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「IKEA効果(イケア効果)」を科学的に解明!「コト消費」の愛着と関連する前頭前野の活動【中央大学・檀教授】

自分で組み立てることによって、ものに本来以上の価値を与える「IKEA効果」。

この現象がなぜ起こるのか?中央大学の檀教授がおこなった研究から、その脳メカニズムが科学的にわかりはじめました。そこで今回、消費者が「コト消費」(体験消費)の価値をどのように感じ取るのか?について檀教授にお聞きしました。

ポイントは値踏みをする際に活動する右側の前頭前野と、愛着と関連する左側の前頭前野の活動。また、消費者目線で「コト消費」の価値を高めるポイントについてもお伺いしました。

檀 一平太さん

中央大学 理工学部 人間総合理工学科 教授

国際基督教大学教養学部理学科生物学専攻卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程中退。学術博士。食品総合研究所主任研究員、自治医科大学医学部先端医療技術開発センター准教授等を経て、現職。主な専門は、認知脳科学、生理心理学、消費者神経科学。脳機能イメージング、生理心理計測、視線解析、サイコメトリクスなどを活用した応用脳科学研究を企業との産学連携共同研究を中心に展開中。趣味はサーフィン。

本記事のリリース情報

理工学部教授 檀 一平太:「IKEA効果」とモノの価値を判断する脳機能の研究をWebメディア「Welulu(ウェルル)」が紹介

目次

右の前頭前野が値踏み時に活性!モノの価値を決める脳のメカニズム

──檀先生、本日はよろしくお願いします。今回のテーマは「IKEA効果」、自分で作るDIYの経験が、なぜ商品に特別な価値を与えるのかについてお伺いできればと思います。

檀教授:はい。よろしくお願いします。

──まず、今回の研究を始めたきっかけを教えてください。

檀教授:私が所属する人間総合理工学科では、その頂点にウェルビーイングを置き、人間の幸福感や快適さを科学的に理解しようと取り組んでいますとしています。私はとくに、脳機能イメージングの成果を、脳の働きをビジネスに活かす、ニューロマーケティングなど新しい研究領域を探求しています。その中で今回は「IKEA効果」、自分で家具を作ることが商品の価値や値踏みにどう影響するかを調べることにしました。

──面白そうな内容ですが、脳に関する研究って難しく感じます。何か大変だったことはありますか?

檀教授:そうですね、今回の研究では従来の脳活動を計測する機器「fNIRS」だと、いくつかの難点がありました。fNIRSでは近赤外光を計測に用いて血流状態の変化から脳の活動を測りますので、一時的に情報を記憶する前頭前野など大脳の表面の領域は観察できますが、記憶や好みを司る大脳辺縁系のような脳の奥にある領域は捉えられません。これが大きなジレンマでした。

──私たちの好みに関わる脳の働きを知るには、表面ではなく奥の部分を見なければならないということでしょうか?

檀教授:はい。ただし、人間の思考には「速い思考(ファーストシステム)」と「遅い思考(スローシステム)」があります。これまでのニューロマーケティングでは、ひとめぼれのような直感的な判断、「速い思考」を重視していました。しかし、今回の「IKEA効果」の研究では、脳が情報を一時的に保存し、組み合わせて考える「遅い思考」プロセスに焦点を当てています。そうすると、脳の表面でも脳活動の変化を見ることができる、fNIRSで測れるようになりました

──なるほど。この「IKEA効果」による脳活動の解明が、私たちにどんな影響を与えるのでしょうか?

檀教授:実は、消費者行動に大きな影響を与えているのは、私たちが商品を購入するときの思考の仕方なんです。たとえば、自分で何かを作ったときの満足感が、その商品を特別なものに見せる。この理解は、マーケティング戦略や商品デザインを改善するのに役立ちますし、消費者自身も自分の購買行動をより深く理解し、選択をするのに役立ちます。

──檀先生は、このような消費者行動に関する研究は他にも過去に行われていたんですか?

檀教授:そうですね、これまでに、化粧品会社さんとファンデーションの価値評価に関する共同研究を行ないました。具体的には、ファンデーションを30秒塗った後、それがどれくらいの価値があると思うか、商品の価格を15秒で答えてもらう研究デザインでした。興味深いことに、価値を決める際の脳活動は、「いくら」と答える時点で活発になると予想していたのですが、実際は、それよりも、ファンデーションを塗っている最中でより活発になることがわかりました。

──その実験で何か特別な発見はありましたか?

檀教授:私たちが発見したのは、ファンデーションの価値を評価する際の脳活動が、右の前頭前野という領域で活性化されることです。しかも、ファンデーションを体験しているときにです。ここは、経済的な意思決定、値踏みや認知判断に関連する領域で、自分が高く評価するものほど、この領域の活動が高まっているのです

必ずしも一般的な「イチオシ商品」が最高評価を受けるとは限りません。人によって商品の評価が大きく異なり、例えば百円ショップの商品を高く評価する人も中にはいました。これは、個々人の好みや価値観が商品の評価に大きく影響していることを示しています。

──高い商品が必ずよいと感じる訳ではない…!少しわかる気もします。つまり、この商品はどのくらいの価値があるのだろう?と考えているときには、右の前頭前野が活発になっている。ということですか?

檀教授:はい。そして、この研究を通じてわかったことは、人々が商品を評価する際には脳に記憶されている一時的な過去の経験を踏まえて反応しているということです。つまり、消費者の個々の経験や感じたことの記憶は、その人がどのように商品の価値を感じるかに大きな影響を与えているのです。

「IKEA効果」の認知メカニズム。愛着が示す左前頭前野が活動!

──続いて、今回の本題になる「IKEA効果」や「コト消費」に関する研究について教えてください。

檀教授:はい。「IKEA効果」に関する脳活動を調査する際も、化粧品会社さんとの共同研究で使用したスキームと同じものを採用しました。実験では、参加者に商品を自分で組み立ててもらい、その後、その商品にどれだけの価値を感じるかを評価してもらいました。

──その結果、どのようなことがわかったのでしょうか?

檀教授:実験の結果、自分で組み立てた商品に対する愛着が高まることが示されました。しかし、全員が「IKEA効果」を感じるわけではなく、例えば30人中数人は効果を感じないという結果もありました。大多数の人には「IKEA効果」が発生する傾向がある一方で、組み立てることに愛着を感じない、たとえば面倒くさがり屋の人などには効果が表れないんです。

──中には、そういった人もいますよね。でも、自分で商品を組み立てたDIY経験が、商品価値を高める傾向にあることは面白い発見ですね。脳活動に関しては、どのようなことが観察されたのでしょう。

檀教授:自分で組み立てた商品とそうでない商品の脳活動を比較しました。

注目していたのは、商品の価値を評価する際の脳の右前頭前野の活動でしたが、自分で組み立てた商品の場合に、右側ではなく左前頭前野の活動が高まることがわかりました。この領域は、より感情的な結びつきや愛着に関する記憶に関連する部位なんです。

──左前の前頭前野にも活動が見られたんですね!

檀教授:はい。この結果は、「IKEA効果」が愛着につながる記憶に関連していることを示しています。つまり、自分で組み立てた商品には特別な感情やエピソード記憶が結びついており、それが商品の価値・評価に影響を与えていると考えられます。しかし、この部位は愛着だけでなく、言葉の選択など様々な機能に関与していますから、今後さらに「IKEA効果」をもたらす要因とメカニズムを探る必要がありますね。

でもこの研究結果は、「IKEA効果」のような「コト消費」においては、単に物理的な価値だけでなく、その商品による体験がポイントになっていることを示唆しています。これは、商品やサービスの開発、マーケティング戦略においても、消費者の体験を重視することの大切さを強調する科学的な知見と言えるでしょう

──「コト消費」において、やっぱり体験が重要とのことですが、例えば旅先で感動している瞬間なども左右の前頭前野が活発になっている。ということでしょうか?

檀教授:その可能性もあると思いますが、記憶のプロセスは「記銘」「保持(貯蔵)」「想起」の3つがあります。私たちの実験では、単に受動的に「面白い」「楽しい」というその場の体験だけではなく、一度経験を記憶に定着(記銘)して、それを引き出す(想起)ことの重要性を示しています。メーカーさんの考えとしては、とにかくよい商品を作ろう!と考えていると思うんですけれども、消費者にとって重要なのは商品力だけではないんですよね。

──脳に記銘して想起させるというプロセスが重要ということですね。

檀教授:はい。PCメーカーさんで例を挙げるとすれば、A社は高品質でハイスペックなPCを販売している、B社さんはスペックはそこまで、だけど低価格でサポートも充実しているとなった場合、必ずしもA社のPCを普段使いしたいとはならないと思うんですよね。壊れたときのリスクなども踏まえると、安心感のあるB社のPCを使いたいという人も多いはずです。

──あぁ~、なんとなくわかります。

檀教授:そういった意味でも、機能性や商品力だけではないところに、私たちは愛着を持ってしまうこともあると思います。

「コト消費」には、ストレスにならない程度の手間が大切

──消費者目線で体験価値を自分で上げるための工夫って何かあるのでしょうか?

檀教授:汗をかくことですかね。

──汗をかく…?

檀教授:これは行動実験しかしていないのですが、ある商品をWeb検索してもらい、“受動的”な情報をもとに買うか・買わないかの判断を決める際の値踏みを調査したことがあります。その際に、情報オーバーロードと呼ばれる、膨大な情報のせいで意思決定が困難になる現象が見られました。

──汗をかくとは“主体的”に動くことが大切ということですね。

檀教授:はい。自分から主体的に検索して価値があると思ったものを購入する場合は大丈夫なのですが、受動的な購入にはそういったネガティブな要因が見られる傾向もあります。過去に食品会社さんと行った実験でも、能動的に商品に関わることで価値が上がることがわかりました。とにかく、能動的に情報を仕入れて比較することが大切だと思います。

ちょっと個人的な話になるのですが、Webで購入して、今すごく心待ちにしている商品があるんですよね…。

──どういった商品でしょうか?

檀教授:とても大きいスケートボードみたいな運動用具なのですが、私としてはかなり珍しく衝動買いに近い買い物をしました。その品物が届いたら、どこに遊びに行こうとか、どう時間を使おうかとか、手元に届いていない時間をワクワクしながら過ごしているんです。そう考えると、商品が購入後すぐに届くことは必ずしも付加価値になる、とも言い切れないんですよね。

──最近だと数日以内に商品が届くのは当たり前になってきていますよね。待ち時間にワクワクできるのも、“主体的”に購入したことによる付加価値かもしれませんね。

檀教授:そういった意味でも、ストレスにならない程度に少しの手間をかけることも「コト消費」には重要です。これは「IKEA効果」も同じです。

──確かに、旅先に行っている移動時間などもそうかもしれません。何時間もかかるフライトは別ですが、一緒に仲間と過ごす移動時間、結構好きです。最後の質問になりますが、先生がこれから取り組む予定の研究や活動について教えてください。

檀教授:実は現在、ニューロマーケティングのベンチャー企業を立ち上げようと準備を進めています。今後は、視線解析や情報整理機能の解析など、より多角的なアプローチを取り入れていきたいと考えています

──それは消費者行動やマーケティングにどのように役立つのでしょうか?

檀教授:例えば、レストランに対する愛着やロイヤティを測定することで、消費者がどのようにブランドと関わっているかを理解することができます。また、視線解析技術は、消費者がどのように情報を処理し、商品に対してどのような反応を示しているかを可視化するのに役立ちます。実は視線解析の新手法を発明して、特許を申請中です。

解析機器の能力や分析技術も日に日に進歩していますので、これまで見えなかった詳細なデータを収集することも可能になってきています。

──今後、商品購入時にどのような心理が働き、脳が活動しているのか、より具体的になっていくんですね。

檀教授:はい。私たちの目標は、消費者行動の理解を深め、それを商品開発やサービス設計に活かすことです。脳波計測や生理計測などの技術を組み合わせることで、消費者の体験をより深く掘り下げ、新しい価値を生み出すことができるかもしれません。

──非常に前進的なアプローチですね。今後の進展が楽しみです。今日は貴重なお話をありがとうございました。

Wellulu編集後記:

自分で組み立てるDIY体験が商品に特別な価値を与える「IKEA効果」の現象は、左右の前頭前野の活動と関連していることが明らかになりました。とくに、自分で作った商品に対する愛着が高まることが示され、左前頭前野の活動が高まることから、感情的な結びつきや記憶に関連する部位が関与していることがわかりました。また、先生が仰っていた「汗をかく」という言葉も印象的でした。服も旅行も家具も、少し手間をかけて自分好みの商品を見つけてみてはいかがでしょうか?

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