「野菜や果物は健康によい」、このことはほとんどの人にとって周知の事実だろう。野菜と果物には、豊富なビタミンやミネラル、食物繊維が含まれており、私たちの健康維持をサポートしてくれる。
しかし、1日に何gの野菜と果物を摂取すれば病気を予防できるのか、また何gの野菜摂取が推奨されているかを知っている人は少ないのではないだろうか。
横浜市立大学と国立研究開発法人国立がん研究センターなどで構成される研究グループの調査によって、野菜・果物の摂取量が少ないグループと比較して、野菜・果物ともに摂取量が多いグループでは、全死亡リスクが低いことが判明した。
ただし、ある一定の基準を超えての摂取からは、死亡リスクが下がるわけではないという結果も明らかに。
今回は、横浜市立大学医学部医学科 公衆衛生学(兼 データサイエンス研究科 ヘルスデータサイエンス専攻)の後藤温教授に、研究の詳細や、野菜と果物を摂取する際のポイント、病気予防の有効な生活習慣などについて話を伺った。
後藤 温さん
横浜市立大学医学部医学科公衆衛生学 主任教授
野菜・果物の適切量の摂取は、死亡リスクの低減と関連
── まずは、今回の研究内容の概要をお聞かせください。
後藤先生:この研究は、国立研究開発法人国立がん研究センターと横浜市立大学の共同研究です。
研究では、全国約9万5000人の国民を分析対象とし、食事や栄養に関する詳細なアンケートを実施しました。
内容は「1日当たりにどれぐらいの野菜を食べているか」「どんな果物を食べているか」などの、食事や栄養に関する100以上の質問内容で構成されています。
回答結果から、その人が1日にどれだけの野菜と果物を摂取しているのかを推定。その後、 20年間対象者の追跡をおこない、野菜・果物の摂取量の違いによって、死亡リスクがどれほど変化するのかを調査しました。
その結果、摂取量が少ないグループに比べて、果物摂取量が多いグループでは全死亡リスクが約8~9%、野菜摂取量が多いグループでは全死亡リスクが約7~8%低いことが判明しました。
この期間に2万3687人が亡くなり、内訳は、がん死亡が8,274人、心血管死亡が5,978人, 呼吸器疾患死亡が1,871人です。
調査では、野菜・果物の摂取量の少ないグループを①、最も多いグループを⑤とし、①~⑤の5つのグループに分類しました。グラフでは、摂取量の少ないグループは薄い色、多いグループを濃い色で表しています。縦軸は死亡リスクです。
このグラフから、摂取量が一番少ないグループ①と比較して、グループ②~グループ④にかけて全死亡リスクが下がっていることが見て取れるかと思います。
男女によって病気ごとの死亡リスクのパーセンテージは異なりますが、おおむね摂取量の多いグループ④が一番低くなる傾向にあることがわかりました。
── 1番摂取量の多いグループ⑤の死亡率が最も低いわけではなかったのですね。
後藤先生:そうですね。今回の研究では、全死亡リスクは4番目に摂取量の多いグループ④がもっとも低かったため、野菜と果物は「摂取すればするほど身体によいとは限らない」ことが判明しました。
野菜と果物の1日の目安となる摂取量は?
── 摂取量の少ないグループ①と、摂取量が多く死亡リスクも低いグループ④では、どれぐらいの量の差があるのですか?
後藤先生:食事バランスガイド(農林水産省・厚生労働省)では、1日350g程度の野菜摂取と1日200g程度の果物摂取が推奨されています。
今回の研究で得られた結果を、一部の集団でおこなわれたより詳細な食事記録の摂取量にあてはめて推定すると、野菜は、最も少ないグループ①が約250g、グループ④が約300gです。
果物はグループ①が75g、グループ④が約140gです。本研究結果では、グループ④で最も死亡リスクが低かったことを踏まえると、野菜は300g以上、果物は140g以上摂取することが望ましいと考えられます。
一定量以上の野菜・果物摂取に潜むデメリットとは
── 「野菜や果物は摂取すればするほど身体によいわけではない」のはなぜなのでしょうか。その理由を教えてください。
後藤先生:「摂れば摂るほどよい」のであれば、今回の研究結果において、野菜と果物を摂取した量が最も多いグループ⑤の死亡率が低くなるはずです。
グラフを見ていただくとわかりやすいかと思いますが、今回の研究結果においては、野菜・果物ともに4番目に摂取量の多いグループの死亡率が低い傾向にあります。
この結果からわかることは、たとえば4番目に摂取量の多い人たちが、さらに摂取量を100g増やしたところで、それ以上死亡リスクが下がるかと言われればそうとは限らないということです。
── 野菜や果物は摂取すればするほど身体によいものだと思っていたため意外でした!一定の摂取量以上は「あまり意味がない」ということでしょうか?
後藤先生:こちらはさらに詳しくデータ化した図です。この図からもわかるように、野菜も果物も一定のグラム数以上からは、ほぼ横ばいに死亡率が推移しています。
出典:Inverse Association between Fruit andVegetable Intake and All-Cause Mortality:Japan Public Health Center-Based Prospective Study
体質や病歴など個人差はあるかと思いますが、全体のデータとしては一定量以上の摂取が「身体によいとは限らない」と推察できます。
野菜・果物の過剰摂取が不整脈、糖尿病や肥満のリスクを高める可能性
── 野菜を食べすぎることにデメリットはあるのでしょうか?
後藤先生:野菜や果物には、血圧を下げる効果があるとされている栄養素「カリウム」が豊富に含まれています。カリウムが体内に蓄積しやすい方(腎臓に病気がある方など)は、過剰摂取してしまうと高カリウム血症という状態になり不整脈のリスクが高まる場合があります。一様に同じグラム数を摂取しなければならないというわけではありませんので、病気の方はお医者さんに摂取量を相談するなどして、自分に合った適量を摂取することが大切です。
── 果物の食べすぎはどうでしょうか?
後藤先生:果物の場合、食べ過ぎてしまうと糖分の過剰摂取につながることがあります。ビタミンや食物繊維など人の身体に必要な栄養分が入っているため、適量を摂取していただくことは病気リスク軽減に効果があるのですが、必要以上に摂取することで糖尿病や肥満のリスクが高まる場合があります。
── 現代の日本人の食生活を考えると、1日300gの野菜を摂取することは難しい場合もあるかと思うのですが、おすすめの摂取法や代替品はありますか?
後藤先生:野菜は生の状態で摂取すると、調理や加工するよりも一般には栄養素が保持されやすく、健康効果が期待できるということに関するエビデンスやデータもあります。
食事・喫煙・飲酒などの生活習慣をバランスよく改善しよう
── 食事以外にも、健康を維持するためのアドバイスをいただけますか?
後藤先生:日本人の死亡原因のトップはがんです。
しかし、がんだけでなく循環器疾患や糖尿病など、ほかの病気にかからないための予防策は存在します。第一に「禁煙」です。喫煙は、死亡リスクやがんのリスクを高める生活習慣として科学的に証明されており、さまざまなエビデンスも存在します。
たばこの生活習慣を改善することによって、がんをはじめとするあらゆる病気の予防が期待できますし、死亡リスクの低減にもつながるでしょう。
── ありがとうございます。ほかにも大切なことはありますか。
後藤先生:そのほかにも大切なこととして、「適正体重を維持すること」が挙げられます。これは、今回の私たちの研究にも関係していますね。
野菜や果物を適量摂取し、食生活を見直すことで適正体重の維持が期待できます。また、野菜を先に摂取することでお腹のかさが増し、そのあとに食べるものの量を抑えることができるといった効果もあるでしょう。
今回私たちがおこなった研究は、主に食生活にフォーカスした研究ではありますが、病気を予防するためには、国立がん研究センター研究開発費「科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究」研究班が提案している日本人のためのがん予防法として、「禁煙」、「適正体重の維持」、「節酒」、「食生活改善」、「運動」、「感染症の検査」の6つの要素を心がけていただきたいです。
── 貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。今後、取り組まれたい研究や実験など、展望をお聞かせください。
後藤先生:今回実施した研究のように、どのような食生活を送っている人が健康を維持できているのか、長生きするのか、健康寿命が長いのかといった調査を引き続き実施していきたいと思っています。
「野菜を積極的に摂取したほうがよい」「バランスのよい食事をしなければならない」と頭ではわかってはいるものの、実際の行動に移すことができないという方も多いかと思います。
そのような方々にどのような支援をすれば、行動の変化につながるのかについても考えていきたいですね。国民のみなさまの健康に貢献できるような研究活動を続けてまいります。
Wellulu編集後記
「野菜や果物は食べれば食べるほど健康によい」と思い込んでいたため、ある一定の摂取量からは、死亡リスクにほとんど変化がないという結果は意外に感じました。
生で食べたり、火を通しすぎずに食べたりなど、摂取の仕方から工夫し、野菜や果物の栄養素を可能な限り壊さないように心がけることから始めてみようと感じました。
本記事のリリース情報
医学博士。国立国際医療研究センター、東京女子医科大学、国立がん研究センターを経て、2020年 横浜市立大学大学院データサイエンス研究科ヘルスデータサイエンス専攻 教授。2021年に同研究科ヘルスデータサイエンス専攻長、2022年には医学部・公衆衛生学教室の主任教授。