「誰かに褒められるとやる気が湧いてくる」、このように他者から褒められることでモチベーションが上がった経験のあるヒトは多いだろう。では、「褒める」行為をロボットが実施したとき、ヒトはどう感じ、どのような行動をとるのだろうか。
2023年3月、ロボットがヒトのおこなうタスクを評価し、「ヒトを褒める場合」「中立的な意見を述べる場合」「煽る場合」の3条件で、ヒトのパフォーマンスの変化にもたらす影響の検証がおこなわれ、ロボットによる「褒め」が人間のパフォーマンス向上に影響をもたらすことが判明した。
そこで今回の共同研究に取り組んだ、同志社大学文化情報学部の飯尾准教授と株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)の塩見室長に、研究の詳細や、ロボットと人間の未来について話を伺った。
飯尾 尊優さん
同志社大学文化情報学部 准教授
塩見 昌裕さん
株式会社 国際電気通信基礎技術研究所 室長
2007年大阪大学大学院工学研究科知能・機能創成工学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)研究員を経て、2019年よりATRインタラクション科学研究所・エージェントインタラクションデザイン研究室の室長として、コミュニケーションロボットの研究に従事。 ソーシャルロボット、集団とロボットの相互作用、ソーシャルタッチに興味を持つ。
ロボットの「褒め」による、ヒトのパフォーマンスへの影響
── まず、今回の研究の概要について教えてください。
塩見室長:これまでの研究で、「ヒトはヒトから褒められることで学習効率や作業効率が上がる」ということが証明されてきました。今回、私たちの研究では「褒めるヒト」をロボットに置き換え、ロボットから褒められたヒトはどのように振る舞うのか、作業効率は向上するのかについて調査しました。
結果、ヒトはロボットからでも褒められることで「作業効率が向上する」こと、そしてそれだけでなく「ロボットから褒められたヒトは、第三者の他人のことを褒めやすくなる」ということが判明しました。「褒め」によるポジティブな行動の連鎖が認められました。
── ヒトの「褒め」が他者によい影響を与えることはイメージできますが、ロボットでも似たような効果があるとは驚きです!実験内容を詳しくお聞かせください。
飯尾准教授:今回の研究では、2段階の実験をおこないました。1つ目はロボットによる「褒め」と「煽り」がヒトの作業効率にどのような影響をもたらすかを調べた実験、二つ目はロボットに「褒められたヒト」と「煽られたヒト」は、他者に対してどのようにふるまうのかを調べた実験です。
──では、1つ目の実験内容と結果からお伺いできますか?
塩見室長:1つ目の実験では、被験者にタスクを課して、①ロボットに褒められた場合、②中立な立場で時間経過などの事実を伝えられた場合、③煽られた場合の3つの条件で、タスクの実行回数がどう変化するのかを比較しました。
タスクは、PCマウスを動かしてドラッグ&クリックするといったシンプルな内容ですが、意図的にマウスの反応を鈍くし、煩わしさを感じる仕組みにしています。時間が経つと集中力が切れそうなタスクを被験者に課し、継続してどれだけの回数を実施できたかを検証しました。
塩見室長:上記のグラフは、①褒められた場合、②中立の立場で経過報告をされた場合、③煽られた場合ごとに、被験者のタスク実行回数を前半・後半に分けて示したものです。
この実験の結果から、「褒められる」ことと「煽られる」ことによって、一時的にパフォーマンスが向上することがわかりました。
またこの実験では、回数データを取得すると同時に、被験者がタスク実行中にどのような心理的状況であったかについても調査しました。すると多くの被験者は、「褒められると不安は減り、煽られると不安を大きく感じるようになる」ということも判明しました。
── 褒められることでタスク実施回数が増えたのですね。一方で、被験者の不安を大きくする「煽り」行為も効果があることに驚きました。
飯尾准教授:たしかに、今回の短期的な実験では「褒め」と同時に、「煽り」による作業効率向上の効果も認められました。まだ長期的な実験は行っていないため、確定事項として申し上げることはできませんが、「煽り」による効果は一時的なものだと推測しています。
塩見室長:ポジティブな気持ちになったり前向きになったりと、モチベーションを高めるためには「褒める」ことのほうが重要だと考えています。一時的な視点で見ると「煽り」の行為は、焦りからくる「やらなければ」「急がなければ」という感情を生み、タスクスピードを向上させることができますが、長期的に見るとモチベーションの低下につながるでしょう。たとえば毎日、何か行動をするたびにロボットから煽られる環境で、モチベーションを維持できるヒトはほとんどいないのではないでしょうか。
── 継続的にロボットが「煽った」場合、関係が悪化してしまい、結果的にモチベーションが減退する可能性もあるということですね。
塩見室長:信頼関係がある程度築かれていれば、多少の「煽り」も許容できるかもしれません。しかし、その信頼関係をうまく見極めることは難しいと思います。また、「煽る」行為にはネガティブな副次効果が考えられます。
飯尾准教授:人間同士でも、他者が不穏な行動をとると、その場全体の雰囲気が悪くなり、パフォーマンスが下がることはありますよね。職場で誰かが怒られてるのを見てると、自分も怒られている気分になったという経験をお持ちの方もいるかと思います。
ロボットが「褒め」の伝播を生む
── では、2つ目の実験内容と結果についても教えてください。
塩見室長:2つ目の実験では、ロボットから「①褒める」、「②中立」、「③煽られる」振る舞いを受けたそれぞれの被験者が、今度は他者に対してどのように振る舞うかについて調査しました。
飯尾准教授:上記が結果のグラフです。ロボットから褒められたヒトは、第三者の他人に対して平均8~9回の褒める言動を取り、煽る回数も「②中立の振る舞いを受けたヒト」「③煽られたヒト」よりも低いことがわかります。
この2つの実験を通じて、ロボットの「褒め」「煽り」の行為が、ヒトの作業効率だけでなく、他者への振る舞い方にも影響を与えることが判明しました。ロボットに褒められたヒトは、他人に対しても褒める傾向が高まり、煽られたヒトは褒められたヒトよりも他者を煽りやすくなるのです。
人間ができない「隙間」を埋める。理想はヒトとロボットの共生社会
──今回、ロボットによる「褒め」の効果を研究しようと思われた経緯を教えてください。
塩見室長:これから先の未来、ロボットやAIがさらに賢くなり、教育・医療・介護・商業などさまざまな分野で活用されることが予測されます。AIの発展はすさまじく、たったこの半年で信じられないほどの飛躍を遂げました。
ロボットやAIの振る舞いが、人間の生活や行動にどのように寄与できるかについて、より深く知りたいと思い、研究をスタートしました。
飯尾准教授:以前実施した研究で、ロボットによる「褒め」の行為は、人間に影響を与えられるということまでは判明していましたが、褒められたヒトがそのあと他人に対してもポジティブな行為をするのかについては研究されていませんでした。
今回の実験を通して、「ロボットからでも褒められたヒトは、他者を褒める傾向にある」ということがわかり、ロボットの存在が人間の生活の向上にも寄与できると期待を感じました。
── ロボットが単純作業を効率化するうえで役に立つことは想像できていましたが、心理的な面でも素敵な社会をつくるきっかけになるのですね!新しい発見でとても勉強になります。
塩見室長:「ロボットがヒトの仕事を奪う」「AIがヒトを支配してしまう」など、ロボットやAIに対してマイナスイメージを持たれている方は少なくないかと思います。
しかし、私たちが目指したい理想の社会は、「人間ができないことをロボットがサポートする」「ロボットが人間の隙間を生める」社会です。
飯尾准教授:たとえば「褒める」行為をあげてみましょう。ヒトはヒトから褒められるとモチベーションが上がります。しかし、継続的に何度も「褒め続ける」のは、時間的にも心理的にも「褒める」側に負担がかかってしまう。一方ロボットは、よい意味で機械的に継続して褒めることができます。オフィスで仕事をしていて、毎日誰かに褒めてもらえる機会はそう多くありませんよね。ロボットであれば、いつでも褒めることができるんです。
家庭内で子どもが「褒めてほしい」「見てほしい」と思っていても、毎日忙しいお母さんは何度も子どもを褒めることができません。そんなときにロボットが「褒め」をサポートしてくれる。
このように、ヒトができない隙間を埋める存在として、ヒトとロボットが共生できる社会をつくることが大切だと考えています。
── ロボットだからこそできること、人間だからこそできることを棲み分けしながら、上手く付き合っていけるかが鍵になってきそうですね!今後、ロボットとヒトとの関係についてさらに研究していかれたい内容はありますか?
飯尾准教授:ロボットと人間が共生できる未来を目指して、ロボットの振る舞いや役割について今後も研究を深めていく予定です。今回の研究でも、単に褒めて人間のパフォーマンスを向上させるだけでなく、褒められたヒトが他者に対して優しい行動をするようになるという面白い結果が得られました。これからもこのような研究が進展し、ロボット技術がよりよい未来を実現する手段となることを期待しています。
塩見室長:今後は、より長期的な目線でロボットと人間の関係性を研究していきたいと考えています。褒めを継続することでどんな効果が得られるのか、また褒めと同時に煽りや他の動機付けを交えることで、どのような違いが出てくるのか、ヒトに優しくなれる時間を伸ばせるかなどに興味がありますね。
飯尾准教授:東京大学のある先生が「自立とは依存先を増やすことだ」と言っていたのですが、ロボットがヒトの安全や支えになる存在として心の安らぎを提供することで、多様な依存先を増やし、ヒトが自立できる環境が整えばと考えています。
ロボットの進化と共に、人間の生活がより豊かになる未来を期待し、さまざまな可能性を探求していきたいです。
── 本日は貴重なお時間をありがとうございました!
Wellulu編集後記
他者から褒められるとモチベーションが高まるという経験は、私自身も何度も体験したことがありますが、「褒められる相手」がロボットでも、人間のモチベーションが高まるという結果に驚きました。
お話の中で印象に残っているのが「ヒトのできない隙間をロボットが埋める」という言葉です。たしかに今、世の中の流れとしては「AIに仕事が奪われる」「ロボットの普及で働く場所を失う」といった機械に対するネガティブなイメージが先行しています。
しかし今回先生方のお話を伺い、人間とロボットで上手く役割分担することで、共存が可能になり、よりよい未来を築けるのではと期待を抱きました。
本記事のリリース情報
2012年同志社大学大学院工学研究科博士課程修了。博士(工学)。ATR知能ロボティクス研究所研究員、大阪大学大学院基礎工学研究科特任助教、筑波大学システム情報系助教を経て、2021年より同志社大学文化情報学部准教授。専門はソーシャルロボティクス。人工的な存在であるロボットとの相互作用が人の認知や行動に与える影響の理解と応用に興味を持つ。