
さまざまなメディアで「マインドフルネス」という単語を見聞きする機会は、年々増えているように感じる。マインドフルネス=「今、ここにいる自分へと意識を向ける」ことが、心身の健康と密接に関係していることは想像に難くないだろう。
実際に内科疾患の治療にマインドフルネスを活用する動きは世界的に広まっており、今回のWellulu Talkに登場する脳神経内科医の山下あきこ氏もその一人だ。日々の診療にマインドフルネスを取り入れる傍ら、株式会社マインドフルヘルスの代表としてマインドフルネスやウェルビーイングなどの要素を軸とした健康法を提唱している。
医学的見地からみたマインドフルネスや、暮らしの中での手軽なマインドフルネス実践方法などについてフリーライターの近藤耕平が話を伺い、Wellulu編集部の堂上研もリモートで参加した。

山下 あきこさん
内科医/脳神経内科医/医学博士/医療法人社団如水会今村病院副理事長/株式会社マインドフルヘルス代表

近藤 耕平
フリーライター
1979年福岡県北九州市生まれ。東京のスポーツ新聞社勤務を経て福岡へUターン。エリア情報誌の編集者、コピーライターとして活動後に独立し、年間100名以上のインタビュー取材を行っている。

堂上 研
Wellulu編集部プロデューサー
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。
「幸せに生きるお年寄りを増やしたい」と考え医師の道へ
近藤:山下先生は医師として診療を行いながら、健康に関するセミナーやイベントを企画したり、本を執筆したり、YouTubeを配信したりと、活動内容が多彩すぎます(笑)。そのエネルギーはどこから湧いてくるんですか?
山下:私が一番幸せを感じるのは、目の前の患者さん、特に高齢の方の話を聞きながら治療している時なんですよね。幸せに生きるお年寄りを増やしたいという思いがベースにあって、いろんな活動に派生しているのだと思います。
近藤:なるほど、お年寄りへの思いが根本にあるわけですね。その思いの源泉を遡ると、どこにたどり着くのでしょうか?
山下:幼少期です。私が生まれた年に父が病院を開業したのですが、病院の上の階に住んでいたので、幼い私にとっては病院が家であり、遊び場でもありました。診療に来たおじいちゃん、おばあちゃんにはとてもかわいがってもらっていましたね。それに加えて、母は高齢者施設で働いていたので、その職場にもよく行っていました。お年寄りと一緒にいるのが心地よくて、むしろ子ども同士で遊ぶのは苦手でした。
近藤:「幸せに生きるお年寄りを増やしたい」という思いが、そんな環境の中で芽生えたわけですね。
山下:いろんな高齢者の姿を見るうちに、寝たきりで最期を迎えるのではなく、最後まで元気に食べたり、歩いたり、好きなことをしながら幸せに過ごしてほしい、そのために役立つ仕事って何だろうと考えるようになって医師を志しました。神経内科を選んだのも、脳梗塞や認知症など高齢者に関わる疾患を多く見られるからです。
近藤:当時からマインドフルネスを治療に取り入れていたのですか?
山下:全然そんなことはなくて、マインドフルネスに出合ったのは医師になって15年くらい経ってからのことです。2014年か2015年だったと思います。
近藤:そうなんですか!? プロフィールを拝見すると、株式会社マインドフルヘルスを立ち上げて精力的に活動を始めたのが2016年のことですよね? ということは、マインドフルネスと出合って1、2年で啓蒙活動にまで取り組むようになった……急展開ですね!
山下:「ちょっと前までマインドフルネスを学ぶ講座を聞きにきていた人が、もう講演する側になっている」って、当時も驚かれました(笑)。昔から興味をもったらすぐに飛びついてのめり込んでいくタイプなんです。子どもの頃は、飛びついてはすぐに飽きる……の繰り返しでしたけどね。
近藤:子どもの頃は何に熱中していたのですか?
山下:幼い頃は絵を描くのが好きでした。紙では満足できなくなったのか、病院のドアにじゃがいもみたいな人の顔を描いたこともあります。
近藤:やっちゃいましたね~(笑)。お父様からは叱られませんでしたか?
山下:さすがに怒られたとは思いますが覚えていなくて。この時に限らず、子どもの頃を振り返って親から怒られた記憶がないんですよね。
堂上:横からすみません、Wellulu編集部の堂上です。今の話はすごく興味深いですね! 僕はこれまでウェルビーイングな人に100人以上話を聞いてきましたが、子どもの頃に親からあまり怒られずに自由にやらせてもらえたというのは、多くの人に共通しているポイントです。
山下:そうなんですね。末っ子だったというのもあって相当甘やかされていたと思います。
医師として行き詰まっていた時に「マインドフルネス」と出合う
近藤:マインドフルネスという存在を知って、すぐにのめり込むほどの魅力は、どんなところにあったのでしょうか?
山下:当時は医師の仕事にやりがいを見失っていた時期でした。症状が治まらなければ、患者さんはもっと強い薬を欲しがります。治療と言いつつ、やっていることは薬のやりとりだけ。高齢者を幸せにしたいと思って医師になったはずなのに、これが私のやりたかったことなのかなという疑念が年々大きくなっていきました。そんな時、ある抗加齢医学会で診療にマインドフルネスを取り入れているという先生の話を聞いたんです。
近藤:それまではマインドフルネスをご存じなかった?
山下:正直な話、よく知りませんでした。でも妙に気になって本を読んでみたら「これだ!」って衝撃を受けて、目の前の霧が晴れていくような気持ちでした。体と心の状態はつながっており、内科疾患の治療や予防にマインドフルネスが有効であるという考えに共感する部分が多く、もっと勉強して患者さんに還元したいと思うようになりました。
近藤:先生の近著『マインドフルネスこそ最強のクスリ』(スール/2024年)を読んで、マインドフルネスを誤解していたところがあったなと気づかされました。本を読むまで「マインドフルネス=瞑想」のイメージが強かったのですが、瞑想だけではないんですね。
山下:マインドフルネスは「今、ここにある自分に意識を向けている」状態のことであり、そうなるための技術のことでもあります。瞑想もマインドフルネスになるための技術のひとつですが、ほかにもいろいろなトレーニング方法がありますよ。
マインドフルネスによって“落とし穴”に気付けるようになる
近藤:本のタイトルにもなっている「マインドフルネスが最強の薬である」ということは、感覚としてなんとなく共感できるのですが、医学的にはどのような関連性があるのでしょうか?
山下:体や心が発するSOSに気づかないまま暴走を続ければ、やがて病気として症状が顕在化してしまいます。でも、自分の状態に意識を向ける習慣があれば、無理をする前にストップをかけられますよね。たとえば高血圧の人がマインドフルネスを実践すれば、呼吸や心拍が速くなっていることに自分で気づいて、血圧が上がり切る前に対処できるようになります。分かりやすくいえば、マインドフルネスによって、人生の先にある病気という落とし穴に気づきやすくなるということです。
近藤:確かに落とし穴に気づけば、落ちないように対処できますね。それから、本に書かれてあった脳とマインドフルネスとの関係性も興味深かったです。
山下:マインドフルネスを継続することでストレスを軽減する脳ホルモンの「オキシトシン」が増えたり、呼吸を意識することで自律神経を調整する脳ホルモン「セロトニン」の分泌を促したりといった研究結果が発表されており、マインドフルネスが脳に作用することが分かっています。
近藤:医師としての行き詰まりを感じていた時にマインドフルネスと出合って、その後の診療にはどんな変化があったのでしょうか?
山下:私が聞きたいことを患者さんに質問するのではなくて、患者さんに自分の症状を自分の言葉で話してもらうことに時間を割くようになりました。頭痛で悩んでいるのであれば、どんな時に、どれくらい痛くなるのか、痛くなるタイミングに共通するポイントはあるかなど、患者さんの話を聞く時間が前よりもかなり長くなりましたね。
近藤:患者さん自身に、自分の内面に意識を向けてもらうようにしたわけですね。その効果が気になります。
山下:徐々にではありますが、お薬が減っていき、症状が治まって病院を卒業される患者さんが確実に増えていきました。「もう先生のところに行かなくても大丈夫」と患者さんに言ってもらえることがすごく幸せで、今になって医師としてのやりがいを再認識しています。
幸せな人生に欠かせないマインドフルネスとウェルビーイング
近藤:マインドフルネスを生活に取り入れるにあたって、手軽に試せる方法をひとつご紹介いただけますか?
山下:食事の初めの一口を、目を閉じてじっくり味わってみるのがおすすめです。おやつのチョコレートでも、リラックスタイムのコーヒーでも何でもいいので、スマホやテレビを見ながらではなく、「食べる」という行為だけに意識を集中させてみてください。いつもと同じものを食べているはずなのに、「こんなに味わいが深かったのか」とか、何らかの気づきが得られるはずです。
近藤:ちょうど取材前の食事で僕も実践したところでした。今日のランチはカツ丼だったんですけど、主役のトンカツだけじゃなくて、玉子の舌触りとか、ご飯の炊き加減とか、いろんな食材を感じながら食べることができて、「味って複雑なんだな」って新鮮な驚きでした。それから、丼の柄とか食器にも意識が向くようになって、今までにない気づきがたくさんありましたね。
山下:食事は毎日必ずとるものなので、手軽に実践するのにおすすめです。簡単にできることから毎日続けて習慣になれば、今の自分に意識を向けて、心や体が発する声に耳を傾けることが自然とできるようになってくると思いますよ。
近藤:実は先日、偶然にもマインドフルネスの大切さに気づかされたことがあったんです。僕は先のスケジュールまで意識して計画的に動くのが得意なタイプで、それが自分の長所とも思っていました。でも、家族で遊びに行く計画を立てて、いざ当日になると、もう次の予定を考えている自分に気づいたんです。振り返ってみると、その時だけじゃなくて大体いつもそうでした……。
山下:それは、マインドフルネスとは対極にある「マインドワンダリング」の状態ですね。そうなると、考え事に気を取られて目の前の世界を楽しむことができなくなってしまいます。
近藤:おっしゃるとおりで、その日を全力で楽しむために綿密に計画したはずなのに、一体何をやっているんだろうって反省しました。そんなタイミングで山下先生のインタビューのお話をいただいて、なんだかご縁を感じました。「今、ここにある自分に意識を向ける」ということは、ウェルビーイングにもつながっていると思います。
山下:人が健康で幸せな状態でいるために私は「セブンアプローチ」という健康法を提唱していて、7つの要素の中には栄養や運動、睡眠と並んでマインドフルネス、ウェルビーイングも含まれています。近藤さんが体感されたように、マインドフルネスを意識すればウェルビーイングにもつながるのでカテゴライズが難しいところですが、仮にウェルビーイングを心の健康と定義するなら、健康で幸せな人生を送るためには、マインドフルネスもウェルビーイングも欠かすことのできない要素だと思います。
介護する側、される側が共に幸せな関係であるために
近藤:山下先生が個人的にウェルビーイングを感じる時間って、どんな時なんですか?
山下:家族で食卓を囲んでいる時ですね。子ども2人が中学生になって、成長するにしたがって親子の会話って減っていきますよね。でも、食卓ではその日学校であったことをしゃべってくれたり、一緒に味わいながら食事をとったりできています。そんな時間がとても貴重で、私にとっては一番のウェルビーイングですね。
堂上:今日は素敵な話をたくさんありがとうございます! 共感することばかりで、途中で感想を伝えたくなるのを必死でこらえていました(笑)。食事以外にも山下先生が意識しているウェルビーイングな習慣ってあるんですか?
山下:毎朝の散歩ですね。匂い、音、体の感覚、目に映る色や物を頭の中で文章にしながら歩くようにしています。散歩コースを決めておくことで、ルートを考えることに意識を向けずに足の運びだけに集中できています。
堂上:五感を使って歩く、素晴らしい習慣ですね! 僕も真似してみます。
近藤:最後に山下先生のこれからの夢を聞かせてください。
山下:医師を志した原点である「幸せな高齢者を増やしたい」という思いはずっと変わりません。マインドフルネスを診療に取り入れることで一定の手応えは感じていますが、認知症の高齢者の場合、マインドフルネスを実践してもらうのは難しい面もあるのが事実です。そこで、高齢者をケアする人へのマインドフルネスに取り組んでいこうと企画しているところです。
近藤:ケアする側のマインドフルネス! それは新しい視点ですね。
山下:介護を担う若い人たちが介護を負担と感じるのではなく幸せに働けるようになれば、ケアされる側の高齢者も幸せになって、お互いがいい関係でいられますよね。そうなるためにマインドフルネスを活用できるのではないかと考えていて、ケアマネージャーさん向けのマインドフルネス研修などを行っています。
近藤:僕たちの年代からマインドフルネスを意識することで、その時々の自分の状態に気付きながら年齢を重ね、高齢者になった時に健康で幸せな暮らしができるという効果もありますよね。その観点からも、山下先生が企業などでマインドフルネスのセミナーに取り組まれていることはとても意味があると思います。
山下:ありがとうございます。医師になって25年が経ちますが、医師としてのキャリアとマインドフルネスを学んできた経験が、ようやく融合してきた手応えを感じていて、これからのことを考えるとワクワクしています。
佐賀県鳥栖市生まれ。1999年に川崎医科大学を卒業し、同大学の総合診療部での研修を経て、福岡大学病院の脳神経内科に入局。米国フロリダのメイヨークリニックにて先端脳研究に携わり、パーキンソン病の研究で「MDS Young Scientist Award」(国際運動障害学会の優秀若手研究者向け賞)を受賞。日本に戻り一般の臨床内科医として活動したのち、健康を自分で作る社会を目指して株式会社マインドフルヘルスを設立。マインドフルネスを取り入れた健康セミナーやビジネスセミナーを行いつつ、診療、産業医活動、YouTube配信、執筆など多方面で活動している。
■著書
『やせる呼吸』(二見書房)
『こうすれば、夜中に目覚めずぐっすり眠れる』(共栄書房)
『死ぬまで若々しく元気に生きるための賢い食べ方』(あさ出版)
『悪習慣の罠』(扶桑社新書)
『「やめられない」を「やめる」本』(小学館)
『マインドフルネスこそ最強のクスリ』(スール)
など多数。