃんの健康状態、成長、発達などの情報も取得し、これらの関連を包括的に検証することを目的としています。
最新の研究では、母親の育児ストレスが完全母乳育児の継続にどのような影響を与えるかについて調べました。
──実際に、育児ストレスは母乳育児にどのような影響を与えていたのでしょうか。
日暮さん:分娩後2か月と6か月時点の育児ストレスレベルを測定、分析した結果、特に分娩後2か月時点での育児ストレスが高いお母さんは、完全母乳での育児継続率が低いことが明らかになりました。これは、育児ストレスが母乳育児の継続に負の影響を及ぼすことを示唆しています。ただし、これらの因果関係を確立するまでには至っておらず、ストレスと母乳育児の関連性についてのさらなる調査が必要だと考えています。
──育児ストレスというのは、どのお母さんも直面する問題ですよね。
日暮さん:そうですね。この調査を通して母乳育児の支援においては、母親の心理的な健康も重視すべきであるとの認識が深まりました。母乳育児の継続を促進するためには、早期からのストレス管理やサポート体制の整備が重要であるということです。
──母乳の成分の分析から社会生活要因を考慮した調査など、これまでの研究を踏まえて、今後の方向性はどのようにお考えですか?
日暮さん:これまでも数多くのデータを蓄積してきましたが、今後は母親の生活習慣や健康状態がどのように母乳と乳児の健康に影響を及ぼしているかをさらに詳しく解明する必要があると考えています。特に、母親の食事摂取が母乳の成分に与える影響の検証や赤ちゃんの発育、発達に影響を与える母乳成分の探索に興味があります。
疫学的な検討により現代の母親が抱える課題を明らかにし、それが母乳や乳児の健康にどのように作用するかを理解すること、それが私たちの研究のおもな目標です。
得られた研究成果は赤ちゃんとお母さんの健康に寄与する商品への応用や母乳保育をサポートするための情報提供に活用していきたいと考えています。
──お母さん自身を支えることが大切ですね。粉ミルクの開発という点ではいかがでしょうか?
日暮さん:粉ミルクについては、既に成長に必要な栄養素はほぼ充足されていますが、今後の課題は「第三の機能」つまり免疫機能、認知機能といった生理機能を向上させる点での特性をさらに強化させたいです。
母乳と粉ミルクの差に焦点を当て、母乳に含まれる免疫成分や脳の発達に重要な成分を、粉ミルクにも配合し、さらにその効果を科学的に証明することが求められています。
赤ちゃんの健やかな成長のために
母乳育児を続けるために〜栄養面〜
──母乳育児を継続するポイントを教えてください。
日暮さん:まずバランスの取れた食事をしっかりと取ることを心がけることが重要です。「日本人の食事摂取基準(2020年版)」によると、授乳中は非妊娠時にプラスして350kcalのカロリーを摂取することが必要とされています。また、たんぱく質、脂質、炭水化物の摂取量が母乳の成分に直接的な影響を与えるわけではありませんが、ビタミンやミネラル、脂肪酸といった微量栄養素には食事の影響を受けやすいものがあります。私たちの研究でも、母乳中のDHA濃度がお母さんの食生活に関連していることが示されています。
オメガ3脂肪酸を含む魚類、たんぱく質を多く含む肉や豆類、鉄分や葉酸が豊富な緑黄色野菜、全粒穀物といった食品がおすすめです。お母さん自身の栄養状態を整えることが母乳育児の継続につながります。
──なるほど。やはり食事が重要なのですね。これは妊娠中から気をつけておくのがよいのでしょうか?
日暮さん:はい妊娠中は、赤ちゃんの成長に必要なすべての栄養素は胎盤を通じて母体から供給されるため、栄養のバランスをしっかりと取ることが求められます。例えば、妊娠中に不足しがちな鉄分はお母さん自身の貧血を防ぐためにも重要です。
母乳を通じて赤ちゃんに必要な栄養を効果的に供給するためには、妊娠期から栄養に気を使い、健康的な食生活を心がけることが大切です。食生活だけでなく、十分な休息やストレス管理も重要であることを忘れないでください。
母乳育児を続けるために〜生活習慣〜
──妊娠期から摂取する栄養に気をつけたいですね。生活習慣におけるアドバイスはいかがでしょうか?
日暮さん:肝心なのはストレスをため込みすぎないことではないでしょうか。先ほど説明しましたように、母乳育児の継続との関連も示されていますので、適度な運動や息抜き時間の確保によりリフレッシュを図ることが大切かと思います。
また、生活習慣が母乳成分に与える影響として興味深い結果が得られています。第2回と第3回の母乳検体、つまり30年前と現代の母乳を用いて母乳中ビタミンD濃度を比較しました。その結果、夏場のビタミンD濃度は30年前と比べて現代で著しく低い値となりました。ビタミンDは紫外線を浴びることにより体内で合成されますので、近年の日焼けを避ける生活習慣が影響していることが考えられます。
つい日焼けが気になり、日光を避けがちですが、適量の日光を浴びることは母乳中のビタミンD濃度を高め、赤ちゃんの骨の発育や健康を支える重要な要素となります。日光に短時間さらされるだけでも体内でのビタミンDの生成が促されるため、晴れた日には、短時間外に出て散歩をするのがおすすめです。
──つい日焼けしないように!と気を張りがちですが、短時間だけなら気分転換にもよいですね。
日暮さん:また、食生活では、DHAなどの必須脂肪酸が豊富な食材、特に魚を摂取しましょう。母乳中のDHAは赤ちゃんの発達に良い影響を与えることが知られています。魚からの摂取が難しい場合は、サプリメントで補うのもよいでしょう。
一方、喫煙や過度のアルコール摂取は控えましょう。、ニコチンやアルコールは母乳に移行して、赤ちゃんの健康に直接悪影響を及ぼす可能性があります。また、カフェインは母乳に移行するだけでなく、母乳の量も減らしてしまうので、コーヒー、紅茶、緑茶、チョコレートなども過剰に摂取しないよう、注意したほうがよいですね。
──授乳中のトラブルとして乳腺炎があると思いますが、生活習慣とは関係あるのでしょうか?
日暮さん:昔は乳製品や高脂肪食品の摂取が乳腺炎の原因になるとされていましたが、現在ではそのような考えは支持されていません。それよりも、母乳が乳房に溜まりすぎないよう適切に授乳する、余った時は搾乳することが、乳腺炎を防ぐために重要です。
みんなで授乳期のお母さんを支える
──授乳期のお母さんをサポートするために、家族や周囲の方々ができることは何でしょうか?
日暮さん:授乳期には母体が十分な休息を取ることがとても重要です。そのため、家族や周囲の方々は、お母さんがしっかり休めるように、家事の分担や夜間の授乳のサポートをがんばりたいですね。
例えば、夜間授乳の際は、お父さんがミルクを用意してあげる、または搾乳した母乳を使うことで、お母さんに連続した睡眠時間を確保してあげることができ、非常に助けになるはずです。体力の回復に集中でき、精神的なリフレッシュにもつながりますよね。
──粉ミルクを活用したり、事前に搾乳しておいたり、うまく工夫ができそうですね。
日暮さん:授乳に関する正しい知識の共有や、授乳期間中の栄養面でのサポート、そして精神的な支援も忘れてはなりません。授乳期は肉体的にも精神的にも大変な時期なので、話を聞くこと、励ましの言葉をかけること、そして何よりも非難やプレッシャーをかけないようにすることが、お母さんを支える上で非常に重要だと考えています。
お母さんが安心して授乳期を過ごせるように家族全員で協力し、赤ちゃんの成長と健康につなげたいですね。
──日々さまざまな大変さを抱えてがんばるお母さんを周りでできることは支えてあげたいと思いました。
菅原さん:「母乳じゃなきゃダメ」と思い込まずに、うまく粉ミルクを活用するなどしてもらいたいですね。
Wellulu編集後記
今回は、母乳が赤ちゃんにとってどれだけ重要なものなのか、まだまだ未発達で免疫機能も十分でない赤ちゃんの成長・発達をサポートし、守ってくれているものであることを学びました。その母乳を深く理解していくことで、粉ミルクも母乳に近づき、お母さんを支えてくれているのだと感じました。母乳と赤ちゃんの健康に向き合うにあたっていろいろなファクターを通して分析していく、今後の研究の発展にも期待が隠せません。
雪印乳業(株)技術研究所(現、雪印メグミルク(株)ミルクサイエンス研究所)にて乳製品や乳素材の機能性研究に従事した後、現職にて母乳研究と育児用粉乳や育児用商品の商品開発を担当。