Wellulu-Talk

公開日:  / 最終更新日:

テクノロジーで人間力を取り戻す。ウェルビーイング・テック産業の可能性

奥本直子

人間がより良く生きるための手段として、テクノロジーとの共存がますます求められる時代になりつつある。ウェルビーイング・テックとは、私たちにとっての幸せと次世代テクノロジーを掛け合わせることで、日常生活の中でポジティブな行動変容を促すというもの。

今回の「Wellulu-Talk」では、進化するテック事情の現在地を知るとともに、ウェルビーイングな世界の共創を実現するための産業について考えるべく、アメリカを拠点に幅広く投資活動を行い、ウェルビーイング・テック業界に精通する奥本直子さんとWellulu編集部プロデューサー・堂上研による対談をお届けする。

二人の女性の出会いから生まれた「ウェルビーイング特化型ファンド」

ウェルビーイング・テック業界に精通する奥本直子さんとWellulu編集長・堂上研

堂上:はじめに奥本さんのご経歴とご活動について教えてください。いつからアメリカに?

奥本:大学院からです。修了後はシリコンバレーに拠点を移し、17年ほどIT企業に勤務していました。最後の11年はYahoo!本社でジョイントベンチャーのバイスプレジデントを務めていて、その後投資の世界へと進み、自社の「Amber Bridge Partners」を設立するのですが、「Mistletoe(ミスルトゥ)」の孫泰蔵さんからお声がけいただき、マネージングディレクターとして投資を行っていました。

また、同じ時期にYahoo!JAPANの元CEOであり、東京都副知事の宮坂学さんから「未来のテクノロジーを可視化したようなファンドを一緒に作りたい」とお誘いを受けて、エグゼクティブアドバイザーもしていました。ブロックチェーンの分野にも興味があったので、「CoinDesk Japan」を立ち上げて、現在は社外取締役も務めています。

堂上:その後、ウェルビーイングの世界に飛び込むわけですね。共同でファンドを立ち上げられていますが、どのような経緯があったのでしょうか。

奥本:2018年に、ウェルビーイング・テクノロジー(以下、ウェルビーイング・テック)の世界最大のエコシステムといわれる「トランスフォーマティブ・テック」という非営利団体が主催するカンファレンスがあり、そこで主催者のニコル・ブラッドフォードと出会いました。のちに彼女は、私たちのファンドである「NIREMIA Collective(ニレミア・コレクティブ)」の共同創業者になるわけなんですけれども。

なぜカンファレンスに参加したかというと、身近な人がうつ病になっていたこともあり、ソリューション的に、どうすればそういった病を抱える人たちが幸せでいられるんだろう?というのが知りたかったんです。そこでニコルと会って、話をしたら意気投合したんですよね。かれこれ5年近く一緒に仕事をしているんですけど、パーソナルな話もできる間柄なんです。彼女と仕事をするなかで、私自身もウェルビーイング・テックの知識を身に付けていったのですが、まだまだ分野として確立されていない現状があることも感じていました。だからこそ成長過程にあるスタートアップのサポートをすることで、ウェルビーイングというインダストリーを作っていきたいと思ったんです。

なぜ今、ウェルビーイングなのか。急成長中のウェルビーイング・テック市場

奥本直子

堂上:数年前までは、ヘルステック、メディカルテック、デジタルヘルスといった言葉のほうが一般的に使われていて、ウェルビーイング・テックという言葉自体がそこまで認知されていなかった印象があります。そもそもなぜ、ウェルビーイングへの関心や理解を深めようと思ったのでしょう。

奥本:やはり、人として生まれてきたからには “live better”、より良く生きたいっていう思いがあるんですよね。人間の幸せというものを軸に考えたときに、それぞれが幸せになるためにどうありたいのか。それを体現する言葉ってなんだろう?と思って考えていたら、“well-being(ウェルビーイング)”という言葉に辿り着いたんです。国連憲章を調べると、ウェルビーイングとは、肉体的・精神的・社会的に満たされた状態とあって、ここでの「満たされた状態」というのがとても大事なことだと思ったんです。私は二人の息子の母親でもあるので、彼ら自身はもちろん、彼らが生きていく世界自体がそうであってほしいと願っています。

堂上:なるほど。ちなみにアメリカではどういったときに“well-being”が使われるんでしょう。言葉の認知と広がり方も気になります。

奥本:親しい人を気遣うときに、“I care about your well-being”のような感じで使われることはあります。ウェルビーイングという言葉が市民権を得たのは、アメリカにおいてもやはり、コロナ禍の影響がすごく大きいと思います。日常のなかでの人とのかかわり方、あるいは生き方。それまで当たり前だったことがそうではなくなり、あらゆる場面でウェルビーイングというものが認知されていった感覚がありました。

もうひとつは、2021年の世界経済フォーラム(ダボス会議)で、ウェルビーイングというタイトルの付いたセッションがあったんです。そこで話題になったのが、ある企業が若い世代の傾向を知るために実施した「仕事をするうえで何を大事にしているか?」という問いに対する結果。Z世代やミレニアル世代の多くは、昇格や報酬ではなく「ウェルビーイング」と回答していました。こうした次世代の価値観の変容や、社会全体のESGの波とも相まって、多くの企業が社員にウェルビーイングを提供しようという動きが高まっていることから、言葉自体も一般化されつつあるのだろうと思います。

堂上:よくわかります。僕の中で、ウェルビーイングの世界には大きな3つの流れがあると思っていて、そのうちのひとつが、今のお話にあったようなウェルビーイング経営。次に、ウェルビーイングに貢献できるようなサービスや事業をどのように展開するのか?どういった産業を生んでいくのか?っていうこと。そして3つ目が、今後もっとも注目されていくであろうウェルビーイング・テックという市場。このあたりの傾向について、ぜひお聞きしたいです。

奥本:ウェルビーイング・テックにかんしては、現在750兆円の市場規模があるのですが、2024年には880兆円にまで成長するといわれています。さらにこの市場を分類すると、①メンタル&エモーショナルウェルビーイング(癒やし)②社会生活をより良く営むための人間力の強化(成長)③自己実現とパフォーマンスの向上(繁栄)のようになります。

奥本直子

奥本:たとえばですが、今ここにいる私たちは、普通に社会生活を送れていますよね。では、ここにペンがありますが、この状態をグラウンドゼロだとします。社会生活を営むことが難しい人、具体的には朝起きられない人や夜眠れない人、精神疾患や依存症があってお薬を飲まなければいけないといった人たちは、グラウンドゼロから下のライン、“Below The Line”にあたります。そういった人々をサポートするような市場がいわゆる①。健康管理や運動、メディテーションなども含まれています。

次に②ですが、ChatGPTをはじめとしたAI進化の波が到来していて、人間の仕事がいよいよ奪われるんじゃないかという危機感が増していますが、AIにはない人間独自が持っているものを、私は10個のCで表しています。今後はこういった人間力の強化、つまり“DEEP HUMAN”といわれるようなテクノロジーのスタックが求められるようになるはずです。

DEEP HUMAN
提供:NIREMIA Collective

奥本:社会生活が営めるようになったところで、③の自己実現。ここでは周囲の環境を整えてサポートするテクノロジーということで、個人のバイオデータをもとにパーソナライズ化されたサービスやプロダクトで、人間の行動変容を促しながらパフォーマンスを高めていくというものです。以上がウェルビーイング・テック市場の3つのカテゴリーです。

バイオデータの活用、セラピーとしてのゲーム。ユニークで多様なスタートアップの事例

奥本直子

堂上:ウェルビーイングそのものが、人の生活にかかわるすべてのことだからこそ、そこにまつわる領域を網羅しているウェルビーイング・テックというのは範囲が広いし、可能性があるんですね。

奥本:そうなんです。私が認識しているウェルビーイング・テックというのは、データビジネスなんですね。横軸には「デジタルテクノロジー+科学的に承認された心理的なアプローチ+データ」があって、縦軸で見たときには「それぞれのバーティカルソリューション」人の生活ということで、フードテックやウェルネス、新しい働き方や自己実現、健康寿命の延伸、日本における「Society5.0」のような人間中心のまちづくりや住環境、データに基づくパーソナル化、精神的・社会的なウェルビーイングなどがあります。自分の幸せが軸になっているものと次世代テクノロジーを掛け合わせて人の行動変容を促すことが、ウェルビーイング・テックであるといえます。

堂上:なるほど、よく分かりました。最近のスタートアップの事例では、具体的にどんなものがありますか?

奥本:現在私が投資しているスタートアップが11社あるのですが、とくに注目している分野がゲームです。パンデミック下で物理的に外に出られなくなったことから、人々の社交の場がゲームになり、ゲーム人口が一気に増えたんですよね。それに伴い、ゲームというツールを使ってウェルビーイングを提供するようなサービスもどんどん増えてきています。

まずは「deepwell」。ビデオゲーム開発者向けのゲームプラットフォームであり、自社でもゲームを開発していて、ゲームをすることによって、メンタルヘルスのセラピーができるんじゃないか?という発想から生まれた画期的な仕組みを作っています。このプラットフォームには、孤独感を癒やすためのゲーム、ストレスを解消するためのゲーム、ADHDのメンタルヘルスのゲームといったように、さまざまなゲームが存在するのですが、単なるエンターテインメントとしてのゲームではなく、ヘルスケアへのアクセスを提供するという意味ですごくおもしろいなと思っていて。

「Skillprint」は、21世紀型スキルの育成を支援する会社で、いわゆるスマホ世代のための現代版「ストレングス・ファインダー」。特別なアルゴリズムが組み込まれたモバイルゲームをプレイすることで性格を分析するというもので、その人の本当の得意分野や個性を見出し、より高いパフォーマンスを発揮させるためのソリューションでもあります。今後はリクルーティングですとか、活用の場が増えていくのではないでしょうか。

ほかの分野でいうと「Feno(フェノ)」は、スピーディーかつ衛生的なオーラルケアを行うと同時に、唾液のデータから健康状態を把握できるというものです。マウスピースをはめ込むことで、超音波によって10秒間ですべての歯を同時に磨くことができるほか、唾液に着目することで病気の予防にもつながるという点が、注目したいところ。ある病気を発症するときは決まった成分が増えるとか、唾液の情報から見えてくることもたくさんあるので。

堂上:予防医療につながっていく部分もあると。最初にご紹介いただいたゲームの分野といい、いずれも興味深いです。

奥本:今お話に挙げたのは、先ほど申し上げた「メンタル&ウェルビーイングエモーショナル(癒やし)」の例なのですが、このカテゴリー内にはレイヤーもたくさん存在していて、これからさらに伸びていくといわれています。たとえば予防医学に基づいたヘルス&ウェルネスや、フードテック。腸は「第二の脳」といわれているぐらい精神の健康と密接な関係にあります。医食同源の考え方にもあるように、食べものは心身の健康に相互作用を与えるものなので、ウェルビーイングにおいても今後、重要な役割を果たしていくはずです。

そのほかにも、個人のウェルビーイングのサポートのみならず、人々をサポートするような働く環境やまちづくりといったものもあります。たとえば職場の空間の色を変えたり、音楽を流したりすることで雰囲気が良くなったりするといったような、生理的なプロセスの同期化を通して心身の健康を最適化して、チームのパフォーマンスを伸ばすための研究なども行われています。

ウェルビーイングを考えるうえで重要なのは、一人ひとりが自分自身に興味を持つこと

奥本直子

堂上:いろいろなお話をたっぷりお聞きしましたけど、ウェルビーイング、まだまだ奥が深いなあ。テクノロジーの分野でも、我々の生活にこんなにも密接になってくるなんて。

奥本:一人ひとりに当てはまるものですからね。今はもう完全復活したんですけど、実は私、去年病気に罹り1ヶ月間ぐらいずっと寝たきりだったんです。そこで自分自身もウェルビーイングの大切さをあらためて実感しました。

堂上:そうだったんですか。今はご快復されたとのことで何よりです。ウェルビーイングって、人間が生きていくうえで向き合わざるをえないものですよね。

奥本:ウェルビーイングを考えるうえで、私が一番大事だと思っているのは、自分自身に興味を持つということ。自分の身体が何を欲しているのか、心が何を求めているのか。何をしていると幸せを感じられるのか。それらにちゃんと向き合うこと。とくに日本では今まで、評価されることに重きをおいてきましたよね。これからは一人ひとりが、もっと自分を主語に生きても良いんじゃないかなっていうのが、ウェルビーイングの時代だと思っています。私の場合、この仕事そのものがウェルビーイングにつながっているので、当然ながら自分にとってはすごく大事なことなんです。

堂上:すばらしい。まさにWelluluの編集方針にも「自分を好きになること」っていうのがあるんですけど、なかなかそれができない人も多い気がします。好きなことや熱中できることを見つけられた人たちって、僕は「ウェルビーイングな人たち」だと思うんです。そういった意味では子どもたちから学ぶことも多いです。

奥本:子どもたちの自分軸の大切さには、本当に学ぶべきものがありますよね。最近よく、ウェルビーイング企業に変換するためにはどうしたら良いか?という相談をいただくんです。ひとついえるとしたら、マネジメントチームだけで考えるのではなく、若い世代の人たちの中にも興味がある人がいたらどんどん巻き込んで、一緒に考えていけば良いということです。みんなが生き生きとしながら共創していくことそのものが、ウェルビーイングであるともいえますよね。そうすることで少しずつ、周囲にもポジティブな変化が生まれていくのではないでしょうか。

本記事のリリース情報

・テクノロジーで人間力を取り戻す。ウェルビーイング・テック産業の可能性

奥本直子さん

NIREMIA Collective マネージングパートナー兼創業者。Amber Bridge Partners CEO兼創業者。

ボストン⼤学⼤学院修⼠課程修了後、シリコンバレーに拠点を移し、米国Yahoo!本社にてジョイント・ベンチャー担当バイスプレジデントを務める。その後、2017年に独立し「Amber Bridge Partners」を創業。2021年にはウェルビーイング・テクノロジーに特化したVCファンド「NIREMIA Collective」を共同創業。ウェルビーイング推進のために幅広く活動している。https://niremia.vc/jpn/

堂上 研さん

Wellulu 編集部プロデューサー

1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。

RECOMMEND

←
←

Wellulu-Talk

【立石郁雄氏×桑原智隆氏×堂上研:後編】“多様性・共働性・主体性”を持ったウェルビーイングな社会をつくるために

Wellulu-Talk

【がくちょ氏×堂上研】組織運営に必要なのは“サッカーOS”? 楽天大学学長が語るウェルビーイングな働き方

Wellulu-Talk

【原菜乃華氏】俳優の仕事が日常のウェルビーイング

Wellulu-Talk

エイジフリーのウェルビーイングには、何が必要?

Wellulu-Talk

50歳で精神的な死と再生を経験。『神楽坂 石かわ』店主の石川氏が語る自己受容と他者貢献の大切さ

WEEKLY RANKING

←
←

Biz4-Well-Being

理念共感で就職先を選ぶ社長就活とは? 『誰と働くか』を追求した先にあるもの

Wellulu-Talk

【船橋俊一氏×宮田裕章教授×堂上研】豊かなまちづくりに欠かせないエリアの個性とコミュニティの自発性

Wellulu-Talk

【加藤寛之氏】まちで暮らす人々が「今、いい感じ」と思える場所をつくる都市計画とは

Others

ダイエット中でもOKの太りにくいお酒6選!飲み方のコツや太りやすいお酒も紹介

Wellulu Academy

抹茶でうつ症状が改善?抹茶に含まれる成分の相互作用とその効果【熊本大学・倉内准教授】