スキンケアが心身の健康に与える影響について、考えたことはありますか?大阪学院大学経営学部 上原教授(研究発表時は神戸大学)と花王株式会社の共同研究から、この疑問に答える新たな知見が明らかになりました。30〜40代の女性を対象に、光学式モーションキャプチャ技術を使用して、スキンケアを楽しむ群とそうでない群での手の動きの速度や心拍自律神経活動を比較しました。
その結果、スキンケアの動作速度が自律神経活動に影響を与えていることが明らかになりました。今回、スキンケアの心理的効果についてから、スキンケアが心身に与える影響、日々スキンケアをおこなう際の塗布方法などについてお話を伺いました。
上原 邦昭さん
大阪学院大学経営学部経営学科 教授
酒井 進吾さん
花王株式会社スキンケア研究所
現在、花王株式会社スキンケア研究所にて皮膚科学および非侵襲計測技術の研究開発を行っている。金沢大学大学院(生物学専攻)卒業。農学博士。1986年鐘紡(株)入社。入社後、皮膚科学、皮膚計測学、感性工学、マインドフルネス等の研究開発に従事してきた。
本記事のリリース情報
【WEB】経営学部 上原 邦昭教授がウェルビーイングに特化したサイト「Welulu」にて取材を受けました
メイクやスキンケア時の効果を手の動きから検証
──今回、スキンケアの効果について分析した経緯を教えてください。
上原先生:2000年頃から、私はモーションデータを用いて人間の動作を分析する研究をおこなっていました。そのモーションキャプチャシステムを活かして、花王株式会社さんと化粧やスキンケア動作についての共同研究に取り組むようになりました。
──初歩的な質問なのですが、モーションキャプチャシステムとは何なのでしょう?
上原先生:「光学式モーションキャプチャ」は、スポーツ及びスポーツ医療の分野において、選手の身体の動きをデータ収集する技術のひとつであり、体の細かな動作を客観的に評価することができます。今回は、研究に参加いただいた女性にマーカがついたカチューシャと指輪を装着し普段通りにスキンケア動作を行ってもらいました。その際に、光学式モーションキャプチャでスキンケア時の手の動きを客観的に評価し、心拍変動などとの関連性を調査しました。
下の画像は、今回の研究時の動作分析のパターンを表しています。
手の動きに関するパターンや加速度計の波形を見て、人の目だけだと認識しづらい、未知のパターンを見つけていきます。このシステムだと、3次元動作をコンピュータで捉えることができます。例えば、ラジオ体操などの動作を分析する際に、マーカが取る軌跡から、どのような動作の組み合わせが起こっているかを多角的に分析します。これはマルチストリーム分析と呼ばれ、複数の動作を同時に考慮する方法です。
──このような技術を活用しながら、スキンケアの動作による効果を分析されていたんですね。
上原先生:はい。2015年から2017年にかけての研究では、被験者の化粧動作を3次元で捉え、その動作がどのように行われているかを分析することで、化粧の仕方が綺麗か、雑かをコンピュータで識別することも可能となりました。運動時の動作分析手法を応用して、動作のエネルギー、動きの複雑さ、身体運動の揺らぎ、低周波域と高周波域の比率などのパラメータを用いて、化粧動作の質を定量的に評価しました。
──今回はスキンケア動作の研究ですが、化粧動作の研究についても教えてください。
上原先生:人間の手の動作や位置、そして専門家による動作の美しさの評価を比較分析し、動作の美しさと私たちが提案した感性スコアに相関関係があることが明らかになりました。この発見は、美しい動作が特定の抑揚や揺らぎによって生じていることを示唆しています。つまり、綺麗な動作をする人は、メリハリをつけ、心を整えながら動作を行っているという仮説が生まれました。
2017年から2020年にかけての研究では、この動作の美しさが心の整え方や心の美しさに繋がる可能性を探り、化粧の仕方や人の動作の特徴と心の状態の関連性を明らかにすることができました。特に、揺らぎという概念は重要で、これは動作のパターンが一定ではなく、メリハリがつくことを意味します。これらのパターンの変化が身体運動の揺らぎを生み出し、美しさを引き立てる要素となっています。
香りや質感も影響?スキンケアによるリラクゼーション効果やリラックス効果
──スキンケアの心理的効果について、どのようなことが一般的に言われているのでしょうか?
酒井さん:スキンケアが心理的な効果をもたらすという考えは、実は長い間存在しています。特に女性にとってスキンケアは、単に肌の健康を保つだけでなく、リラクゼーションや充足感の手段としても重要です。例えば、香りが良いスキンケア製品は、その使用感だけでなく、香り自体が心地よいリラクゼーション効果をもたらします。また、肌に塗布する際の感触が心地よいことも、気持ちを落ち着かせる効果があると言われています。
エステなどでのスキンケア体験も、マッサージに近いリラックス効果を提供します。肌に直接触れることでリラクゼーションを促進し、心理的な安定をもたらすと考えられています。さらに、化粧品の香りや質感は、製品の研究開発においても非常に重要視される要素で、これらがもたらす心理的な効果は、スキンケア体験全体の質を高める重要な要因です。
スキンケアを楽しむ人ほど心理的効果も高い傾向に
──具体的な研究内容について詳しくお聞かせいただけますか?
酒井さん:はい。研究方法としては、30代〜40代の女性39名を対象に、スキンケアに対する心理的な態度(楽しいか楽しくないか)に基づいて、スキンケアを【楽しむ群】と【楽しまない群】の2つのグループに分けました。実験では、光化学式モーションキャプチャ技術を用いて、スキンケア動作と心理的・身体的な状態との関連性を分析しました。また、瞬間的な心理状態を評価するために「2次元感情尺度」を用いたアンケートも実施し、スキンケアを行うことで心の安定度がどのように変化するかを測定しました。
ゆっくりとした手の動きがリラックス度を高める
──研究結果について詳しく教えていただけますでしょうか?
酒井さん:スキンケアを【楽しむ群】と【楽しまない群】の間で、スキンケアによるリラックス効果に明確な違いが見られました。【楽しむ群】では、よりゆっくりとした手の動きをする傾向が見られ、この動作によって心拍交感神経活動がスキンケア前よりも減少しており、リラックス状態になっています。一方【楽しまない群】では、手の動きが速く、こうした急いで行うスキンケアは交感神経を活性化させ、リラックス状態を妨げる可能性があります。
これらの結果から、日常のスキンケアが単なる肌のケアを超え、心身の健康に寄与する重要な習慣であることが明らかになりました。また、スキンケアの動作が美しいと感じられるかどうかについても、美しいと感じるスキンケアの動作は、通常ゆっくりと行われ、これが心理的なリラックス効果や肌の健康に良い影響を与えることがわかりました。これは、スキンケアの動作そのものに対する意識を高めることが、より健康的な生活習慣を促進する鍵であることを示唆しています。
※花王HP/発表資料(2020年9月14日)のデータを改変
スキンケアのポイント。ゆっくりとした手の動きがリラックス効果を高める
──日々スキンケアをおこなう際の塗布方法について、アドバイスをいただけますでしょうか。
酒井さん:スキンケアのポイントについては、花王のWebサイト「スキンケアナビ」でも細かく紹介しているのですが、「安定した心拍数のようなリズムで、ゆっくりとリラックスしながら、肌をいつくしむように行う」ことが大切です。ヒトは1分間に約60回の心拍を打つため、このリズムに合わせて、ゆっくりとリラックスしながらスキンケアを行うことがおすすめです。だいたい、1拍(約1秒)で7㎝(一般的に顔の横幅は約14㎝:片面7cm)動かすスピードで塗布することで、心拍リズムに合った適度な速度での動作になります。特に、乳液やクリームの塗布時には、このゆっくりとした速度で行うことがおすすめです。
──ゆっくりとしたスピードを意識することが重要なのですね。
酒井さん:ただ、あくまで参考として取り入れてもらいたいです。動作の早すぎるスキンケアが良くないことは確かなのですが、絶対にこのやり方が正しいと言い切ることはできないので、自分が心地よくなれる方法をそれぞれで探っていただければと思います。何よりも、スキンケアをする際には、自分の行動に意識を向けることが大切なので、普段自分がどのようにスキンケアを行っているかを意識することで、より心地よく、効果的なスキンケアが可能になると思います。
──現在行っている研究や今後の研究計画について教えていただけますか?
上原先生:スキンケアの心理効果と動作の関連性に深く焦点を当てて、心理効果を高めるための適切な動作を特定し、それを普及させる方法を探っています。さらに、ディープラーニングや生成AIの進歩を活用して、効果的なスキンケアの動作をAIが自動的に特定し、それを動画などを通じて提供することも検討しています。これにより、個々のニーズに合ったスキンケア方法の提案が可能になります。
また、化粧やスキンケアが心理的なウェルビーイングに与える影響にも注目し、さまざまな層に対しても適用可能な研究を進める予定です。これは、スキンケアや化粧が単なる外見の改善だけでなく、心の安定や健康にも寄与することを示し、より広い範囲での応用を目指しています。
酒井さん:スキンケアは日々のルーティンとして不可欠であり、この時間を自分自身と向き合う貴重な機会と捉えています。私たちはAIを活用して、この自己対峙の時間を最適化し、個々のウェルビーイングに貢献する方法を探究しています。また、顔の表情や心拍などの生理的データを利用して、個々の感情や心身状態を理解し、それに基づいたスキンケアやセルフケアの提案を行うことも目指しています。
将来的には、スキンケアやセルフケアを通じて、自分自身をより深く理解し、心身の健康を向上させることを目的とした研究を拡大していく予定です。AIやデータサイエンスの進歩を活用し、よりパーソナライズされたセルフケア方法を開発し、日常生活に取り入れることで、より充実した生活を送ることが可能になると考えています。
──上原先生、酒井さん、本日はありがとうございました。
Wellulu編集後記:
今回の取材では、光学式モーションキャプチャ技術を用いたスキンケア動作と心理的・身体的健康の関係についてのお話を伺いました。大阪学院大学の上原教授と花王の酒井さんによる研究によって、スキンケアの速度や方法が心身の健康に寄与する重要な習慣であることが明らかになりました。この記事を通して、今一度、自分自身の日々のスキンケアを振り返るきっかけになっていただけたら幸いです。
現在、大阪学院大学経営学部にてAI(人工知能)の研究および教育に携わっている。大阪大学を卒業後(工学博士)、同大学、米国オレゴン州立大学、神戸大学にて、自然言語処理、機械学習、データマイニング、深層学習に関する研究活動を行った。2020年より大阪学院大学に赴任、以降、文系学生に対するAI、データサイエンスについての啓蒙普及、教育活動を行っている。