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「越境」はなぜ人を成長させるのか? ローンディール創業者と現代表が語る、10年間の軌跡

企業の枠を越えて働く「レンタル移籍」という仕組みを生み出した株式会社ローンディール。かつては想像もできなかった人材の「越境」という試みが、企業の文化を変革し、働く人々の成長を促す新たな風を吹き込んでいる。

2025年、事業の深化を担うのが新代表の大川陽介さんだ。越境は、人や組織にどんな成長をもたらすのか。

創業者の原田未来さんと現代表取締役の大川陽介さんを迎え、博報堂の企業内起業家として株式会社ECOTONEを立ち上げた堂上研が、越境が生む変化と可能性を語り合った。

 

原田 未来さん

一般社団法人越境イニシアチブ代表理事/株式会社ローンディール 創業者

IT企業で営業部長や新規事業責任者を務めた後、求人・価格比較サイト運営企業へ転職。「会社を辞めずに外の世界を見る機会」を創るため、2015年にローンディールを設立。「レンタル移籍」という大企業人材をスタートアップ等へ派遣する仕組みを手がけ、個人と組織双方の変化を促進する。2025年に同社を退任。一般社団法人越境イニシアチブを立上げ、代表理事として、越境型キャリア・働き方の普及に取り組む。著書に『越境人材――個人の葛藤、組織の揺らぎを変革の力に変える』(2025年/英治出版)。

https://ekkyo.xyz/

大川 陽介さん

株式会社ローンディール 代表取締役/WILL-ACTION Lab.所長

早稲田大学大学院で宇宙工学を専攻後、富士ゼロックス株式会社(現 富士フイルムビジネスイノベーション株式会社)に入社。SE、営業、新規事業開発、人材開発など多方面を経験し、「越境」の必要性を体感する。社内外の若手有志1,000名以上によるネットワーク「ONE JAPAN」を共同発起し、大企業の組織変革に取り組んだ後、2018年にローンディールへ参画、2025年より代表取締役を務める。大企業人材がベンチャー企業へ「レンタル移籍」する仕組みを通じ、個人の意志と行動、人と組織の新しい関係性を探求する。著書に『WILL「キャリアの羅針盤」の見つけ方』(2024年/ディスカヴァー・トゥエンティワン)。

https://loandeal.jp/

堂上 研

株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu 編集長

1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。

https://ecotone.co.jp/

目次

「レンタル移籍」誕生の背景。転職の後悔から生まれたアイデア

堂上:僕がローンディールさんを知ったのは2年前です。2023年9月22日東京・八重洲で開かれた研究者と企業・社会がつながるカンファレンス「エッセンスフォーラム2023 – Encounter of the Impacts -」というイベントで原田さんのプレゼンを拝見して、「これは素晴らしい仕組みだ」と衝撃を受けました。今日はこうして直接お話しできて嬉しいです。

まずは、お二人のこれまでの歩みと、ローンディール誕生の経緯を教えてください。

原田:ローンディールの創業は2015年。大企業の人材がベンチャーなどに一定期間「レンタル移籍」できる仕組みをつくってから、10年が経ちます。私は2025年6月に代表を退任し、現在は、「越境」した働き方・生き方を社会に広める一般社団法人越境イニシアチブで活動しています。

ローンディールを立ち上げたのは、自分自身の転職での経験がきっかけでした。新卒で社員10人ほどのベンチャーに入り上場などの経験もしながら、13年間勤務しましたが、「あれ、このまま一生この会社で働くのかな」という疑問が湧いてきて、思いきって転職したんです。結果、めちゃくちゃ後悔しました。

堂上:前の会社のほうが自分に合っていたとか?

原田:そうです。企業のカルチャーやビジネスモデルも含めて、自分が好きなものってひとつの場所にいては見えてこないんですよね。それで別の会社に行ってみたら、1社目のほうが自分に合ってたということに気づきました。この経験から、「会社を辞めずに他の環境を体験できればよかった」という後悔が生まれ、それが出発点となりました。

堂上:その経験がローンディールの原点になったわけですね。

原田:世の中にも私と同じように「今の会社を辞めずに外の世界を知りたい」という潜在的なニーズは多いのではないかと考え、大企業の出向制度などを調べてみたんです。すると、既存の出向制度の多くは元のキャリアに戻りにくい構造になっているとわかりました。一度外に出るとキャリアの線が途切れてしまう、そんな現実があったんです。だからこそ、「会社に在籍したまま外の世界を体験できる新しい仕組み」が必要だと確信したのです。

そして、ある雨の日、用賀のスターバックスでドラッカーの本を読んでいた時にふと、「サッカーのように『レンタル移籍』の仕組みをビジネスに応用できるのでは」とひらめいたんです。

「レンタル移籍」とは、サッカーの世界などで見られる仕組みで、選手が元のチームとの契約を維持したまま、期限付きで別のチームに移籍し、プレーする契約のことです。大企業の社員が自社に籍を置いたまま、期間限定で経験豊富なベンチャー企業で一定期間の実務を経験できる。そんな仕組みをつくろうと思い、英語で「Loan Deal(ローンディール)」と呼ぶことを知り、そのまま社名にしました。

堂上:それまで、人事やHRの分野に関わっていたわけではないんですよね?

原田:経験はゼロでした。けれど、自分自身の後悔という原体験から生まれたアイデアだったので、本気で取り組む意義があると思ったんです。

堂上:大川さんは、当初どんなお仕事をされていたんですか?

大川:私は、2005年に富士ゼロックス株式会社(現 富士フイルムビジネスイノベーション株式会)に入社しました。最初はシステムエンジニアとして入社しましたが、その後は営業、コンサル、新規事業、人事など、社内の様々な部門を渡り歩きました。いわば社内での越境を繰り返していた感じです。

大川:転機になったのは30歳の頃に立ち上げた社内有志団体「わるだ組」です。自分の会社のことを「いい会社だな」と思ってはいても、やっぱりもやもやすることってあるじゃないですか。縦割りの閉塞感とか。

当時の私はそれを会社のせいにしていました。「会社イケてねえな」と。でも、本当は自分自身が何も知らないことに気づき、経営の勉強をしようと中小企業診断士の資格を取りました。その過程で社外との接点も増え、原田と出会うことになったんです。

ローンディール誕生をつないだ一枚の名刺

堂上:お二人は、どのようにして出会われたのですか?

原田:2015年の年末、創業間もない頃です。大川さんが登壇していたイベントを偶然見かけたのがきっかけでした。当時は「大企業とベンチャーをつなげよう」という機運が高まっていて、関連イベントが多数開かれていたんです。

当時、私はひとりで事業を始めたばかり。大企業の人とつながるきっかけを求めて、名刺交換に行きました。

そのとき、彼に「何かご一緒したいので一度ご相談させてください」とお願いしたら、「来年の4月以降にお願いします」って言われたんです。半年先と言われても……と戸惑ってましたね。

大川:じつはそのとき、育休中で(笑)。有志団体の活動はプライベートの範疇だったので登壇しましたが、会社には出社できなかったので仕方なかったんです。

原田:それでも約束を忘れずに、半年後ちゃんと連絡をくれました。しかも、人事の担当者や上司も同席してくださって打ち合わせをしてくれたんです。

堂上:大川さんは本気でローンディールへの興味を持っていたからこそ、社交辞令で終わらせずに約束を守られたわけですね。

大川:最初に名刺交換したときに、ローンディールの仕組みは素晴らしいと思ったんですよ。私は有志団体の活動を通じて外の人たちとつながっていたことで、自分が変わっていく実感を持っていたのですが、それを組織的に再現するのは難しい。ローンディールのように、ベンチャーで実際に働く仕組みがあれば、価値観が一気に変わるはずだと確信しました。

越境した関わりが人を変え、孤独を超える力になる

堂上:2025年9月に原田さんが出された『越境人材――個人の葛藤、組織の揺らぎを変革の力に変える』(2025年/英治出版)を読んで、僕自身の経験と深く重なりました。今でこそ企業内起業家として活動していますが、越境しなければ見えなかった世界がたくさんあります。まさに今の時代、大企業が求めるのは「越境できる人材」だと実感しています。

僕は現在、ウェルビーイングを軸にメディアや事業開発を行っていますが、越境とウェルビーイングはすごく密接に関係していると思っているんです。

原田:それは興味深い視点ですね。

堂上:じつは、ウェルビーイングにたどり着く前は「イノベーション」をテーマにしていました。新規事業をやろうと思ったときに、経営コンサルタント・起業家の大前 研一さんの授業で「時間の使い方を変える」「場所を変える」「会う人を変える」の3つを変えることで、イノベーションは生まれると教わったんです。

そこで、夜型の働き方を朝型に変え、起業家や投資家などと会うようにしました。すると、挑戦している人ほど楽しそうに働いていることに気づいたんです。起業するとか、新しいものを生み出すときってワクワクするんだなって。逆に、その創造性を阻むのは「分断」と「孤独」だと痛感しました。

大川:なるほど。

堂上:そこからさらにウェルビーイングを探求していてわかったのは、所属するコミュニティが多いほど、幸福度が高い傾向があるということでした。反対に、越境に対して消極的な人は、所属するコミュニティが少なくなるため、ウェルビーイングも感じにくい傾向があるようです。

原田:私たちも、同じ課題を感じています。レンタル移籍は給与も保証され、半年から1年で必ず戻れる仕組みですが、それでも手を挙げる人が少ないケースもあるんです。今のお話で言うと、越境することとウェルビーイングの度合いには関連があり、越境しない人ほど幸福度が低い傾向にある、ということでしょうか?

堂上:居心地のいい場所から動く必要がないと思う人も多いのでしょう。でも、そうした人はひとつの居場所を失うだけで、心のバランスを崩してしまう危険性をはらみます。

理想は、ゆるやかに、いろんなところで越境しながら複数のコミュニティに関わりながら、自分の居場所をいくつも持つこと。また多様な人と交われば新しい結合が生まれていきますよね。

原田:ウェルビーイングとコミュニティの数には、やはり相関があるんですね。

原田未来著『越境人材――個人の葛藤、組織の揺らぎを変革の力に変える』(2025年/英治出版)

枠にはまる越境、そこから生まれる再出発

堂上:創業から10年を経て、どんな手応えや変化を感じていますか?

原田:事業として、越境する人に対して効果的にサポートをするためのノウハウは一定蓄積されました。社会の中で徐々に受け入れられてきた実感もあります。その一方で、越境という考え方が少し“こぢんまり”してきたとも感じています。

創業当初の2015年頃は、みんなが自由に夢を語っていました。「社会を変える」「スタートアップを増やす」など、大きな理想を掲げていたんですね。ところが、事例が増えるにつれて、「キャリア自律のため」「人的資本経営の一手段」といった人事施策のひとつの「打ち手」みたいに整理され始めたんです。

越境は本来、もっと広がりとワクワクのある概念だったはず。それが目的化され、枠にはまりつつあるのを感じています。

堂上:それで、新しいステージに移ろうと?

原田:はい。ローンディールの創業から10期を一区切りにしようと考えていた時期に、著書の出版企画が通り、自然と節目の意識が生まれました。越境をより社会に広めるためには、企業という立場ではなく、もう少し自由な形で動くべきだと思い、一般社団法人越境イニシアチブを立ち上げ、新しい仕組みを模索しています。

堂上:レンタル移籍は半年や1年、最近は3カ月プランもあるそうですが、そんな短期間で本当に人は変われるものですか?

原田:見違えるほど変わります。ベンチャー企業の時間は密度が違う。3カ月でも濃密な経験ができるし、プログラムの中で内省を促す仕掛けを入れているんです。たとえば「自分は何をしたいのか(WILL)」を明確にしてから行き、滞在中も毎週レポートを提出する。その積み重ねが行動と意識を変えていきます。

興味深いのは、移籍先からもとの職場に戻って1年以内に離職する人が3%しかいないこと。一般的な離職率よりはるかに低い。外の世界を見ることで、自社の良さを再発見できるからです。

大川:送り出す側の姿勢も大切ですね。「半年間、席を空けておくから行ってこい」「帰ってきたらまた一緒に働こう」という送り出し方をします。周囲の人たちもこのプロジェクトに対して前向きになれるように調整をして送り出す、というところこそ、私たちが一番大切にしているところです。

堂上:会社側の理解や同じ職場の人の応援が一番大事なんですね。

越境がつなぐ、「好き」が循環する社会

堂上:最後に、未来のお話を聞かせてください。2050年という時間軸で見たとき、どんな社会や人のあり方が実現していると理想的だと考えますか?

原田:一人ひとりが時間や能力など自分のリソースを自在に配分できる社会をつくりたいですね。だからといって、みなさんがフリーランスになる必要はないんです。たとえば大企業に所属しながら、余白の時間を地域やソーシャルセクター、スタートアップなどに使っていく。自分の生きてる時間をただひとつのものに縛られず、いくつもの世界と関わり続けられること。それが当たり前になる社会が理想です。

堂上:僕は今後“多重人格社会”が生まれるんじゃないかと思っています。あるコミュニティでは猫のような自分でいたり、別の場所では犬のような自分でいたり……でもどれもが本当の自分なんです。多様な居場所を持つことが学びになり、それがウェルビーイングな社会をつくる鍵になると感じています。

原田:今は「自分のホーム」がどこかわからなくなっている人が多い気がします。本来、何かを生み出すときには意見の衝突や対話が必要で、「自分はこう思う」「いや、こうだ」と言い合える関係こそが創造の源です。そもそも自分の足場がないと、ぶつかり合いも起きません。

堂上:いろいろなコミュニティに所属するには、自分軸——つまり足場になる場所が必要ということですね。そのうえで、他者との関わりをどう循環させるかが大切になってくる。

大川:私は、理想の社会を“ミツバチと花”の関係にたとえています。ミツバチは蜜を求めて飛び回るけれど、それが自然と花粉を運び、花を咲かせる役割になっている。自分が好きなことに夢中で取り組むことが、結果的に社会を豊かにする。

そのためには、自分の「WILL(意志)」を明確にすることが大切だと思います。

堂上:越境人材が当たり前になり、それぞれが自分の足場を持ちながら、いろんな場所で花粉を運ぶように価値を生み出していく。

僕が立ち上げた会社「エコトーン」は、山と海のあいだの“移行帯”を意味します。異なる生態系が交わる場所で、新しい文化や事業が自然に生まれる。そんな空間を目指して名づけました。

原田:素敵ですね。多くの人が「エコシステムを作ろう」としますが、実際はエコトーンのように多様性があれば、システムは勝手に発生する。人と人の偶然の交わりこそ、新しい価値を生むんだと思います。

堂上:今日お二人とお話ししていて、エコトーン社の立ち上げをご一緒してもらいたかったなと思ってしまいました。10年後ぐらいに、一緒にまた何かやろうよとか言いながら、事業の展開を広げていけたら面白いですね。本日はありがとうございました!

堂上編集長後記:

出逢いが出逢いを産むサイクルができている。僕らは、ウェルビーイングとコミュニティは、イノベーションから生まれてきた視点だった。そこは、何か動き出すとき、コンフォートゾーンから抜け出すことが大事であり、越境することで新たな出逢いが生まれる。

何かを変えるときに、3つの変化を意識して動くことで、イノベーションが生まれる。「時間の使い方を変える」「働く場所を変える」「会う人を変える」。今回、原田さんと大川さんの挑戦は、まさにこの3つを変えるきっかけをつくったんだと思った。

僕らも、何かをはじめるときは、「越境人材」と一緒に進めたい。それは、多様な価値観を持って、ウェルビーイングな人たちの集まりだからだ。どうもありがとうございました。

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