
大学進学率の上昇と教育費の高騰により、多くの若者が奨学金という名の“借金”を背負って社会に出る日本。この経済負担は、単なるお金の問題にとどまらず、人生の選択肢や働き方の自由を狭める大きな要因にもなっている。
そんな現状に向き合い、解決に挑むのが、株式会社アクティブ アンド カンパニー代表取締役社長の大野順也さん。「奨学金の仕組み」のリデザインを通じて、若者が自身の可能性を最大限に引き出せる環境づくりを進めている。
今回は、Wellulu編集部プロデューサーの左達也が、大野さんの活動の原点や思い、そしてその挑戦の背景について話を伺った。

大野 順也さん
株式会社アクティブ アンド カンパニー 代表取締役社長

左 達也
Wellulu編集部プロデューサー
福岡市生まれ。九州大学経済学部卒業後、博報堂に入社。デジタル・データ専門ユニットで、全社のデジタル・データシフトを推進後、生活総研では生活者発想を広く社会に役立てる教育プログラム開発に従事。ミライの事業室では、スタートアップと協業・連携を推進するHakuhodo Alliance OneやWell-beingテーマでのビジネスを推進。Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。毎朝の筋トレとランニングで体脂肪率8〜10%の維持が自身のウェルビーイングの素。
「働き方改革」以前から描いていた未来
左:今回は、奨学金返済という社会課題に取り組む御社のサービスについて伺いたいと思います。まずは、大野さんご自身のキャリアにも、とても興味があります。まずは、どのようなきっかけで現在の道に進まれたのか教えていただけますか?
大野:私はいわゆる就職氷河期世代で、就職に関する活動は本当に厳しいものでした。1998年当時はインターネットでの応募はなく、リクルートブックという就職情報誌を頼りに400枚程度のハガキを書いて、約40社の説明会に足を運び、HR業界に就職先を決めました。当時はまだ“HR業界”という言葉すらなく、あまり掘り下げられていない状況でした。だからこそ、将来性のあるマーケットだと感じ、新卒でHR業界に飛び込みました。
左:実際にHR業界に入ってみて、どう感じましたか?
大野:社会的意義の大きい業界だと思っていましたが、実際に入ってみると「人を供給するだけ」という構造に違和感を持ちました。本当は、もっと人の可能性を引き出す支援がしたかった。そこで「人のパフォーマンスをどう上げるか」を根本から考える立場になろうと決意しました。“質”で勝負できる環境を求めて、トーマツコンサルティング株式会社(現・デロイト トーマツ コンサルティング合同会社)へ転職。組織・人事戦略のコンサルティングを経験し、その後2006年に起業しました。
左:当時は、まだ「働き方改革」という言葉すらない時代でしたよね。むしろ「長時間働いてこそ成果が出る」とされていた頃だと思います。
大野:そうですね。残業するのが当たり前でしたね。でも、時間をかければ成果が出るわけではないので、「時間的な生産性にキャップ(上限)があることを前提に、労働の質をどう高められるか」を考えていました。
左:そういった感覚は今でこそ主流になりつつありますが、10年以上前にそうした視点を持っていたのはかなり先進的だったと思います。特に、当時からテレワークの可能性まで検討されていたというのは驚きですね。
大野:当時はテレワーク云々というよりは、“会社”という物理的な環境や社会的な枠組みで働くということの限界、この先の可能性について考えていました。テレワークに関して、2016〜2017年当時は「そんなの定着するわけない」と言われていました。しかし、コロナ禍を経て一気に現実になりましたよね。この10年間で、当時考えていたこれからの“会社”の在り方、“働く”の在り方に、社会全体が追いついてきた感覚です。
福利厚生は“コスト”ではなく“投資”へ
左:これからも“働く”を起点に、企業の成長や社会的な価値創造につなげていくという視点は、ますます変化しそうですね。
大野:そうですね。働く場所の提供や人材の供給だけに留まらず、“働く”を通して社会的な価値創造をすることは、HR業界が率先して考えなければいけない視点だと思いますし、その可能性は無限に広がっていると思います。
たとえばその可能性を、福利厚生という視点から見てみます。高度経済成長期において福利厚生は、社員寮や社宅、保養所などとても手厚く、私が社会人になる少し前の25〜30年前には、そうした制度がまだまだ残っていました。
ところが、その後の“持たざる経営”の流れのなかで、企業はそうした資産を手放し、福利厚生も簡素化されていきました。バランスシートを軽くするという経営判断ですね。その代わりに導入されたのが、カフェテリアプランのような選択制のサービスとしての福利厚生です。
左:私の職場でもカフェテリアプランを導入しています。
大野:最近では、再び福利厚生への注目が高まりつつあり、一部の企業では、戦略的な福利厚生の再設計が考えられていますよね。背景には、働く人の価値観の変化があります。かつては「モノが欲しい」「豊かな生活をしたい」→「だから働く」という順序だったのが、今では「体を壊したくない」「生活を安定させたい」→「だから無理はしたくない」→「だから大金はいらない」というように、まったく逆の発想へとシフトしている傾向も見られます。
左:それは私も実感しています。特に若い世代と話すと、「多少収入が少なくても、自分に合った働き方をしたい」という声が本当に増えていて。働くことの意味が、かつてと大きく変わってきているのだなと感じます。
大野:今は、給与の高さよりも「自分に合った働き方ができるか」「安心や安定のある職場なのか」という点を優先して会社を選ぶ人が、増えてきています。つまり、社員サービスや福利厚生、またウェルビーイングの充実が、そのまま「豊かな働き方」と直結する時代になってきているのです。
左:お金をたくさんもらうということは、その分だけ成果を出してくれるという期待値を上げることにもつながりますね。
大野:そうですね。時代の変化とともに、生活水準に対する考え方や、豊かさに対する価値観・考え方も変わってきています。たとえば、今当社で取り組んでいる奨学金の返済です。かつて、高等教育はある意味では、限られた人たちの贅沢品だったと言えるでしょう。しかし大学全入時代になり、大学卒業が社会人キャリアの標準になってくると、奨学金を受給して大学にいくこと自体の意味合いが変わってきます。ですから、奨学金のような生活基盤に関わる課題を起点に、企業や自治体と連携して、働き方そのものを変えていきたいと考えています。
若者の挑戦を奪わないために。奨学金返済の新たな仕組み
左:オフィスの待合室に飾られていた数々の賞状が目に留まりました。特に「奨学金返還を応援する日」記念日登録という賞状が印象的で。そもそも、奨学金に注目された背景には、どのような思いがあったのでしょうか?
大野:きっかけは6年ほど前、友人が「35歳だけど、まだ奨学金を返している」と話してくれたことでした。そのときは驚きましたが、実際には調べてみると平均で330万円ほど借りて、卒業後15年かけて返済している人が多いと知りました。そう考えると、35歳でまだ返済しているのは珍しいことではなかったのです。
左:大学院まで進んだ人なら、さらに大きな金額になりますよね。10代や20代前半で抱える借金としては、あまりにも重い負担だと感じます。
大野:まったくその通りですよね。現在は学生の約3人に1人が奨学金を利用していて、およそ492万人(※)が返済中という状況です。学費も進学率も上昇し、大学卒業が一般化する一方で、卒業後にどんな仕事に就けるのか、初任給がいくらなのかもわからないまま奨学金の申し込み用紙にハンコを押す。これは、学生にとって、将来に対する不安や悩みを抱える要因にもなり得ます。
そして、借金を背負って社会に出ると、「やりたいこと」の優先順位がどうしても下がってしまう。初任給の高い会社を選ばざるを得なかったり、結婚や出産といったライフイベントも後回しになったり……。返済の出口にセーフティーネットがないままでは、若い世代が安心して挑戦できる社会にはなりません。
※出典:独立行政法人 日本学生支援機構「奨学金事業に関するデータ集」令和7年1月
左:これは、もはや個人の問題というより、社会全体で考えるべき課題と言ってもいいですよね。
大野:そう思います。ただ、奨学金自体を“悪”だとは思っていません。奨学金のおかげで進学できた人もたくさんいますから。問題は、「返済」という“出口”の仕組みが十分に整備されていないことなのです。
左:たしかに、借りるときにはあまり返済の話ってされないですよね。
大野:そうですね。「日本育英会」の時代には、教職に就いた場合に奨学金の返還が免除されるなど、ある程度の出口戦略もありましたが、2004年に現在の「日本学生支援機構」へと事業が引き継がれて以降、出口戦略に関しては民間の取り組みに委ねられる部分が増えたと言えるでしょう。
少し想像してみてください。たとえば仮に100億円借りたとしても、必ず100億円を返せる仕組みがあれば、お金を借りることに不安は覚えないですよね。つまり奨学金においても「返済の見込み」さえ立てば、不安を覚えないですし、借りることにも躊躇しない。そこで「奨学金も循環する仕組みにすれば解決する」と考えました。
この発想をもとに、政治任せにするのではなく民間主導で循環の仕組みを構築する。その仕組みとして立ち上げたのが、日本初の奨学金返還支援プラットフォーム『奨学金バンク』です。
左:奨学金を抱える社会人や学生にとって、とても心強い仕組みですね。ちなみに、この奨学金に対する課題は日本独自のものなのでしょうか?
大野:海外にも日本と同じような奨学金制度はありますが、海外の場合その多くは寄付で賄われているなど、それぞれの国によって事情は異なります。日本国内においては、就学と就業のサイクルを円滑に回す仕組みを立ち上げ、機能させることで解決を目指して取り組んでいます。
左:就学と就業を円滑に回す循環の仕組みということですね。
大野:そうです。私たちは『奨学金バンク』を、“単なるサービス”ではなく“新しい社会デザイン”のひとつとして位置づけています。こうした観点が評価され、「就学就業サイクルをリデザインするサービス」としてグッドデザイン賞をいただきました。
左:なるほど。“単なるサービス”ではなく“新しい社会デザイン”なんですね。SDGsやウェルビーイングの観点から見ても、非常に意義深い取り組みだと感じました。
「生活」を選べる社会へ。地方雇用とリスキリングの可能性
左:3年前、佐賀県に拠点を設立したと伺いました。具体的には、どのような課題意識でこの地域での取り組みを始められたのでしょうか?
大野:当社のグループ会社に日本アウトソーシングセンターという会社があり、給与計算のアウトソーシング事業を営んでいます。当時そのグループ会社の計算事務拠点を探していました。その中で佐賀県・佐賀市と出会いました。
左:なぜ佐賀県・佐賀市だったのですか?
大野:佐賀県・佐賀市では、雇用を隣県に取られてしまうという課題がありました。つまり大学を卒業すると、福岡県や長崎県へ出て勤務するという課題です。また高校生や専門学校生には勤務先の選択肢が狭い事実もありました。たとえば商業高校や事務職に関連するような専門学校を卒業しても、佐賀県・佐賀市には観光に関わる仕事や接客に関わる仕事のほうが多く、希望するような事務職や専門職種が少ない現実がありました。この状況が雇用を隣県に取られている原因では? と考え、佐賀に拠点を設けることを決めました。佐賀県・佐賀市に希望するような事務職や専門職種があれば、雇用が定着する。また県外流出した雇用が戻ってくるのではないか? と考えたわけです。
佐賀県・佐賀市にいながら東京や大阪などの都市圏の業務を行う。つまり地方にいながら都心と同じ水準の仕事に携わり、同等の報酬が得られる環境を整えています。これからさらに多様な働き方を実現する素地が、佐賀拠点ではできてきていると実感しています。
まだ構想段階ですが、この地方の雇用支援と『奨学金バンク』を一体化させた仕組みを整備することも視野にいれたいと考えています。
左:とても希望のあるお話ですね。単に「仕事を増やす」ことが目的ではなく、「その人らしく働ける環境」を意識されている印象を受けました。選択肢を用意するだけではなく、個人が自分の意思で“選べる”状態を目指しているのが伝わってきます。
大野:ありがとうございます。都市での暮らしか、地方での暮らしかの二者択一ではなく、それらが“等価交換”できる状態をつくることが目指すべき姿です。
とはいえ、まだ課題は多い。現状では、スキルや年収、生活環境の面で、どうしても地方が不利になってしまう。テレワークの環境は整ってきたとはいえ、企業側がそれを“等価”と見なしているかというと、実際には「コスト削減」の文脈で地方人材を活用しているケースも少なくありません。
左:働く場所が違うというだけで、人の価値が変わってしまうのだとすれば、それはもう時代遅れの考え方だと思います。企業側が無意識に格差を固定化してしまっている。
大野:これまでは「人を安く使う」ことが資本主義のセオリーとされてきましたが、これからは違う観点で価値創造していかなければいけないと考えています。
「人的資本経営」という考え方にも通じますが、地方にいる人たちが正当に評価され、活躍できる環境を整えることは、結果として社会的に弱い立場にある人たちを押し上げることにつながります。そしてそれは、社会全体の持続可能性にも寄与する視点だと思うのです。
ウェルビーイングを実感する『価値創造』の瞬間
左:ここまでさまざまなお話を伺ってきましたが、大野さんご自身は、どんな瞬間にウェルビーイングを感じますか?
大野:ウェルビーイングという言葉をどのように捉えるか? によると思いますが、ウェルビーイングを生きがいとして捉えるなら、自分の考えや発想が社会に受け入れられたと実感できる瞬間でしょうか。私が発想した新規事業などを、みんなが面白がってくれたり、それが結果的に収益につながったりすると、とても満たされた気持ちになります。儲けそのものというより、「自分のアイデアが社会に認められた」と感じられることが、私にとって一番の喜びですね。
左:“0から1”を生み出し、それが社会に価値として届いていく。まさに「働くこと」と「ウェルビーイング」が重なる理想的な状態だと思います。ただ、ECOTONE社が実施したWell-Woking調査では「楽しく働けている」と感じている人は、まだ3割程度だそうです。現実は、まだまだ両者が分断されているようにも感じます。
大野:そのギャップを埋める鍵は、「裁量」にあると私は考えています。いつ、どこで、どうやって働くかを選ぶかを自分で決められる。そしてその一方で、成果もきちんと求められる。そのバランスが取れていれば、自然とウェルビーイングも高まるのではないでしょうか。
左:なるほど。自分自身でコントロールできているという感覚が、安心や納得感につながるのですね。
大野:はい。たとえばエンジニアのような仕事は、目標に向かって最適な方法を自分で選びながら進める機会が多く、裁量を実感しやすい職種のひとつです。選択肢があることは、安心感や納得感にもつながります。
左:裁量を持って自分で選べることが、働くうえでの安心感になるのですね。
大野:はい。そう考えています。この裁量ですが、まず“働く”の本質を理解することが重要だと考えています。学生には「正解を探す」ことが求められますが、社会に出ると「選んだ選択肢で成果を出す」ことが問われます。そもそも正解なんてない。選んだ選択肢を行動で正解にする。これが“働く”の本質だと思っています。そしてこの活動が必ず成長につながるとも思っています。
左:その考え方を、次の世代にも伝えていきたいという思いも強くお持ちなのですね。
大野:そうですね。当社内では年齢や性別に関係なく、できるだけフラットに接しています。新卒社員に対しても過保護になりすぎず、できるだけ多くの選択肢を持てる環境を用意するように意識しています。成長の余地が大きいからこそ、チャレンジの機会をどんどん与えたいです。
左:今日は本当に多くの学びがありました。人の可能性を信じ、それを引き出す仕組みを丁寧に育ててこられた大野さんの姿勢に、深く共感しました。これからの取り組みにも、引き続き注目していきたいと思います。ありがとうございました!
大野:こちらこそ、ありがとうございました!
大学卒業後、株式会社パソナ(現パソナグループ)に入社。営業を経て、営業推進、営業企画部門を歴任し、同社の関連会社の立ち上げなども手掛ける。その後、トーマツコンサルティング株式会社(現デロイトトーマツコンサルティング合同会社)にて、組織・人事戦略コンサルティングに従事し、2006年1月に『株式会社アクティブアンドカンパニー』を設立し、代表取締役に就任。
https://www.aand.co.jp/