
「主観的Well-Being 21因子」の中で「良質な睡眠」は、生活者にとってウェルビーイング度を高めるために大切にしている要素だという調査データ(※)がある。
※引用:「生活者調査結果 因子別重視度(平均値)」
しかし毎日忙しく過ごすなかで、睡眠をないがしろにする人は少なくない。それでも多くの人が「もっと寝たい」「睡眠を向上させたい」と願っているのはなぜなのか。
本記事では、睡眠ウェルネスアドバイザーやヘルスケアコーディネーターの知見をもとに、対談を通じて「人と人とのつながり」や「気づき」を得る過程を明らかにしたい。睡眠を入り口に暮らしを再設計することで、人生はどれほど心地よくなるのか。
睡眠ウェルネスアドバイザーの谷 明洋さんと、ヘルスケアコーディネーターとして活躍する大木都さん、二人の睡眠のエキスパートと共にその可能性を探る。

谷 明洋さん
睡眠ウェルネスアドバイザー/科学コミュニケータ

大木 都さん
ヘルスケアコーディネーター/株式会社310LIFE代表取締役/株式会社ラフールCHO(Chief Healthcare Officer)
病院の立ち上げ運営に携わる。1,000名以上への個別パーソナルコーチング経験から「日本らしく、ちゃんと続けられる」ヘルスケアを提唱。自身が過労で入院した経験も活かし、忙しい毎日の中でも実践できるヘルスケアメソッドを研究し、スマートウォッチなどのヘルステックツールの活用を推奨している。

堂上 研さん
株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu編集長
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。
なぜ「健康と睡眠」を研究し始めたのか
堂上:まずは、谷さんと大木さんが「健康や睡眠」を学問的に、あるいは実務として深く探求し始めたきっかけを伺いたいです。どうして今のような道を選ばれたのでしょうか。
谷:子どもの頃、私は星や宇宙が大好きで、「宇宙物理学を研究したい」と本気で思っていた時期がありました。しかし、実際に大学で理系の研究を進めるうちに「自分の適性は、もっと人々の暮らしに直接関わる部分かもしれない」と感じたんです。世界観や文化、生活者の行動を考えるのが好きだと気づき、そこから科学コミュニケータとして「人間」を軸に、科学的事実を分かりやすく伝える仕事がしたいと思うようになりました。
そんな道をたどる中で、睡眠に関する計測技術や脳波データの活用がとても刺激的に思えたんです。脳波を測定すればその人の睡眠の深さやリズムが如実に表れますし、分析結果から行動を変えると、体調や生活の質が変化することが目に見えて分かります。この「計測と行動変容」が面白くて、今の仕事にのめりこんだわけです。
大木:私の場合は、ハードワークをして、過労で入院した苦い経験が大きな転機でした。目まぐるしいスケジュールの中で休息が取れず、食事もままならない日々。それでも「頑張ることが正義」と思っていたんですね。でも身体は正直で、ある日、突然ダウンしてしまいました。
その入院生活で改めて「健康って何だろう」と考え、退院後は病院の立ち上げやヘルスケアの現場に携わってみたんです。すると、見落とされがちなのに、多くの方が興味を持つのが睡眠だと思いました。気合や根性で体力を補っているような人こそ、実は睡眠の質を整えるだけで大きく変わる可能性があるんです。今は個別の健康指導の場で「睡眠を入り口としたヘルスケア」を伝えることに力を注いでいます。
計測データから見えた「睡眠習慣」のリアル
堂上:僕は今回、5日間の睡眠脳波計測を試させていただきました。さらに平日と週末の過ごし方を意図的に変えて、睡眠時間やお酒の量、昼寝の有無などを細かく記録してみたんです。そのデータを見て驚いたのは、「自分はショートスリーパーだ」と思い込んでいたけれど、実際には日によって睡眠時間が異なり、深い眠りが取れていれば意外と短時間でも翌朝の目覚めがスッキリすることでした。

堂上:一方で、アルコールを飲んだ日の脳波を見ると、わかりやすく断続的に覚醒が入っているんですよね。眠りは深いのに、呼吸が乱れたり、不規則なタイミングで脳が覚醒したりしていて、「これじゃ翌朝がだるくなるのも当たり前か」と納得しました。逆にお酒を抜いた日は、まず寝付き自体がかなりスムーズで、結果的に睡眠のリズムが整っていました。
計測結果を毎朝チェックするたびに、「こんなに変わるのか」という驚きがあって、本当に面白かったです。
谷:「データを見ると行動を変えたくなる」というのは、まさにこういうことだと思うんです。例えば「起きる時間はいつも同じだけど、寝る時間がずれ込む」「お酒を飲むと呼吸が浅くなりがち」──こうした事実がグラフで可視化されると、自分の生活習慣をどう調整すればいいのかが明確になりますよね。
谷:「睡眠負債」という言葉がありますが、たとえ平日の睡眠不足を週末にまとめてカバーしようと思っても、かえって体内リズムが崩れて「社会的時差ボケ」を引き起こすケースもあります。しかし、堂上さんのように睡眠状態を客観的に把握できると、「週末に睡眠時間を回復させるときも、早く寝て朝寝にならないようにしよう」「あまり飲まずに寝たほうが翌朝が快適」など、より主体的に生活が組み立てやすくなるんですよ。
大木:私の経験上、特に40~50代前後の方は仕事も家庭も責任が増える時期で、睡眠を後回しにしてしまいがち。一方で、更年期などでホルモンバランスが乱れ、眠れなくなると訴える方も急激に増えます。「原因はこれだ」と思い込んでしまうと「年だから仕方ない」と諦めがちですが、本当はもう少しアプローチの仕方があるかもしれない。そういう方こそ、「実際にどれだけ眠れているのか」「どういうタイミングで覚醒が起きるのか」を計測してみると、新たな気づきが得られます。
睡眠が「うまく」なるとはどういうことか
堂上:そもそも、睡眠に「上手・下手」があるって面白い表現ですよね。大木さんはご自身のコーチングで、あえて「睡眠が上達する」という言葉を使うと聞きましたが、どういう狙いですか。
大木:例えば「1時間でも早く寝なさい」「夜中に起きるのを我慢してください」と、上から目線の“べき論”ばかり押しつけられても、多くの人は動けません。でも「上手に眠れるようになりましょう」というアプローチに変えると、「もっと快適になるかも?」と前向きに自分の行動を見直そうという気持ちになりやすいんです。
その上達プロセスは、本当にスポーツの練習みたいなものです。初めは現状把握で「自分の生活がどのように睡眠を邪魔しているのか」を意識する段階から始まって、徐々に「日中の運動や食事のタイミングが、実は大きく影響している」と気づく。するとさらにステップを上げて「寝る前のルーティンも見直してみようか」と考え始めます。
谷:理想を言えば「平日も休日も毎日同じように」「規則正しく十分な睡眠を」「十分運動をして、アルコールは控えて」となるわけですが、現代社会でそれをやろうとすると1日が24時間では足りなくなる。だから、限られた時間の中で、自分に合った睡眠のリズムを把握して「自分流に調整する」ことが大切になるんです。
「眠る時間が物理的にとれないから質を高めたい」と言う方に、私が最初にやるのは「そもそも無理をしてませんか?」という確認です。毎日の睡眠時間を訪ねたり、睡眠を測ってみたりして、睡眠負債が膨大になっていないかチェックする。そして、生活の中で睡眠時間を延ばす余白をどう作るかを考えます。
どうしても平日に睡眠時間が確保できないなら、土日に長く眠って回復させることも考えられるし、平日にパワーナップ(短い昼寝)を活用するパターンでもいい。理想的な睡眠を取り続けることが難しい中でも、そうやって生活全体の折り合いをつけることこそ「睡眠がうまい」という姿なのだと思います。
堂上:僕の実感として、しっかり眠った翌日は高カロリーの食べ物が欲しくならないし、頭の回転も全然違うんですね。これはなぜなんでしょう。
大木:睡眠が不足すると、脳は糖分を摂りたくなったり、手軽な炭水化物に走ったり、いろんな衝動が起きやすいという研究報告もされています。睡眠不足が続くとホルモンバランスが乱れて満腹感を得にくくなり、ジャンクフードなどに手を伸ばしてしまう方が多い。だから「寝ると痩せる」なんて言葉も冗談みたいですが、実は大人にとっては睡眠不足はダイエットには大敵です!
谷:ダイエットに挑戦するときも、睡眠を整えるところから入るのが近道かもしれません。食事制限や運動だけに注力しても、睡眠を軽視するとたくさん食べたくなったり、運動する活力がなくなったりして結果が出にくい。しっかり眠れるようになると体内代謝も安定し、無駄に食欲を刺激されることが減るんです。
忙しい現代人が「少しずつ」変わっていくコツ
堂上:仕事が楽しくて寝られないときや、平日はどうしても帰宅が遅くなるなど、理想通りには動けないケースってよくありますよね。
大木:そういうときこそ、小さな工夫を重ねていくのが大切です。夜遅くに帰ってきても、翌朝15分だけ早めに起きて日光を浴びる。あるいは、お酒を完全にやめるのではなく「夕食時に1杯だけにする」など、ハードルを下げるんです。少しの変化でも、睡眠の質は驚くほど向上します。
また私の体験では、睡眠の質が上がると急に「忙しくても余裕がある自分」に気づけたりします。脳や体が回復しているので、以前ほどイライラしなくなったり、不必要な間食をしなくなったり、メリットがどんどん広がるんですよ。
谷:いきなり「7時間寝てください」と言われても、どうにもならない人は多いと思います。ただ、その現実は受け入れつつも、可能な範囲で身体をいたわる時間をつくると、体調や集中力が変わる。そうやって少しでも変化を感じられると、人間はさらに「もう少し取り組んでみよう」という気持ちになります。
堂上:生活者の困りごとを大規模に調査すると、「朝起きるのが苦手」という声が本当に多かったんです。忙しいと夜更かししがちだし、あるいは深夜にストレスや悩みを抱え続けて眠れないとか。朝スッキリ起きるためのアドバイスはありますか。
谷:起床時に辛さを感じる原因はさまざまで、一概に「これだけやれば解決」というのはありません。例えば夜更かしのしすぎ、アルコールの影響、あるいは悩みごとがあって深く眠れていないなど。本当に人によって違うし、当然、取るべき対策も異なります。だからまずは「自分がなぜ朝起きるのがしんどいのか」を棚卸ししてみるのがいいと思います。
大木:朝日を浴びると体内時計がリセットされ、翌日の目覚めが楽になると言われています。仕事がある日は難しくても、可能な場面が少しでもあれば試してみてほしいです。あとは、ご家族がいる方なら「タイミングが違うなら寝室を一時的に分けてしまう」のも手ですね。夜更かし型と朝型が同居すると、お互いストレスを感じやすいですが、そこを分けるだけで大幅に改善するケースもあります。
睡眠不足が広げる「家族や職場」への影響
堂上:子どもと一緒の布団に寝ているご家庭では、夜中に何度も起きてしまい、結局寝不足……という話もよく聞きます。これは、どのようにマネジメントすればいいでしょうか。
大木:まず一番大切なのは「家族とのコミュニケーション」です。お子さんが小さい間は、思い切って「しばらくは寝不足覚悟」と割り切る時期もあるかもしれません。それでも耳栓やアイマスクなどで対処できる人もいますし、赤ちゃんの泣き声だけを通すタイプの耳栓で乗り切る人もいます。お互いイライラしないために、どこをどう工夫すればいいか、夫婦や家族で擦り合わせると意外と解決策は出てきますよ。
谷:例えば、お子さんの成長段階で夜泣きが続くときなどは、どうしても寝不足になりやすい。割り切って昼休みに仮眠を取る、あるいは週末に少し長めの睡眠を確保するなど睡眠時間を補うのはひとつの考え方です。また、お子さんがより熟睡できるような生活習慣や寝室環境を整え、お子さんの熟睡から親の熟睡を実現するという考え方も大切です。
堂上:「上司の寝不足が原因で部下に当たる」といった話を耳にすることもありますが、まさに睡眠不足が周囲にも悪影響を及ぼす典型パターンですよね。
大木:そうなんです。睡眠が不十分な状態だと、ちょっとしたことですぐイライラしたりミスをカバーできなくなったりします。それって家庭内でも仕事先でも起こり得る問題ですよね。でも裏を返すと、リーダーが睡眠の質を高めれば、そのチーム全体がウェルビーイングに近づく可能性があるとも言えます。
谷:職場でも家庭でも、特に影響力のある人が的確に自己管理をしていて「睡眠を大事にしている」姿を見せると、周囲も「じゃあ自分もやってみようかな」と思いやすい。その意味で、管理職や親のような存在が睡眠への意識を高めることは大きいと思います。
探求する人と、寄り添う人。それぞれのウェルビーイングのかたち
堂上:では最後に、谷さんと大木さんそれぞれが「自分にとってのウェルビーイング」をどう捉えているか、お話を伺えればと思います。
大木:私は家族との時間にウェルビーイングを強く感じます。特にコロナ禍以降、夫がリモートワークで家にいる時間が増えましたが、意外なほど喧嘩が起こらず、お互いのやりたいことを尊重できています。全然役割や性格は違うけれど、お互いの意見を押し付けず「こういう考え方もあるよね」と認めあう。その空気感が整っていると、ヘルスケアや睡眠習慣のアドバイスもうまくいきやすいと感じています。
谷:僕は「探求しているとき」がウェルビーイングですね。幼い頃、宇宙を研究したいと思っていたように、何か未知のものを深堀りしていくことに楽しさを感じます。今は仕事で多くの人の睡眠データを扱う立場ですが、毎日まったく違うパターンに出会えるから「次はこの人をどうサポートしよう」という学びと発見が尽きないんです。その結果として、「この人の暮らしがちょっと良くなった」と喜ぶ顔を見ると最高にやりがいを感じます。
堂上:とても素敵なお話ですね。僕自身も、こうやってたくさんの方と話す機会がとてもウェルビーイングです。そして今日は何より、睡眠改善によって「家族や職場の関係性」がしなやかに変わる可能性を感じました。お二人とも、ありがとうございました!
堂上編集後記
睡眠が“うまく”なるために、基礎を学び、習慣の中で自分にあった最適な方法を考えることが大切だと実感しました。
睡眠時間が短い(睡眠が下手な人)がまわりにいると、イライラしたり、暴飲暴食したりしてダイエットにも影響が出るそうです。今回の僕自身の睡眠を見ていただき、たくさんの学びがありました。お酒の量やストレスなど、いろいろな原因により、睡眠の質が変わることもわかりました。
睡眠がうまくなったら、家族も幸せになるし、仕事のチームメートも幸せになる。睡眠は明らかに、全ての人のウェルビーイングを司る「生きる上で大切な習慣」です。
今回、このような機会を頂き感謝申し上げます。睡眠が“うまく”なるように、これからも定期的に脳波の計測をしたいと思います。
[当記事に関する編集部日記はこちら]
本記事のリリース情報
博報堂:多様な生活者のウェルビーイングを促進する情報サイト「Wellulu」で睡眠改善アドバイザーの谷が紹介されました。
株式会社S’UIMINで睡眠改善プログラムの開発・実施に従事。プロスポーツ選手や企業従業員、健康診断オプション検査の利用者など、年間200名以上の睡眠改善に携わる。睡眠脳波計測で得られた客観データと本人の主観を照らし合わせ、一人ひとりに最適な睡眠衛生指導を考案する。