群馬県は、2040年に向けて「誰一人取り残されることなく、すべての県民が自ら思い描く人生を生き、幸福を実感できる自立分散型の社会」をビジョンに掲げています。このビジョンを実現するために、群馬県は「快疎(かいそ)」、「始動人(しどうじん)」、「官民共創コミュニティ」という3つのキーワードを中心に取り組んでいます。
そこで今回、群馬県知事戦略部戦略企画課に取材を実施して、各キーワードにおいてどのような取り組みを行っているのかお話を伺いました。社会人同士のアイデアや交流が生まれる官民共創スペースの運営や教育イノベーションの推進など、自治体が舵を取り、新たな試みに挑戦しています。
本記事のリリース情報
ウェルビーイングに特化したwebメディア「Wellulu」にて群馬県の取り組みが紹介されました
県民一人ひとりの幸福に焦点を当てた「自立分散型」の地域社会とは?
──群馬県が掲げる「新・群馬県総合計画」および自立分散型の地域社会について教えてください。
奈良さん:令和2年度に策定された計画で、2040年までに群馬県が目指す社会の姿として、「年齢や性別、国籍、障害の有無等にかかわらず、すべての県民が、誰一人取り残されることなく、自ら思い描く人生を生き、幸福を実感できる自立分散型の社会」を目指しています。その中でも、特に“幸福”に焦点を当てていて、これを【個人】【社会】【将来世代】の3つの側面から考えています。
【個人】の幸福については、県民一人ひとりが、仕事、生活、健康、人間関係など様々な面での幸せを見つけ、それぞれの多様な幸福を実現できるような環境を整えること。【社会】の幸福については、多様な県民が共生し、支え合うことで、地域社会全体が幸せを感じられる環境を目指すこと。【将来世代】の幸福については、教育、環境問題、経済など、長期的な視点で持続可能な社会を築くことを目指しています。
砂長さん:「誰一人取り残されることなく幸福を実感できる社会」を実現するために、群馬県では「自立分散型の地域社会」を2つの軸で描いて計画を進めています。そのひとつが「新たな価値を生む自立分散型社会」で、もうひとつが「持続可能な自立分散型社会」です。この2つの軸を推し進めた交点に、県民の“幸福度の向上”があると考えています。
奈良さん:私たちが目指している「自立」の姿は、特定の関係に過度に依存せず、多様で開かれた関係性の中で、主体性を発揮できることだと考えています。
──マイノリティに属する人も含めて、全ての県民が主体性を持ち、自分らしい人生を描いていける社会の実現をビジョンとしているんですね。実際に県民の声を聞く取り組みなどはあるのでしょうか?
砂長さん:毎年、県民3300人に対して、郵送で県民幸福度アンケートを実施しています。「あなたは現在どの程度幸せだと感じていますか」という主観的な幸福実感に関するものから、健康・家族関係・友人関係等の満足感、県の施策への実感、行政のDX推進、群馬県のマスコットキャラクター「ぐんまちゃん」の認知度など、14項目の設問を用意して測っています。主観的な幸福実感については、なかなか毎年大きく変わるものではないので、中長期的に見ていくものと認識している中で、統計的には幸福度は横ばいといった状況が続いています。
直近3年間で動きがあったところだと、健康状態の満足感や、家計の所得に関する満足感がやや低下していました。おそらくコロナや物価高騰の影響もあるのではと今分析を進めているところです。意外だったのは、群馬県は自転車の交通事故が多くて、中高生だと事故件数全国1位という数字が出ているほどなのですが、主観的な交通安全の施策実感については悪くない結果が出ていて、客観的結果と主観的結果でギャップが出ているなと感じました。また、治安に関しては高い満足度が見られました。これらのアンケート結果を県政にどう繋げられるか、その仕組み作りが今の課題と考えています。
【快疎】・【始動人】・【官民共創コミュニティ】、ビジョンを実現する3つのキーワード
──群馬県のビジョンを実現するための3つのキーワード、【快疎】、【始動人】、【官民共創コミュニティ】について、詳しく教えていただけますでしょうか?
砂長さん:まず【快疎】は、群馬県が目指す理想的な社会の形を表しています。コロナ禍をきっかけに、都市部の密集から離れ、人口密度の少ない地域への関心が高まりました。群馬県では、人口が少ないことは開放的で安全という強みにもなると考えています。加えて、地域の魅力を高めることで、快適かつ開放的な地域社会を形成することを目指しています。自立分散型社会と幸福度の向上の終着点として「快疎」は位置づけられています。
──近年、「ポストコロナ」や「ニューノーマル」という言葉をよく聞くようになり、働き方・暮らしを改めて見つめ直す気運が高まっていますよね。そういった意味でも、群馬県だからこその価値を高めているんですね。
奈良さん:地方にとって長年の課題であった人口減少が、「東京よりも魅力的」な要素となる可能性が高まっています。群馬県にある自然、産業、文化などの土壌を最新のデジタル技術で進歩させて、首都圏や他県で暮らす人たちを惹きつけられる求心力を高めていく。そのためにも、【始動人】や【官民共創コミュニティ】の取り組みが重要だと考えています。
──なるほど。新しい未来を開拓していく人が【始動人】ということですね。
奈良さん:はい。群馬県の未来を創るキーパーソンのことを私たちは【始動人】と定義しました。デジタル化の必要性や教育の多様化を背景に、創造的でオリジナリティある思考を持つ人材の育成を目指しています。誰もが【始動人】の潜在能力を持っており、その“かけら”を育成するためにも教育イノベーションを推進しています。
──続けて、【官民共創コミュニティ】についても教えていただけますか?
奈良さん:【官民共創コミュニティ】は公共機関だけでなく、企業、NPO、地域住民などが連携し、地域の課題を解決する挑戦に取り組み、公共にイノベーションを生むことを目的としています。「100年持続する公共をつくる」ことを目指して、県内各地でこの活動を加速させていきます。自治体だけでは限界があるため、様々なステークホルダーが協力し合うことが重要だと考えています。この中核的な拠点として、県庁32階に官民共創スペース「NETSUGEN(ネツゲン)」を設置しています。
──ありがとうございます。ここまでお話をお伺いして、これから先の未来を見据えて、群馬県では新たなイノベーションを生み出す人材育成に、かなり力を入れていると感じました。続けて、【始動人】を育むための取り組み、「NETSUGEN」で実施されている取り組みについてお伺いできればと思います。
著名人も講演!アイデアを生み出す創造・交流イベント
──まず始めに「NETSUGEN」で行っている取り組みを教えてください。
宮下さん:元々は、群馬県庁の32階は展望ホールとして利用していたのですが、改装し、デジタル技術を活用してアイディアを形にしたい人々や事業の発展を目指す企業の人々が集まる官民共創の場として「NETSUGEN」をオープンしました。ここにはコーディネーターやイベントマネージャー、コミュニティリードが常駐して参加者同士のコネクション形成をサポートしたり、単なるコワーキングスペースとは異なり、積極的なコミュニケーションとコラボレーションを推進するための環境が整備されています。また、様々なアイデアの交流や地域課題の解決に取り組むためのイベントも頻繁に開催されており、企業同士が出会い、新しいビジネスの可能性を探ることができるような場になっています。
──アイデアの交流ができる場所。ビジネスマンからすればとても魅力的な場所ですね。群馬県がアイデアや交流を創出する場所としては、他にどのような場所があるでしょうか?
奈良さん:群馬県では2022年から草津温泉で「湯けむりフォーラム」というカンファレンスイベントを開催しています。このイベントでは、各界のトップリーダーによる議論や交流を通じて、新たなアイデアやイノベーションを「群馬モデル」として創り出し、国内外に向けて発信しています。昨年12月に開催した湯けむりフォーラム2023では、河野太郎デジタル大臣や楽天グループ(株)の三木谷浩史会長などに登壇いただき、最先端の議論を展開することができました。
また、湯けむりフォーラムは、ただ議論するだけで終わりにせず、フォーラムから生まれたアイデアを県政に取り入れ、実現させることに力を入れています。例えば、湯けむりフォーラム2022における議論を踏まえ、非認知能力育成に向けた本県独自の教育プログラムに関する取組を進めることで、日本全体の教育イノベーションを牽引しています。
このように、群馬県のキラーコンテンツである温泉を舞台に、未来の夢の実現に向け、新たなチャレンジを継続し、群馬からイノベーションを起こしていきたいと考えています。
──温泉もたのしみつつフォーラムでの交流があり、ユニークですね。
スコットランドとも連携!子どもたちの「非認知能力」を育成
──続いて、教育イノベーションというところではいかがでしょうか?
宮下さん:群馬県では、「非認知能力」の育成に関する教育イノベーションに力を入れています。「非認知能力」とは、学力以外の部分、例えば生き抜く力や創造的な思考力など、勉強だけでは測れないスキルのことを指します。具体的には、OECD(経済協力開発機構)の社会情動スキルに関する調査に基づいて、日本で初めて非認知教育に焦点を当てた取り組みを開始しました。これには、スコットランドの進んでいる非認知教育のアプローチを参考にしていて、さらにはスコットランドとの連携も検討しています。
奈良さん:非認知能力のスキルは重要で、開放性、公正性、勤勉性、協調性、情緒安定性など、BIG5のような概念として捉えられています。非認知能力は客観的な評価が難しいのですが社会の在り方が大きく変化していく未来を生きるために必要となる能力ととらえています。そのため、非認知能力の評価や育成に関して国内で群馬県がリーダーシップをとって推進していきたいと考えています。
具体的な取り組みとしては、ワークショップやサマーキャンプなどが計画されており、生徒たちが実践的な活動を通じてこれらのスキルを身につける機会を提供します。群馬県出身の子どもたちが、将来新しい分野で活躍する可能性が高まり、日本全国で話題になるような革新的な教育モデルを確立することを目標にしています。
──国内ではあまり見られないような教育に関する取り組みも行っているのですね。将来に向けた新しい計画などはあるのでしょうか?
奈良さん:将来に向けた地域経済の活性化と住民の幸福度向上を目標に、群馬県の長所を活かした3つの柱で計画を進めています。
1つ目として、群馬県は温泉や農畜産物が豊富なため、リトリート(長期滞在型観光)の聖地としての位置付けを目指しています。最近では県立赤城公園の活性化やぐんまフラワーパークのリニューアルを計画しており、群馬県独自の魅力を高めています。これには、官民共創のアイディアも取り入れています。
2つ目は、クリエイティブの発信源であることです。子どもたちのクリエイティブな思考を育成し、地域経済の活性化に繋げることを目指していて、子ども向けのデジタル教育施設「tsukurun」の設立や、アルメニアのデジタル教育施設「TUMO」のアジア初の新設・導入を計画しています。
3つ目は、自然災害に強く、安全な地域としての強みを活かしたレジリエンスの拠点であることです。災害時のバックアップ拠点としての機能を強化する計画を進めていて、首都圏に近い地理的利点を生かし、災害発生時の支援拠点としての役割も果たすことを目指しています。
温泉と自然で心身ともにリフレッシュ!ウェルビーイングな群馬県
──群馬県のウェルビーイングスポットを教えてください。
奈良さん:群馬県はなんといっても温泉です。例えば、伊香保温泉は東京からのアクセスが良く、日帰りだけでなく長期滞在にもぴったりです。温泉は、身体的な健康だけでなく、精神的なリフレッシュにも最適です。また、ワーケーションにもおすすめで、日中は仕事をしながら、自然の景色を楽しむことができます。仕事と休息のバランスを取りながら、その後温泉でリラックスタイムを楽しむのもウェルビーイングスポットとしてもおすすめです。群馬県には魅力的な温泉がたくさんありますので、お気に入りの場所を探すのも楽しいと思います。
──短期的な滞在ではなく、確かにワーケーションも兼ねて長期間、温泉地に滞在するのも良さそうですね。さらに、先ほどお伺いした「湯けむりフォーラム」にも参加すれば、仕事にも還元できそう!
奈良さん:そうですね。最近はそういった目的をもって訪れる方もいらっしゃいますよ。そのほかにも、自然、特に山々が素晴らしいので、県立赤城公園で山歩きや自然散策、また、榛名山や妙義山なども自然を楽しむのにおすすめです。
──最後の質問になるのですが、群馬県に移住した方々の声として、どういった言葉が多いのでしょうか?
奈良さん:個人的な意見ではありますが、群馬県では高校生までの医療費が無料なため、子育て世代にとっては、医療費面でのメリットが大きいと感じています。また、保育園の待機問題も少ないため、子育てがしやすい環境が整っています。
さらに、交通の利便性も大きなメリットとして挙げられます。例えば、高崎市であれば、新幹線を使えば東京まで約40分でアクセス可能なので、勤務先は東京、住まいは群馬県という選択も可能です。自然豊かな環境と都市へのアクセスの良さが、群馬県の大きな魅力となっているのでは思います。
Wellulu編集後記:
今回の取材を通じて、群馬県の「個人」「社会」「将来世代」の幸福に焦点を当てた、個々人の多様な幸福実現、地域社会の共生、持続可能な社会構築に注力する取り組みは、非常に興味深いものでした。実際に県民の声を反映するための幸福度アンケートも実施していて、現実と県民の意識のギャップについても明らかになり、さまざまな気づきがあるのだと感じました。
群馬県では、「快疎」、「始動人」、「官民共創コミュニティ」という3つのキーワードをビジョンに掲げ、具体的な施策を進めつつ、観光と農業を軸に、リトリートの聖地としての発展を目指しているとのこと。このような多面的な取り組みが今後どのように地域社会に影響していくのか、とても楽しみです。