和菓子を中心に古くから利用されている寒天。どんな食品とも相性がよく、独特の食感が特徴で、近年では様々な食品に利用されているほか、ヘルシーでダイエットの強い味方というイメージが定着している。寒天の誕生ストーリーや健康への働き、寒天の新しい食べ方などについて、伊那食品工業株式会社の白井さんに詳しくお話を伺った。
白井 郁也さん
伊那食品工業株式会社 研究開発部・基盤研究室
本記事のリリース情報
ゼリー剤としてだけではない? 寒天の原料や特徴
寒天の原料は何? 風味や食感の特徴
── まずはじめに、寒天の原料や特徴について教えてください。
白井さん:寒天の原料は紅藻類(こうそうるい)と呼ばれる海藻で、おもにテングサやオゴノリなどが使われます。これらの海藻は世界中の海に生育しており、弊社では日本近海だけでなく、世界中のきれいな海から集められた良質な寒天原料を使用しています。
寒天の成分は、海藻の細胞同士の隙間にある物質です。熱水で煮ることで海藻から寒天成分が溶け出し、不純物を濾過(ろか)すると寒天成分が含まれた透明できれいな液体だけが残ります。この液体を冷やすとゼリー状に固まります。
さらに、そこから水を取り除いて乾燥させることで、寒天が完成します。
── 海藻が原料だったのですね。寒天といえば、独特の食感が印象的ですよね。
白井さん:寒天は一般的にコリコリした食感で知られていますが、弊社では弾力のある寒天や、ほとんど固まらないペースト状の寒天、さらにはスーパーボールのようにカチカチの寒天まで、さまざまな食感の寒天をラインナップしているんですよ。
── さまざまな食感の寒天が製品化されているんですね!
白井さん:お客様からの要望もありますが、弊社では「いままでにない食感の寒天を作ろう!」と日々試行錯誤しています。その結果新しく生まれた寒天について、どういう用途で使えるか?と展開していくケースも多いんです。これらは原料として食品メーカーの製品に取り入れてもらうことで、消費者のみなさまが知らないうちに身近なところで使われているんですよ。
積極的な寒天の摂取が便通改善に働く?
── 寒天を積極的に摂取することによる働きをお伺いしたいです!
白井さん:我々だけでなく多くの研究機関で寒天の研究がおこなわれています。例として、寒天の食物繊維による、お通じの改善についてです。寒天の食物繊維は、人間の腸まで届きます。そして食物繊維の給水作用により、腸で水分を吸収して便のかさを増し、腸のぜん動運動を刺激することで排便量を増やします。これにより便秘の改善に効果があることが知られています。
── 実際に、どのくらいの違いが見られたのですか?
白井さん:寒天を1日5g、1週間摂取して、摂取前と摂取後で排便量を比べたデータがあります。摂取後は、摂取前と比較して排便の回数と便の量が増えていました。
──寒天を積極的に摂取するには、どのような食べ方がいいのでしょうか。
白井さん:ヨーグルトにゼリー状の寒天を加えて食べるなど、寒天を取り入れる工夫をされている方もいますが、寒天粉末にして5gに相当するゼリーを毎日食べるのは少しハードルが高いという人もいます。ただし、2gをもう少し長期、具体的には2週間摂取していただくことによって便通改善効果が示された論文もありますので、5gも食べる必要はないかもしれません。いずれにせよ、弊社ではより手軽に寒天を摂取してもらえるよう、様々な商品を展開しています。
たとえば、スープの具材として利用できる「スープ用糸寒天」。これは糸状の寒天乾物を用いて、食べる前にぱっとお味噌汁に入れてもらったり、水で戻してサラダに入れたりして食べていただくことができます。
── お味噌汁に入れるのは意外です。 ちなみに糸状の寒天とのことですが、寒天にもさまざまな形状があるのでしょうか?
白井さん:はい、糸状の寒天のほかには棒状の寒天、粉末寒天といったものがあります。基本的な物性や寒天としての効果には大きな違いはないものの、形状にはそれぞれ特徴があります。歴史的に見ると、寒天は棒状の寒天や糸状の寒天の形状からはじまっているんですよ。
誕生は江戸時代、ある旅館主人のひょんな発見がきっかけ
── 寒天の歴史、気になります。どのように生まれたのか、ぜひ教えてください。
白井さん:まず「ところてん」は、みなさんご存じかと思うのですが、実はこれが寒天の前身なんです。ところてんは、主にテングサを始めとした紅藻類の抽出物を冷やして固めたゼリー状のものを指します。一方でところてんから水を除いて乾燥させたものが寒天なんです。
── ところてんが寒天のもともとの姿だったのですね。実は私、寒天は好きなのですが、ところてんが苦手で…。独特の風味があるというか。
白井さん:そうですね、ところてんは風味があるので苦手だという方もいらっしゃいます。でも一方で、ところてんの風味が好きな方もいるため、風味が残った寒天がよい!というお声もあります。
── やはり、ところてんと寒天では風味が異なるんですね。
白井さん:寒天の大きな特徴の1つは風味がないことなのですが、これはところてんから脱水・乾燥していく過程で風味が抜けていくからなんです。ですが、食物繊維などの成分は残ります。
── ところてんや寒天はいつ頃から食べられているんでしょうか?
白井さん:ところてん自体は、西暦800年頃から食されていたとされ、日本各地で広まっていました。江戸時代に、京都の旅館の主人がところてんを外に出しておいたところ、冬の夜の寒さで凍り、それが日中に溶けて水分が抜け、ところてんの干物のようになりました。これを溶かして冷やし固めてみたところ、いつものところてんより匂いがしない透き通ったゼリーができたそうです。これが寒天の始まりとされています。
── つい外に置いていたことが、寒天の発見につながったんですか。おもしろい発見ですね! それでは、寒天の形状はどういった理由で異なってくるのでしょうか?
白井さん:ところてんを天日に干して寒暖差で脱水されたものが棒状の形をしている角寒天です。寒天の製造は、長野県のような夜が非常に冷える地域でおこなわれていました。こういった地域では芯までしっかり凍るので、脱水がうまく進むのです。
一方で、温暖な地域では芯まで凍りにくいため、ゲルを細かく切り出して糸状にして乾燥させました。たとえば京都では、この糸状の細寒天の文化が主流だったと考えられますね。
── 形状には、作られる場所の気候や製造方法が関係していたのですね。
もしも寒天がなかったら…。和菓子や洋菓子にも利用される寒天
── 寒天はどのような場面で多く使われているのでしょうか?
白井さん:寒天は歴史的には和菓子から使われはじめました。たとえば、ようかんやどら焼きのあんこ、あとは、にこごりのようなお惣菜を固める用途で日常的に使用されている地域もありますね。
── ようかんとどら焼き、大好きです。寒天がなかったら大変でした!
白井さん:そうですね。現在は和菓子だけでなく、洋菓子やさまざまなお惣菜、飲料などにも幅広く使われています。たとえば、飲料の場合、固まらない寒天を少し入れてスムージーのような飲みごたえ・ボディ感を出すことに活用されていたり、パンに入っているクリームといったフィリングに加えることで、包装にくっつきにくくなったりします。あとケーキのクリームって溶けやすいのですが、寒天を加えることで保形性を高めることができるのです。
── 食感を楽しむ目的だけではなく、実用的な面でも活用されているのですね!
白井さん:そうなんです。寒天は80度から90度にならないとゼリーが溶けないため、その性質を利用することで、たとえ夏の高温の中でもクリームやババロアなどの形状を保つのに役立っています。
食品以外では、研究分野で培地としても利用されています。寒天培地は微生物の培養に使われるもので、細胞の成長を観察するための重要な役割を果たしています。
このように寒天はその特性を活かして、食品から研究分野まで幅広く利用されているんですよ。
寒天、ゼラチン、アガーの特性の違い
── 寒天のほかにも、食品をゼリー化するものとしてゼラチンやアガーもありますが、それぞれの違いについて教えてください。
白井さん:まず、寒天とゼラチンの違いからお話しします。
寒天は植物性のゲル化剤で、紅藻類から作られる一方、ゼラチンは動物性で、牛や豚、魚から抽出されるタンパク質が原料です。寒天は多糖類に分類される食物繊維で、ゼラチンはタンパク質です。
また、性質としては、寒天は高温に強く、80度から90度にならないと溶けません。一方、ゼラチンは25度から30度で溶け始めるため、夏場は室温でもゼリーが溶けてしまうのですが、その分口どけが良いというメリットがあります。
そのため、ババロアなどの口どけが重要なデザートには一般的にゼラチンが適していますが、ゼラチンのデメリットを寒天で補うなど、用途によって特性を考慮しながら使うとよいです。別の例として、介護食についても、ゼラチンと寒天をうまく併用することによってより美味しくより安全に召し上がっていただくことができます。
── 市販のゼリーではゼラチンを使用したもの、寒天を使用したものどちらも見かける気がします。
白井さん:ゼラチンを使用したものは口の中で溶けるような滑らかな食感が特徴ですが、寒天を使用したものにはみずみずしい食感があります。寒天は少量で水を固めてゼリー化するため、みずみずしい食感や香りの立ちが良くなるのが特徴です。
なので、夏場にさっぱりしたいときは寒天のゼリーが好まれたり、あとは歯切れのよさも感じてもらえるかと思います。
── それぞれ違ったおいしさがありますね。では、アガーはどうでしょうか?
白井さん:アガーは寒天に似た性質を持っていますが、寒天とは異なります。元々寒天を英語で「アガー」と呼ぶものの、日本では一般的に「寒天に類似した多糖類のゲル化剤」を指すことが多いのかなと思ってます。カラギーナンやガラクトマンナンといった、海藻由来や豆由来の多糖類をベースにしているものがありますね。
── ちなみに、これらにはカロリーの違いもあるのでしょうか?
白井さん:はい、ゼラチンはタンパク質なので1gあたり4kcal、一方、寒天は人間によって消化吸収されないため、どれだけ食べても0kcalです。
── やはりダイエットの強い味方ですね!
ヘルシーで食物繊維たっぷり!寒天の新しい食べ方
日頃の食物繊維不足を、寒天で解消!
── 食物繊維をたっぷり含む寒天の1日の摂取目安量はどのくらいなのでしょうか?
白井さん:食物繊維の摂取目安量は、厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」によると、男性で20gから25g、女性で18gから20g程度とされています。ですが、実際の食生活で大量に食物繊維を摂るのは難しく、現代人の食物繊維の摂取量は不足気味だとよく言われています。
食物繊維が多く含まれている食品としては、芋類、大麦、根菜類、ひじきなどが挙げられますが、食物繊維をたくさん摂ろうとすると、大量に食べなくてはいけません。
── 日常的にたくさん食べるのは難しいですね。効率的に食物繊維を摂れる食材の1つとして、寒天がおすすめなのでしょうか?
白井さん:寒天は水分を除くとほぼすべてが食物繊維で、もっとも食物繊維が多く含まれる食品と言えます。100gあたり約79gが食物繊維で、これは非常に高い含有量なんです。そのため、日常の食物繊維摂取量の一部を寒天で摂ってもらえると弊社としてはうれしい限りですね。
── ぜひ積極的に寒天を取り入れたいと思います。寒天の食べ過ぎによるデメリットなどはあるのですか?
白井さん:一般的な量であれば問題ありませんが、1日に15g以上の寒天を摂取すると、過度の腹部膨満感により不快感を感じたという報告があります。しかし、寒天を15g摂るというのも簡単ではないので、一般的な適量を守ればデメリットはとくにありません。
── 寒天を摂取するおすすめのタイミングはありますか?
白井さん:食物繊維の特性を引き出すためには、食事のはじめに摂取するのがおすすめです。食物繊維が水分を含んで膨らむことで、お腹が満たされ、総摂取カロリーを減らすことにもつながります。
── 家庭で使う場合、寒天を保存する際の注意点などはありますか?
白井さん:開封した粉末寒天はジップロックなどに入れて湿気を防ぐのが望ましいですが、基本的には他の食品に比べて劣化しにくいので、それほど気にしなくても大丈夫です。保存期間も長いため、気軽に使っていただけたらと思います。
日常の食卓に取り入れやすい寒天のアレンジ法
── 寒天を具材にしてお味噌汁に入れるというアイディアがありましたが、ほかにも手軽に寒天を摂取する方法があったらぜひ教えてください。
白井さん:そうですね。たとえば「ごはんに寒天」という商品があるのですが、これは炊飯時に粉寒天を入れてご飯と一緒に炊くもので、ごはんを食べながら自然に寒天を摂取できます。また、水で戻した糸状寒天をサラダの具材として使うのも良い方法です。弊社の社内給食でもサラダに寒天が入っていることもあるんですよ。
── 社内給食にも寒天が使われているのは興味深いです。お気に入りのメニューはありますか?
白井さん:寒天は主役になりにくいですが、サラダにちょっと入っているなど、自然に取り入れられるのがポイントです。溶かして固めるのはやはり手間がかかるので、弊社で販売している「サラダ用寒天」を具材として使うことで手軽に摂取できます。
── 寒天を使用する際の注意点やポイントがあれば教えていただけますか?
白井さん:まず、寒天をゼリー剤として使用する場合は、酸性の食品に弱い性質があることを覚えておいてほしいです。
たとえば、果汁のゼリーを作る際に果汁を直接加熱すると、果汁の酸によって、寒天のゲル化能力が低下することがあります。そのため、少量の水で寒天をグツグツ煮て溶かし、少し冷ましたところに人肌程度に温めた果汁を加えるようにしてください。
── 加える順番を工夫するとよいのですね。寒天自体はどのくらい煮るとよいですか?
白井さん:寒天は沸騰したお湯で5分程度加熱することでしっかり溶解します。短時間の加熱では固まりにくくなることがあるので、十分に加熱することが重要です。
ただ、具材として糸状の寒天などを使う場合は、逆に加熱し過ぎないことがポイントです。加熱し過ぎると寒天が溶けてしまい、具材として食べられなくなってしまいます。1~2分程度の加熱なら問題はありませんが、たとえばお味噌汁に寒天を入れる場合は、食べる直前、最後に加えるようにしましょう。インスタントのお味噌汁なら、他の具材と一緒に糸状の寒天を加えておき、そこにポットのお湯を注ぐだけなので簡単です。1〜2分程度の加熱ならとくに問題ありません。
── 使用用途によっては加熱のしすぎに注意が必要なんですね。
白井さん:そうですね。寒天は無味無臭で、どんな食材にも合うのでさまざまな料理に取り入れていただきたいです。透明感があり美しく、サラダの具材として加えると見た目のアクセントにもなるんです。
── 見た目がよくなるのも大きなポイントですね!
Wellulu編集後記
固める効果を持つものとして、和菓子を通してよく食べていた寒天でしたが、実はお味噌汁やサラダの具材としてもおすすめとのことで、意外ではありつつも、風味がなく、食感がユニークなこともあり、早速試してみたいと思いました。さまざまな工夫を通して、手軽に寒天が摂れるようになっているとのことなので、日々の食物繊維摂取の一部を担う存在になるかも?と期待しています。