今回、京都先端科学大学の総合研究所アクティブヘルス支援機構の木村みさか客員研究員に、健康と長寿に関する研究を中心に「健康維持のポイント」についてのお話をお伺いしました。適正体重の維持、食事と運動の重要性、そして若年層から高齢者までに必要な健康維持のアプローチについてなど、細かく解説してもらいました。また、成人を迎えると60歳までエネルギー消費量はあまり変わらない、基礎代謝量の低下が中年太りの原因とは言い切れないなど、若年から中年層が気になる情報をいろいろ聞いてみました。
木村 みさかさん
京都先端科学大学の総合研究所アクティブヘルス支援機構 客員研究員
本記事のリリース情報
【メディア】アクティブヘルス支援機構の研究がWebメディア「Wellulu」に掲載
生活環境改善・健康寿命延伸への取り組み!アクティブヘルス支援機構の研究
──木村先生、本日はお時間をいただきありがとうございます。早速ですが、これまでの取り組みや研究、アクティブヘルス支援機構における活動についてお聞かせいただけますか?
木村先生:私の研究は主に高齢者の体力と運動を含めた生活習慣にフォーカスしています。特に興味を持っているのは、高齢者の筋肉量や身体活動量、そしてこれらがどのように健康に影響を与えるかです。
私たちの研究チームは、高齢者の体力を簡便かつ安全に測定する方法を開発しました。これには握力や歩行速度の測定など、専門的な知識がなくても実施可能な方法が含まれています。私が最初に65歳以上高齢者の体力を測定したのは1980年、1989年には1000名以上の高齢者を対象にデータを収集しました。
当時、日本の高齢化率は10%に達していませんでしたが、このような研究は世界でも類を見ないものでした。最近は、高齢者の健康維持や生活の質の向上に役立てるために体力測定は実践的な場面で積極的に取り入れられています。
──確かに、世界レベルでもより高齢化が進んでいる日本での研究は注目を浴びそうですね。アクティブヘルス支援機構での取り組みについても、具体的にお聞かせいただけますか?
木村先生:アクティブヘルス支援機構を設立した目的は、大学や行政、企業など、さまざまな領域の方々とタッグを組んで健康寿命延伸に関するプロジェクトを展開することです。現在動いている大きなプロジェクトは、私が以前所属していた京都府立医科大学で立ち上げた「京都亀岡スタディ」です。亀岡スタディのデータとフィールド管理は、アクティブヘルス支援機構においてなされる体制が整っています。
私はバイオ環境学部の客員研究員ですが、アクティブヘルス支援機構では、京都先端科学大学や国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所、亀岡市などとの協力により、多様な分野の専門家と共同で研究を進めています。現在連携している研究者は、食や運動系、医療系がメインですが、例えば工学系の研究者と協力することで、高齢者の生活環境改善が高齢者の身体やこころ、社会的機能の活性化に繋がるような研究につながれば、もっと発信力が高まると思います。
既に、本学工学部の川上浩司教授は、効率化や自動化だけに盲進するのではなく、人の手間(人からシステムに向ける作用)に意義があるシステムを「不便益システム」と名付け、足で漕ぐ車椅子を開発されております。足腰の弱った高齢者でもこの車イスに乗って移動すれば脚の筋力が向上するかもしれません。私たちのフィールドでこれが証明できればすばらしいと考えています。
──健康寿命延伸のため、さまざまな専門分野の視点から研究を進めているんですね。
年齢によってエネルギー消費量はどのくらい変化する?
10代後半から60歳までエネルギー消費量はあまり変わらない!
──先生が取り組まれた「日々必要なエネルギーが年齢に伴ってどのように変動するか」の研究についてもお伺いできますか?
木村先生:この研究は国際的な科学者チームで行ったものです。研究では29カ国、6600人以上のデータが集められ、この中に私たちのデータも含まれています。年齢は生後8ヶ月から95歳までの範囲に分布していました。この研究で得られた主要な発見は、「エネルギー消費量が年齢によってどのように変化するか」ということです。
まず、エネルギーの絶対値に注目すると、10代後半の若者が最も高いエネルギー消費を示しており、その後、60歳ごろまでは大きな変化はありません。しかし、60歳を超えると徐々にエネルギー消費量が減少していきます。
──10代後半から60歳まで消費エネルギーに大きな変化はない…!驚きです。
木村先生:はい、そうなんです。一方で、体格で補正したエネルギー消費量を見ると、赤ちゃんが最も高く、20歳までに急激に低下します。その後、30代から60代まではほぼ変わらず、60代を過ぎると再び減少する傾向が見られます。これは、体のサイズが同一だったらと仮定した場合のエネルギー消費量の変動を示しています。
──赤ちゃんの頃が最も活発にエネルギー消費をしているということですね。
木村先生:はい、体格を加味した際はそのようなことが言えます。また、この研究では男女間のエネルギー消費量にも注目しました。結果として、体格で補正した場合、男女間の差はほとんど見られませんでした。これは、絶対値では男性の方がエネルギー消費量が高い傾向にあるものの、体格が同一であればその差はほぼないことを示しています。
年齢や性別によるエネルギー消費量の変動を理解する上で重要な意味を持ち、特に乳幼児期のエネルギー不足が成長に与える影響など、広範な健康問題に対する洞察を提供しています。
──乳幼児期のエネルギー消費とその後の年齢による変化について、詳しく教えていただけますか?
木村先生:乳幼児期は人間の成長が最も著しい時期で、それに伴ってエネルギー消費も非常に高くなります。例えば、生後1週間で赤ちゃんの体重は200から300グラム増加し、1ヶ月で500から1キログラム増えるのが一般的です。これは、乳幼児の体が急速に成長し、新たな身体機能を発達させるために多くのエネルギーを必要とするためです。
大体1年間で体重は約6キログラム増加し、身長も約25センチ伸びます。2年目以降の成長率はやや鈍化し、体重の増加は1年に約2キログラム、身長の伸びは年に約10センチとなります。成長のピークを過ぎると、エネルギー消費の増加も緩やかになるのです。
──確かに、赤ちゃんの成長は著しいです。大人はいかがでしょうか?
木村先生:20代から60代にかけては、身長の伸びがほとんどなく、エネルギー消費量も大きく変わらないというのが一般的なパターンです。しかし、60歳を過ぎると、エネルギー消費は徐々に減少し始めます。これは、筋肉量や身体活動の減少などによるものです。特に90歳代になると、エネルギー消費量は20代に比べ約26%減少するとされています。これは筋肉量の減少に伴う身体活動の低下や、基礎代謝率の変化によるものと考えられています。
このように、乳幼児期から老年期にかけて、人間のエネルギー消費は成長や身体の変化に密接に関連しています。それぞれの年齢で適切なエネルギー摂取と運動量を維持することが、健康管理において重要です。
お腹が気になる!「中年太り」の原因は?年齢?代謝?
20代から60代にかけて代謝は落ちていない
──20代から60代に大きな代謝の変化がないということは、「中年太り」は何が原因なのでしょうか?
木村先生:そもそも代謝とは、体内で摂取した食物をエネルギーに変換する過程のことを指します。この研究では、基礎代謝量も同様に20代頃から60代までほぼ変わらないことが明らかになりました。つまり、基礎代謝量の低下が中年太りの原因というのは、必ずしも正しくないことが示されています。
中年太りの原因としてよく挙げられるのは、「エネルギーの摂取と消費のバランス」です。例えば、1日に10キロカロリー、消費よりも摂取が多いとします。すると1年で約3650キロカロリーの余剰が生まれ、これは約400グラムの脂肪に相当します。このような小さな摂取量の過剰が、長期間にわたって蓄積することで、体重増加につながるのです。
──特に大人になればなるほど食事に幸福を感じる人は多いですよね。1日に10キロカロリーのオーバーを大目に見てしまっているかもしれません…。
木村先生:20代から60代にかけて、基礎代謝量は大きく変わりませんが、日常生活の中での運動量や活動量が減少することが多いです。学生時代に比べ、社会人になると運動量が減少し、それに伴って消費エネルギーも減るため、食生活を変えなければ体重増加につながります。特に、食事のカロリー過剰や、ビールなどのアルコール摂取が増えることも影響します。
この研究は、代謝が低いから中年太りになるという考え方を見直し、エネルギーの摂取と消費のバランスが重要であることを示しています。基礎代謝量の低下よりも、日常生活の中での運動量の減少や食生活の変化が、中年期の体重増加の主な要因と考えられます。
中高齢者の健康管理には適切な食事と適度な運動が不可欠
タンパク質の摂取がフレイルを予防する
──学生時代と代謝は変わっていないとすると、食事や運動量はどうか?という自問はポイントですね。他にも興味深いと感じた発見や、中高齢者の健康管理におけるポイントはありますでしょうか?
木村先生:はい、私たちの研究では特に中高齢者の健康管理において重要な発見がいくつかあります。たとえば、タンパク質の摂取量が多い人はフレイルになる確率が低いことが分かりました。フレイルは、健康と要介護の中間の段階であり、体力や各種の身体機能が低下している状態ですが、この段階で適切な対策を講じることで健康な状態に戻ることが可能です。
フレイルの判定には、基本チェックリストなどのツールを用い、身体機能の低下や生理機能の変化を評価します。このフレイルの段階を正確に判断し、適切な栄養摂取や運動を行うことで、要介護になるリスクを減らすことができます。
──タンパク質の摂取がフレイルを予防する。日常的にタンパク質は摂取しておくことが大切ですね。
木村先生:はい。中高齢者における健康管理には特に、適切な食事と適度な運動が不可欠です。特にタンパク質の摂取を意識することが、筋肉量の維持や各種身体機能低下の予防になります。日常生活における小さな変化が、長期的な健康維持に大きな影響を与えるので、せっかくこの記事を読んでくださっている皆さんには、今の自分の生活習慣を見直すきっかけにしてもらえたらうれしいです。
──他にもエネルギー摂取の適切な量やフレイル予防について推奨はありますか?
木村先生:エネルギー摂取に関しては、過剰でも不足でもフレイルになるリスクが増加します。フレイルのイメージとして痩せ細った高齢者を思い浮かべますが、太っていてもフレイルになります。「隠れ肥満」という言葉は聞いたことがありますか?
生活習慣病とフレイルのリスク大!隠れ肥満とは
──「やせメタボ(代謝的肥満)」に関する研究についてお話を聞いたことはあるのですが、「隠れ肥満」は初めて聞きました。どのようなリスクがあるのでしょうか?
木村先生:見た目は普通、あるいはほっそりとした体型でも、実は体脂肪の割合が高く、筋肉の割合の低い方を「隠れ肥満」と呼びます。隠れ肥満が続くと、生活習慣病にかかりやすく、年をとるとフレイルになりやすくなります。BMIは体型を分類する指標ですが、肥満を正しく判定するためには体脂肪量を測ることが望ましいです。
もう一つ、「少し太めの健康学」という言葉があります。特に高齢者の場合、少し太めの方が元気といわれています。私たちのデータでは、フレイル該当者はBMI22から25程度の方に最も低く、BMIはこれより低くても高くてもフレイル該当者が増えていました。
その他、私たちのデータから、フレイルとの関連を見ますと、食事のバランスが重要です。日本の食事バランスガイドをよく遵守している人ほどフレイルリスクが低いことがわかりました。
また、緑茶をよく飲む人はフレイルになるリスクが低いというデータもあります。歩数に関しては、1日に5000歩から7000歩のグループがフレイルのリスクが最も低いことが示されました。1日に1万歩というのは一般的によく聞く目安ですが、高齢者には5000歩から7000歩が適切な目標になりますね。
長寿社会を生きるための健康意識・健康習慣づくり
[中高年]BMIを知り、自分の身体に合った食生活と運動を考える
──中高年における健康維持やフレイル予防のための具体的なアドバイスはありますか?
木村先生:まず自分の体に関心を持つことが大切です。適正体重は、見かけだけではなく、体の内部機能を含めて考えるべきです。ただ、BMI(体格指数)は簡単に計算できます。これを使って適正体重を知り、それに基づいた適切な栄養摂取と運動を考えることは有益と思います。
肥満やフレイル予防には、体重管理だけでなく、筋肉量の維持や機能的な健康も考慮する必要があります。バランスの取れた食事を心がけ、適度な運動を日常に取り入れることが推奨されます。具体的には、食事バランスガイドに従って主食、主菜、副菜をバランス良く摂取し、特に動かない生活をしている方は、すき間時間に、ちょっとだけ身体を動かしてみてください。歩数を少しだけ増やしてみて下さい。
[若年層]座りすぎはNG! 毎日3000歩から4000歩を目安に歩いて健康維持!
──若年層の生活習慣についてはいかがでしょうか。
木村先生:見落としがちなのが、若年層であっても歩数や座りすぎには注意が必要な点です。最近の研究によると、3000歩から4000歩でも日常的に歩いている人は、生活習慣病のリスクが低いことが示されています。また、私たちの研究によると、高齢者に限らず、若年層でも座りすぎの時間が長い人は、体力の低下が認められ、生活習慣病のリスクが高まります。
現代のオフィス環境では、座っている時間が長くなりがちです。もちろん歩いたり身体を動かしたりすることができればベストですが、立って作業するだけでも「座りすぎ」のリスクは回避できます。座りすぎの時間が長いと、糖尿病や心疾患などのリスクが増加することは世界中の研究で示されています。長時間座ることが多い人は特に注意が必要です。
[若年層]若い頃から健康に対する意識を高めることが健康維持に繋がる
──長寿社会における健康維持のポイントについて、若い世代が今から意識すべきことは何ですか?
木村先生:長寿社会においては、若い世代から健康に対する意識を高めることが重要です。現代の若い人たちは、100年以上の寿命を持つ可能性があり、それに伴い健康寿命を延ばすことが重要になります。若い時からの健康習慣、特にからだ作りと体力の維持に関心を持つことが必要です。
さらに、長寿社会においては、ウェルビーイングや自己の健康状態に対する意識も重要です。生活習慣の改善や運動の習慣化は、長期的な健康維持において重要な役割を果たします。将来的には、現在の平均寿命を超えて生きている方の心と身体の健康状態や生活習慣に関する研究もますます重要になるでしょう。
──まさに、日々の積み重ねが歳をとってからの健康に直結しますね。冒頭のアクティブ支援機構の研究では、運動や食事の介入や体力を高く保つことが、医療費や介護費の削減に大きく貢献することも示されました。自分の体に関心を持ち、今の生活習慣を見直すことが、長期的に見て多方面でのウェルビーングにつながることがわかりました。
Wellulu編集後記:
今回、木村先生が取り組んでいる研究について、さまざまなお話をお伺いすることができました。特に、中高年における適正体重の重要性、フレイル予防のための食事と運動のバランス、そして長寿社会に向けた健康維持のポイントについて、高齢者だけでなく若年層の方々にも参考になるアドバイスをいただくことができました。長寿社会を生きる私たちにとって、健康で充実した人生を送るための指針となればうれしいです。
専門は応用健康科学。長年にわたって、運動や食事が体力や健康に及ぼす影響について、子どもから高齢者まで幅広い年齢層を対象にした研究を続けてきた。信州大学教育学部卒、京都教育大学教育専攻科修了、京都府立医科大学衛生学教室助手、大阪体育大学助教授、同大学大学院教授、京都府立医科大学看護学部教授、京都学園大学バイオ環境学部教授、同大学健康医療学部教授、同志社女子大学看護研究科特任教授、京都先端科学大学客員研究員、医学博士。