
高齢化や人口減少に直面している日本の課題は多い。なかでも懸念されているひとつが、食の生産や加工に関わるプレイヤーの減少で、食市場そのものを縮小させる恐れも含んでいる。
そんななか、三菱地所株式会社は2026年、神田エリア(東京都)に食や農に関するビジネス・産業支援施設を開業予定だ。その仕掛け人は、広瀬拓哉さん。開業を前にして、これからの食産業や農業・水産・畜産業を担う地域の生産者や加工者と共に、都市の生活者が豊かな食や社会を構築する活動『めぐるめくプロジェクト』を推進し、すでに20以上もの共創プロジェクトを生み出している人物である。
今回は広瀬さんに、三菱地所が「食と農」「地域」をテーマにした背景や、地域越境の共創を生み出す仕掛けづくりについて、Wellulu編集部プロデューサーの左達也が話を伺った。

広瀬 拓哉さん
三菱地所株式会社 丸の内事業部、めぐるめく発起人

左 達也
Wellulu 編集部プロデューサー
福岡市生まれ。九州大学経済学部卒業後、博報堂に入社。デジタル・データ専門ユニットで、全社のデジタル・データシフトを推進後、生活総研では生活者発想を広く社会に役立てる教育プログラム開発に従事。ミライの事業室では、スタートアップと協業・連携を推進するHakuhodo Alliance OneやWell-beingテーマでのビジネスを推進。Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。毎朝の筋トレとランニングで体脂肪率8〜10%の維持が自身のウェルビーイングの素。
食と農を通じて「やさしさ」がめぐる社会を目指す『めぐるめくプロジェクト』
左:今日は不動産ディベロッパーである三菱地所さんが、なぜ食や農をテーマにした『めぐるめくプロジェクト』を推進しているのか、そのストーリーをお伺いできたらと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。
広瀬:よろしくお願いします!
左:はじめに、広瀬さんが立ち上げた『めぐるめくプロジェクト』について教えていただけますか?
広瀬:『めぐるめくプロジェクト』は、これからの食産業や農業・水産業・畜産業を担う地域の生産者や加工者などと、都市で暮らす生活者が相互に理解を深め、交流し合うことで、豊かな食や社会をつくるプロジェクトです。食農産業と地域にポジティブインパクトの創出を目指し、約2年間で20を超える共創プロジェクトを生み出しています。2026年には東京都千代田区内神田1丁目に、食や農に関する分野の企業活動支援及び交流促進を目的にした拠点を立ち上げる予定です。
左:現在はイベントやプロジェクトを中心に活動されていて、施設はこれからオープンされるんですよね。そもそも、このプロジェクトはどのように始まったのでしょう?
広瀬:東京の街を国際競争力の高い地域にしていくため、大丸有(大手町・丸の内・有楽町)エリアの再開発を進めています。たとえば大手町では、日本初のFinTech(フィンテック※)拠点「The FinTech Center of Tokyo FINOLAB(フィノラボ)」や、環境・社会解決をテーマにした「3×3Lab Future(さんさんラボ フューチャー)」のような取り組みがあります。
※FinTech(フィンテック):金融(Finance)と技術(Technology)を掛け合わせた造語。金融サービスとIT技術を組み合わせることで生まれた新しいサービスや事業領域などを指す
そして、まちづくりを広げていく次のアプローチとして、内神田一丁目計画に白羽の矢が立ったわけです。なぜ食や農を切り口にしたかというと、農林中央金庫さんなど農や水産に関わる団体が入居するコープビルの再開発事業であることと、土地の歴史的背景が関係しているんです。
左:神田の歴史的背景ですか?
広瀬:はい。拠点ができる予定の場所には、かつて「鎌倉河岸(かまくらがし)」が存在し、江戸のまちづくりの起点として栄えていました。後に繊維や食料の荷上げも始まってできあがったのが「神田青果市場」です。神田エリアは元来「食」にゆかりのある場所なんです。
左:そうだったんですね! 現代では一般的に「神田=食」のイメージはあまりない印象だったので、少し意外ですね。
広瀬:特にユニークなのが、「居酒(いざけ)」の文化が生まれたエリアだということです。元来、お酒は酒屋で買って家で飲むものだったそうですが、江戸城築城終わりの職人がお店に立ち寄って一杯飲んで帰るというように行動が変化しました。そのきっかけとなったのが「豊島屋酒店」という酒屋で、まさに今回拠点となる場所にあるのです。
左:それはご縁を感じますね。なぜ三菱地所さんが、食や農をキーワードにしたのか理解が深まりました。
都市開発で得た知見を地域に還元し、未来をつなぐ
左:広瀬さんはもともと食や農に関心があって『めぐるめくプロジェクト』の担当者にアサインされたのでしょうか?
広瀬:じつは特別興味があった分野ではなかったんです。ただ私は“スーパーサラリーマン体質”だと思っています。目の前のテーマを面白がって、とりあえず全力で取り組むことができるタイプだと思うんです。そこがアサインされた理由のひとつだと考えています。
左:与えられたものを好きになって、突き進む力があるということでしょうか。とてもいい能力ですね! 広瀬さんの精力的な活動やネットワークを拝見していると、納得です。
広瀬:不動産ディベロッパーのキャリアとしては、前職では本社ビルの建て替えなどを担当していました。拠点作りには、建物というハードと、テーマや人が交わるソフトの二側面がありますよね。これまでは主にハードの開発に取り組んでいましたが、両側面からのアプローチが大事だと感じていました。そんな時に、三菱地所では新しいプロジェクトテーマが決まり、ハードだけではなくソフトも推進できる人物を探していたようで、2020年に採用していただきました。
左:ちょうどコロナ禍真っ只中の時期でしょうか。食を通じて地域とつながるには、さまざまなハードシングスを乗り越える必要がありそうですよね。
広瀬:そうですね。ただゆっくりと考える時間もできたので、知り合いに相談しながらアイデアを詰めていきました。ある日、デザイン系のコンサルティングファーム出身の友人が日本酒の魅力を教えてくれたんです。日本酒文化の背景にあるストーリーや作り手の想いは素晴らしいものがあるのに、ワインなどのアルコール飲料に比べて価格が上がりづらいと……。課題解決につながるような日本酒アプリの開発を検討していたので、まずは現地に行って肌感を探ってみようという話になり、福岡県糸島市にある白糸酒造さんの訪問に同行することにしたんです。
ほかにも清酒発祥の地である奈良県や、農家さん巡りもしました。訪問を重ねるにつれ、日本酒造は地域に昔から根付く活動であることに気づいたんです。地域でお米を仕入れてお酒を作るって、地域づくりそのものですよね。
左:日本酒造は昔から地産地消を支えてきた、地域の担い手と言えますね。
広瀬:ですので、新しい拠点で食や農をテーマにするなら「地域」というキーワードも外せないのではないかと考えるようになりました。私は地域やまちの活性化につながる取り組みこそ、まちづくり会社のアイデンティティではないかと思っています。「食農×地域」は三菱地所がやるべきだと確信し、『めぐるめくプロジェクト』を始動させました。
左:三菱地所さんが丸の内開発で培ってきたノウハウを、他の地域に還元していくということですね。
広瀬:そうですね! まちづくりは長期的なスパンで構想し仕掛けていくものだと思っています。丸の内は、2002年に丸ビルを竣工し、10年以上かけて丸の内仲通りを活性化させてきました。銀行の窓口が15時で閉まるとシャッターをおろす閑散とした通りでしたが、働きたいと思えるオシャレで洗練された街になれば、土日でも人で賑わいますし、その結果オフィスの収益も拡大していきます。
左:確かに、丸の内の印象は丸ビル竣工以降、大きく変わりましたね。
広瀬:先人たちがまちづくりに取り組んできたおかげで、丸の内は人口減少の時代においても、多くの人に愛される地域になっていると思います。私たちが次の10年ですべきことは、丸の内への再投資だけではなく、丸の内で培ってきたものをいかに広義の社会へ還元できるか。一方で丸の内では、高層オフィスビルと低層商業施設というハードを作って街を盛り上げる手段を取りましたが、地域にも同じようなハードを作ればいいかといえば、それは必ずしも正解ではないと思うんです。
左:丸の内の成功体験がそのまま他の地域にも当てはまるわけではない。地域が何を求めているかが大切ですね。
広瀬:その通りです。場所が変われば手段も変えていくことが必要です。だからこそ、ソフトコンテンツを持って地域を活性化させることこそ、三菱地所が今やるべきことだと信じています。
シナジーとセレンディピティが化学反応を起こす
左:『めぐるめくプロジェクト』は、地域越境の座組設計が素晴らしいですよね。地域ごとにしきたりやルールが存在するなかで、共創プロジェクトを推進するためにどのようなことを意識しているのでしょうか?
広瀬:「地域へのリスペクトを持つこと」と、「地域の人と一緒に進めること」の2つを念頭に置いています。たとえばスピンオフ企画『わたしたちのまちづくりサミット』はさまざまな地域で開催しているのですが、毎回実行委員長は地域の方に担っていただき、ソフトやコンテンツ主導のまちづくりを進めていこうというメッセージを共に発信しています。
左:なるほど。イベントを作るうえでこだわっていることはありますか?
広瀬:コロナ禍を経て、オンライン・オフライン共にイベントが増えましたよね。個人的に、イベントにおいて学びを得るという点では、オンラインでもオフラインでもさほど変わらないことが多いように感じています。でもリアルの価値は必ずあると思っていて、私たちは対面だからこそ生まれる熱量の高い結びつきや、ステップアップにつながるきっかけづくりに真剣に向き合っています。
左:秋田県から福岡県の現地会場までいらっしゃった参加者もいましたよね……!
広瀬:嬉しかったですね。同時に、期待してくださっている方へ、私たちができる提供価値が何なのかを本気で考え続けなくてはいけないと身が引き締まる思いでした。
左:近年はイベントコンテンツが飽和状態にあると思うのですが、『めぐるめくプロジェクト』で行われているイベントはどのようなポジションだと思いますか?
広瀬:対話による「タベモノヅクリ(※)」の新たな価値創出を目的にしたディスカッション企画『ハタウチカイ』は、利他共生の精神に近いと思います。畑打(はたうち)とは、畑に種を植える前に、みんなで協力して土を掘り起こして柔くし、芽が出やすい環境に整える農業の季語のことです。
※タベモノヅクリ:めぐるめくプロジェクトで定義している「食の生産・加工」を表す言葉。食べ物+モノづくりの造語
『ハタウチカイ』は、あるプレイヤーの新たなチャレンジに対して周りの人がアドバイスをしたり、つながりや情報など持てるリソースを共有しあい、共創プロジェクトへと発展させていく場をつくっています。誰かのためにした行動が、めぐりめぐって自分へ返ってきて、そして関わる人全員で一緒に良い土壌を作っていく循環がぴったりだと思い、このネーミングにしました。
左:『ハタウチカイ』から、新しいプロジェクトや「地域×〇〇」の掛け算が生まれ、可視化されていくとより良い場になっていきそうですね。これまで『めぐるめくプロジェクト』をきっかけに生まれた事例には、どんなものがありますか?
広瀬:たとえば、創業約100年になるおやきの老舗「いろは堂」さんの地域越境プロジェクトがあります。おやきは家庭料理として親しまれている長野県の郷土料理で、野菜がたくさん入っていて栄養価も高いワンハンドフードです。しかし、現在は土産品としての認知に留まっているのが現状でした。そこで「おやきを日常食にしたい!」と『ハタウチカイ』で手を挙げてくださったんです。
それに反応してくれたのが、全国トップクラスの農業産出額を誇る東三河地域、愛知県豊橋市の方でした。『めぐるめくプロジェクト』の企画を通じて両者が出会い、現在豊橋市名産の大葉を入れた「豊橋おやき」を作ろうという話まで進んでいます。
左:面白いですね! これまで地域同士の掛け算はあまり行われていませんでしたよね。
広瀬:さらに、いろは堂さんはサンフランシスコ発のBean to Barチョコレート「ダンデライオン・チョコレート」を活用したおやきの開発も進めています。チョコレートとおやきという異色のコラボレーションにより、売上と認知度が上がり、若者がおやき事業に関心を持ち始めれば、地域の雇用創出につながる可能性もあります。
このように『めぐるめくプロジェクト』は、地域が本来持っている価値が共創を通じて次のステージへ進み、日本のタベモノヅクリの価値をさらにアップデートしていく仕掛けを生み出す場に成長しています。
左:素晴らしい取り組みですね。広瀬さんは、地域の方を巻き込むために意識していることはありますか?
広瀬:うーん……、地域の方々の熱量に負けないくらいの熱量を持つことかもしれません。こう見えて私も仕事をつらく感じる瞬間が多少なりともあるのですが、周りからは常に楽しそうに働いていると思われることが多いんです。なので、「広瀬の話に乗ったら、何か面白いことが起きるんじゃないか」と期待してもらえるように、全力で走り続けるしかないですね。
左:わかる気がします!
広瀬:それと、私は人の取り組みを「ジブンゴト」として伝えるように心がけています。いろは堂さんの時も、おやきの回し者かと思われました(笑)。対話するなかで、解釈を広げたり縮めたりしながら相手と交わるところを探していくと、大事にしている部分を引き出せるようになります。そのうえで「だから、一緒におやきの現場を見にいこう!」「〇〇さんを紹介します!」と声をかけるので、自然と共感型の巻き込み方をしているかもしれないですね。
左:人を巻き込むストーリーは大事ですよね。私がイベントで特に印象的だったのは、パンケーキ企業から海藻を活用したスタートアップまで多様な人たちを一同に集める、広瀬さんの巻き込み力です。あえて異質同士を組み合わせて実験をしているように思えたのですが、ゆらぎを含めて意図的に設計されてますよね?
広瀬:はい、じつは色々と考えています。半分はシナジーが感じられる人たちを意図的に呼んでいますが、残り半分はセレンディピティに期待する人たちの割合になるように計算していますね。「交わったら、何かが起きる“かも”」「世界観が似ている“かも”」「AさんとBさんに共通する部分があるから、それに気付いたらすごくいいことが起きる“かも”」と想像を膨らましながら、場をつくっています。
左:“かも”しれない……! いいですね。イベントの登壇者をどういう組み合わせにするか、吟味するのにも時間がかかりそうです。
広瀬:地域や農家の方々の中には、今日生きるか死ぬかのせめぎ合いで戦っている人もいらっしゃるので、急な予定変更をお願いされることもあります。日々全力で走る彼らと対等に渡り合っていくためには、さまざまな課題を理解したうえで、受けとめながら進んでいく必要があると強く思っています。
ソフトコンテンツを活かしたリアルな場づくり
左:未来のことについてもお伺いしたいです。まずは2026年、内神田にできる新拠点をどのような場所にしていきたいか、展望を教えてください!
広瀬:『めぐるめくプロジェクト』は場所ができたから使ってもらうのではなく、場を使いたくなるシチュエーションを作れるかにチャレンジしています。昨今、イベント会場や交流スペースが増えてきていますが、価格競争や立地の良さを売りにするのではなく、場の需要創出から始めていきたいと思っています。
前提として、『めぐるめくプロジェクト』はハードありきではなく、関わっていれば何か新しいつながりに出会えるかもしれないというソフトコンテンツを主体にした場づくりなので、リアルな拠点は価値の一要素なんですよね。ですので、関わる人たちが「リアルな場所があったら、この共創プロジェクトがさらにブーストしそう!」と感じて、活用していただける場所になれば嬉しいと考えています。
左:広瀬さんのように、ソフトを中心に設計された拠点づくりプロジェクトは貴重だと思います。つながりをつくっていくことは、ウェルビーイングの観点でも大切なポイントなのでとても興味深いです。
最後に、広瀬さんはどんなときにウェルビーイングを感じるかお聞きしてもいいですか?
広瀬:具体的には、2022年に秋田県男鹿市でサミットを開催したときにウェルビーイングを感じました。秋田の陸の孤島である男鹿半島に、約100人が集まったんです。初めて主催したイベントだったので、とても嬉しかったですね。
左:男鹿に100人が集まるのは、すごいですね……!
広瀬:何かする時には、自分のやりたいことと、相手のやりたいことが一致するところを見つけられることが豊かさだと感じました。例えば、自分のやりたいことと、会社の目指すところの重なる領域を見つけられたら、そこに一生懸命取り組むのはとても楽しいことです。会社だけではなく人間関係も同じですよね。想いが重なる部分を見つけて、共に前を向く関係性を築けることが一番良い状態だと思っています。その重なる部分で物事が円滑に進んで、新しい価値が生み出された瞬間こそ、私にとって最高のウェルビーイングです。
左:広瀬さんらしくて素敵です! エネルギッシュな印象がありますが、ご自身を突き動かす原動力とは何でしょうか?
広瀬:良い意味で、周りが“やばい!”と思える人たちで溢れていることです。自分より年齢も経験も重ねている人が、次々に新しいチャレンジをしている姿を見ると、自分はまだまだだと気合いが入ります。私を突き動かすエネルギーとなるものは間違いなく「僕の周りにいる友人たち」ですね!
左:広瀬さんは地域の方と共創していくなかでの“つながり”をとても大切にされている方だと思いました。特に最終的にコミュニティへとつながっている部分が、Welluluの在り方と近しいものを感じます。『めぐるめくプロジェクト』を通じて、各地域で新しいつながりやプロジェクトが生み出され、ウェルビーイングが広がっていくことが楽しみです! 本日はありがとうございました。
1985年東京生まれ。大学院で建築学を専攻後、不動産デベロッパーに入社。オフィス・商業複合開発に10年以上携わりながら、持続可能な日本の食と農産業の活性化を目指す「めぐるめくプロジェクト」を立ち上げる。全国の地域チャレンジャー、企業や大学、スタートアップなど領域を超えた共創プロジェクト創出をサポート。それらの活動をさらに拡張し、これからのローカルなまちづくりの在り方を模索する「わたしたちのまちづくりサミット」も主宰。