2023年9月17日(日)・18日(月・祝)の2日間にわたり、直島および豊島の一部地域において、国内のアーティストやクリエイター、起業家、有識者、専門家といった多様なジャンルの人々が実験的に集う「直島芸術生態系vol.0」が開催されました。
今回は、番外編第1弾。事前打ち合わせ無しの状態で、その場でお声がけした3組との「それぞれのウェルビーイング」対談をお届けします。
番外編その2・3の記事はこちら
直島芸術生態系vol.0〈番外編その2〉 豊島の地で、食の未来と「よく生きる」を考える。
直島芸術生態系vol.0〈番外編その3〉 現代アートと出合い、自らの「問いを立てる力」と視点を磨く
PHILIPPS Auctioneers日本代表・服部今日子×宮田教授×堂上研:違和感を感じることの重要性
宮田:服部さんは、世界を代表するオークション会社の日本代表であり、元々マッキンゼー・アンド・カンパニーに勤務していました。加えてアートへの深い造詣もお持ちという、そのバランス感が素晴らしいです。そこでお伺いしたいのですが、直島のコンテンポラリーアートは「共有するアート」で、サイトスペシフィックなどの新しい流れも作ってきたと思うんです。今後、アートはどのような方向に向かっていくと思いますか?
服部:アートって、経済と密接にリンクしていますよね。直島は訪れるたびに毎回新しい発見があるんです。恐らくそれは、社会が動いた後のリフレクションを見せるのではなくて、将来こうなるべきだというあるべき姿を積極的に見せてくれているっていうのがおもしろいんだと思っています。
宮田:資本主義の渦から距離を置くためには、まさに直島のような離島は理想ですよね。福武總一郎さんは、その精神を支持し、アーティストとコミュニケーションを交わしながら一緒に作ってきたというのが、時代の先を行っていたと思います。そこからサステナビリティの時代が到来して、今になってやっと追いついてきたところがあります。
服部:直島のすごいところは、昔は誰も知らなかったのに、今やアート業界だけでなく経済界でも知られているということ。日本はもちろん、世界中からここを目がけてやってきますもんね。
宮田:福武財団の福武英明さんがよく話しているのは、かつての福武總一郎さんのような激しい怒りはないけれど、未来に対する憂いは持っているということ。だからこそ先を見て、新しい場を作りたいと。カウンターから始まり、未来と繋がってより良く生きるといったような、いわゆるウェルビーイングやサステナビリティといったものを包括する流れが今はあるんじゃないでしょうか。
服部:一昔前のアートというと、美しいものや新しいもの主義というか、そういう時代だったと思うんですけど、最近は「違和感」が重要なアートの役割じゃないかと感じていて。明確なことではなくて、違和感があるということが重要な気がしています。年をとるにつれ、新しいものやおもしろいものよりも同じものを見たがる傾向が出てくるっていいますけど、そうするとインプットがなくなってしまう。私もこれから注意していかなきゃいけないなと思っています。
宮田:学問もビジネスもそうですけど、あらゆる世界で心地良いものだけを見るようになってきていますよね。注意しなきゃいけないのは、メディアもその傾向にあるということです。歪んだ認知の中でどうやって壁を破り、あるいはコンフォートゾーンの外側に出て、未来について問いを立てたり、未来の可能性にふれたりできるんだろうかと考えたときに、そこで重要なのがアートの役割なんじゃないかと思っています。
堂上:服部さんにとってのウェルビーイングってどんなことだと感じますか? また、今回の「直島芸術生態系Vol.0」に参加されてどう感じていますか?
服部:まず、私はウェルビーイングな状態になるためには、仲の良いコミュニティだけに所属するのではなく、少しだけ居心地が悪いところにもあえて行くようにします。そうすると、新しい気づきや出会いがある。そして自分自身が成長できるきっかけがあるように感じます。このコミュニティは、まさにそういう場のような気がします。これからどんな生態系が生まれるのか、楽しみですね。
堂上:どうもありがとうございました。僕の中でウェルビーイングを追いかけていて、違和感と居心地の悪いところに行く発想は持っていませんでした。とても貴重な視点をいただき感謝です。
服部今日子さん
PHILIPPS Auctioneers日本代表
宮田裕章さん
慶應義塾大学医学部教授
2003年東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。同分野保健学博士
2025年日本国際博覧会テーマ事業プロデューサー
Co-Innovation University 学長候補
専門はデータサイエンス、科学方法論、Value Co-Creation
データサイエンスなどの科学を駆使して社会変革に挑戦し、現実をより良くするための貢献を軸に研究活動を行う。
医学領域以外も含む様々な実践に取り組むと同時に、世界経済フォーラムなどの様々なステークホルダーと連携して、新しい社会ビジョンを描く。宮田が共創する社会ビジョンの1つは、いのちを響き合わせて多様な社会を創り、その世界を共に体験する中で一人ひとりが輝くという“共鳴する社会”である。
オマツリジャパン・山本陽平×てのしま店主・林亮平×堂上研:誰のためのウェルビーイングをつくっていくか?
堂上:まずは、山本さんの「オマツリジャパン」について、教えてもらえますか?
山本:オマツリジャパンの活動は10年ぐらいになるんですが、全国の祭り5000件の繋がりの中から、毎年100件以上の祭りをサポートしています。なぜやっているかというと、コロナ前からですが、各地の祭りがヒト・モノ・カネが不足していて危機に瀕しているんですよ。だからこそ、それぞれの地域の祭りが大事にしていることに寄り添いながら、これから100年続けられるように時代にあった祭りの開催モデルをつくるのが自分のミッションだと思っています。それで今回の「直島芸術生態系」で、福武英明さんから「直島で100年続けられるお祭りをつくりたい」ということで声をかけていただいたときに、これは運命だなと思いましたね。
堂上:素晴らしいですね。山本さんにとって、祭りの原点っていうのは、どこから来ているんでしょう? 原体験としてあるのでしょうか。
山本:僕、大学時代からバックパッカーをずっとしていて、これまで大体80カ国ぐらい回ったんですけど、好奇心から祭りばっかり行ってたんです。それが世界を広げてくれて楽しくて(笑)、祭りが大好きになって、そこから日本の祭りにも深く入ってみようというところから始まったのがきっかけですね。そうすると、日本の祭りは宗教的な理由やコミュニティの数が多いことから世界的に見ても圧倒的に数が多いということがわかって、なぜだろう? と。日本には約30万件もあるんですよ。それなのに、どんどん衰退している現実があったから、一度無くなった祭りはもう復活できないので、自分達なりに何とかできないかということでビジネスとしてどうなるかという前に始めました。
堂上:元々は海外の祭りがきっかけだったんですね。林さんは、今の日本料理のお店や食を通した活動でどんなことをされていますか?
林:僕は前職で海外20カ国ぐらい行かせてもらっていたんですけど、食って言葉を超えた共通言語じゃないですか。その土地の環境があって食べものがあるっていうのは何よりも説得力があるから、どこへ行ってもその力は大きいなと感じていました。そのなかで僕の父の生まれ育った島、香川県丸亀市の手島っていうところなんですけど、一つの島だけで盛り上がるのって難しい。だから瀬戸内全体で盛り上げていくことが重要だと思ってます。そこで牽引していくのは間違いなく直島と豊島なんですよね。
堂上:地域の文化を後世に残すために何かをやろうとするとき、人を巻き込んだりプランを立てたりするなかで、お二人だったらどんなふうに何からやりますか?
山本:僕らの場合は、祭りだけを盛り上げたいわけじゃなくて、祭りを軸に地域の新しい活性化のモデルをつくっていきたいと思っているんです。だから地域にどれだけ入っていってその想いを汲み取って動けるかが重要だと思うんです。祭りでいうと、地域の人は当然ボランティアでやっていて、僕らはビジネスとしてやっている。となると捉え方や関わり方が全然違うわけですよね。まず、お金ではない。地域を変えたいと思う人たちと熱量のバランスが大切ですよね。
堂上:なるほど。あらためて問いを立てると、誰が幸せになるためにやっているのか、ということになりますよね。食に関してはどんなことがあるでしょうか?
林:祭りもそうだと思うんですけど、やっぱり地域の人たちのためですよね。まずは住んでいる人が誇りを持てるようになることじゃないですかね。ここはこんなにおいしいものがあって、こんなに良いところなんだっていうものが出てこない限り、いくらPRしても中身が何にもないわけじゃないですか。だからやっぱり主役は住んでいる人たちですよね。
堂上:それはそのとおりですね。まずは自分たちが住む地域の魅力を発見するところから。それが集まることで力になっていくと。短い時間でしたがお話できてよかったです。ありがとうございました。
山本陽平さん
株式会社オマツリジャパン 共同代表
全国各地の祭りサポート専門の会社を共同創業。祭りの抱える課題をビジネスで解決するサービスで、年間100件以上の祭りをサポートしている。趣味は祭り巡りや登山、ダイビング。
林亮平さん
「てのしま」店主
1976年香川県丸亀市生まれ、岡山県玉野市育ち。立命館大学卒業後、2001年株式会社菊の井に入社し、老舗料亭「菊乃井」の主人・村田吉弘氏に師事。20以上の国や地域で和食を普及するためのイベントに携わった。2018年「てのしま」開業。京都で習得した日本料理の技法、海外で磨いた知見と感性をもって郷土“せとうち”と向き合い、自らのルーツ:香川県“手島(てしま)”を目指している。
モデル/女優・野崎萌香×宮田教授×堂上研:“より良く生きる”ということを考える
宮田:野崎さんは、これまで直島には何度か来られていたりするんですか?
野崎:実は今回が初めてなんです。ただ、ずっと来たいとは思っていました。なのでこのタイミングで来られて良かったです。
宮田:そうなのですね。現在はどのような仕事をされていらっしゃいますか。
野崎:私は18歳からモデルの仕事をしているんですけど、コロナが流行したときに、自分が動かないと仕事ができないっていうのはすごく怖いと思いました。それからこういう思いもよらない出来事が起こったときに、自分は何もできないんだなっていうことにも気付かされて。そのときに、地球や人のためになることって何だろう? とか、自分自身と向き合いながら「より良く生きる」っていうことをどうやって提案していけるかな? と考えるようになりました。
宮田:ファッション業界って、この数年で激変しましたよね。これまでは効率良くビジネスや経済を回して、瞬間的な欲望をいかに追求するかという部分が重視されていたと思うんです。それがデジタルの発達によって前後が可視化されるようになり、そのものが誰を幸せにするのか? というのが明確でなければいけなくなっているというか。
野崎:それはあるかもしれないですね。コロナの期間中に、「パンセ(pensées)」という名前の飼っていた猫が亡くなってしまったんです。私はずっとジュエリーが好きだったんですけど、ヨーロッパの方ではペットの遺骨をダイヤモンドにできるっていうのがあって、これを日本でできたら良いなと思ったことがありました。
宮田:そういったものがあるんですか。ジュエリーであればいつも一緒に寄り添っていられるというか、常に身に付けられるっていうことですよね。
野崎:そうなんです。ダイヤモンドってこの世で一番硬い鉱物だから、割れたりすることもないので。物質としても絆が結ばれるっていうことは、誰にとっても唯一無二のものになるんじゃないかと思って、私もそういうものを作りたいなと思ったんです。ただ、その事業を日本で私がやるには難しい部分があって、「パンセ(pensées)」という名前のサステナブルなダイヤモンドブランドを立ち上げることにしました。
宮田:飼われていた猫の名前を付けられたのですね。
野崎:はい。「パンセ(pensée)」には、「心」とか「考えること」っていう意味があるんです。自分がより良く生きるということについて、ちゃんと考えていきたいと思ったときに、自然環境や人権侵害をして採掘されたダイヤで良いのか、環境や人にもちゃんと配慮したダイヤが良いのかっていうことを考えることが重要だと思いました。今まで見て見ぬふりをしていたものに対して向き合う機会を与えてもらったんです。
宮田:今のお話は、直島にこういったアートが根付いていった背景と、ファッションが新しいフェーズに向かおうとしているところと繋がる部分がある気がします。貴重なお話をありがとうございました。
堂上:ペットも家族の一員で、その想いを大切に「よく考える」ということ、そして「より良く生きる」ことを考えるということにすごく共感します。ウェルビーイングな生活は、自分と向き合うことと合わせて、家族やコミュニティと向き合うことからはじまると言われています。野崎さんのお話を通して、家族、アート、ファッション、すべてが繋がっているように感じました。どうもありがとうございました。
野崎萌香さん
モデル・女優
モデル・女優を経て、SDGs ・動物愛護・女性のこれからの生き方などに関心を持ち、社会を変えるはじめの一歩として、サステナブルなダイヤモンド“ラボグロウンダイヤモンド”のブランドPenséesを設立。国際芸術祭 あいち2022 アンバサダー。
宮田裕章さん
慶應義塾大学医学部教授
2003年東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。同分野保健学博士
2025年日本国際博覧会テーマ事業プロデューサー
Co-Innovation University 学長候補
専門はデータサイエンス、科学方法論、Value Co-Creation
データサイエンスなどの科学を駆使して社会変革に挑戦し、現実をより良くするための貢献を軸に研究活動を行う。
医学領域以外も含む様々な実践に取り組むと同時に、世界経済フォーラムなどの様々なステークホルダーと連携して、新しい社会ビジョンを描く。宮田が共創する社会ビジョンの1つは、いのちを響き合わせて多様な社会を創り、その世界を共に体験する中で一人ひとりが輝くという“共鳴する社会”である。
世界三大オークションの日本代表。趣味も仕事もアートが中心。同時代を生きられるコンテンポラリーアートにフォーカス。