牛乳や乳製品はもともと洋食と合わせて伝わった食文化だが、日本人の食卓にも馴染み深いものになっている。子どものころから学校給食などで健康のために…と飲んできた人が多いのではないだろうか。
岩手医科大学の研究で、じつはこの牛乳が「脳卒中」のリスクを軽減するのに有効であることがわかってきた。女性の場合、牛乳摂取頻度が1日1杯程度(週7杯以上12杯未満)ある人は、週に2回ほどしか飲まない人にくらべて 47%も低下するという。
今回は研究の第一人者である岩手医科大学の丹野教授に、牛乳がなぜ脳卒中のリスクを軽減するのか、その仕組みについて詳しく伺った。
丹野 高三さん
岩手医科大学衛生学公衆衛生学講座 教授
重大な病気をどのように予防するか
── はじめに、丹野教授が今回の研究をしようと思ったきっかけを教えてください。
丹野教授:元々、私は脳卒中や心疾患といった循環器系の病気の予防について研究していました。今回は牛乳や脳卒中にテーマを絞っていますが、たとえば飲酒や喫煙、肥満といった生活習慣と循環器系の病気についても同じように調べてきています。
高齢化が加速する日本では、高齢者が「要介護状態」になってしまうと本人にもご家族にも大きな負担がかかります。循環器系の病気は脳卒中や心臓病など寝たきりになってしまうリスクがあるものも多い。それらの原因を病気になる前から特定し、少しでもリスクを減らしていければ…ということで原因を調べて予防策を検討するような調査をしていました。
── たしかに、罹患してから治療するよりも、普段からケアしておきたいですね。今回の牛乳と脳卒中の研究は、どのような方法で調査されたのですか?
丹野教授:今回の調査では「コホート研究(疾病の要因と、発症の関連を調べるための研究手法)」という手法を用い、岩手県の北部地域に居住する40歳から69歳までの14,121名に「牛乳を普段飲む頻度」を伺って、約10年間の追跡調査を行いました。その結果、牛乳の摂取頻度と脳卒中の発症との関係が見えてきました。
ちなみに、岩手県を選んだ理由は、この地域が脳卒中で亡くなる人の割合が全国平均と比べてかなり高かったことと、都市部に比べて人の移動が少ないので追跡調査をしやすいという理由からです。
牛乳を1日1杯飲む人は、脳卒中のリスクが低下する
── 10年も調査されているのですね。その結果「牛乳」を飲むことの重要性が判明したと…。
丹野教授:そうです。時間をかけて、それぞれの毎日の食習慣・生活習慣と、そこから病気になった時のことを追って調査しています。
そして、具体的な結果としては、牛乳の摂取頻度を「週2杯未満」、「週に2杯から7杯」、「週に7杯以上12杯未満」、「週に12杯以上」の4グループに分けたところ、週に7杯以上12杯未満のグループで脳卒中の発症リスクが有意に下がることが確認できました。
とくに女性では、牛乳摂取頻度が週にコップ2杯未満のグループに比べて、週に7杯以上12 杯未満のグループ(牛乳を1日1杯飲む人)は脳卒中のリスクが 47%も低下することが明らかになったのです。
── 1日1杯でも、そんなに大きな差がでるんですね。ちなみに、牛乳を週に12杯以上飲んだ場合、何かリスクや予防効果に変化はあるのでしょうか?
丹野教授:この調査対象の集団においては、「1日に牛乳を2杯(週に12杯)」以上飲んている人が少なかったので、統計学的に週に12杯以上についての結果ははっきりしていません。コホート研究ではこちらから毎回量を指定して飲んでいただくわけではなく、あくまでみなさんの生活習慣の中で、どうだったかを確認しています。
ただ、牛乳を過度に飲んだからといって、すごく身体にいいとか悪いといった結果にはならないと思います。自分の1日に必要な量の栄養素を意識して、無理なく飲まれるのがおすすめです。
なぜ牛乳がいいのか?秘密は「成分」と「食習慣」
カリウム、カルシウム、マグネシウムの降圧効果
── 牛乳を摂ると、なぜここまで発症リスクが軽減できるんですか?
丹野教授:牛乳にはカリウム、カルシウム、マグネシウムが含まれていて、いずれも血圧を下げる効果(降圧効果)があります。牛乳でしかとれない成分、というわけではありませんが、これら3つの成分がバランスよく含まれている食品をできるだけ毎日摂ることが、脳卒中予防には効果的です。
サプリメントよりも食品(牛乳)からの摂取を!
── カリウム、カルシウム、マグネシウムをそれぞれサプリなどで補っても同様の効果があるのでしょうか。
丹野教授:もちろん栄養素自体はサプリメントからも摂れますが、あまりおすすめはしません。基本的にそれらは「補助食品」なので、まずは食品から摂ることを前提にしてもらえたらと…。牛乳や他の食品も合わせて食べてみて、その上で足りない分を補うというやり方がいいと思います。
というのも、過去にカルシウムのサプリを使用している人で、心臓病の発症率が高かったという研究結果がありました。また、カリウムをサプリで摂る場合、必要以上に飲んでしまうと高カリウム血症となり、不整脈を引き起こしたり、最悪の場合心停止したりする危険性もあるんです。
腎機能が低下している人や腎不全の人、あるいは一部の血圧を下げる薬を服用している人は、血中カリウム濃度が上昇しやすいことも知られています。サプリの場合、自分が必要な量より摂り過ぎてしまう危険性があることは意識しておきましょう。持病によっては、摂取をひかえる必要があるので医師に相談してください。
牛乳を飲めない人は?
── 牛乳を飲めない人もいらっしゃると思いますが、その場合にはどういう対策がおすすめですか?
丹野教授:乳糖不耐症やアレルギーのある人など、牛乳が飲めない人は魚や大豆製品、野菜、果物から摂るといいと思います。これらの食材にもカリウムやマグネシウムは含まれているので、補いやすいです。
牛乳の場合、1杯に約300mgのカリウムが含まれているのですが、たとえば100gあたりキウイフルーツには300mg、豆腐には150mg含まれています。いろいろな食品を食べることで、無理なく補っていけるといいですね。
ちなみに、世界保健機関(WHO)ではカリウムは1日に3500mg程摂取することを推奨していますが、日本での現在の平均摂取量は男性で2300mg、女性で2000mg程です。高血圧予防を考えると、不足している人が多いのではないかなと思います。
── なるほど、毎日の生活から、意識したほうがいいということなんですね。
丹野教授:そうですね。今回の研究に参加した方々を見ても、牛乳とあわせて、同時に魚や大豆のたんぱく質、野菜や果物を多く摂取している傾向がありました。つまり、統計としては、「自発的に毎日牛乳を飲んでいる人(脳卒中のリスクが下がった人)は、健康的な食生活を送っている」という結果も出ているんです。
サプリや特定の食品にこだわるというよりは、複合的な要因でリスクをケアすると考えたほうがいいと思います。
── 血圧上昇を抑えるために、他に注意しておくべきことはありますか?
丹野教授:脳卒中対策としては本当によく言われることだとは思いますが、生活習慣が重要です。適度な運動をすることと、タバコやアルコールを控える、ということですね。アルコールは1日日本酒1合(純アルコールで約20g)以下が適量とされています。
また、日本人は食生活的に塩分を摂りすぎる傾向があるため、そこも注意が必要です。塩分の摂り過ぎは血圧を上げ、脳卒中や心臓病の危険性も高めます。日本人の平均的な食塩摂取量は1日あたり男性11.0g、女性9.3g程ですが、現在の日本人の目標量は、男性は1日7.5g未満、女性は6.5g未満とされています。さらに、世界保健機関ではすべての成人の減塩目標を5gに設定しています。
最近では、食塩の一部を「カリウム」に置き換えた調味料や食品も出ています。これは、カリウムがナトリウムを尿とともに排出し、血圧上昇を抑える効果があるからです。このような代替調味料を使うことで、味は変わらずに塩分を控えてカリウムを多く摂取することが可能になります。気になる人は「ナト・カリ食」で調べてみるといいですよ!
糖尿病やメタボリックシンドロームにも効果!? 牛乳のさらなる可能性
── 本日はありがとうございました。最後に研究で新たにわかったことや、丹野先生が研究を進めていることがありましたら教えてください。
丹野教授:今回は牛乳と脳卒中のリスクをメインにお伝えしましたが、牛乳には他にも糖尿病や、メタボリックシンドロームの抑制、アルツハイマー型認知症の予防にも有効である可能性が示唆されています。今後研究を進めて、みなさまの健康に役立てられたらなと思っています。
また、私自身は病気につながる「要因」を研究する立場から、とくに「主観的な健康感」や「生活の満足感」にも注目しているんです。まさにウェルビーイングと重なる領域ですね。心の状態が心臓病や脳卒中といった疾病に影響するという研究も出てきているので、より詳細に調べていきたいと思っています。
Wellulu編集後記:
牛乳のような身近な飲み物に、脳卒中などの予防効果があるのは嬉しいですね。
毎日継続することで、リスクを最大47%も減らすとのことなので、ぜひ飲み続けたいと思いました。
そして、脳卒中を予防するには「バランスの良い食事」や「生活習慣を整える」ことも不可欠ということがわかりました。「ナト・カリ食」なども活用して、身体の内側から整えていきたいですね。
本記事のリリース情報
専門は疫学・公衆衛生学。博士(医学)。1995年に筑波大学医学専門学群を卒業。1999年に筑波大学大学院医学研究科環境生態系を修了。2005年より岩手医科大学医学部衛生学公衆衛生学講座に勤務。2012年同大学准教授、2019年同大学特任教授を経て、2022年より現職。いわて東北メディカル・メガバンク機構臨床研究・疫学研究部門部門長を兼任。岩手県の地域住民を対象として、循環器疾患の発症や高齢者における要介護状態の予防を目的とした研究を行っている。