日本人の食生活に欠かせないと言っても過言ではない魚。
私たちにとって身近な食材であり、国内での消費量も多く、また、ビタミンやオメガ 3-脂肪酸(DHA や EPA)など、美容や健康をサポートする成分が豊富に含まれる食材でもある。
健康のために意識して摂取している人も多いのではないだろうか。ただ、過剰な摂取は、血液中のヒ素濃度を増加させ、高血圧のリスクを高めることが、名古屋大学大学院・医学系研究科環境労働衛生学分野の加藤昌志教授と香川匠大学院生の研究で明らかになった。
そこで今回は、魚の過剰摂取による健康リスクの関係性について伺ってきた。
※バランスよく摂取する場合には問題ないとのこと。
加藤 昌志さん
名古屋大学大学院 医学系研究科 環境労働衛生学 教授
香川 匠さん
名古屋大学大学院 医学系研究科 環境労働衛生学 所属
名古屋市立大学薬学部生命薬科学科卒業。名古屋大学医学系研究科修士課程医科学専攻修了。修士(医科学)。製薬会社研究職を経て名古屋大学医学系研究科博士課程に入学。医薬品や環境因子が及ぼす健康影響に関する研究に従事。日本学術振興会特別研究員(DC1)。日本バイオインフォマティクス学会認定技術者。
本記事のリリース情報
【メディア掲載情報】「魚の過剰な摂取がもたらす血液中ヒ素増加と高血圧のリスク」がメディアで紹介されました
ヒ素による健康への影響やそのリスクとは?
──まず、今回の研究に取り組まれたきっかけを教えていただけますか?
加藤教授: 私たちの研究は、飲み水の安全性に関する研究からスタートしました。途上国では飲み水が病気の原因になることがあり、特にバングラデシュなどの地域では井戸水に含まれる、発がん物質であるヒ素の量が非常に多いことが知られています。このようなヒ素汚染に関する研究を進める中で、日本人でも魚介類や海藻、ひじき、米類などの食品からの摂取はあり得るため、どのような食品を通じてヒ素が摂取され、どのような病気に関連するかを調査することが研究の主な目的となっていきました。
ひじきに含まれるヒ素による健康への影響は普通に食べる量では問題はない
── ヒ素と健康への影響やそのリスクについて詳しく教えていただけますか?
香川大学院生: ヒ素は自然界に広く存在し、特に水環境においては魚の体内に蓄積することがあります。これまで魚を通じて摂取されるヒ素のレベルでは、がんや重大な神経障害などの顕著な疾患は見つかっていません。そのため、魚に含まれるヒ素は無害であると考えられてきましたが、1日に1回以上の魚肉の摂取により、高血圧のリスクが高まることが本研究で新たにわかりました。
特に海藻や小魚などの魚介類に多く含まれていますが、土壌汚染が起こっている国の場合、そこで育った作物などにもヒ素が蓄積されることが知られています。日本でも、一時期ひじきがヒ素を含んでいると国の食糧庁が注意喚起をしたことがありますが、普通に食べる量のひじきでは問題はないとされています。
魚の食べ過ぎは高血圧のリスクに
── 今回の研究について教えてください。
香川大学院生: 今回の研究は、名古屋市在住の一般成人2709名を対象に行われました。参加者には基本情報(年齢、性別など)を提供していただき、生活習慣に関するアンケート調査も実施されました。このアンケートには、日本人がよく食べる約50項目の食事摂取頻度に関する質問が含まれています。例えば、パン、麺、米、魚肉や海藻類を含む魚介類、納豆などです。さらに、参加者の血液サンプルを分析し、ヒ素の濃度を測定しました。
── 研究方法およびどのようなことがわかったか教えてください。
加藤教授: 年齢、性別、体重などの要因が血圧に与える影響を統計学的に考慮しました。また、一般的にはナトリウムが血圧に与える影響も大きいとされているため、ナトリウム摂取量も考慮した上で、食生活とヒ素と高血圧の関係性を探りました。その結果、魚肉の過剰摂取が日本人の血中ヒ素濃度増加に大きく影響し、高血圧のリスク増加に関連することがわかりました。
魚を多く食べる人は血中ヒ素濃度が高くなり、高血圧のリスクも増加する
── 約50項目あったとのことですが、特にどの食品でどのような結果が出たか教えてください。
香川大学院生:魚肉や小魚、海藻等の魚介類を多く食べる人で血中ヒ素濃度が高くなることが示されました。その中で、高頻度で魚肉を多く食べる人々では血中ヒ素濃度が高くなり、それに伴い高血圧のリスクも増加することが判明しました。また、マウスを利用した動物実験でも、魚肉に含まれるヒ素が血圧に影響を与えることが示され、本研究の知見が確認されました。
加藤教授: 反対に、肉類や乳製品を多く摂取する人では、血中ヒ素濃度が低くなる結果も出まし た。これは、肉類や乳製品が血中ヒ素濃度を下げるというよりも、肉類や乳製品を多く摂取することで、魚介類の摂取が少なくなっていることが影響しているかもしれません。
良い成分も摂りすぎは効果が頭打ちに!適量をバランス良く!
──これまでの研究を通じて、食生活や栄養摂取に関するアドバイスは何かありますか?
加藤教授:特定の食品に偏らず、多様な食品を適切な量で摂取することが、結局、健康に良い影響を与えると考えられます。ヒ素の摂取を避けたい場合にも、同じ食品を過剰に摂取することは避けて、バランスの良い食事をとることが重要になると考えられます。
── 普段の食生活を送る中で、ヒ素を除去したり、摂取をなるべく減らすためにできる調理法や対策などありますか?
加藤教授:例えば、ひじきの場合、水に浸すことでヒ素はある程度減少します。しかし、細菌等の有機物とは異なり、煮沸によってヒ素等の無機物の毒性を低下させることは難しいことが知られています。そこで、私たちは、ヒ素を吸着・除去 できる粉末状の浄化材を開発しました。この浄化材による飲用水の水質改善効果は、高く評価され、多くの賞を受賞しました。私たちは、この浄化材を応用し、ヒ素だけでなく、水銀やカドミウムも吸着できる食器(ドクター食器®)の開発を進めています。
──最後に、これからの取り組みや現在進行中の研究について教えていただけますか?
香川大学院生: 食生活が高血圧に及ぼす影響について、ナトリウム・カリウム・ヒ素などの元素との関わりをさらに解明し、健康な食生活の指針を提供したいと思っています。また、高血圧だけでなく、様々な病気と元素の関連性を調査し、どの食品がどの元素を増減させ、それがどのように病気につながるかを研究し、人々の健康とウェルビーイングに貢献したいと考えています。また、血液や尿のサンプルを長期にわたって追跡調査しています。これにより、近い将来、食生活とがんのリスクとの関連を明らかにすることができるかもしれません。
──加藤教授、香川さん、本日はありがとうございました。
Wellulu編集後記:
食生活が体内にどのような影響を及ぼし、健康にどう関わるかについて、今回のインタビューを通じて改めて理解することができました。また、何よりも適度な摂取・バランスが重要で過剰摂取はよくないことを痛感しました。先生方は今後も、長期にわたる追跡調査を通じて、食生活とがんリスクの関連を明らかにしようとするなど、今後のウェルビーイングの向上を目指して研究を続けられるとのこと。これからの健康や疾病予防などさまざまな方面での活用が臨めるものだと感じました。今記事を通じて、質のよい食生活がもたらす健康効果を正しく理解し、日常生活の参考としていただければうれしいです。
1995年名古屋大学大学院医学研究科修了・博士(医学)取得。同年名古屋大学医学部免疫学講座助手、2000年同大学大学院医学研究科微生物・免疫学講座助教授、同年ダートマス大学医学部Visiting Professor、2003年金沢大学大学院医学系研究科環境社会医学講座環境生態医学(公衆衛生学)助教授等を経て、2013年1月より現職。2021年9月より消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。2022年3月より日本衛生学会副理事長。第5回花王研究奨励賞(医学・生物分野)(2003年)、日本衛生学会奨励賞(2006年)、ロート賞(2008年)、武見奨励賞(2014年)、三井物産環境基金優秀賞(2015年)、遠山椿吉賞(2017年)、保健文化賞(2018年)、日本衛生学会賞(2019年)等。