「腸内環境を整える」。健康のカギとして腸の健康を意識して過ごしている人もきっと多いはず。今回、腸内の乳酸菌の量の変化とうつ病の関連性を発見し、今後のうつ病の予防や治療法への可能性を見出した昭和大学医学部精神医学講座の真田建史准教授にインタビューを実施した。真田先生の研究は、日々ストレスに晒されている私たちにとって、重要な知見となるはずです。このインタビューを通して、腸内環境と精神疾患の関係性や精神の健康のためのセルフケアなどを見ていきたい。
真田 建史さん
昭和大学医学部精神医学講座 准教授
本記事のリリース情報
・真田建史准教授(医学部精神医学講座)の記事がWelluluに掲載
昭和大学PRESS ROOM/昭和大学附属烏山病院PRESS ROOM
がん、アレルギー、気分障害…、身体疾患と精神疾患に影響する腸内細菌叢
── 今回の腸内細菌叢とうつ病の関連についての研究を始めたきっかけを教えてください。
真田准教授:精神科医として患者さんを診ていく中で、がんなどの身体疾患と違い、精神疾患の診断には客観的な指標がないと感じていました。多くの精神疾患は、基準が主に症状の有無や持続期間に基づいていて、診断を曖昧にしてしまってることなどから、精神症状に対する客観的な指標を見つけることに興味を持っていました。
そのような中、2014年から2年間のスペイン留学を経験し、そこで腸内細菌と精神症状に関する研究に出合いました。この研究は、うつ病や双極性障害を対象として、患者の便から腸内細菌を調べるもので、精神疾患の新たなバイオマーカーとして非常に興味深いものでした。帰国後、慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室の岸本泰士郎特任教授と共に、うつ病や不安障害の患者を対象に、便検体から腸内細菌叢の分析を始めたのが最初です。
──腸内細菌叢の研究について、最近よく聞く気がします。研究者の中でも注目されているのでしょうか?
真田准教授:そうですね。腸内環境が人の健康に広く影響を与えることが明らかになったことで、腸内細菌叢の研究が注目を集め始めました。例えば、代謝疾患やアレルギーの研究において、腸内細菌が重要な役割を果たしていることが示され、これらは精神疾患においても腸内細菌叢が重要な因子である可能性を示唆しています。
特にアメリカやヨーロッパといった海外では、10年前には既に精神科での腸内細菌叢の研究が始まっており、腸内細菌叢が精神疾患、特に発達障害やうつ病にどのような影響を与えているのかを明らかにしようとする試みが進んでいました。この流れを受け、私たちも日本で腸内細菌叢と精神疾患の関連についての研究を進めることになりました。
── これまでに分かっている腸内細菌叢が健康に及ぼす影響について詳しく教えてください。
真田准教授:現代の腸内細菌叢の研究は多岐にわたっており、高脂血症や糖尿病といった代謝疾患をはじめ、がんやアレルギー、炎症性腸疾患(IBD)など様々な疾患との関連が注目されています。例えば、潰瘍性大腸炎やクローン病といった炎症性腸疾患においては、腸内細菌叢の変化が病態に影響を与えていると考えられています。
ほかにも、アレルギーを持つ子どもは、幼い頃から抗生物質を多用しすぎることで免疫が弱ってしまいアレルギーが出ている、またそれらには腸内細菌が関わっていることも明らかにされています。
──身体疾患だけでも想像以上に多いですね。精神疾患と腸内細菌叢に関してはいかがでしょうか?
真田准教授:精神疾患の分野では、特に自閉スペクトラム症(ASD)や気分障害における腸内細菌叢の役割が注目されています。ASDの子供たちは、食生活が偏りがちなことから、これが腸内細菌叢と関連する可能性があると考えられています。アメリカなどでは、この分野の研究が進んでおり、プロバイオティクスなどの栄養補助食品を用いて、腸内環境を改善することで、ASDの症状に良い影響を与えることが期待されています。
乳酸菌の減少がうつ病の症状の重症度と関連することが明らかに
── 研究内容について教えていただけますか?
真田准教授:この研究ではうつ病の患者32名と健常者34名を対象に、それぞれのグループから便のサンプルを採取し、腸内細菌叢の構成を詳細に分析しました。うつ病患者と健常者の腸内細菌叢にどのような違いがあるのかを解析するものです。
我々は乳酸菌に注目し、この中で「ラクトバチルス・ジョンソニー」という特定の菌をマウスに経口投与し、マウスの行動の変化も観察しました。
── 研究結果について教えてください。
真田准教授:まず、うつ病患者の腸内細菌叢において乳酸菌の代表格である「ラクトバチルス属」の減少が特に顕著でした。ハミルトンうつ病評価尺度やマドラスうつ病評価尺度など、うつ病の重症度を評価する指標を用いて分析したところ、うつ病の重症度が高いほど「ラクトバチルス属」が減少していることが確認されました。このことは、「ラクトバチルス属」がうつ病の症状や重症度に何らかの影響を与えている可能性を示唆しています。
次に、心理社会的ストレスをかけた、強いストレスに怯えるマウスに対して「ラクトバチルス・ジョンソニー」という特定の乳酸菌を経口投与すると、より正常なマウスに近い行動を示し始めました。つまり、特定の乳酸菌がうつ病の予防や症状の改善に効果があることを示唆しています。
ただし、現時点での研究はまだ初期段階で、「ラクトバチルス・ジョンソニー」の減少がうつ病の原因となるのか、あるいは結果として現れるのかは明確ではありません。また、地域差や食生活などの要因も考慮する必要があり、さらなる研究や分析が必要です。
緊張するとお腹が痛くなる…、脳と腸の健康は関係している!
──続いて、「パキマン」を用いた研究についてもお伺いしたいのですが、そもそも「パキマン」とはどういった成分なのでしょうか?
真田准教授:「パキマン」は、抗炎症作用を持つことで知られる漢方生薬である「茯苓(ぶくりょう)」の成分です。今回、私たちが行なった「パキマン」を用いた研究は、ジョンズホプキンス大学医学部精神医学部門の神谷篤教授が着目していたことから始まりました。
そして今回の研究で、心理社会的ストレスをかけたマウスに「パキマン」を経口投与したところ、うつ病様行動への予防効果があることが明らかになりました。
──マウスを用いた実験にて、漢方生薬の「パキマン」と乳酸菌群のひとつである「ラクトバチルス・ジョンソニー」で同様の結果が見られたということですね。
真田准教授:はい。そして、今回の研究を通じて、腸の状態が脳に影響を及ぼすメカニズムも解明できました。細かく話すと難しいのですが、心理社会的ストレスをかけたマウスにおいてパキマンを慢性経口投与したところ、免疫反応を司る受容体「デクチン1」を介して、腸管におけるγδ17T細胞への分化と脳への移行を抑制していることがわかりました。
── 腸と脳が関係している。なんとなく理解できそうで、難しいですね。
真田准教授:例えば、日常生活で「緊張するとお腹が痛くなる」という経験をしたことがある人は多いのではないでしょうか。
── あ、その経験はあります!
真田准教授:このような現象は、腸と脳の密接な関係を示しています。これは心身症として広く知られており、精神的なストレスが身体的な症状として表れる典型的な例です。脳が腸にストレスの刺激を伝えて、お腹が痛くなり、便意をもよおします。逆に、「お腹の調子が悪いときは気分が沈む」という経験はないでしょうか。
腸内環境の健康が、精神的な健康にも大きな影響を及ぼすということは、私たちの日常生活においても非常に重要な意味を持ちます。
腸内環境を整えて心の健康をつくろう!
── 腸内環境を整えるために、日常生活で意識すべきポイント、食生活のアドバイスなどありますか?
真田准教授:腸内環境を整えるためには、まずは食事のバランスが重要です。特定の食品やサプリメントだけに頼るのではなく、様々な種類の食品をバランスよく摂取することが大切です。例えば、乳酸菌を含む食品は良いですが、それだけに偏ってしまうとバランスが崩れてしまいますよね。
日本の和食や地中海式の食事が推奨されますが、さまざまな食品群から栄養素を摂取することができ、バランスが良いことがその理由です。特に地中海式の食事において多く摂取される豆類やナッツは、健康に良い影響を与えるとされています。
また、うつ病患者さんの食生活を調べたところ、摂取エネルギーが少なく、食事の多様性が低い傾向にあることもわかりました。食事のバランスが健康に及ぼす影響は大きく、特に精神的な健康との関連性にも考慮する必要があるということです。
── 精神的な健康のため、心のケアや日常生活のコツを教えてください。
真田准教授:心のケアにおいては、一人ひとりに合った方法を見つけることが大切です。最近はマインドフルネスなどが注目されていますが、これがすべての人に合うわけではなく、重要なのは一人ひとりに合ったリラックス方法を見つけることです。例えば、アロマセラピー、お風呂でのリラックス、体を動かすことなど、自分に合うものを探してみてください。
また、日常生活での食生活や運動習慣も精神的な健康に大きく影響します。健康的な食事と適度な運動は、心身の健康を保つのに役立ちます。
通勤中にリラクゼーションの時間を設けたり、家でリラックスできる環境を整えたり、小さな工夫をすることが気分転換となり、ストレスに対処する引き出しを複数持つことが、精神的な健康を維持する上で役に立つはずです。
──最後に現在行っている研究や、今後行う予定の研究があれば教えてください。
真田准教授:現在、乳製品やコーヒーの摂取がうつ病患者の腸内細菌とどのように関連しているかに注目しています。既に過去の研究で、カフェインがうつ病に良い影響を与える可能性は示唆されています。また、スペインでも一日にたくさんのコーヒーを飲む習慣があったりして、うつ病に良いという報告もあるんです。
さらに、fMRIを用いた脳画像の研究も進めています。これは、うつ病患者の腸内細菌の状態と脳機能の変化との関連性を探るものです。具体的には、「ラクトバチルス・ジョンソニー」などの乳酸菌群が脳の特定の部分とどのように関連しているかを調べます。
腸内細菌の組成は人によって異なるため、食生活の変化で腸内細菌の組成がどのように変わるかも重要なテーマになっています。これらの研究結果を踏まえ、腸内細菌と精神的な健康の関連性についてさらに深く理解を深めることを目標に研究を進めています。
──真田先生、本日はありがとうございました。
Wellulu編集後記:
今回、腸内細菌叢の変化がうつ病にどのような影響を及ぼすのか、昭和大学の真田准教授に詳しくお話を伺いました。私たちの日常生活でもよく耳にする乳酸菌が精神疾患に影響を及ぼすというのは大変興味深く、現代のストレス社会を生きる私たちにどのようなヒントをくれるのか、今後の研究の行方がたのしみです。
精神科医。臨床診療では精神科全般を対象としているが、とくに専門としているのはうつ病。腸内細菌をはじめとして、精神疾患の新たなバイオマーカーの探索を行っている。昭和大学医学部医学科卒。2014年より2年間スペインへ留学。2019年より精神医学講座准教授。