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腸の乱れは便秘や肌の不調を招くだけでなく、脳やメンタルにも影響を与えると言われており、メンタルに不安を感じると、乳酸菌飲料などによって睡眠の質を改善したり、ストレスを緩和しようとしたりする人も多い。腸と脳、メンタルには一体どのような関係があるのだろうか?
「太陽化学株式会社」「摂南大学農学部応用生物科学科:井上 亮氏」「栄養・病理学研究所代表取締役社長:塚原 隆充氏」「京都府立医科大学寄附講座・生体免疫栄養学(太陽化学)講座:内藤 裕二氏」らによる研究で「グアーガム分解物」を摂取することで腸内環境を整え「心の健康」にも作用することがわかった。
今回は研究の第一人者である摂南大学農学部応用生物科学科「井上 亮教授」に、グアーガム分解物の効果や摂取方法、腸内環境とメンタルヘルスの関係性について伺った。
井上 亮さん
腸内細菌学者
「グアーガム分解物」はグァー豆から作られる食物繊維
── まずはグアーガムについて、基本的な情報を教えてください。
井上教授:「グアーガム」自体は、実はそこまで珍しいわけではなく、市場には昔から出回ってはいました。インド・パキスタンなどの乾燥した地域で採れる「グァー豆」からつくられていて、水に溶かすと少量でも非常に高粘度になる成分です。グアーガムは食物繊維としてとても有用なんです。
しかし、そのままの状態では扱いづらいため、酵素で分解して加工したものが「グアーガム分解物」です。グアーガム分解物は通常、粉末状のサプリメントとして販売されていて、無味無臭で何にでも溶かしやすいのが特徴です。
「グアーガム分解物」は混ぜても味の変化がほぼなく摂取しやすい食物繊維
── 食物繊維はすでにいろいろな物が発売されていますが、井上教授はその中でもなぜ「グアーガム分解物」に着目したのですか?
井上教授:僕はもともと「腸内環境」や「腸内にいる菌」について研究していて、そこで自閉症のお子さんの食習慣や腸内環境についても調べることがあったんです。
自閉症のお子さんは食物の匂いや味に敏感で、偏食になることが多いです。「主に白米しか食べられない」という子もいて、食物繊維が不足し、便秘に悩むこともあります。
どうにか解決できないか…と考えたときに「グアーガム分解物」にたどり着きました。グアーガム分解物はお米を炊くときに混ぜても、飲み物に混ぜてもほとんど味が変わらなくて、固まりも残らず本当にスーッと溶けます。
ほかの食物繊維だと、味や溶け残りが気になることがあったけれど、これなら自閉症のお子さんにも機嫌よく摂取してもらえます。
また、その調査過程で「腸内環境が良くなった結果、本人の機嫌が安定する(不機嫌になって叫んだり、暴れたりといった行動が減った)」という傾向が見られたんです。
腸内環境を良くすることがメンタルにもいい影響を及ぼすのではないか、ということで研究を深めるきっかけになりました。今注目されている「脳腸相関」にもつながる考え方ですね。
腸内環境とメンタルヘルスは密接に関係している
脳腸相関:イライラやストレスなど、腸内環境の悪化が脳にも影響する
── 「脳腸相関」ってとても興味深いです。脳と腸はどうやってつながっているんでしょう。
井上教授:みなさんの腸内には1000種類くらいの「腸内細菌」がいて、人によって持っているパターンが違うんですけども、その中に脳の活動や神経系に影響を与える菌もいるんです。腸内細菌からの影響は、悪いものだけではなく、たとえば精神を落ち着ける作用を持つ「セロトニン」は90%が腸で作られると言われていますが、その量は腸内細菌の影響で変動します。
腸内環境が悪化して、必要なものが作られなかったり、神経系に不要な刺激ばかり増えたりすると、神経が高ぶってイライラしやすい状況に変化します。睡眠や食欲にもそれは波及し、神経が昂って眠れないと食欲が増して、腸により負担がかかります。逆にしっかり眠れる人は食欲も落ち着き、腸も整う…と脳と腸は相互に影響しあっているんです。
多くの人がストレスで暴飲暴食したり、落ち込むと食欲が落ちたりする経験をしていると思うのですが、これは脳だけが原因ではなく、腸が関わっていることもあるんです。
── ストレスで食べ過ぎは心当たりがあります…。腸内環境を整える必要性を感じますね。今回のグアーガム分解物実験でも、とくに「メンタルヘルス」への影響を検証されたそうですが、どのような方法で研究をおこなったのでしょうか?
井上教授:60名の健常者を「グアーガム分解物を水に溶いて1日に5g摂る」、「3g摂る」、「プラセボ(非摂取)」の3グループに分け、8週間毎日続けてもらいました。腸内細菌の状態、便通の状況、便成分、身体検査、睡眠や物事への意欲をスコア化して調べています。
その結果、摂取しているグループのほうが「便通」はもちろん、「睡眠の質」や「精神的な疲労感」に改善が見られました。「睡眠の質」では、寝入りがよくなったとか、寝起きの倦怠感がなくなったという回答がよくありました。
ほかに「仕事や勉強に対するやる気が上がった」といった回答も見られたので、メンタルヘルスに一定の効果があるといえそうです。
「便通改善」には1週間、「メンタルや体調」には4週間が目安
── やる気や目覚めのよさが改善すれば1日の生産性が向上しますね! だいたいどれくらいから効果が出るのでしょうか?また、1日に5g以上摂取しても問題はありませんか?
井上教授:「便通改善」といった腸の調子の変化は1週間くらいの短期的な摂取でも実感しやすく、メンタルや体調の変化を実感するには4週間ほどかかる印象でした。
1日あたりの食物繊維の摂取目標量を参考に摂取量を決めよう
── 摂取量についてはどうでしょうか。1日に5g以上摂取しても問題はありませんか?
井上教授:摂取量については、グアーガム分解物に限っていえば18gくらいは摂っても問題はないはずです。厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(リンク)」では、女性18g以上、男性21g以上(ともに18〜64歳の場合)を1日あたりの食物繊維の摂取目標量として定めています。
現代人は食物繊維が不足しがちで、普段偏った食生活をしている場合は5〜6gしか取れていないケースもあります。自分の普段の食事がどんなものか、食物繊維がどれくらい足りないのかで摂る量を決めてもらうとよいですよ。
腸のためには「水溶性食物繊維」と「不溶性食物繊維」どちらもバランスよく
── グアーガム分解物を継続して摂ると、どんな人でも腸内環境やメンタルが改善しますか?
井上教授:前述したように、腸内に保持する菌は人によって異なるため、効果が薄い人や合わない人はどうしても出てきます。もし摂取して合わないと感じたら、控えたほうがよいでしょう。また腸の病気を治療中の方は、どのような形であれ「刺激」を与えないほうがよいケースもあります。一度医師に相談してください。
そして大事なのは、1種類の食物繊維ですべてをまかなおうとしないこと。多様な食物繊維をバランスよく摂りましょう。グアーガム分解物は優れた「水溶性食物繊維」ですが、腸のためには「不溶性食物繊維」も必要です。
水溶性食物繊維は善玉菌の餌になりますが、不溶性食物繊維は水分を吸収して便のカサを増やして腸の働きを刺激します。
バランスの良い食事で幅広い菌が活動している腸をつくろう
──「食事のバランス」という基本は忘れてはいけないんですね。
井上教授:その通りです。腸内環境はグアーガム分解物だけで整うわけではなく、日々のバランスのよい食事が大事です。
人の腸内には本当にさまざまな菌がいるので、どれか1つだけが元気なことより、幅広い菌が活動しているほうが腸の状態は安定します。善玉菌、悪玉菌、日和見菌(善玉菌・悪玉菌どちらの味方にもなる菌)という大きい菌の区分は有名ですが、善玉菌を活動的にすれば、日和見菌もよい動きを始めるのです。
ちなみに、ハードな筋トレや食事制限による減量をした人を計測すると、「一見ストイックなのに、腸の菌の状態は全然よくない…」といった結果が出ることがあります。
これは、糖や炭水化物といった一部の栄養価を消費しすぎ(もしくは削りすぎ)て、栄養バランスが崩れたことが原因です。腸にとってよい食生活というのは基本のようで、意外と難しいのです。
─ なるほど、幅広い菌を育てる意識が大事なのですね。ところで、自分の腸内細菌の種類って増やせるのですか?
井上教授:実は腸内細菌の「数」は増やせても、「種類」は増やせません。細菌の獲得は、赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいる時から3歳ごろまでに終わっているといわれています。そのため、子どもの内にいろいろなものに触れることが必要なんです。
大人の腸を調べると、菌の種類はMAXで1000の人、800の人、600の人…とさまざまで、長生きの人ほど多様な菌を持っている傾向があります。
ただ、種類の少ない人は持っていないのではなくて、元気な菌が少なくて見えていないだけという可能性があります。「自分の体内にいる菌の種(たね)をしっかり育てて元気にしてやる」ことで種類が増えることもあります。バランスのよい食事をしていろいろな菌を活動させてやることが重要です。
グアーガム分解物は「不溶性食物繊維」を多く含む食べ物と組み合わせる
── 腸内細菌の種類は増やせないのですね!グアーガム分解物といっしょに食べるとよい食材はありますか?
井上教授:グアーガム分解物は水溶性なので、やはり不溶性食物繊維と組み合わせるのはよいと思います。レタスやゴボウ、キノコといった食品がおすすめです。
── 逆にしてはいけない食べ方や、注意すべきことがあれば教えてください。
井上教授:1つのサプリメントだけに頼ることはやめたほうがいいのですが、グアーガム分解物は食べ合わせでの注意はあまりないです。お茶でもコーヒーでもお味噌汁でも、自由に混ぜられます。食品の風味に影響しないため、お酒(炭酸系以外のアルコール)と一緒に摂取しても大丈夫ですよ。
また、食品由来ですので、便秘に悩むお子さんにも安全な成分です。家庭用の調理器具の温度であれば、加熱しても効果が落ちることはありませんので、調理中に混ぜることが可能です。
── アルコールに混ぜてもいいのは驚きでした(笑)摂取する時間帯は朝と夜、どちらがおすすめですか?
井上教授:時間帯はあまり検証に影響していませんでしたが、朝か夜、決めて習慣化するほうがよいと思います。ちなみに、「朝食を抜く」というのは腸内環境的にはかなりよくないので、グアーガム分解物を摂る・摂らないにかかわらず食べてくださいね。
「グアーガム分解物」を自分の身体を見つめ直すきっかけに
── こうして聞くと生活習慣を見直すことの重要性がわかります。
井上教授:そうなんです。誰でも、一気に生活を改善するのは難しいので、グアーガム分解物を摂取することで身体にちょっとした変化を感じてもらって、食事にも気をつけてみよう、健康のために運動もしよう…と一歩ずつ進んでいければよいのかなと思っています。「グアーガム分解物」の研究がそのきっかけになれば嬉しいですね。
── 本日はありがとうございました。最後に腸内環境について新たにわかったことや、井上教授が研究を進めていることがありましたら教えてください。
井上教授:現在、個人の腸内環境を知るには便のpHを測ったり、菌が腸内でどんな発酵をしているかを調べたりと複雑な検査が必要で、一般の方が手軽に知る方法は少ないと思います。
そこで血液型のように、腸内の菌の状態をタイプ分けする「エンテロタイプ」という診断を、もっと普及できないかと研究を進めています。
日本人のエンテロタイプは5つに分類できるのですが、エンテロタイプは普段の食事の傾向(飲酒が多い、肉をよく食べている、食物繊維が足りていない)とも関係しますので、エンテロタイプを調べると腸内環境改善のために何をすればよいのかわかりやすくなります。
今後その研究が進むことで、もっと手軽に自分の腸内を診断して、必要な食物繊維や栄養素を取り入れられるようになるのではないかなと思います。
Wellulu編集後記
今回は摂南大学の井上教授の「グアーガム分解物」の研究を通して、「腸内環境」を整えることの大切さを知ることができました。
お通じやダイエットのために腸活を意識している人は多いと思いますが、それが脳=メンタルにも作用するのは驚きですね。
およそ1000種類もいる「自分の腸内菌」をバランスよく育てる食事法など、日々の生活にさっそく取り入れていきたいお話でした。
2004年にPh. D.を取得(京都府立大学大学院農学研究科)。2004年-2005年と2011年-2012年に英国国立ローウェット研究所腸管免疫研究室(スコットランド・アバディーン)に留学。その後、北海道大学 創成科学共同研究機構、京都府立大学大学院 生命環境科学研究科を経て、2020年より現職。