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【前野隆司氏&前野マドカ氏】ウェルビーイング夫妻が見据える日本の未来

ウェルビーイング研究や幸福学研究の第一人者である慶應義塾大学教授・武蔵野大学ウェルビーイング学部学部長の前野隆司氏と、幸福学の研究や書籍の出版、講演などを行うEVOL株式会社の代表取締役CEOである前野マドカ氏。

日本のウェルビーイングを牽引してきた前野夫妻は、今の日本の現状と未来をどう捉えているのだろうか。Wellulu編集長・堂上研とのトークをお届けする。

 

前野 隆司さん

慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授、武蔵野大学ウェルビーイング学部長、ウェルビーイング学会代表理事

1984年東京工業大学工学部機械工学科卒業、86年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了、同年キヤノン株式会社入社、93年博士(工学)学位取得(東京工業大学)、95年慶應義塾大学理工学部専任講師、同助教授、同教授を経て2008年よりSDM研究科教授。2024年4月より武蔵野大学ウェルビーイング学部長・教授兼務。この間、1990-92年カリフォルニア大学バークレー校Visiting Industrial Fellow、2001年ハーバード大学Visiting Professor。著書に『ディストピア禍の新・幸福論』『ウェルビーイング』『幸せな職場の経営学』『幸せのメカニズム』『脳はなぜ「心」を作ったのか』など多数。

前野 マドカさん

EVOL株式会社代表取締役CEO。武蔵野大学ウェルビーイング学部客員教授、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科附属システムデザイン・マネジメント研究所研究員。国際ポジティブ心理学協会会員

サンフランシスコ大学、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)を経て現職。幸せを広めるワークショップ、コンサルティング、研修活動及びフレームワーク研究・事業展開を行っている。PTA活動では、全国PTA連絡協議会会長賞受賞。著書に『ニコイチ幸福学』『月曜日が楽しくなる幸せスイッチ』など。

堂上 研

株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu 編集長

1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。

目次

テクノロジーは人を幸せにしているのか?

堂上:ウェルビーイングの第一人者である前野さんご夫妻に、遂にいらしていただけて嬉しいです! 普段メディアに出られている記事や著書は全て読み漁っています(笑)。ですので、この場ではより心の中にグーッと迫るようなお話や、ウェルビーイングの未来はどうなるのかのお話もお伺いできればと思っています。よろしくお願いいたします。

まず、前野先生、ウェルビーイングに関心を持たれたきっかけを教えてください。

前野隆司:よろしくお願いします。私は、元々東京工業大学の工学部機械工学科でロボットやAIを研究し、キヤノン株式会社でカメラやロボットの開発をしていました。しかし、自分はカメラを使った人に幸せになって欲しくて作っているのに、幸せになる保証が果たしてあるのだろうかと気づいたんです。幸せになるという視点が製品作りのステップに入っていない。ともすれば、テクノロジーは人を幸せにしていないのかもしれない。そこから幸福学を研究し始めました。

堂上:当時は幸福学という学問もそこまで浸透してなかったですよね。

前野隆司:心理学における幸せに関する研究はありましたが、それを応用して製品やサービスに盛り込むという学問はまだありませんでした。ポジティブ・コンピューティングが出始めた頃だったと思います。ロボットやテクノロジーが人を幸せにするにはどうすれば良いのか、幸福学としての研究を2008年に着手しました。

堂上:イノベーションの領域では、プロダクトアウトの発想が基本になってしまい、誰を幸せにするためにそのテクノロジーの発明をしたのかという視点が抜けてしまうことも多いと思います。でも、前野先生はそれに気づいたのですね。

前野隆司:ただ、日本ではまず「働く幸せ」にフォーカスが向けられました。働き方改革や健康経営、人的資本経営といった分野です。近年は医学系や教育系においてもウェルビーイングが注目されています。製品・サービスにおけるウェルビーイングもようやく注目され始めましたが、まだ遅いですね。全ての製品やサービスにウェルビーイングを埋め込めばいいだけなのですが、なかなか実現しないですね。

堂上:前野先生が幸福学やウェルビーイングの研究を始めた当時は、理解されないことも多かったのではないでしょうか。僕自身、ウェルビーイングな事業って言うと「それ、なんだ?」とよく言われていました。

前野隆司:2008年頃は、まだSDGs宣言の前でしたので「怪しい研究を始めたな」と言われました。「綺麗事を言ってもダメだ」とも言われたのですが、何と言われても私はめげなかったです。SDGsが掲げられて以降は大きな目標も大事だよね、と世の中が変わり始めましたね。

堂上:実際に、ウェルビーイングが少しずつ浸透してきているのはうれしいですね。とはいえ、僕らはウェルビーイングをあえて定義しないで進めています。それは、人それぞれが違う価値観を持っているように、ウェルビーイングも人それぞれで良いと思っているからです。

マドカさん、前野先生がウェルビーイングの研究を始めた頃には、すでに結婚されていたのですか? そして、マドカさんのウェルビーイングとの出会いはなんだったのでしょうか。

前野マドカ:結婚して、専業主婦をしながらPTAの会長をしていた頃ですね。「幸せの4つの因子(やってみよう、ありがとう、なんとかなる、ありのままに)」が分かり始めた頃で、それをノートに書いて行動に移していました。結果的に、笑い声の絶えない組織を作ることができて、日本PTA全国協議会会長賞を受賞しました。

前野隆司:彼女はウェルビーイングな組織作りをPTAで実践していました。「幸せの4つの因子」の最初の実践者です!

PTAは社会の縮図? ウェルビーイングな組織へ導いた実践法とは

堂上:そのお話、ぜひ詳しく聞かせてください! PTAという組織でウェルビーイングを実現するのはとても大変そうですよね。正直、僕はPTAが面倒くさいと思ってしまったひとりでして……。

前野マドカ:そうですね。PTA活動はボランティアですし、くじ引きでやりたくないのにやらされている方もいるので、非常に難しい組織でした。やりたくないけれどやらざるを得ない人がいて、先生たちも色々なしがらみがあって、その中でどうやって同じ方向を向いていくのか。社会の縮図のような場所だなと感じました。二人の子どもが学校に在籍している間、8年間PTAに携わり、最後の1年間で会長を務めたのですが、これは経営と一緒だなと痛感しました。

堂上:8年もやられていたんですか! すごいですね。それで最後の会長の年に、日本PTA全国協議会会長賞を受賞されたわけですね。

前野マドカ:みんなの頑張りを形にして残したいと思って、活動をまとめていたんです。それでみんなにはサプライズで賞を獲りました。

堂上:賞賛を得る、認めてもらうというのもウェルビーイングな組織に欠かせない要素ですね。これは、ウェルビーイングの因子の中でも重要な気がします。

前野マドカ:そうですね。8年間関わっている中で広報委員長などもやっていたので、色々な経験を踏まえて会長を務めることができました。

堂上:色々な役割を担うPTAですが、それぞれの意識が違う組織の中で、会長を務めながら感じたことはありますか?

前野マドカ:8年続けるなかで思ったのは、会長が一番やりやすいということです。責任はあるけれど、私が責任を取ればみんなが自由に行動できます。すごく良いアイデアがあっても、アイデアを出すだけでみんな行動に移さないんです。なんで? と聞くと、「これまでの歴史があるのに、それを変えるのは怖い」「責任を取れない」と言うんですね。だから「私が責任を取るから、やってみて」と言ったら、みんなすぐに行動して成果を発揮してくれました。

堂上:素晴らしいリーダーですね。まさに経営と同じだと思います。『Wellulu』の読者にはお子さんのいるお母さんお父さんが多いので、PTA活動に悩んでいる方も多いと思います。マドカさんのような行動が取れる人が、PTAに一人はいると良いなと思うのですが、PTAでウェルビーイングを実現させるポイントは何でしょうか。

前野マドカ:2つあると思うのですが、まず1つ目は、そばにいる夫の隆司さんが「マドカなら出来るよ、絶対大丈夫だから」と言ってくれたことです。元々は、私もPTAの会長なんて出来ないと思って、一度断ったんです。でもそれを夫に話したら、「マドカにやってほしいと言ってもらったのに、自分が成長できる機会をみすみす手放すなんて勿体無い」と言われました。「こんな機会、探そうと思ってもないよ」と。そこまで言われると、そうなのかなという気がしてきて、翌日に「誰もいなければやります」とお返事をしました。何をしても、「大丈夫だから」と信じてくれる人がいる。その安心感があることで、飛び込むことができました。

堂上:素敵なエピソードですね。ポジティブで行動的なマドカさんのそばに、背中を押してくれる隆司さんがいることも、ウェルビーイングを実現させるのに大切なことだったのですね。2つ目は何でしょうか?

前野マドカ:2つ目は、新しい世界での挑戦を楽しむマインドです。私は人が大好きなんです。もちろんPTAの中には、ネガティブな発言をする方もいらっしゃいます。そうすると周囲もネガティブな雰囲気になりますよね。なので、その方と一緒に活動する時に、その方の良いところを見つけて、「こういうことをしてくれたから、とても助かっています。ありがとうございます」とその場で伝えるようにしました。

そうすると次第に心を許してくれて、その人の本当の願いは何なのか、ネガティブな言動の奥にある怖さや辛さなどが見えてきます。それを解消してあげられれば、そもそもエネルギーの強い方なので、ネガティブが反転してポジティブな言動を発してくれるようになるんです。それをまた絶賛すると、自分は認められているという存在証明につながって、やりがいになる、これの繰り返しです。

堂上:素晴らしいですね。とはいえ、悩まれたことも多かったと思うのですが、隆司さんはそういった時にマドカさんとどのような対話をされていたのですか?

前野隆司:毎晩、対話していましたね。こういうことを言われて困っているという話があれば、「こう言ったら良いんじゃないか」と自分の考えを伝えたりして。そうすると次の日の朝には元気いっぱいになって、それを実践して、「解決したよ」と話してくれていました。

堂上:コーチングやカウンセリングにも近い感じでしょうか。ウェルビーイングな環境をつくるためには、まずは「自分と対話」することが大切だと思っています。そして「他者との対話」があることで、自分の悩みの解像度もあがってきますよね。前野先生とマドカさんの信頼関係があるからこそ、実践できたのですね。

前野隆司:そうですね。とはいえ、本人のポジティブさがあってこそだと思います。

堂上:ポジティブであることは大事ですね。ポジティブな人は、行動に移すのが早い人だと思っています。やはり悩むよりも行動、失敗しても良いという気持ちで挑戦できるのは強いですね。

前野マドカ:隆司さんは、自分が少し後押しすると想像しなかったくらい私が前に進むので、驚いていましたね。途中で気づいたのは、自分がワクワクするポイントを盛り込むのも大切だということです。例えば、会議室に美味しい甘いお菓子を置いたり、好きなハーブティーを用意したり、イベントではチーム感を出すためにおしゃれなTシャツやカフェエプロンを作りました。それって私もワクワクすることだし、役員のみんなも楽しめることですよね。カフェエプロンは、隆司さんのお母さまの趣味が裁縫でして、黒のエプロンを作ってくださったんです。それに私が好きなスワロフスキーで名前のイニシャルをつけて、全員にプレゼントしました。

堂上:色々な企画をしながらそれを楽しめるというのは、まさにウェルビーイングだと思います! まずは、自分が楽しむ。そして、周りをどんどん巻き込むコミュニティマネージャー的な役割をする人が楽しんでいるだけで、周りにも楽しさが伝わっていく感じですね。

前野隆司:彼女は最初、自分は専業主婦だから社会参加をしていないと言っていましたが、PTA会長は、会社に勤めるよりもよっぽど難しい組織をまとめているんです。貴重な経験だったということは、我々二人も後になって気がつくことができました。

堂上:マドカさんとお話していても、著書を拝読していても、自分の好きなことを表現されるのが上手な方だなと感じます。背中を押してもらうことで、ポジティブに動いていけるというのはマドカさんの強みですよね。

前野マドカ:自分がご機嫌でいる状態が好きなので、その状態をいつも作るにはどうしたら良いかを考えるんです。ウェルビーイングや幸せって伝播していきますよね。私がネガティブだったら一緒にいる人もネガティブになるし、私がご機嫌でいればみなさんにもご機嫌が移ると思っています。

教育現場での実践が日本を明るくする

堂上:僕は子どもが3人いるのですが、毎日レコーディングダイエットのようにウェルビーイングをレコーディングしていくと、幸福度が上がっていくということに気がつきました。夕食時に「今日は何が楽しかった?」と常に発信するようにしたんです。最初は「いつも通りだよ。学校は普通だった」という感じだったのですが、繰り返していくと、子どもたちは自分が楽しいことは何かを探すようになりました。記録する必要はないですが、常にウェルビーイングを意識するだけで、幸せになるためにどう動けば良いのか、自分で行動するようになるんだなと感じています。

前野マドカ:それは良い取り組みですね。同じような取り組みをして、学校に行けなかった子が行けるようになった事例もあります。

堂上:以前は親の価値観や想いを押し付けてしまった反省があるのですが、今は子どもたちが自分で行動するまで待てるようになったと感じています。前野先生は、慶應義塾大学や武蔵野大学でウェルビーイングを教えられていますが、生徒たちにはどのようにウェルビーイングを伝えられていますか?

前野隆司:基本的には、教育を大きく変えたいと考えています。小学生で不登校が多いのは、学校が古いやり方のままで面白くないからではないでしょうか。ですから、詰め込み学習ではなく、生き生きと学べる学習に変えていく必要があります。また日本人は自殺率も高いし、幸福度も低くて、閉塞感でいっぱいになっています。色々な負荷によって日本の将来は暗いという空気が漂っている。資本主義の歪みを直し、貧困問題、戦争、環境問題、少子高齢化、全ての課題を解決するのがウェルビーイング社会ですし、全部の課題に取り組まなければいけません。でもウェルビーイング教育を実践すれば、変わっていけるんですよ。

堂上:こうやって変わっていく体験は素晴らしいですね。実際、マドカさんもPTAでそれを実践されたわけですもんね。

前野隆司:実際に、ウェルビーイングな学校作りを実践している中島晴美先生(埼玉県上尾市立上平小学校校長)は、不登校の多い学校でウェルビーイングな取り組みを2〜3年実践したところ、不登校ゼロになり、学校が大好きな子が95%になり、成績も伸びたそうです。

堂上:良いことだらけですね! 先生のウェルビーイング度もあがるし、素晴らしい取り組みですね。

前野隆司:教育にウェルビーイングがあれば、日本が元気になるんです。

前野マドカ:山口県のある中学校では、隆司さんの講演を聞いてから、生徒のウェルビーイングを地道に取り組み続けたそうです。やったことは3つありました。1つ目は、「私は、こうありたい」を、学校全体の生徒達が見える所に掲示すること。2つ目は、「幸せ応援シート」を作成すること。そして3つ目は、1週間に1回、「ありがとう因子」「なんとかなる因子」で、2分間スピーチをすることです。生徒達は、「人を助けられるような人でありたい」など、自分のあり方を考えるようになりました。2024年度、ウェルビーイングの取り組みを重点的に実践したところ、生徒達の自己肯定感は高まるとともに、山口県学力定着状況確認問題では、成績が大幅に向上したそうです。

堂上:意識して行動に移した人たちが、色々な成果につながっているのですね。ウェルビーイングをしっかりと学ぶことは大切です。そして、自分で「意志」をもって進むことで、他の行動や成果にも波及する。この流れをたくさんの人たちに知ってもらい、とりあえずで良いので実践していただきたいですね。

前野隆司:私たちは、小学校受験をする家庭にもウェルビーイング教育をしたことがあったのですが、教えた5家族全て、第一志望の学校に合格しました。小学校受験って、勉強というよりも、親子面接で見える親子関係だったり、当日緊張せずに話しができるかが大事なんですね。でも親が子どものために合格させたいと思うがあまり、勉強しなさい、と過度なプレッシャーを与えてしまう。結果、親子関係は悪化しますし、子どもは親の期待に応えなければと焦って当日緊張してしまうんです。ウェルビーイングはそういった関係性を改善することにも役立ちます。

幸せの第一歩は自分の全てを受容すること

堂上:ウェルビーイングは良いことばかりだと感じますが、「ウェルビーイング」と「経済」が二律背反しているという視点もあり、なかなか理解してもらえないこともあります。例えば、経営者はやはり売り上げをあげないと給料を払えないわけだから、そんな「ウェルビーイング」とかのんびりしたこと言っていられない、という話も聞きます。

前野マドカ:すぐに形として成果が見えないので、不安になるのだと思います。

堂上:短期的な視点と、長期的な視点の双方が必要ですね。今、ここで「ウェルビーイング」を感じられる組織や働き方ができるかどうかで、将来が変わっていくと思うのです。

前野マドカ:ウェルビーイングが大事だと経営者が腹落ちしていれば、短期的な成果が出ていなくてももう少し我慢しようと思えます。そうやって実際に変わってきている企業もたくさんありますし、生産性も向上しているという結果も出ています。

堂上:それを知ることができれば、きっと多くの企業が変わっていけますね。トップの意識が変われば、組織も変わっていくと思います。戦争が起こったり、対立したり……ウェルビーイングを阻害する要因というのは何なのでしょうか。

前野隆司:全ては分断です。あの人と私は違う、という意識がウェルビーイングを阻害します。

堂上:なるほど。マーケティング用語にも「シェア」など分断を進めてしまう用語が多いなと感じています。分断を起こさないためには、どうしたら良いのでしょうか。ウェルビーイングになるため、自分からまず一歩を踏み出すために何ができると思いますか?

前野マドカ:先ほどお話した中学校のケースでも、「私はこうありたい」というあり方を考えることで、成績まで変化が現れました。この“あり方”は、勉強にも、自分の生活態度にも関わることだからです。あり方を考えるというのは、重要です。ただ、どんなに「自分はこういう人でいたい」と思っていても、ネガティブな固定概念によって、自分に自信がなかったり、否定され続けてきた人は、自信がなくて行動することができません。そういった時には、私が隆司さんに「絶対に大丈夫」と言ってもらえたように、自己受容や自己肯定感が必要だと思います。

堂上:周りで、肯定してくれる方から声掛けをしてもらうというのは大切ですよね。そこから「自分の意志」で動く。その自律がひとつの鍵になりそうです。

前野マドカ:企業でもお伝えしているのは、承認する声掛けや、あいさつをすること。まずそれだけでも、存在承認につながります。

堂上:本当におっしゃる通りですね。前野先生は、一歩踏み出すために何をすることが良いと思われますか。

前野隆司:研究者の立場から言うと、ウェルビーイングというのは複雑な構造であり、様々なパラメーターが関連しあっています。だから気楽にできるものではないのですが、やはり4つの因子である、「やってみよう」という主体性と、「ありがとう」という利他的やつながり、「なんとかなる」というチャレンジ精神、「ありのままに」という人と自分を比べないこと、この4つが高いと幸せなんです。

堂上:これは1つが高くてほかが低いのではなく、4つが重なり合っているのが大事なのでしょうか。

前野隆司:一番幸せな人はそうですね。トータルにバランスをとることが大事で、それは一朝一夕にはできないことです。ポジティブであることも大事だし、人間関係が豊かであることも大事ですし。簡単ではないですね。

堂上:僕らがウェルビーイングに関する調査を行った際、自分は幸せだと答えた2,000人と、幸せではないと答えた2,000人に「いくつ自分で居心地の良いコミュニティ(仲間)を持ってますか」と質問しました。

すると、幸せだと答えた人の方が、2.6倍もコミュニティの数が多いことがわかりました。幸せではないと答えた人はコミュニティの数が少なすぎるのではないかと考えています。例えば、学生なら、学校と家しか自分の居場所がないとすると、コミュニティが少ないじゃないですか。学校でちょっと嫌なことがあったら居場所がなくなってしまう。僕はウェルビーイングな環境を作るためには、ゆるくてでもいいから、自分が知らないコミュニティにちょっと一歩踏み出してみるというのが大事なのかなと思っています。

前野隆司:参加するコミュニティを増やすためには、やる気があったり、自己肯定感が高い必要があります。よって、コミュニティが多いだけでは効果はあまり期待できません。コミュニティを増やすことから始めてもいいのですが、難しい人もいるでしょう。私たちもウェルビーイング大学というオンラインサロンや、はたらく幸せ研究会など、様々なコミュニティを作っています。そうやっていろんなコミュニティを作っておくと、これなら入ってもいいかなというものが出てくる。それを用意しておくというのは、大事だと思います。良いコミュニティを見ること、ポジティブな影響を与えてくれる人と出会うことも大切です。今の環境や日本の社会に閉塞感や不安を感じる時、サードプレイスを作って「元気な人もいるじゃないか!」と気づくと、気分も変わっていきます。

堂上:積極的に動けて、そこで良い出会いがあるというのは、ウェルビーイングにおいて大きな要因になるかもしれないですね。

前野マドカ:動けないのは、日本に間違えてはいけない、ちゃんとしなくてはいけないという風潮があることと、本当の自分を受け入れていない人が多いからだと思います。できない自分もできる自分も、全部が自分で、できないところがあったとしてもいいんだよと、自己受容をすること。できないことがあってもきっといつかできるし、それに向かってチャレンジすれば良いんです。そうやって自分の全てを受容できるかどうかというのは大きいと思いますね。

日本の将来を明るく照らすウェルビーイング

堂上:これはWelluluでみなさんにお伺いしていることなのですが、お二人は何をしている時が一番幸せですか?

前野隆司:幸せというのは、短期的な幸せと長期的な幸せがあるんですね。私は長期的に幸せな状態なので、何をしてる時もずっと幸せです。

堂上:腹が立つ瞬間とかないですか?

前野隆司:0.5秒くらい腹が立つこともありますが、「いかんいかん、こういう視点もあるんだな」と思ってまた幸せな状態に戻ります。

堂上:すごい……! 達観していますね。著書でも「どうせ死ぬのだから、どの悩みも大したことない」と仰っているのが好きでした。マドカさんはいかがですか?

前野マドカ:私は人が好きなので、一緒にいる人と「この食事美味しいね」「この景色は美しいね」と思いをシェアする瞬間が幸せです。ですので、誰と会う時も、その人との会話を楽しんでいます。

堂上:素敵ですね。前野先生の「今自分がいることだけで良い」という考えになるには、僕もまだ修行が必要になりそうです。マドカさんは、本当に人とどんどん一緒にいる時間をつくれるだけで楽しそうですね。僕も『Wellulu』を通して、たくさんの方とこうやってお話させていただけるのが一番の幸せです。

最後に、未来、例えば2050年とかの未来に向けて、どのような社会をつくっていきたいと思われますか?

前野マドカ:社会としてはやはり、みんなが幸せに生きられるウェルビーイングな社会を目指しています。私は一人ひとりに良いところが必ずあると思っています。だけど自分に自信がなかったり、存在価値がないと思ってしまう方がいたりしますよね。全ての人が大切で、全ての人に輝くところがあるんですよというのを、本当に伝えたいですし、それを見つけて活かせるような、互いに尊重しあえる社会をつくっていきたいです。

また、それらをちゃんと形にできるようなコミュニティを作ったり、発信をしたり、プログラム作って参加してもらったりして、そういう機会を今もできる範囲で行っていますが、これからもっと世の中に出していきたいですね。

前野隆司:社会的なことを言うと、資本主義の限界がきていると思います。環境問題や貧困問題、ウェルビーイングではない時代ですよね。ただAIが発展してきて、これから10年20年で社会は大きく変わると思うんです。AIによって半分の仕事が失われるということは、半分の仕事はウェルビーイング産業にするしかないじゃないですか。ポスト資本主義はウェルビーイングしかないと思います。みんなが自己肯定感を高くして、ポジティブになっていければ、日本の将来はけっこう明るいと思いますよ。

堂上:本当におっしゃる通りですね。みんながどんどん新しいことに前向きにチャレンジしていければ、活性化していけますよね。

前野隆司:現代日本では、後ろ向きな発言が出たり、少子化だから何となく経済が縮小している感じが蔓延していますが、1人当たりのGDPが高ければいいわけですよね。必要以上に元気をなくしてしまっている気がします。元気を出すきっかけを作るためにも、大学のウェルビーイング教育を始めたし、初等教育と中等教育にもウェルビーイングが組み込まれると良いなと思っています。

堂上:僕も『Wellulu』を通して、世の中を良くしよう、ウェルビーイングにしていこうという仲間を増やしていこうと思います。今日は本当に素晴らしいお話をありがとうございました! 素敵な時間を過ごせました。

堂上編集後記:

Welluluをはじめる前に、何度か前野先生とはお会いしていた。ウェルビーイング学会のホームページをプロデュースしているときには、前野先生のレポートも読ませていただき、ウェルビーイングの4つの因子を学ばせていただいた。それこそ、Welluluに登場いただいているのは、前野先生の教え子や関係者が一番多いように思う。

そんな前野先生とは、いつWelluluで対談できるだろう、と考えていた。そして、ついにタイミングが来たと思ったのは、僕らがECOTONE社を起業したタイミングだった。堂々とWelluluのご紹介ができるようになったので、前野夫妻にスケジュールを相談した。前野夫妻のスケジュールを合わせるのは難しい。

僕は、前野夫妻とお話させていただき、自分自身もっともっとウェルビーイングを学び、実践を増やしたいと思った。生きていく上で、ウェルビーイングは大きな可能性を創る。そして、ポジティブに動くことで、新たな発見につながる。素敵な時間は、人を豊かにしていく。いい出会いに感謝である。

前野先生、マドカさん、どうもありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

 

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PTAとウェルビーイング

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