ウェルビーイングな生活に欠かせない「健康」。日本人は特にフィットネスへの関心が低いといわれ、生活習慣病の増加や医療費の負担など、社会における健康上の課題は大きくなっている。健康維持のために必要な「運動の習慣化」と、パーソナルトレーナーの在り方とは。
今回は、早稲田大学スポーツ科学学術院の教授・間野義之さんと、医療×フィットネスの新しい健康サポートを提供する会員制パーソナルトレーニングジム「デポルターレクラブ」代表の竹下雄真さんのお二人に、Wellulu編集部の堂上研が話を伺った。
間野 義之さん
早稲田大学スポーツ科学学術院教授/スポーツビジネス研究所所長
竹下 雄真さん
株式会社ポジティブ 代表取締役/パーソナルトレーナー
早稲田大学スポーツ科学研究科修了。アメリカ・シアトルでパーソナルトレーナー研修に参加後、帰国して都内パーソナルトレーニングジムで多くのトップアスリート、著名人の肉体改造に携わる。2010年にデポルターレクラブを設立し、翌年パーソナルトレーニングジムをオープン。2024年に麻布台ヒルズに拡大移転した。主な著書に『外資系エリートがすでにはじめているヨガの習慣』(2016年/ダイヤモンド社)等。
堂上 研さん
Wellulu 編集部プロデューサー
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。
「継続する力」を生み出すパーソナルトレーナーの存在
堂上:まずお二人の出会いについて教えてください。竹下さんは間野先生の教え子だったんですよね?
竹下:私が会社経営をしながら1年間、早稲田大学大学院でスポーツビジネスを学んでいた時に指導してくださったのが間野先生でした。
堂上:会社を経営している立場で新たに大学院に通おうと思ったのは、どういうきっかけだったのでしょうか。
竹下:単純に、一度きちんとスポーツビジネスについて学びたいと思ったんです。社会人大学院という制度を利用すれば、会社経営に携わりながらビジネスに必要なことを知ることができると考えました。
堂上:間野先生のもとで学ぼうと思ったのは、どういった理由があったのですか?
竹下:当時の知り合いにも間野先生の教え子の方がいて、紹介していただきました。
間野:竹下さんは5期生でしたね。今受け持っている社会人大学院生が18期生なので、もう13年ほど前になりますか。
堂上:そもそも、竹下さんはどういった経緯でパーソナルトレーナーの道を進んでこられたのでしょうか?
竹下:私は高校まで野球をしていて、もともと身体を動かすのが大好きでした。チームには定期的にトレーナーの方が指導に来ていて、その影響もあって、高校卒業後すぐにアメリカ・シアトルでのパーソナルトレーナー研修に参加したんです。
堂上:その頃の日本では、まだパーソナルトレーナーという職業もほとんど認知されていない時代ですよね。アメリカではもう浸透していたんですね。
竹下:そうですね。フィットネスの先進国であるアメリカでは、1990年代の初頭からパーソナルトレーナーの考え方が広がってきたといわれています。諸説あるのですが、映画『ターミネーター2』のオープニングで、女優のリンダ・ハミルトンさんが懸垂をするシーンがあり、その撮影のためにトレーナーが付きっきりで指導したのがパーソナルトレーナーの始まりだといわれています。
間野:トレーニングをする上で最も難しいのは「継続」なんです。続けていくためにもパーソナルトレーナーの存在は、モチベーションの維持につながります。私の解釈ですが、やはり人と約束をして、まずスケジュールを決めることが大切だと思います。予約をすると人は簡単にはキャンセルしません。
堂上:確かに、日にちを予約するとジムに行く動機付けになりますね。
間野:トレーナーから励ましてもらえると頑張れますし、身体が変わってくるとモチベーションも上がります。そういう好循環を作るために、最初の3カ月間を信じて続けることが重要なんです。
堂上:ジムに通って、一人でトレーニングするのに抵抗がある人も多いので、パーソナルトレーナーが付いてくれるというのは本当にありがたいですよね。
寝たきりにならないために。運動は最も効率のいい「投資」
堂上:間野先生は現在、竹下さんが経営する会員制のパーソナルトレーニングジム「デポルターレクラブ」に通われているんですよね。
間野:私が50歳になる時に「このタイミングでもう一度、身体を作り直さないと、人生の後半が楽しめない」と考えて、竹下さんに相談したのがきっかけですね。そこから10数年、週2回ペースで通い続けています。ここに来られない時は、スマホを使って大学ジムなどでオンラインでやっています。
竹下:「ぜひうちに来てください」とお誘いしたんですよね(笑)。
間野:私自身、学生時代にはエクササイズを継続するための社会的要因を研究していたことがありました。以前は、一般的なフィットネスクラブに入っていたこともあるのですが、子どもがまだ小さくて、家庭を優先しているとやはり続かなくなってしまうんですよね。それは言い訳でもあるのですが、理由はともあれ結局、運動は習慣化しないと身体が変わっていきません。
堂上:本当にそれは実感しています。私も去年は最初に7、8kg痩せて喜んでいたら、また7、8kg増えてとアップダウンの激しい一年でした。何か続けるためのいい方法やプログラムがあるのですか?
竹下:「デポルターレクラブ」のコピーに、「運動を習慣にできないのは、あなたのせいではなかった」というものがあるのですが、実はプログラムやメソッドは、運動の習慣化に対して大きく影響しないんですよね。先ほど間野先生もおっしゃっていたように、トレーナーとの約束や、ほんとちょっとしたことが習慣化のコツだったりするんです。
間野:「デポルターレ」はラテン語で「気晴らし」という意味ですが、「デポルターレクラブ」は気軽に続けたいと思わせてくれるような、人柄のいいトレーナーが多いと感じます。通うのが楽しみです。
堂上:その人柄のいいトレーナーを採用するために、どのような基準を作っているのでしょうか?
竹下:よく言っているのは「自分自身が友達になれそうな人か」が基準ですね。
堂上:なるほど! 面白いですね。
竹下:チームを組んでトレーニングを行うので、習慣化するには「友達になれそう」、「この人の言うことなら信じられるな」という人柄のトレーナーと一緒に、目標に向かって取り組んで欲しいと思っています。
堂上:間野先生は毎回、同じトレーナーの方に付いてもらっているんですか?
間野:その時によってトレーナーは変わりますよ。何人かの持ち回りだとは思います。
竹下:そこはあえて、同じトレーナーが続かないようにしています。同じだと、どうしても慣れが出てきてしまいます。同じトレーニングでもトレーナーが違えば、鍛えるポイントが変わり、筋肉にも違ったフレッシュな刺激が与えられるんです。
堂上:行くたびに新しい刺激と気づきがあり、「次もまた行きたい」と思わせてくれるということですね。間野先生は、本気でフィットネスに取り組まれていますよね。
間野:トレーニングジムに通うのは最も効率のいい投資だと私は思っています。筋肉は27歳くらいを境に、何もしないと落ちていきます。筋力の低下は、幸せな人生や健康などの全てのウェルビーイングの量と質とに関わってきます。スポーツをするのでもアートに触れるのでも友人たちとの語らいの時間を過ごすのにも、基本的には体力がないと楽しめません。
間野:特に体幹の筋肉は大切です。高齢者が寝たきりになる原因の第一位は脳卒中ですが、第二位が大腿骨の骨折です。その要因として多いのが足が3cm上がらず、つまずいて転んで骨折してしまうことです。これと密接に結びついているのが、体幹の筋肉の衰えだといわれているんですよ。
医療とフィットネスとの融合が人々のウェルビーイングを加速する
堂上:「デポルターレクラブ」では、新しく医療とフィットネスをかけあわせたサービスを展開されていますね。詳しく教えていただけますか?
竹下:デポルターレクラブと麻布台クリニックが連携した「Medical+Wellness Course」というもので、ジムでのパーソナルトレーニングと、人間ドックやフォローアップ検査、点滴ケアなどがインクルードされた、心身の健康をトータルサポートするサービスになっています。
堂上:ドクターとトレーナーが連携しながら、数値などもチェックして、サポート・アドバイスしてくれるということですね。これはウェルビーイングにつながるプログラムだと感じています。
竹下:私たちトレーナーにとってのドクターは、人の健康を維持するという意味で同じ目標を向いているのですが、なかなか同じ目線で話をすることのできない存在でした。しかし、私たちが得意とする「未病」の領域、つまりまだ病気ではない状態からの健康維持という考え方と、ドクターが得意な領域を、しっかりと連携していきたいと考えたのです。
堂上:病気になる前に、病気にならない身体を作るというのがベースですね。そのためには運動も、食事も、睡眠も大切になってきます。
竹下:そもそも運動だけではなく、食事や睡眠もトータルで指導するのがパーソナルトレーナーの仕事なんです。「デポルターレクラブ」でも、さまざまなデータを蓄積しながらアドバイスを行っています。
堂上:そうなんですか! 間野先生はどんな指導を受けられているんですか?
間野:トレーニングの効果は睡眠や食事や入浴などのリカバリーと関連します。なので睡眠データも記録し質の良い睡眠を心がけています。朝の食事はデポルターレの指導の下で、クラブオリジナルのプロテインと豆乳とゆで卵など、たんぱく質をメインに摂っています。
堂上:やはり朝はプロテインがベストですか?
竹下:血中のアミノ酸スコアが寝ている間に落ちていくので、朝食で補給するのは大切だと思います。
間野:朝食を英語で「Breakfast」と言います。つまり「fast=飢餓している状態」を「Break=破る」のが朝食です。朝は吸収力が高い状態なので、栄養素を考えることも重要ということです。
堂上:トレーナーの指導と、医師による診断をかけ合わせたプログラム。これからが楽しみですね。
間野:クリニックとの連携で、より健康状態が数値化され、データをもとに具体的なアドバイスが受けられる時代が来ているのではないでしょうか。
人それぞれに違う健康の形がある。ライフスタイルに合わせた指導方法が継続の鍵
堂上:「デポルターレクラブ」ではサッカーの吉田麻也選手など、トップアスリートの方も通われているとお聞きしています。
竹下:プロのアスリートが通うような環境作りは、ジムにとっても重要だと思っています。最先端なサービスを提供していかないと、うちに来る意味がないと思うので。さらにトップアスリートのトレーニングを指導していくことで、私たちにも知見が集まり、成長していけると思います。
堂上:スポーツ選手のデュアルキャリア形成もサポートされているんですよね?
竹下:スポーツだけでは生計を立てられていない方たちに、トレーナーのライセンスを取っていただいて、パーソナルトレーナーとして働いてもらうことがいい循環を生んでいけると思い、取り組んでいます。
堂上:素晴らしい取り組みですね。私もサッカーをやっていましたが、選手寿命は本当に短いですからね。
竹下:Jリーグだと選手寿命が平均24歳というデータもあります。引退後も考えて、現役のうちからデュアルキャリア形成に踏み出していただけたらと思います。
堂上:私の勝手なイメージですが、トレーナーの言うことをしっかりと守ろうとすると、食べたいものが食べられなくなる、お酒が飲めなくなる、と我慢することが多くなってしまうのが、継続が難しくなる要因でもあると思いますが、いかがでしょうか?
間野:どこを選択するかですよね。私の場合は、夜のお酒だけはどうしてもやめられないんです。働き盛りの50歳代には休肝日を作ったこともありますが、還暦を過ぎてからは「明日死ぬかもしれないし」と考えて、結局飲んでしまいます(笑)。
堂上:私も同じです! もし飲まない日があったとしても、次の日に「昨日飲まなかったご褒美」と、たくさん飲んでしまうんですよね。
竹下:間野先生はお酒を毎日飲んでいても、この身体を維持されているのは凄いですよね(笑)。でも人それぞれ、自分のライフスタイルがあります。その中で何をどのように取捨選択していくのかということを重要視しています。
堂上:厳しく指導して管理するわけではないんですか?
竹下:確かに、メソッドにはめ込んでしまうほうが簡単なんです。糖質を制限して、朝はこれを食べて、夜はこれ以上食べないように、と管理するとある程度の結果は出ます。しかしウェルビーイングというのは、その人が生きるために何が大切なのかを考えることではないでしょうか。
間野:大切なものは人生のステージによって変わっていきますよね。人生を「起承転結」の20歳刻みで考えると、健康寿命80年のうち還暦は「結」。つまり終わりの始まりです。「結」のステージならではの楽しみ方があると思います。
竹下:たとえば、間野先生ならトレーニングや食事は頑張れますが、夜のお酒はやめられません。ゴルフやスキーや乗馬などさまざまなスポーツがお好きなので、基礎的なフィジカルを高めて維持することが先生のステージにとって重要ですよね。そこを読み取って提案をしています。
堂上:ウェルビーイングも一人ひとりで違いますが、フィットネスにもそれぞれの形があるんですね。
間野:「貯“筋”」という言葉があるんですが、筋肉はお金では買えないんです。どんなにお金を持っていても、自分でトレーニングするしか筋肉を手に入れる方法はない。自分の目的に合ったやり方で、効率的に筋肉量を増やす方法を教えてもらえるのが、パーソナルトレーナーということですね。
常に自分をウェルビーイングに保つためのスイッチを持つ
堂上:間野先生は琵琶湖と東京の2拠点生活をされていたとお聞きしています。
間野:2021年の7月からですが、早稲田大学のサバティカルという特別研究期間制度を使って、「びわこ成蹊スポーツ大学」で1年間預かってもらうことになりました。キャンパスは琵琶湖と比良山系に挟まれた美しい場所で、スキー場もゴルフ場も乗馬クラブもセーリングクラブも車で15分以内にあり、あまりにも素敵な環境なので東京に帰ってきた後も行ったり来たりしています。実は2024年4月からは、びわこ成蹊スポーツ大学で働くことになっています。
堂上:そうなんですか! ぜひWelluluの取材に行かせてください!
では最後にお聞きしたいのですが、間野先生は、何をされているときが一番ウェルビーイングを感じますか?
間野:私は本当に、常にウェルビーイングを感じているんですよ。先日、ニセコに行って、スキーをして宿に帰ってきて、源泉かけ流しの雪見露天風呂に入った時はもう最高です(笑)。こんな状況であれば誰もが幸せを感じることですが、そんな特別なことでもなくても、ごく日常的なことでも私は自分をご機嫌にするためのスイッチをいくつも持っているんです。
堂上:それは子どもの頃からですか?
間野:そうですね。子どもの頃から、なんでも夢中になって嬉しくなってしまうタイプでした。今でも出勤途中に小鳥の囀りを聞いたり、ドライブ中にきれいな景色がふっと見えたり、何気なく窓を開けて空気を吸ったりするだけでご機嫌になれます。人からは「なんでいつもそんなに楽しそうなの」「楽しそうでなんか腹が立つ」と言われることがあるんです(笑)。
竹下:それは厳しいですね(笑)。
間野:最近になって、ようやく周りが見えるようになって、ご機嫌な人ばかりでなくしんどい人もいて「そうなんだ。大変だね」と、少しは寄り添った言葉をかけられるようになりました(苦笑)。こんな能天気なことをいってられるのも、まわりの方々のお蔭だと本当に感謝しています。色々なことがラッキーで恵まれているのだと思います。
堂上:うちの場合だと逆撫でしてしまって、余計に怒られそうです(笑)。竹下さんはどんな時にウェルビーイングを感じますか?
竹下:私も先生の教え子だからかもしれませんが、基本的につまらないと感じることはやらないタイプなんですよね。なんでも面白いと思うというよりも、面白そうなことを選択していくというのが、私のウェルビーイングな生き方なのだと思います。
間野:ウェルビーイングを求めるならば、日常のなかでのスマートな取捨選択は重要ですよね。
竹下:人との出会いに関して言えば、若い頃から周りに気の合う人たちが集まってくれていると思っています。間野先生との出会いもそうですが、自分が持つ波動のようなものが共鳴して価値観の合う人と出会えていることが、自分のウェルビーイングにつながっていると強く感じています。
堂上:身体と心の健康のためにも、フィットネスの大切さがとてもよく分かるお話でした。本日はありがとうございました。
編集後記
僕は、おふたりの取材の後、すぐに貯筋のためにパーソナルトレーニングの体験を申し込みさせて頂いた。間野先生のような生き方は憧れだ。そして、竹下さんは僕らの身体とどのように向き合うかを真剣に考えている。
僕の身体は30年ほとんど運動していない身体だ。この運動不足をパーソナルジムという外圧を活用させて頂き、自分の身体に貯筋しよう。
そして、体験当日、僕は筋肉痛に悩ませられると同時に気持ち良い時間を過ごした。僕の身体は、これから進化するはずだ。60歳になったとき、元気になんでも挑戦できるように日々精進である。
横浜国立大学教育学部を卒業後、1991年東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。株式会社三菱総合研究所での勤務を経て、2002年に早稲田大学人間科学部助教授に就任する。2009年4月より現職。博士(スポーツ科学)。2024年4月からびわこ成蹊スポーツ大学副学長への転任を予定している。スポーツ庁・経済産業省「スポーツ未来開拓会議」座長など多数の役職を務める。