
福井銀行と福井新聞社の共同出資により、2022年9月に設立した株式会社ふくいのデジタル。地方銀行と地方新聞社がデジタルの領域でタッグを組んだ事業の設立は、全国でも初めての事例だ。
そんな「ふくいのデジタル」がパーパスに掲げるのは「DXを通して、福井に暮らす人、福井を訪れた人の幸せ(ウェルビーイング)を高めていく」こと。地域DXの推進に向けた取り組みや、地域ならではの課題、そして目指すべき福井県の未来とは?
ふくいのデジタル代表取締役社長の小林拓未さんに、Wellulu編集長の堂上研が話を伺った。

小林 拓未さん
株式会社ふくいのデジタル 代表取締役社長

堂上 研
株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu 編集長
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。
https://ecotone.co.jp/
銀行と新聞社、共創から生まれた「ふくいのデジタル」
堂上:今日は、福井からお越しいただきありがとうございます。福井銀行と福井新聞社が共同で新規事業を立ち上げたと聞いて、ぜひお話を伺いたいと思いました。「ふくいのデジタル」立ち上げから今後の展望など、過去〜未来まで色々と聞いていきたいと思います。よろしくお願いします!
まずは小林さん自身の生い立ちや経歴から伺いたいのですが、小林さんは福井県で生まれ育ったのですか?
小林:よろしくお願いします! 私は生まれも育ちも福井で、大学進学をきっかけに神戸に行きました。卒業後は地元に帰って来て、2009年に福井銀行に新卒で入行しています。
堂上:福井銀行ではどんな仕事をされていたんでしょうか。
小林:最初に営業店と呼ばれる支店に配属された後、本部の経営企画チームに4年いました。
堂上:銀行の仕事って固いイメージがありますが、会社自体の戦略を考えるというのはおもしろそうですね。
小林:とてもやりがいがありましたよ! その後、もう一度営業店に出させてもらい、1年半くらいでまた本部に戻ってからは、営業を企画するセクションで新規事業も担当することになって、今の事業につながったんです。
堂上:もともと福井銀行のなかに新規事業チームはあったんですか?
小林:完全に新規で事業を立ち上げる事例は少なかったですね。現在は地域金融機関がいろんなことにチャレンジできる環境に変わってきているなかで、「ふくいのデジタル」もその中のチャレンジングな新規事業の一つになります。
堂上:地元に密着している銀行と、メディアである新聞社となると、やっぱり福井県の地域活性化をメインに考えるのが前提としてあったのですか?
小林:そうですね。「福井県のウェルビーイングにつながる事業をつくろう」というのがベースにありました。お互い地元にコミットしてる企業同士で、理念にも「福井に関わる人たちを豊かにする」という趣旨が入っています。地域が抱える課題として人口減少があげられますが、そこを食い止めるためにどのような価値を共に作っていくか考えようというのが根幹にありました。
堂上:そうして「ふくいのデジタル」ができたわけですね。着想からどのくらいの時間がかかったのでしょうか?
小林:2019年ごろから事業構想が立ち上がり、設立の2022年まで約3年かかっています。銀行と新聞社、お互いに異なるDNAを持つので、最初から全てうまくいったわけではありませんでした。方向性を模索する中で、私は2021年12月から参加させてもらっています。
堂上:なるほど。弊社の「ECOTONE(エコトーン)」という社名は、生態学の言葉で山と海との間で生まれる新しい生態系を意味しています。お話を伺っていて、「ふくいのデジタル」も銀行と新聞社の異業種が集まって会社を立ち上げていて、そこでまさに“エコトーン”が生まれたのではないかと思いました。
価値観が違う人同士では、時にすれ違いが起こるし、つい二律背反的に分けたくなる。でもWelluluではそれを否定するところから始めてるんです。いかに居心地良いコミュニティを作れるかを目指したいと思っています。
小林:そういったコミュニティの中でのかけ合わせで、新しい価値が生まれていくといいですよね。
堂上:「ふくいのデジタル」は、どのようなパーパスを掲げているのでしょうか。
小林:「DXを通して、福井に暮らす人、福井を訪れた人の幸せ(ウェルビーイング)を高めていく」ということです。
堂上:DXはあくまで手段ということですね。でも、具体的にどうしたらいいかってすごく難しい問題ですよね。
小林:そうですね。地域を盛り上げて豊かにしていくという点で、銀行と新聞社はリソースもアセットもあります。「産官学金労言」でいうと、「官」である自治体に、我々「金」と「言」がそろっている。でも、我々だけではなくいろんな地域のステークホルダーが主体性を持てる座組を作って、「一緒にやってみましょう」とムーブメントを仕掛けていくことが大事だと思っています。
堂上:そのような仲間作りにおいて、求心力を持った人、いわゆるコミュニティリーダー的な人が重要だと思っています。「ふくいのデジタル」がその役割を担っているイメージですね。
小林:そうありたいと思って頑張っています。渦の中心、あるいは側で支える黒子の役割も含め、力を合わせていきたいです。
人手不足解決の鍵になるのは?
堂上:小林さんは、福井県で育ったということですが、子どもの頃は何をしている時が1番楽しかったですか?
小林:友人と遊んでいるときですね。例えば、夏休みは友人の家に集まってゲームをしたり、田んぼにいるザリガニを釣ったり……。春や秋には、田畑の行事を手伝うこともありましたよ。
堂上:大変だと思うのですが、東京にいると、田んぼや畑など自然と触れ合える機会があるのはうらやましくもあります。福井県全体として、農家の方は多いのでしょうか。
小林:年々減っていますが、企業に勤めながら兼業で農家をしている方もいますね。
堂上:福井県の会社に見られる傾向や特徴などはありますか?
小林:福井県は社長輩出率で日本一をキープしているんですが、理由のひとつとして家族経営の中小零細企業が非常に多いんです。また、もともと繊維業が一大産業だったので、繊維にまつわる会社や、伝統工芸が各地域に残っていたり、漆器や刃物などの伝統的な産業もあったりします。
堂上:福井県の社会課題というとやはり後継者・人手不足でしょうか。
小林:そうですね。じつは有効求人倍率も福井県はずっと1.5倍以上で日本一なんです。というのも、大学進学を機に県外に出た若い人たちがなかなか戻ってこないという現状がありますね。
堂上:小林さんも、大学進学で神戸へ行かれたんですもんね。でも、小林さんのように主体性を持った人が集まってきてくれるようになれば、また変わっていきますよね。起業家を目指す人のためのアントレプレナーシップを学ぶ環境などは整っているのでしょうか?
小林:スタートアップの応援を地域のみんなでやっていこうという流れは起きていますね。
堂上:「挑戦したい」「福井の魅力を世の中に伝えていきたい」と思っている人たちが集まって、コミュニティ化していくことが重要になってきますね。
小林:そういったコミュニティを作ったり、県内の企業がウェルビーイングに関心を持って、取り組みを発信したりすることによって、外から人を引きつけるような座組をつくりたいです。
巻き込み力で、ウェルビーイングの渦を作る
堂上:「ふくいのデジタル」の社員は何人いらっしゃるのですか?
小林:9人です。そのうち銀行、新聞社との兼務で業務を行っている社員が2人ずつ、銀行から専属での出向が5人います。
堂上:社員の皆さんは、立候補ではなく異動で来た方が多いんですよね。銀行って3年ごとに異動するイメージがありますが、数年で戻さなくちゃいけないとか決まりはあるんでしょうか。
小林:ありますが、その壁も突破したいと思っています。本人がやりたいと言ったら、続けさせてあげられる環境を整えるのも自分の役目かと。
堂上:小林さんは、社員としっかり対話されている感じがします。「ふくいのデジタル」で働きたいと思える環境もさらに整えていきたいですね。
小林:そうですね。働いてる人がウェルビーイングじゃないとウェルビーイングを語れないですし、働く人がウェルビーイングでいるためには経営者のウェルビーイングも大切ですね。
堂上:おっしゃる通りです! では、ここで小林さんにとってのウェルビーイングを教えてください。
小林:2つあるのですが、1つ目は、仕事でチャレンジさせてもらう瞬間です。2つ目は、家に帰って家族で食事をした後、子どもたちとみんなでゲームを通して笑顔になっている時です。
堂上:会社と家族、どちらにも小林さんが楽しんでいる環境があるというのが素敵ですね! ウェルビーイングを阻害してしまう要因に、孤独と分断があると思っています。自分と対話する時間が増えすぎたり、人と対話する時間が少なすぎてしまったり……。
小林:それを私も最近理解しはじめました。やっぱりコミュニケーションがすべての基本になっていて、そこから良い思考が生まれ、より良い結果に結びついていくサイクルなんだなと。
堂上:Welluluでこうやってお話しさせていただいてるのも学びしかなくて、僕はまさにこの時間がウェルビーイングなんです。だから楽しくて、止められないと4時間くらい話してしまいます(笑)。
そして、いろんな方とお話をしていてわかったことは、新しいことに挑戦している人や、目標に向かって行動している人はウェルビーイング度が高いということです。「ふくいのデジタル」で小林さんが社長になられたのは、自ら手を挙げられたのですか?
小林:社長が誰になるかは決まってはいなかったので、チャンスがあるなら経営をやってみたいと思って手を挙げさせてもらいました。福井銀行が長期ビジョンの中でチャレンジを推奨していて、私も何かチャレンジしたいという想いがあったんです。
堂上:博報堂で実施している「HABIT」という生活者調査で、「あなたは幸せですか」という質問に「幸せです」と答える人がなぜ幸せなのかという因子を分解していくと、「コミュニティを持っている」のほかに、「チャレンジしている」「新しいことにワクワクできる環境にある」という人が多いことがわかったんです。福井県の活性化のためにも、小林さんのようにチャレンジできる人を増やしていけるといいですね。
小林:多様な価値観が許容されて、自己実現を認めてもらえることが大事だと思います。私は30代で社長になっているので少しレアケースですが、そういうチャレンジをしていることを銀行の中にも広めていきたいです。
堂上:小林さんのチャレンジが社内にも良い影響を与えて、自分たちでやりたいという人が増えていく。素晴らしいきっかけを作られていると感じます。
小林:じつは最近「ふくいのデジタル」で働きたい人を銀行内で公募したんです。公募はあまり手が挙がらないことも多いんですが、今回は5人が「チャレンジしたい」と言って手を挙げてくれて、とてもうれしかったですね。
堂上:新規事業で1番大事なのは、どれだけ人を巻き込めるかどうかなので、ファーストペンギンにフォロワーが続くかどうかが重要ですよね。「自分も入れて!」っていう人が3人いたら、その3人が10人を、その10人が30人を連れてくるかもしれない。ねずみ算的に連鎖して広がっていくようなウェルビーイングの渦を作りたいですよね。
次世代が「福井に戻ってきたい」と思えるために
堂上:未来について聞かせてください。「ふくいのデジタル」は、今後どういった取り組みをしようと考えていますか?
小林:スマートライフ化を目指す様々なサービスのプラットフォーム「ふくアプリ」をベースに、いろんな人にチャレンジの種を蒔いてもらって、一緒にビジネスを作っていくというのが大きな目標です。地域通貨・ポイントなどの決済も事業で実施していますが、決済はあくまでも一つの手段・カテゴリーで、福井県におけるあらゆる生活シーンが「ふくアプリ」さえ入っていれば便利になって豊かになる未来を目指しています。
堂上:あらゆる生活シーンで活用してもらえるように、日常の中に溶け込んでいくのですね。
小林:福井県のある調査では、デジタルツールを使いこなせてる人のほうがウェルビーイング度が高いことがわかったそうです。私たちがそのきっかけを与えることができるのではないかと思っています。
堂上:NPO法人など、町おこしを一緒にやりたいという団体も出てきそうですよね。
小林:そうですね、ただ福井県の県民性として控えめな傾向があって、熱い想いを持ってるけどなかなか一歩が踏み出せない人も多くいらっしゃると思います。「ふくアプリ」は約4,400軒の加盟店、地域の事業者とつながっているので、そういった人たちも巻き込みながら一緒に何かできないかと話しています。
堂上:加盟店という仲間がいるのは心強いですね。
小林:私たちを信頼してくれて「一緒にやりたい」って言ってくださるのは、すごくありがたいです。
そして「だれひとり取り残さない」ことも大切にしています。DX推進においては高齢者が取り残されてしまいがちですが、安心してこのツールを使える環境を作っていきたい。その一環として、2024年に県内の企業としては初めて福井県と地域DX推進の連携協定を結ばせてもらいました。
堂上:若い世代が県外へ出て行って戻ってこないという話もありましたが、現在は一人暮らしの高齢者が多いんでしょうか。
小林:多くなってきています。なかには、一日中1歩も家から出ない・誰とも話さないといった方もいると聞きました。そういった方に少しでも外に出たり、人と会えるきっかけや人とのつながりだったりをつくれたらと思います。
例えば池田町では、歩いて健康になってもらおうというプロジェクトをやっています。歩数に応じた報酬を地域のポイントでプレゼントすることで、利用者間で共通の話題が生まれました。それにより、コミュニティの中で歩数を競い合って、結構離れたお店まで歩く人もいらっしゃいます。
堂上:エンターテインメント性があることで、楽しく参加できますよね。さらにコミュニティの活性化にもつながる、素晴らしい取り組みだと思います!
最後の質問になるのですが、福井県がさらに「ウェルビーイングな町だ」と言われるために、何が必要だと考えていますか?
小林:私の子どもたちも、10年もするとたぶん県外に出てしまうのではないかと思っています。ただ彼ら彼女らが、「福井に戻ってきたい」と思える環境が将来の選択肢としてあるかどうかが、私にとっての指標です。それが私たち世代の責任や役割なのではないでしょうか。
そして、ひとつ野望があるのですが……いつかこのモデルを福井県だけではなく、全国のいろんな地域の再現モデルにしていきたいと思っているんです。全国各地に銀行と新聞社はあるので、そこが主体的に地域を変えて、お互い一緒の方向を目指す取り組みを全国に広げていきたい。それが連鎖していくことで、日本全体が豊かになっていくのではないかと考えています。
堂上:「ふくいのデジタル」が率先してモデルを作り、全国でデジタルを通した新しいウェルビーイングな体験ができる環境ができたらすごくいいですね。今度は僕が福井県に伺います! 今日はありがとうございました!
堂上編集後記
今回は、地域のウェルビーイングを進めていく上でのスタート地点になる。地域それぞれが、主体性を持って、何かのアクションを起こすきっかけになれば良いと思う。
ふくいのデジタルの共同代表で副社長の島田琢哉さん(福井新聞社)は、僕の大学時代に同じ寮で過ごした後輩だ。福井出身の彼らが大学で都会へ出て、再び福井に戻って、自らが渦の中心になって動いている。
僕らは、一緒に渦の中でいくつかのコミュニティを立ち上げ、どんどん新しい福井にアップデートしていきたい。ECOTONEが、その一助になれば嬉しい。
2009年、福井銀行へ入行。本店営業部、経営企画チーム、ブランド戦略チームなどを経て 2021年12月から営業企画チームから営業支援チーム変更のためチーム新規事業、グループ会社担当推進役。2022年9月にグループ会社「ふくいのデジタル」を設立し、代表取締役社長に就任。
https://www.fukui-digital.co.jp/