
国立がん研究センターのデータ(※)によれば、2023年の部位別がん死亡数は男性が1位肺がん、2位が大腸がん、女性は1位が大腸がんとなっている。しかし、大腸がんは早期発見・早期治療により、十分に死を回避することが可能だとされている。
※出典: 国立研究開発法人国立がん研究センター
それにも関わらず大腸がんの死亡数が多い理由のひとつに挙げられるのが、精密検査への抵抗感ではないだろうか。下剤の服用、肛門からの内視鏡の挿入、検査時間の長さである。これらを解決すべく、AIを活用した技術開発を進めるのがBoston Medical Sciences株式会社だ。明治安田はこの技術に着目し、協業をおこなっている。
今回は、Boston Medical Sciences株式会社 代表取締役CEOの岡本将輝さんと、明治安田生命保険相互会社 企画部 新規ビジネス開発グループの大貫達也さんに、協業の背景やめざす未来の姿をWellulu編集長の堂上研が話を伺った。

岡本 将輝さん
Boston Medical Sciences株式会社 Founder、代表取締役CEO

大貫 達也さん
明治安田生命保険相互会社 企画部新規ビジネス開発グループ グループマネジャー
2005年に明治安田生命保険相互会社に入社。福島・横浜・金沢などでの営業関連業務を経験のほか、営業人事、広報などのセクションを歴任した後、2021年からは企画部にて中期経営計画の策定等に携わる。2024年4月から新規ビジネス開発グループでグループマネジャーを務める。

堂上 研
株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu 編集長
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。
死亡数2位の大腸がんは、早期発見で避けられる
堂上:Welluluでは健康に関する記事が人気で、人生100年時代の今、健康への意識の高まりを感じています。「大腸がんで亡くならない世界」を目指すBoston Medical Sciences株式会社(以降 BMS社)の事業はとても興味深いです。本日はどうぞよろしくお願いします! まず、岡本さんの自己紹介をお願いできますか?
岡本:よろしくお願いします。私は元々、研究医として医療データの分析や研究をおこなっていました。メディカルデータサイエンスと呼ばれる、AIなどを活用した技術の研究です。社会実装に元来強い関心を持っていましたが、米国で革新的技術の芽に出会い、下剤を使わないバーチャル内視鏡検査による大腸がん精密検査の着想に至って起業しました。BMS社を起業して約2年になります。
堂上:Welluluは博報堂の新規事業として立ち上がり、ECOTONE社として起業したのは2024年10月なので、先輩ですね! そういえば、BMS社のロゴはなぜクジラなのですか?
岡本:クジラはがんになりにくい、長寿の大型動物として、私たちの理念の象徴なんです。
堂上:なるほど! 素敵なロゴですね。では、大貫さんの自己紹介もお願いします。
大貫:私は2005年に新卒で明治安田に入社して、今年で20年目になります。福島・横浜・金沢などに転勤しながら営業現場を回ったほか、本社の部署をいくつか経験した後、企画部に配属され、現在は新規ビジネス開発グループでスタートアップへの投資や協業・共創、新規事業の企画に携わっています。
堂上:まず、明治安田さんがスタートアップとの協業を始めたのは、どんな経緯や思いがあったのでしょうか。
大貫:保険事業、特に生命保険は保険の期間が長いこともあり、変革の波に晒されるスピードが遅いと思うんです。ただ他業界がどんどん変革していく中で、特にヘルスケアの分野では保険商品だけでなく、新たなアプローチをしていかなければいけないという課題感がありました。生命保険業界の内部だけでなく、新たな知見を持つ方々と協業しなければ新しい挑戦は難しいと考え、スタートアップの企業さんたちとご一緒しています。
堂上:出会った時の最初の印象はお互いにいかがでしたか?
岡本:私は普段、スタートアップコミュニティのエネルギッシュな人たちに囲まれているのですが、明治安田さんはとても上品な雰囲気が印象的でした。プレシリーズAラウンド(資金調達ステージ)から入っていただいたのですが、会社の信頼も非常に上がって、明治安田さんの社会における信頼度の高さを実感しました。
大貫:私たちとしては、保険と関連性の高いヘルスケア分野のスタートアップを探していたので、BMS社はドンピシャという感じでした。私自身、内視鏡検査を受けた経験があり、身に染みて心理的なハードルや、カメラを入れる大変さを実感していたので、これを解決できるのは凄いなと思いました。まさに求めていた技術だ、と一目惚れでしたね。
堂上:BMS社の技術は、どのような点が優れているのでしょうか。
岡本:大腸がんは、国内がん種別罹患数1位、死亡数2位であり、女性は死亡数1位となっています。一方で、早期発見と早期医療介入が出来れば、死を回避できる病気でもあります。ではなぜ死亡数が多いかというと、精密検査を避けてしまう人が非常に多いからと言われています。
堂上:精密検査は下剤を飲んで、内視鏡を肛門から入れるんですよね。僕は内視鏡検査の経験がないのですが、確かにつらそうなイメージがあります。
岡本:そうですね。日本では便検査で陽性になった方が精密検査を受けるのですが、陽性になってもなかなか精密検査を受けてもらえない現状があります。そこで私たちが開発中のバーチャル内視鏡検査システム「AIM4CRC」では、下剤を使わず、CT機器を使った高精度な検査を実現します。
堂上:下剤も内視鏡も入れることもなく、CT機器で検査が出来てしまうんですか? それは凄いですね。ただ普段の健康診断でCT検査まですることはないので、やはり自分から検査を受けに行く必要があるとなると、ハードルもありそうです。
岡本:便検査で陽性の方は精密検査が必要となり、それは保険診療となります。もう一方で、自分の意思で検査を受ける自由診療となると、まずその検査を知っていなければ選んでいただけません。私たちの技術は世界随一で、そこに自信を持っていますが、知っていただかなければ検査を受けていただくことはできないんです。だからこそ、明治安田さんとの協業が必要だと考えています。
堂上:なるほど。明治安田さんの保険に入っている方々に、ご紹介するわけですね。
大貫:保険に入っていただいている方はもちろん、入っていない方にも、健康増進や病気の予防に役立つ情報提供をおこなっています。我々は医療的なアドバイスは出来ませんが、食生活のアドバイスや、様々な検査についての啓発をおこなうことはできます。
堂上:そこで検査を知って早期発見できれば、未病の状態を作れるということですね。大腸がんは、発見が難しいものなのでしょうか。
岡本:がんの前兆となるポリープを発見することが重要なのですが、既存の大腸精密検査では、大腸を空っぽにする必要があり、そのために下剤を使って検査をおこないます。ただ私たちの開発する検査「AIM4CRC」は、下剤を使わずに、同じような精度で発見できる技術となっています。
堂上:便検査で陽性にならなければ、検査はする必要はないのでしょうか。陽性にならなくても、数年に一度は検査をしておいたほうが良いですか?
岡本:便潜血検査が陰性でも、小さなポリープや特定部位の病変は見逃されやすい傾向が示されています。特に50歳以上や家族に大腸がんの人がいる場合は、数年ごとに大腸精密検査を受けるのが安心かと思います。
堂上:普段は会社の健康診断を受けているのですが、精密検査もいくつか選択肢を提示されますがよく分からない状態になっています。受け身ではなく、まず自分の健康のために知ることが大切ですね。
世界最先端の技術を社会実装したい
堂上:岡本さんはなぜ医療の道を志されたんでしょうか。
岡本:子どもの頃から、社会貢献に繋がる仕事がしたいと感じていました。その点、医学は分かりやすく、もしかしたら100人、1万人の命を助けることができるかもしれない。それは凄いことだなと思いました。
堂上:周囲に医療関係者の方がいらっしゃったんですか?
岡本:いえ、誰かに影響を受けたというわけではないんです。
堂上:珍しい気がしますね。元々、新しいことをやるのが好きだったり、好奇心旺盛だったりしたのでしょうか?
岡本:好奇心は人一倍あるほうでしたね。思い立ったらすぐに行動するタイプです。研究活動は、その限られた領域において、自分が世界最先端になれるわけですよね。それは非常にやりがいを感じました。
堂上:その世界最先端の技術を社会実装したいという想いから、起業されたということですね。
明治安田さんはヘルスケア領域に着目していますが、様々な疾患がある中で大腸がんに注目されたのはなぜだったのでしょうか。
大貫:他の疾患についても色々と取り組みをおこなっていますが、大腸がんは早期発見が重要です。私たちが行動することで予防に繋げていきたいという想いが強くあります。
岡本:胃の内視鏡検査は広く浸透していますが、ピロリ菌を除去さえすれば胃がんになる可能性は低く、予防効果があると言われています。一方で、大腸がんは予防が難しいとされていて、早期発見が重要なんです。それなのに大腸内視鏡検査は、胃の内視鏡検査の半分程度しか実施されていません。そこには大きな課題があると考えています。
堂上:大腸がんになりやすい生活をしている人の特徴はあるのでしょうか。
岡本:リスクは明確で、例えばお酒をたくさん飲むとか、油っぽい食事を摂るとか。でもそれが分かっていても、完全にお酒や油の多い食事を辞めて生活をするというのは一般的には難しいですし、辞めたとしてもリスクが完全にゼロになるわけではありません。そうなると、大腸がんは検査をきちんと受けるということが大事なんです。
堂上:まさに僕は暴飲暴食をしてしまいがちなので、検査を受けてみたいと思いました。
高い技術力×地域への訴求力で、大腸がんの死亡ゼロを目指す
岡本:私たちはまだシリーズA段階のスタートアップですが、早い段階から技術力の高い人材を集め、医療系スタートアップとしては異例のスピードで実用化に向けて進んでいます。「早期発見・予防の力で 世界から大腸がん死を根絶する」、言っていることは壮大に思えるかもしれませんが、「亡くならなくて良いがんで、誰も亡くならない世界にする」という、実は極めて当たり前のことを言っているだけです。これをいち早く実現したいです。
堂上:とても共感します。僕の兄は47歳で突然心肺停止で倒れ、亡くなりました。健康診断の結果はずっと良好で、いつも運動もしていました。健康診断だけでは分からない体の不調があったのかもしれない、他にできることはなかったのだろうか。この経験から、パーソナルヘルスレコードを活用したヘルスケアや未病、予防の実現、それによるウェルビーイングな生活の実現に大きな関心を持ちました。
明治安田さんとしてもBMS社との協業は、保険や地域の繋がりを活かして、大腸がんの早期発見に大きく貢献できますよね。
大貫:地域との繋がりも深いため、将来的には、BMS社さんの技術を導入している病院の紹介なども考えられると思います。医療行為はできませんが、背中を押す役割はできると思っています。
堂上:お互いの強みを活かしあった素晴らしい協業だと思います。
とても熱い想いが伝わってきますが、そんなお二人はどんなことをしているときにワクワクしますか?
岡本:自分で言うのもおこがましいのですが、私たちは世界一の技術とコンセプトを持っていると思っています。さらに、そこに集まってくる仲間が素晴らしく、その仲間たちと一つひとつ壁を越えていく瞬間は楽しくてワクワクします。
堂上:素晴らしいですね。どんな仲間を集めるか悩んでいる企業も多いと思いますが、岡本さんはどうやって仲間を集められたんですか。
岡本:私たちが徹底しているのは、ビジョンに共感してくれるかどうかと、ピュアで人当たりの良い人かどうかです。この観点で集まると、何か失敗があったとしても笑って許し合える寛容な組織になれますし、明確な目標に向かってみんなで進んでいくことができています。
堂上:スタートアップの醍醐味ですね。明治安田さんも人と人との関係性は重視されていると思います。
大貫:お客様との関係性も、社内での関係性も大切ですね。我々も企業理念として掲げている「明治安田フィロソフィー」にマッチする方が入社してくるので、真面目で優しい人たちが多く、どこにいても居心地が良いです。そんなチームで働くのは、夢中になれて楽しい瞬間ですね。
堂上:同じ方向を向いて進める仲間がいることは、イノベーションにおいても重要だと思います。最後に、お二人が目指す未来について教えてください。
岡本:とにかく、いち早く、大腸がんで亡くなる人をゼロにしたいという想いが強いです。BMS社は日本だけでなく、米国でも事業展開の準備を進めています。製品が出てから10年で、世界中の大腸がん死をゼロにすることを目標にしています。そのためには、技術を追求するだけでなく、トリガーになることが大事だと思っています。まず大腸がんは早期発見で亡くならずに済むことに気づいてもらう、そのための取り組みをしていきたいです。
堂上:Welluluでは「気づいたらウェルビーイング」というキャッチフレーズを掲げていて、僕たちが生き方を定義するのではなく、みなさんが自分のウェルビーイングに気づくきっかけになれたらいいなと思っているので、とても共感しました。大貫さんは、どんな社会を実現していきたいと思われますか?
大貫:やはり病気にならず、楽しく暮らせることが一番ですが、それが難しい時に、いち早く体の異変に気づいて早期に治療へ進めることが大切だと思います。そして、健康であることを実感し、それを楽しめる人をひとりでも増やしていきたいです。
堂上:健康寿命という言葉もあるように、未病の状態や早期発見をするために、高い技術力を持つスタートアップと、社会全体に意識変革を促せる企業が協業をおこなうことは、大変素晴らしい取り組みだと改めて思いました。本日はありがとうございました!
撮影場所:Meijiyasuda Open-innovation Co-create Center(mocc)
信州大学医学部卒、東京大学大学院医学系研究科専門職学位課程および博士課程修了、英University College London科学修士課程最優等修了(with distinction)。UCL visiting researcher、日本学術振興会特別研究員、東京大学特任研究員を経て当社を創業。他に、米ハーバード大学医学部放射線医学講師、マサチューセッツ総合病院3D Imaging Research研究員、SBI大学院大学客員教授(データサイエンス・統計学)などを併任。
https://b-ms.tech/