
おもに女性のインナーウェアを取り扱う衣料品メーカー「ワコール」。
同社の研究開発部門「ワコール人間科学研究開発センター」では、長年にわたって「女性の美しさ」について科学的に研究している。そして、研究データを踏まえて開発されたコンディショニングウェア「CW-X」には独自の理論がつまっている。ワコールならではの強み、コンディショニングの重要性など、詳しいお話を伺ってきた。

松井孝明さん
CW-Xブランドマネジャー
ワコール人間科学研究開発センターってどんなところ?
かたち・動き・心地よさ。女性の美しさを科学的視点で研究
── 女性のインナーウェアのブランドとしてなじみ深いワコールですが、まずは「ワコール人間科学研究開発センター」について教えてください。
松井さん:「ワコール人間科学研究開発センター」は、1964年に設立された研究開発部門です。当初は「研究所」でしたが、研究だけでなく、ワコールの商品開発の中心を担うことから、「開発センター」に名称変更されました。
ワコールは「美」を追求する企業として創業しましたが、当時はまだ女性の体型に関する詳細なデータがほとんど存在していませんでした。そこで、女性の「美しさ」を科学的に追求し、製品開発に活かすことを目的に、「ワコール人間科学研究開発センター」が設立されたんです。
── ものづくりに欠かせない基本の部分になりますね。
松井さん:はい。1964年発足当時に、最初にやったのは 「計測データベース」「ダミーづくり」「美の基準発表」という3つのことです。この中のダミーづくりとは、日本人の身体にあった立体裁断の仕組みを作り出すためのものでした。たとえば、女性のバストの大きさや形状など、人それぞれの違いがありますよね。そこで、たくさんの方の身体を計測し分析・研究することで、多くの日本人女性に合いやすい製品を開発するためのトルソーをつくりました。
年代別に見る!体型が変化する「スパイラルポイント」
──そのほかにはどのような研究をされてきたのでしょうか?
松井さん:研究所(現センター)の設立からすぐに、「美の基準」の研究しています。1960年代後半には「ゴールデンプロポーション」、1979年には「ビューティーフルプロポーション」、1995年には「ゴールデンカノン」と、時代ごとの美しさの基準を示す研究をおこなってきました。また、加齢にともなう女性の身体の変化に関する研究として、2000年に「スパイラルエイジング」という概念も発表しました。これは、女性の身体は、10代・20代・30代のライフステージごとに3度のスパイラルポイントがあり、どのように体型が変化するのかを分析したものです。
近年では、無重力環境でのバストの形状に関する研究をおこないました。日常生活の中におけるバストの動きを観察した結果、日常の何気ない動作の中でも、バストはあらゆる方向に動いていて、皮膚が伸ばされている状態が起きていることが分かったのです。そこで、バストを覆う皮膚と重力に着目。実際に飛行機で実験した結果、無重力環境でのバストの形状は底面が上がって、「丸」に近い、皮膚への負担が少ない形状になることがわかりました。得られたデータをもとに、バストへの重力負担を軽減する新しいブラジャーを開発し、日常の様々な姿勢においてもバストが重力の影響を受けていない状態に近いまる胸をキープできる下着を作ることができたんです。
──面白い研究ですね!時代によって変わる美を追求し、よりよい商品を開発するための軸となっているんですね。
松井さん:私たちは、人それぞれがもつ美しさをどのように引き立たせるかを大切にしています。無理して美しくあるのではなく、魅力を最大限に引き出すためには「快適さ」も重要な要素です。たとえば、ワコールのガードルは「はく前はきつく感じるけれど、はくとしっかりフィットして動きやすい」という特徴があります。
また、一人ひとりの美しさや快適さを追求するうえで、ウェルビーイングの考え方もベースにあります。「静的な美しさ」だけでなく「動的な美しさ」にも注目し、下着だけでなくスポーツウェアやパジャマなどの開発にも力を入れていますよ。
テーピングを着る?コンディショニングウェア「CW-X」
──「動的な美しさ」に注目される中で、スポーツウェアとしても人気のあるコンディショニングウェアブランド「CW-X」を開発されたのでしょうか?
松井さん:「CW-X」の開発のきっかけには、1980年代後半に流行したスキーブームが関係しています。当時、研究員の家族がスキー中に転倒し、膝を負傷したことがありました。その際、その場にテーピング技術をもつ方がいて、適切な応急処置を受けることで無事に下山できたんです。そこから、テーピングを取り入れたウェアが出来れば専門的な知識がなくてもテーピングの効果を体感でき、いつまでもスポーツを楽しめるのではないか?こんな想いから、ウェアにテーピング機能を取り入れるための研究を開始しました。
── テーピングのサポート力はすごいですね!ただ、一度貼って剥がしたら再利用できないことや、貼る技術が必要だと感じます…。
松井さん:そうなんです。一般的なテーピングは、一度貼って剥がしてしまうと再現性がなくなってしまいます。そこで、「CW-X」では、テーピングの原理をウェアに組み込むことで、着用するだけで同じ効果を得られる技術を開発しました。また、運動時に毎回テーピングを巻くのは大変ですが、CW-Xならはくだけで同じような効果が得られる手軽さも大きな魅力の1つです。
股関節を中心に各部位を整える「テーピング原理」
── テーピングの原理をウェアに応用するというのは画期的ですね。具体的にはどのような技術が使われているのでしょうか?
松井さん:そもそも、一般的な「テーピング」とは、解剖学的な構造の外傷や障害を一時的に接着して補う役割があります。ワコールでは、この考え方をもとに、筋肉の流れに沿って適圧でサポートする、筋肉のバランスを整えて関節を安定させる「独自のテーピング原理」を提唱しています。
たとえばスポーツタイツでは、膝周りの安定性を向上させるために、どのように筋肉を支え、どの方向に力をかけるのがよいかを徹底的に研究しました。また、膝とあわせて股関節のサポートも重要です。「CW-X」では、股関節周りの安定性を高めるために、関節部分を適度に押さえ込む機能を設計に組み込みました。
「股関節サポートショーツ」として展開するインナーウェアは、スポーツ選手の方にも長く愛用いただいており、股関節まわりの重要性を感じています。
──身体の中心に位置する関節なだけあって、大切な部分ですね。
松井さん:股関節は、上半身と下半身をつなぐジョイント部分であり、怪我をすると日常生活の動作に大きく影響します。私たちは、身体の関節や筋肉がどのような役割をもつのかを常に考えています。独自のテーピング理論によって、膝や股関節、太もも裏側のハムストリングスやふくらはぎなど、それぞれの部位ごとに目的をもってサポートしているんですよ。
── ただ固定するだけでなく、身体を整えてサポートする。それこそが「独自のテーピング理論」をもとに開発された「CW-X」なんですね!
松井さん:おっしゃるとおりです。ちなみに、ブランド名の「CW」は、「Conditioning Wear(コンディショニングウェア)」の略称です。コンセプトである「コンディショニング」とは、身体を整えて自分の本来あるべき状態をつくること。身体を動かす際は、まず整えることから始めていただきたいという想いが込められています。関節や筋肉をサポートするのはもちろん、「整える」という表現も大切にしている原理ですね。
── 女性のインナーウェアを開発されてきたワコールならではの技術が活かされている点はありますか?
約4万人の体型データを元に設計!
松井さん:ワコールならではの技術として、大きく3つの強みがあります。
1つめは、素材開発の技術です。「CW-X」は、関節や筋肉を適圧でサポートするために、生地に適度なテンション(張力)が必要です。通常、テンションをつけるためには生地を厚くするか、硬めの素材を使用する必要がありますが、それでは着ごこちが悪くなってしまいますよね。そこで、ワコールのガードルを開発してきた経験から、しなやかで柔らかい着ごこちを保ちつつ、適圧なサポート力を発揮する材料開発へ活かされました。
── ガードルの知識をベースに、「CW-X」が求めるはきごこちの良さとサポート力を両立する機能をもつ素材に仕上げていったんですね。
松井さん:2つめは、パターンメイキングの技術です。ワコールは、長年身体を研究し続けてきた企業なので、身体や動きに関するデータを蓄積しており、そのデータをもとに設計をしています。現在では、これまで数十年かけて取得してきた約4万5千人以上の女性の身体データと、2019年に店舗でサービスを開始した3Dスキャンによる非接触計測によって2024年9月末時点で延べ27万人以上のデータを取得しています。さらに、モニターの方々に実際に着用してもらい、フィット感や動きやすさを細かくチェックしています。
パターン設計も大切です。男性と女性では身体のラインが異なり、同じ機能をもつウェアでもパターンの作り方を変えないと、ズレやフィット感の違和感が生じてしまいます。皮膚の伸びやすい部分と伸びにくい部分など、運動追随性機能をもたせているのも、「CW-X」ならではですね。
──人の体型と動きの研究から大量のデータを分析し、ものづくりをする上で欠かせないパターン力をもちながら、 最後は人を介してしっかり確認されていると。
松井さん:3つめが、 縫製技術の高さです。スポーツタイツをよく見てみてください。下のくるぶし部分から腰まで、全部つながっているんです!関節や筋肉は単体ではなく、全身のつながりの中で動いています。1本のラインとしてつなげることで、全体のバランスを意識したサポート力を目指しています。
「CW-X」のような機能性をもつウェアは、生地のつなぎ目となる「縫い目」がとても重要です。とくに、サポート力をもたせる部分には適圧がかかるようにするため生地を2枚に重ねる必要があり、適切な縫製をしないと生地が伸びすぎて圧がゆるくなったり、逆に生地を引っ張りすぎて圧が強くなったりしてしまいます。ワコールには、下着で培ってきた縫製技術と厳しい品質基準があるため、求められる高い縫製力にも対応できるんです。
──長年にわたる下着をベースにしたものづくりが、素材力、パターンメイク力、縫製力に活きている。ワコールならではの技術力が、「CW-X」に詰まっているんですね。
「CW-X」の着用効果とおすすめのタイミング
── 「CW-X」にはどのような着用効果がありますか?
松井さん:まず、商品によってサポートする部位や強さが異なるのが特徴です。たとえばスポーツタイツは、商品によりますが、独自のテーピング原理で着地時の衝撃からひざを守り、サポートラインが筋肉のムダな動きを抑え、運動時の筋肉の疲労軽減が期待できます。 また、こちらのトップスは肩甲骨まわりのラインが着用時の姿勢をととのえ、肩が動かしやすくなります。そしてカラダ全体を使った効率の良い動きへと導き、運動時の疲労を軽減が期待できます。
そのほか、靴下やスポーツブラも展開しています。靴下はテーピング原理で、足首と足裏のアーチをサポートし、運動時の足の疲労を軽減します。
それぞれの関節や筋肉に与えられている役割に対して、「CW-X」を着用することで身体をサポートし整えていく効果が期待できますよ。
──実際に私もランニング時にスポーツタイツを愛用していますが、着用するとしないで、膝にかかる負担や疲れが全然違います!
松井さん:ありがとうございます。「CW-X」のサポート力の効果であると考えます。だからこそ、単なるスポーツウェアではなく、コンディショニングウェアとしても多くの方に支持していただいていると思いますね。
実際に今私も「CW-X」のトップスを着用していますが、正しい姿勢は身体の使い方にも大きく影響します。姿勢が悪くなると、猫背となり、腕の可動域が狭くなり、筋肉に負担がかかってしまいます。一方、姿勢を正しく保つと、肩甲骨の位置が整い、腕もスムーズに動くようになるんです。
── まさに、身体を整えるために関節や筋肉をサポートし、パフォーマンスを上げる。コンディショニングを体感できますね。
松井さん:はい。CW-Xを着用することで、たとえば「今まで3周しか走れなかったけど、CW-Xをはいたら4周走れるようになった」などのパフォーマンス向上から、「旅行でたくさん歩けるようになった」などの日常生活の動作向上まで、幅広い効果が期待できると思います。
コンディショニングで身体を整えることで、よりアクティブに生活を楽しめる。運動を続けることで健康を維持し、前向きな気持ちになれることは、トップアスリートだけでなく、すべての人にとって大切なことであると思います。このような行動や気持ちの変化にCW-Xが貢献できることは、とても嬉しく思いますね。
── すごく共感できます!スポーツ時に着用するイメージが強かったですが、日常生活でも活用できる場面が多いんですね。
松井さん:そうなんです。基本的に機能を発揮するのは身体を動かすときなので、運動時はもちろんですが、実は身体に負荷のかかるお仕事をされている方にも多く愛用されています。たとえば、病院で長時間手術をおこなう医師、立ち仕事が多い理学療法士、介護職の方、自動販売機の補充作業をされる方、漁師など、さまざまな職種の方にスポーツタイツを着用しているというお声をいただいていますよ。
自分の身体を知る。コンディショニングの第一歩
──改めて、コンディショニングの重要性について教えてください。
松井さん:コンディショニングとは、身体を整えること。身体のバランスや、関節や筋肉のサポートにつながる土台です。トップアスリートだけでなく、一般生活者の方にとっても、一人ひとりにあった整え方があるはず。だからこそ、私たちは「整える」ことを重要視しており、CW-Xが「自分の身体と向き合うきっかけをつくるウェア」でありたいと思っています。
あるトップアスリート選手は、1日3回以上、必ず体重を測るそうです。理由は「増減をチェックするため」ではなく、「自分の身体を知る努力をするため」。自分の身体や体調の変化に気づくこと、自分の身体を知ることが、コンディショニングの大切なポイントです。
──運動の有無に関わらず、「自分の体を知る」ことが大切なんですね。
松井さん:「CW-X」のブランドスローガンに、”Be a better you(より良い自分に)”という言葉があります。長く運動を楽しむために、日常生活を快適に過ごすために、今日よりも明日がよくなるために、ぜひ「CW-X」を選んでいただけたら嬉しいです。そして、身体を整えるコンディショニングの大切さとともに、自分の身体について考えるきっかけになれたらと思います。
── 本日は貴重なお話をありがとうございました!
Wellulu編集後記:
「身体を整える」ことの大切さが繰り返されていたのが印象的だった今回の取材。動くという動作はすべての人にとって共通するもの。だからこそ、「CW-X」は幅広い人にとって役に立つものであり、スポーツだけでなく、立ち仕事が続く方や一般生活者の暮らしをもサポートできる存在です。私も日頃からランニング時に愛用していましたが、日常生活のいろいろな場面で「CW-X」を目にする機会が増えたらよいなと感じました。形から入って大丈夫!スポーツ、旅行、毎日の日常生活を快適に楽しむために、自分の身体と向き合い、健康なライフスタイルを送りましょう!
大学院卒業後、株式会社ワコールに入社。人間科学研究所に配属され、感覚生理研究(温熱・運動機能研究)や新材料開発や新機能商品開発を担当。その後、商品部でミセスシニアターゲットのブランドを担当し、新ブランドの立ち上げも実施。さらに、販売部で販売戦略の設計及び推進を担当。その後、再び人間科学研究開発センターに戻り、からだ研究や宇宙飛行士向け「宇宙靴下(アストロソックス)」の開発に従事。研究から販売まで幅広い経験を持つ。