合成皮革の可能性に挑み続ける共和レザー株式会社。「Wellulu」ではこれまで、同社のブランド「Sobagni(ソバニ)」に込められた想いや、その開発を通じた“人生のそばにある”価値創造について、前編・中編にわたってお届けしてきた。
そして、今回の後編となる本記事では、3名の共創メンバーに集まっていただき共和レザーが共創プロジェクトとして展開する合皮ブランド「Sobagni(ソバニ)」を軸に、家族から受け継いだ価値観と、それを社会や次世代へとつないでいくプロダクトやコミュニティの可能性が語られた。
EVOL(エヴォル)株式会社CEOの前野マドカさん、一般社団法人日本文化共創機構 代表理事の齊木由香さん、株式会社サンブンノナナ代表の尾崎ななみさんが語るのは、日本文化に息づく「感謝」「思いやり」「間を読む」などの精神性が、いかに個人のウェルビーイングにつながるかということ。
日常にそっと寄り添いながら、人と人を結ぶ“そばにあるもの”の本質を、3人の対話から紐解いていく。

前野 マドカさん
EVOL株式会社代表取締役CEO/武蔵野大学ウェルビーイング学部客員教授、元慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科附属システムデザイン・マネジメント研究所研究員/国際ポジティブ心理学協会会員

齊木 由香さん
一般社団法人日本文化共創機構 代表理事
酒蔵を営む家系に生まれ、幼少の頃より日本の伝統文化に触れながら育つ。2011年より日本文化を学び直し、後世に伝える活動を開始。メディアへの出演やテレビCM・ドラマの所作指導なども多数手掛けている。
2023年文化庁後援事業として日本文化を学ぶクイズ形式検定「日本検定」「JAPAN QUEST」を創設。著書に『トップの意思決定』(イースト・プレス)『和の暮らしを楽しむ 旧家の歳時記366』(主婦の友社)がある。

尾崎 ななみさん
株式会社サンブンノナナ 代表取締役社長
三重県伊勢市出身。2018年に、企業のプロモーション企画やブランディングを手がける「株式会社サンブンノナナ」を設立。同年、伊勢志摩産あこや真珠のジュエリーブランド「SEVEN THREE.(セブンスリー)」を立ち上げる。また、2017年より伊勢志摩観光大使「伊勢志摩アンバサダー」として、地域の魅力発信にも取り組んでいる。

堂上 研
株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu 編集長
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。
自分のそばにおいておきたい「和の心」

堂上:御三方には、共和レザー社のブランド「Sobagni(ソバニ)」プロジェクトで,
コミュニティリーダーとしてご参加いただいています。
そこで、まずは皆さんが「ずっと残しておきたい」「そばにあってほしい」と思うものについて、ぜひ伺いたいと思います。齊木さん、まずはお話いただけますか?
齊木:はい。私にとってそれは祖母が生きた「基軸」なんです。祖母の生き方そのものが、私の中に受け継がれていて、その「生きた証」を、私も次の世代に残していきたいと思っています。
堂上:お祖母様は、どのような方だったのでしょうか?
齊木:365日着物で暮らし、季節の移ろいや行事を深く愛でる、古き良き日本の文化を体現した人でした。私が祖母に教わった“和のこころ”を次の世代に伝えていきたいと思い、和文化研究家として活動を始めるきっかけになりました。

堂上:齊木さんのお話を聞いていると、和の文化とウェルビーイングはとても近しいと感じます。以前「慮る(おもんぱかる)」という言葉を教えていただいたのですが、まさに相手の立場に立って思いやる、その感性こそが、ウェルビーイングに通じるものだと改めて思いました。
齊木:そうですね。相手のことを思いながら行動することで、人間関係もより良くなると祖母はよく言っていました。教えを受けてきた私も、「慮る」という姿勢を大切にしています。
堂上:お祖母様から受け継いだ、形としてそばに置いているものはありますか?
齊木:祖母から譲り受けたブローチです。今は帯留として、日々の暮らしの中で大切に愛用しています。

堂上:素敵ですね。家族から受け継いだものを大切にするって、心の支えにもなりますよね。
齊木:そうですね。祖母の教えを日常の中で思い出すための大切な品で、いつも見守られているような安心感を覚えます。
堂上:前野さんにとっても、ご自身の“そばに置いておきたいもの”や“家族から受け継いだ価値観”はありますか? 研究者としての視点からもお聞きしたいです。
前野:私も「家族のつながり」というのは、ウェルビーイングの起点になると思います。自分が自分でいられること、そして自分のルーツがあるからこそ、未来へ踏み出す勇気や原動力が湧いてくる。そういう意味で、形あるものとして大切なものがそばにあるのは大きな力になりますよね。
堂上:「ありがとう」と感謝をもって日々を丁寧に生きることは、日本の伝統的な美意識のひとつとして大切にされてきた価値観ですよね。
前野:そう思います。「華道」「茶道」「武道」など“道”がつく日本の文化は、型から入り、研鑽して本物になっていくもの。そこには「丁寧に生きること」や、「相手を慮る気持ち」が含まれていて、日本人の精神性が色濃く表れているのではないでしょうか。
堂上:マドカさんは、ご主人の前野隆司先生と一緒に「Wellulu」にもご出演いただきました。お二人の仲の良さがとても印象的でしたが、仲良しの秘訣は何でしょうか?
前野:私たち夫婦は、相手を尊重して尊敬すること、お互いの成長を楽しみ、喜び合うことを大切にしています。そして何より、ユーモアと笑いを欠かさないことですね。

堂上:すごく素敵な関係ですね。そんなマドカさんにとって、「残しておきたい」「そばに置いておきたい」ものは何ですか?
前野:夫からもらったメッセージカードを、いつも財布に入れています。「今の僕があるのはすべてマドカのおかげだよ。これからも幸せな世界をつくるために、お互いを信じあいながら一緒にやっていこうね。永遠に。」と記してあります。
堂上:そのまま暗唱できるくらい、何度も読まれて大切にされているのですね!
前野:心が揺れた時や失敗した時、すぐに開いて読むと、「大丈夫、もう少し頑張れる」と気持ちを立て直せる、私の心の原動力のような存在です。
堂上:まさに“そばに置いて”いらっしゃるんですね。お二人はお互いを本当にリスペクトし合っていて、何かあってもコミュニケーションを大切に支え合っているのが伝わってきます。
前野:人間だから完璧ではないと認め合っているからこそ、不満も本音で伝え、より深く理解し合うことができます。その率直な結びつきが、私たちを強く支え合える夫婦にしているのかもしれませんね。
誰かの存在が、私を支えてくれる「家族の絆」

堂上:ななみさんは、お祖父様が伊勢志摩で70年以上にわたって真珠養殖を行われています。ご自身もジュエリーブランド「SEVEN THREE.(セブンスリー)」を通して、今までは、流通には乗らない“形や色がふぞろいな真珠”に「金魚真珠」と名づけ、新たな価値を生み出し、それを丁寧に伝えていらっしゃいますよね。僕も伊勢志摩までお祖父様に会いに行かせていただいて、88歳とは思えない熟練の技とエネルギッシュさに圧倒されました。
尾崎:ありがとうございます。伊勢志摩の真珠養殖が衰退していく中、この家で育った者としてできることは何かを考え、真珠の輝きを次世代へ繋ぐためのブランド創設を決意しました。これは私にとって使命だと感じています。
堂上:齊木さんやマドカさんのお話にもありましたが、家族のつながりや愛情、温もりを大切にされている皆さんだからこそ、それぞれのフィールドでウェルビーイングな生き方を体現されているのだと思います。
ななみさんが、特に大事にしている「そばに置いておきたいもの」とは何でしょうか?
尾崎:真珠はもちろん私のルーツでもあり、大切な存在です。でも今日は、もうひとつの“思い出のかたち”として、ぬいぐるみを持ってきました。これは小学生の頃に、ピアノ教室のクリスマスプレゼントでもらったものです。

尾崎:なぜかすごく気に入っていて、家族旅行や買い物にもいつも連れて行っていました。弟や妹が投げて破けてしまったこともあったんですけど、母がそのたびに縫って直してくれて。上京する時も、手放せずに持ってきました。
堂上:ぬいぐるみにも、家族との日常がぎゅっと詰まっているんですね。
尾崎:そうなんです。人形が特別な思い出というよりも、家族と過ごした何気ない日々を思い出させてくれる存在なんです。人形を見ると、幼い時の「記憶」がよみがえるので、時を重ねても大切にしたいですね。そしてこのぬいぐるみ、赤いクマなのに「クロちゃん」っていう名前なんです(笑)。
堂上:それは面白いですね(笑)。ネーミングセンスに、ななみさんらしいユーモアが感じられます。
尾崎:色のままの名前ではなく、少しひねりのある名前にしたかったんです(笑)。「名前をつけると、そのモノと仲良くなれるよ」と母がよく言っていたので、自然とそういう習慣が身についていて。何かを大切に扱うって、名前をつけることから始まるのかもしれませんね。
堂上:ちなみに僕は、ななみさんのブランド「SEVEN THREE.」で作られている「金魚真珠」のジュエリーを、娘にプレゼントしました。とても気に入ってずっと付けてくれていますし、妻とも共有していて。母娘で世代を超えて同じジュエリーを共有できるのは、家族の絆を感じるよい機会になっています。

家族から受け継いだ教えが、自分らしさの原点になる
堂上:齊木さんは、親御さんから教わった教えの中で、印象に残っているものはありますか。
齊木:母も祖母と同様に、自然とともに生きるという日本人の心を教わりました。一粒の米にも神が宿るとされ、芽吹きから黄金の稲穂へと実るその過程を、神々の恵みとして感謝し、頭(こうべ)を垂(た)れる謙虚さを持つこと。そして、紅葉が最も美しく色づく瞬間を生命の極みと捉え、その儚さに美を見いだす感性。自然を畏れ、移ろいの中に尊さを見つめる心ーーそこにこそ和の精神の本質があるのだと思います。

堂上:そうした四季の移ろいから感じ取れる“和の精神性”が、齊木さんのベースになっているのですね。マドカさんにとっても、ご自身の家族から受け継いだ教えや自分らしさの原点になっているものはありますか?
前野:私の名前「マドカ」は、浄土真宗の僧侶であった祖父が、「自利利他円満」であるようにという願いを込めて授けてくれました。
堂上:それは素敵ですね。マドカさんは“ウェルビーイングな人”になるべくして生まれてきたように感じます。ウェルビーイングを深く探究していくと、仏教や哲学にも通じるものがありますよね。
前野:幼い頃から「感謝していただきます」という言葉を、仏様への感謝の言葉として常に口にするよう教えられてきました。意味を知る前から、それは私の口癖となっていたんです。その後、言葉の意味を理解するようになり、農家の方や作ってくれた人たちに思いを馳せ、自然と優しい気持ちで食事をいただけるようになりました。

堂上:「いただきます」は日本の文化としても、大切に残していきたい言葉ですよね。ななみさんにとっても、ご家族から教わった印象的な教えや、大切にしている価値観はありますか?
尾崎:親からは、「思いやりを持つこと」を教えられて育ちました。真珠ブランドを立ち上げる時、そして今もなお、祖父からは「自分だけが得をするようなことをしてはいけない」と言われ続けています。そんなことをすれば、誰も協力してくれないと。どんな時も感謝の気持ちを忘れず、思いやりを持ち、そして応援される人であるように。
その言葉が、今も私の軸になっています。
齊木:皆さんのお話を聞いていて思い出したのが、「間を読む」という日本らしい感性です。自分の立ち位置や役割を察して動くことは、地域社会の中でも大切だったと思います。困っている人がいたらさっと手を差し伸べる、目配せをする、必要なときに一歩引く。そうした「間」の感覚は、現代の時代にも必要なことかもしれません。
堂上:まさに「間」は、ウェルビーイングとも深く結びついているキーワードですね。楽天グループのCWO(チーフ・ウェルビーイング・オフィサー)である小林正忠さんは、仲間・時間・空間の「三間(さんま)」に余白を持つことが重要だと語っておられました。ウェルビーイングと日本文化が近しいと感じるのは、この「間」の感覚が深く根付いているからかもしれませんね。
思いが重なることで、はじまる共創コミュニティ

堂上:マドカさんは、前回「Wellulu」にご登場いただいた際、PTA会長を務めていたお話をしてくださいました。ウェルビーイングにおいて、コミュニティはとても重要なテーマですが、マドカさんは周りの人たちを巻き込みながら、笑顔で場の空気をかき混ぜていく人だと感じています。
前野:PTAは私にとっても大きな挑戦でした。「やりたい人」と「やりたくない人」が混在するなかで、そのコミュニティをどう運営していくかは非常に悩みました。考えた挙句、人はやはり、承認が必要だと気づいたんです。みんな誰もが誰かの役に立ちたいと思っているんです。
「あなたがいてくれてよかった」「助かったよ」と言葉にして伝えると、それだけで共感が生まれ、行動も変わっていきました。そういう感謝を、心に思うだけでなく“ちゃんと言葉にして伝えること”が、空気を変えていくんだと実感しました。
堂上:ウェルビーイングな人は、たくさんのコミュニティに所属しています。人と人とのつながりが、新たな価値を生み出していく。今回の「Sobagni(ソバニ)」プロジェクトでも、まさにその起点になる存在として、御三方に「コミュニティリーダー」をお願いしました。
実際にワークショップにも参加いただいて、皆さんの新鮮な視点にたくさん刺激をいただきました。齊木さんは、まだアイデア出しの段階なのに、もう合皮で掛け軸を作ってこられています(笑)。

齊木:つい、先走ってしまいました(笑)。共和レザーさんの合皮は水にも強いのでオープンキッチンのリビングにもしつらえる事ができますし、紙だと日焼けしますがそれもないので、インテリアとしても良いと思い、すぐにご相談させていただきました。
私にとって掛け軸は、和文化を象徴する大切なアイテム。そこに日本の合皮技術を掛け合わせることで、和と革新が交差する、新しい表現になると思ったんです。共和レザーの皆様には早急にご対応いただき、感謝しています。まだまだ進化できると思っていますが、これを世界に発信したいという思いが強くなりました。
前野:この優しい肌触りがたまりません。掛け軸への活用は、斬新で素晴らしい着想ですね。
堂上:僕たちは「ウェルビーイングな商品やサービスを共に生み出すコミュニティ」をつくっていきたいと思っています。今日は、その第一弾として皆さんとお話ができたことがとても嬉しいですし、これからも一緒に新しいチャレンジを重ねていけたらと思っています。
“自分と、誰かと、社会と” 対話するデザインへ

堂上:ななみさんのブランドも、真珠作りにお祖父様がいかに時間と思いをかけているかというストーリーが、多くの人の共感を呼んでいますよね。
尾崎:祖父のファンだと言ってくれる方や、自然が生み出した1点ものであることに価値を感じてくださるお客様もいらっしゃいます。とくに、私たちのブランドでは、自分のご褒美として選んでくださる方が多いんです。頑張った自分のために、これから頑張る自分のために身につけていただけるのは、本当に嬉しいですね。
堂上:ものづくりに携わるななみさんから見て、今回のワークショップはどんな学びや気づきがありましたか? ご自身の活動と重なる部分があれば、ぜひ教えてください。
尾崎:あらためて実感したのは、本当に未来に残したいのは「思い」や「記憶」なんだ、ということでした。それはものづくりをする立場からすると、すごく難しいことでもあります。皆さんが大切にしている思いを、どうすれば最終的に形ある「もの」にできるのか。そして、それをつくっている人たちの誇りを、どうやって次の人に伝えていくのか。その問いに、真正面から向き合うきっかけをもらった気がします。
堂上:僕らがワークショップで大切にしているのも、まさにそこなんです。最初に必要なのは「自分との対話」。そこから「誰かとの対話」が生まれ、やがて「社会との対話」へとつながっていく。そうやって対話の相手を変えていくことで、自分の中に眠っていた価値観や思いにも気づける。今回のワークショップも、その“第一歩”を踏み出す時間になったと感じています。
ウェルビーイングな事業がこれからもっと増えて、産業になり、やがて文化になっていく。そういったことを皆さんと一緒に実現していければと思います。今日は、本当にありがとうございました。

「Sobagni(ソバニ)」プロジェクト 前編・中編記事はこちら
【前編】モノづくりの先に、人の幸せを。共和レザーが挑む“人生のそばにある”ブランドづくり
【中編】“交差する挑戦”から生まれる、「そばに」置きたくなる幸せのかたち


サンフランシスコ大学、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)を経て現職。幸せを広めるワークショップ、コンサルティング、研修活動及びフレームワーク研究・事業展開を行っている。PTA活動では、全国PTA連絡協議会会長賞受賞。著書に『ウェルビーイング』(日経BP社)、『幸せになる練習』(すばる舎)など。
https://evol-love.co.jp/