睡眠時間が長くても、睡眠の質が低いと疲れが取れなかったり、日中のパフォーマンスに悪影響を与えたりしてしまう。睡眠の質に影響する要因として、主に生活習慣があげられるが、意外と知られていないのが「寝心地」。
今回は、寝心地をさまざまな角度から研究し、睡眠科学を軸に商品開発をおこなう株式会社イワタの岩田 有史さんに、寝心地の本質や寝具素材との密接な関係について話を伺った。

岩田 有史さん
株式会社イワタ 代表取締役
寝心地の本質に関わるのは寝床内気候?

── 寝心地って感覚的なイメージですが、どのように研究されているのでしょうか?
岩田さん:寝心地の科学的な研究手法には、睡眠中の脳波や体温、脈拍などを測定する「生理的評価」と寝ている人がどのように感じたかを調査する「主観的評価」があります。弊社では主に、主観的評価を用いて研究を行っています。外気温や湿度などの寝具以外の条件を合わせたうえで寝比べを行い、アンケート調査の結果を統計的に解析します。
とくに寝床内気候の変化に着目していて、その変化がアンケート調査の結果にどのように影響を与えるのかを比較する研究に取り組んでいます。
── 寝床内気候という言葉は初めて聞きました!具体的にお伺いしてもよろしいですか?

岩田さん:寝ているときは掛け布団や敷き布団、マットレス等のさまざまな寝具を使用していると思います。睡眠中は、それらの寝具によって寝床内の環境と外の環境とが、ある程度遮断されている状態です。
また、人間は寝ているときに熱を発し、汗などによって皮膚から水分を放出しています。言い換えれば、熱と水を発する物体が寝具によって遮断された小さな空間に入っている状態。寝具の内側は外側とは異なる温度や湿度になり、これを寝床内気候と呼びます。
寝床内気候とは
- 寝具と体の間にできる小さな空間の温度や湿度のこと
- 寝具の素材が持つ「吸湿性」「放湿性」「保温性」寝ているときの発汗量や発熱量などの影響を受ける
── なるほど。人は寝床内気候にどのような影響を受けるのでしょうか?
岩田さん:たとえば、夏場には背中と敷布団が接する部分の相対湿度が90%以上になることがあります。この状態になると、熱や湿気のこもりを逃がすために、寝返りが冬と比べて2~3倍も増えると言われています。寝返りには圧迫感を解放したり、身体を捻ることで体のゆがみを矯正したりとよい効果もありますが、増えすぎると眠りが浅くなってしまいます。
寝返りなどの観点からも、快適な睡眠を得るためには、寝床内の温度や湿度を適切に保つことが重要です。
── 寝床内気候は寝返りにも影響を与えるんですね! 岩田さんがおこなった研究のなかで、もっとも興味深いと感じたものを教えてください。

岩田さん:弊社では寝床内気候を整える素材の研究を重ねてきました。そのなかでとくに注目したのがラクダの毛です。ラクダの毛は、ふわふわしていて暖かそうで冬に良さそうな印象をお持ちの人も多いと思います。
実は、放湿性が非常に高く、寝床内の湿度が上がりにくく、一年を通して最適な素材だったことが、研究を通してわかりました。実際に、アンケート調査に参加した人からは「ムレにくい」「快適だった」」という感想が得られました。
実際に、寝床内の湿度を測定すると、ほかの素材に比べて湿度が低く保たれていたんです。以降、ラクダの毛を使用した敷きパッドやマットレスなどを開発・販売しています。
睡眠の質を左右する寝具の硬さと経年劣化
── マットレスや敷きパッド、掛け布団などの素材や構成要素は寝心地にどれくらい影響を与えるのでしょうか?
岩田さん:素材が持つ吸湿性や放湿性、保温性などの機能はそれぞれ特性があり、マットレスや敷きパッド、掛け布団などの素材は、寝心地に大きな影響を与えます。寝床内の温度が皮膚の表面温度を超えると寝づらくなるのは万人共通です。
── そうなんですね!硬さについてはどれくらいがよいですか?
岩田さん:硬さの好みは個人差がありますが、表面は柔らかく体圧を分散してくれて、次の層で身体を支えてくれるような2層構造のマットレスだと、寝返りが打ちやすい傾向にあります。寝返りのしやすさは、目覚めたあとのすっきり感に影響します。柔らかすぎるマットレスだと、沈み込みすぎて寝返りが打ちにくくなってしまうんです。

── 寝具の経年劣化は、寝心地にどれくらい影響しますか?
岩田さん:長期間使用した掛け布団は、吸放湿性や保温性が低下します。マットレスは、体圧を受けやすい中央部分だけが沈みすぎると、周囲と高さの差が出て、寝返りが打ちづらくなってしまいます。
また、劣化により寝ているときにお尻の部分だけが大きく沈むようになると、腰椎に負担がかかり腰痛の原因になることもあります。
── 寝具と腰痛の関係も大きいと言えそうですね!買い替えのタイミングはどうやって判断したらよいですか?

岩田さん:買い替えのタイミングとしては、大体10年から15年くらいが目安になります。掛け布団は、薄くなっていないか、寒さを感じないかも指標になります。マットレスの場合は、手で触ってみて中央部分だけ沈んでいないか、寝返りは打ちにくくないかなどを確かめるといいでしょう。
睡眠の質の低下は日中のパフォーマンスを悪くする
── これまでの研究から、睡眠の質の低下は、どのような影響を与えると考えていますか?
岩田さん:睡眠の質は、免疫力の低下などの身体的な健康だけでなく、精神的な健康にも影響を与えるとされています。風邪をひきやすくなる・うつ病につながるというリスクも指摘されています。また、創造性やひらめき、集中力といった仕事の質にも影響を及ぼします。
── 心身にも大きな影響を与えてしまうんですね。寝具を変えたことで、睡眠の質が改善した事例があれば教えてください。

岩田さん:弊社が年に1度実施している顧客アンケートでは、寝具を変えたことで「よく眠れるようになった」「目覚めがよくなった」という声だけでなく、「日中のパフォーマンスが改善した」という感想も多く寄せられています。上質な眠りを提供できる寝具としてホテルなどにも導入が進んでおり、ホテルでの使用をきっかけにご購入いただく方も多くいらっしゃいます。
── 旅先のホテルで寝心地がよかったと評価してもらえるのは、嬉しいですね。
岩田さん:旅先は普段生活している場所とは異なる環境で眠ることになります。それでも寝やすかったという感想がいただけたのは、寝床内気候が整えられて快適な寝心地につながった結果だと感じています。
睡眠に関わる課題と環境問題

── 現代人の睡眠課題でもっとも大きな要素はどういったものだと思いますか?
岩田さん:現代人の課題としては、睡眠時間の短さや平日と休日の就寝時間、起床時間の差の大きさが挙げられます。平日の睡眠時間の不足を休日に補うのも問題です。休日に寝だめしても、日曜の夜に再び睡眠時間が短くなり、月曜の朝は寝不足の状態で平日が始まる悪循環が生じやすくなっています。
できれば平日と休日の差を1時間以内、最大3時間以内に収めるのが望ましいです。
── どうしてこういった問題が起きてしまうと思いますか?
岩田さん:原因は1つに特定できませんが、寝る直前までスマホを見るなどして情報過多な状態が続き、リラックスする時間がとれていないことも一因と考えられます。だからこそ、寝具を変えることで睡眠環境を改善し、寝床を安心できる場所にしてもらうことが大切です。
寝具を変えることで目覚めがよくなり、日中も心地よく過ごせるようになったら、睡眠への意識も高まると思います。
── そういった理由からオーダーメイド寝具をメインで扱われているんですね。
岩田さん:眠りの状況や寝室の環境などの個人差に合わせて、素材や感触、硬さなどを選べるオーダー寝具を提供することで、より良い眠りを実現していただきたいと考えています。
寝具から環境問題を考える
── 最後に、株式会社イワタが寝具メーカーとして取り組んでいきたいことを教えてください。

岩田さん:寝具の面から環境問題に取り組みたいと考えています。実は、寝具類は粗大ゴミの回収ランキングの常に上位に入る商品です。10〜15年が寿命とお話しましたが、その前に廃棄する人が多いのが実情です。
寝具は、さまざまな素材が使われているので、リサイクルしにくいという課題もあります。自然素材を主に使用している寝具メーカーとして、単に買い替えを促すだけでなく、できるだけ長く使う方法を提案しています。
── 実際にどのような取り組みをおこなっているのでしょうか?
岩田さん:商品すべてにQRコードを付けて、自宅でのお手入れ方法が確認できるようにしています。クリーニングや仕立て直しサービスも提供しています。長寿命化を目指した上で、適切に循環させる方法の模索も進めています。
── 人の課題と寝具の課題、どちらにもアプローチしているんですね。

岩田さん:株式会社イワタが大切にしている考え方に、「天人合一(てんじんごういつ)」があります。自然と人はひとつながりという意味です。人の生体リズムに関わる睡眠の課題解決だけでなく、自然素材を使用した寝具の消費のあり方までを考えることで、自然と人間の調和と健康的な暮らしの実現を目指しています。
── 睡眠課題と環境問題の両方に取り組まれているんですね。「天人合一」の考え方が、寝具づくりにも反映されていることがよくわかりました。本日は素晴らしい話をありがとうございました!
1983年に株式会社イワタ入社。1988年より睡眠研究を始め、研究機関と産業界の橋渡し役として、睡眠環境や習慣のコンサルティング、商品・寝具開発、教育研修など幅広く活動している。著書:なぜ一流の人は皆「ねむり」にこだわるのか?(すばる舎)他
HP:https://iwata-online.com/