低糖質・高たんぱく質食品は減量や糖尿病治療に有効といわれており、一般消費者の間で広く浸透している。
しかし、健康な人が偏って摂取すると「頭がなんとなくぼんやりする」「やろうとしたことを思い出せない」など、作業記憶能の低下につながる可能性があるという意外な結果が、群馬大学共同教育学部の研究により明らかになった。
今回は、この研究の第一人者である群馬大学共同教育学部の島 孟留講師に、マウスを用いた作業記憶能実験の詳細や、低糖質・高たんぱく質食品の取り入れ方のコツについて伺った。
島 孟留さん
頭がぼーっとする。低糖質・高たんぱく質食が脳機能を低下させる?
── まず、島先生がこの研究に取り組まれたきっかけを教えていただけますか?
島先生:現在、「低糖質・高たんぱく質の食事は身体によい」という考え方が浸透してきているかと思います。コンビニやCMでも低糖質・高たんぱく質食品を頻繁に見かけるようになり、ここ数年で市場も非常に拡大しました。
一方で、論文ベースで低糖質・高たんぱく質食の研究内容を見てみると、「糖尿病や肥満体型の人には有効ではあるものの、健康体の人が健康を維持するのに有効である」と結論づけている論文は見受けられませんでした。
反対に「腎臓に負荷をかける可能性がある」「動脈硬化の原因になるかもしれない」といった、実は身体に悪いのではないかと思えるような内容もあり、これは一度しっかり実験し、確かめる必要があると思い、今回研究を実施する運びとなりました。
── ダイエットの際に、糖質制限をしながらたんぱく質をたくさん取っていた経験があるのですが、「なんだか頭がぼーっとする」と感じたことがあります。
島先生:私も同じように感じたことがあります。私は大学時代まで柔道を続けていました。柔道は階級制のスポーツなので減量しなければならないのですが、その際に低糖質・高たんぱく質食品を取り入れたところ、「頭がぼーっとした」という実体験がありました。
減量によるエネルギー不足も関係していると思いますが、筋トレが好きでそのような食事を取り入れている学生にも聞いてみたところ、やはり同様の経験があるとの答えが返ってきました。
スポーツの試合などの理由で、どうしても減量しなければならない人たちが、脳機能のひとつである「作業記憶能」を落とさずに正常な状態で減量できる食事法や、低糖質・高たんぱく質食を取り入れる方法を見つけたい。研究するにあたって、そのような想いもありましたね。
作業記憶とは?
── 作業記憶とはどういった能力なのでしょうか。例えばどのような場面で使うものなのでしょうか。
島先生:作業記憶能とは、何かの作業をするときに必要な情報を取り出し、その情報を一時的に保つ能力です。
日常生活でたとえると、一日の家事工程を頭の中で思い描き、順番に沿って家事をしたり、仕事をするにあたって、こなすべきことを思い出しながら効率よくすすめたりと、円滑に物事をおこなうのに必要なものが作業記憶能にあたります。
長期間の低糖質・高たんぱく質食の摂取は、作業記憶能の低下の原因に
低糖質・高たんぱく質食を4週間行ったマウスは作業記憶能が「10%」低下
── 低糖質・高たんぱく質の食事は、健康食というイメージが強かったので脳の機能が低下するというデメリットがあるとは意外でした。実験はどのように実施されたのですか?
島先生:実験はマウスを用いておこないました。期間は4週間、通常どおりの食餌を与えるマウスと、低糖質・高たんぱく質食を与えるマウスに群を分け、作業記憶能に食餌がどのように影響しているのかを調べました。
低糖質・高たんぱく質食は、低カロリーのイメージがあるかと思いますが、今回の実験ではエネルギー量による影響がでないように、あくまで栄養組成を変化させたのみで、同じカロリーの食事を与えています。
── どのような結果が得られたのですか?
島先生:低糖質・高たんぱく質食を食べたマウスは、通常のバランスの取れた食餌を摂ったマウスと比較して、作業記憶能の低下が見受けられました。
実験では、4週間、低糖質・高たんぱく質食を食べたマウスとバランスの取れた食餌をしたマウスで、迷路を用いた比較検証を実施しました。
マウスには、動き回りながら「まだ進んでいない道に進もうとする」という習性があります。そのため正常状態のマウスは、迷路の右下から出発し、上側に進んだとすると、次はまだ進んでいない左下に行こうとするんです。
しかし、低糖質高たんぱく質食を摂取したマウスは、一つ前に進んだ道に再度戻ってしまうという動きが多く見られました。
── マウスを用いた実験で、おおよそ「10%」の作業記憶能の低下と拝見しました。人でたとえるとどれくらいの影響があるのでしょうか。
島先生:実際に人間で実験をしたわけではないため断言することはできませんが、アルコールを摂取した際や、20時間~24時間ほど起き続けているときの「なんとなく頭が働かない」「ぼーっとする」といった感覚に近いのではと予測しています。
マウスは、人間の80〜90歳の寿命をぎゅっと3年分に縮めたような動物なんです。一概には言えませんが、人間とは一定の類似性があると科学の領域では考えられています。
── 想像以上に食事が脳に与える影響が大きいことを知り、おどろきました。作業記憶能の低下は、脳のどのような部分や物質に影響があるのでしょうか。
島先生:低糖質・高たんぱく質食を摂取した際は、「海馬」と呼ばれる、脳の記憶力に関係する部位において、Dcx mRNA量やIgf-1r mRNA量(神経細胞が成熟したり増えたりすることに役立つ設計図)が、減少しているということが判明しました。その結果、作業記憶能の低下につながったと考えています。
腎不全を引き起こす原因である腎臓の肥大化も?
── 作業記憶能のほかにも、マウスに変化はありましたか?
島先生:低糖質・高たんぱく質食により、神経の可塑性が低下する理由については現在研究途中の段階ではありますが、今回の実験では、マウスの腎臓の肥大化も確認できました。
腎臓の肥大化は、腎不全を引き起こす原因ともいわれており、身体にとってはよくない現象です。このことからも、低糖質・高たんぱく質食は必ずしもすべての場合に置いて、身体によいとは限らないということがわかりました。
脳への悪影響は、糖質が不足したことが原因という可能性、腎臓が肥大化したことにより脳にシグナルが送られた可能性など、あらゆる要因が考えられます。
まだ現段階では明確に示されていませんが、脳腸相関(脳と腸がお互いに密接に影響を及ぼしあうことを表す言葉)のように、脳と腎臓もつながっており相互に作用している可能性もあるのではといった議論もあります。
脳機能にも目を向けた栄養バランスのよい食事を摂ろう
食事制限のやりすぎはNG!脳や身体の機能のためにも期間や程度を考慮する
── 今回の実験では、必ずしもすべてのケースにおいて「低糖質・高たんぱく質の食事が身体によいわけではない」ということがわかりましたが、日常生活において、低糖質・高たんぱく質の食品をうまく取り入れるコツなどはありますか?
島先生:これは食事に限ったことではないですが、何事もやりすぎはよくないと感じています。たとえば「痩せたい」という理由から、何日、何週間も低糖質・高たんぱく質の食事を摂取するなど、偏った食事法は推奨できません。
厚生労働省の「バランス食事ガイド」に記載されているような栄養バランスの取れた食事が理想ではありますが、「体重を減らしたい」という目的があるのであれば、1日のどこか1食を低糖質・高たんぱく質の食事に置き換えたり、低糖質・高たんぱく質の食事を摂る日と、通常の食事を摂る日を交互に設けたりなど、短期的なスパンで取り入れてみてはいかがでしょうか。
短期間であれば、脳や身体の機能を維持しつつも、そのような食事法を取り入れたいといった願望も叶えられるラインなのではないかと思っています。
ほかの栄養素を摂取して低糖質・高たんぱく質食をサポート
── 食事のメニューを考える際には、体重だけでなく脳への影響も考える必要があるのですね!私たちにとっては新しい視点で、とても勉強になります。
島先生:認知機能を高めるには、例えばオメガ3脂肪酸の摂取が有効だという論文も出ています。このように、低糖質・高たんぱく質食品を食べる際には、ほかの栄養素を摂取し、フォローする必要があるでしょう。
世の中には、ダイエット目的ではなくスポーツや病気の治療など、なにかしらの理由でどうしても減量しなければならない人たちもいます。減量をおこなう際は、体重だけに目を向けるのではなく、脳機能も重視してほしいですね。
柔道やボクシングのような瞬時の判断が必要とされるスポーツでは、認知機能の働きも重要です。脳の機能も保ちつつ減量に取り組んでもらい、最高のパフォーマンスを発揮していただけたらと思っています。
── 貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。今後、取り組まれたい研究や実験など、展望をお聞かせください。
島先生:今回の実験では、低糖質・高たんぱく質食が健康体の脳に及ぼす影響の一端を実証しました。
一方で、糖尿病や肥満体の人には、低糖質・高たんぱく質食品がよいとされています。今後は、なぜ2型糖尿病患者には低糖質・高たんぱく質食品が有効なのか、その違いはどこにあるのかについて解明していきたいと考えています。
Wellulu編集後記
今回は、群馬大学共同教育学部の島先生に、低糖質・高たんぱく食生活で作業記憶能が低下することが明らかになった研究について、詳しいお話を伺いました。
低糖質・高タンパク質の食事は、「健康によい」というイメージが強かったため、健康体の人の脳機能を低下させる可能性があるということを聞き、とても驚きました。
まずは栄養バランスも考慮した食事を摂るという基本的なことを意識して、少しずつ食生活を整えていこうと思います。
本記事のリリース情報
・共同教育学部 島孟留講師が、ウェルビーイングに特化したメディア「Wellulu」の取材を受けました
・保健体育講座の島孟留講師が、ウェルビーイングに特化したメディア「Wellulu」の取材を受けました
2017年にPh.D.を取得(筑波大学人間総合科学研究科)。アスタリール株式会社、順天堂大学老人性疾患病態・治療研究センターでの勤務経験を経て、2019年より現職(群馬大学共同教育学部)。