一軒のレストランから始まり、そこで生まれたドレッシングをはじめ、さまざまな商品へとおいしさを広げてきたピエトロ。
その商品開発、マーケティング、ブランドデザインの3部署を統括するのが、西川舞さん。入社後はクリエイティブ部門で、レストランの内装から商品パッケージまで、幅広いデザインに携わってきた。
「デザインは、アートじゃない」。学生時代に学んだその言葉を、西川さんは仕事を通して何度も実感してきたという。
創業者の感覚に支えられてきた商品づくりを、どのように組織の言葉と仕組みに変えていくのか。メンバーの力をどう引き出し、お客様の「心が動く瞬間」をどう生み出すのか。ピエトロのブランドをかたちづくる、西川さんの仕事観に迫る。

西川 舞さん
株式会社ピエトロ / 商品開発&マーケティングデザイン部長
デザインは、アートじゃない。相手の心に届いて初めて価値になる

── まずは、西川さんのお仕事内容について教えてください。
西川さん:現在は、商品開発&マーケティングデザイン部で、「商品開発」「マーケティング」「ブランドデザイン」の3つの部署を統括し、三位一体となったブランドづくりに取り組んでいます。
入社した当初は、クリエイティブ部門でレストランの内装からメニュー、商品パッケージ、ポスターなどのデザインを担当していました。
── 西川さんの原点には、クリエイティブ部門での経験があるのですね。入社当初は、どのようなデザインを目指していましたか?
西川さん:当時の私は洗練されたデザインが好きで、どうすればカッコよく見えるか、きれいに見えるかという視点で仕事をしていた部分がありました。
ただ、経験を重ねるなかで、デザインは見た目の形だけをつくるものではなく、商品やブランドが持つ価値を、相手に伝わる形へ翻訳するものなのだと気づきました。
── 価値を翻訳するという表現はわかりやすいですね!
西川さん:はい、どれほど見た目がよくても、それだけでは意味がありません。
私たちが届けたい価値が相手に伝わり、何かを感じてもらって初めて、デザインとしての役割を果たしたことになると思っており、この考え方は、現在の商品開発やマーケティングの仕事にもつながっています。
相手の目線に立たないと、心は動かない
── デザインは価値を伝えるものという考えが、ご自身のなかで強くなったきっかけはありますか?
西川さん:仕事をするなかで、私たちが伝えたいことを一生懸命書いても、すべてをじっくり読んでもらえるわけではないと気づいたことです。
実際、長く書いてあっても斜め読みで済ませちゃうことってあるじゃないですか。
── 確かに、全部をじっくり読むことは少ないかもしれません。
西川さん:逆にほんの一瞬見ただけでも、驚いたり、共感したり、興味を持ったりすることがありますよね。私はそれを「心が動く瞬間」と呼んでいるのですが、その瞬間をつくれなければ、情報はなかなか相手に届きません。
── 「正しいことを伝える」だけではなく、まず相手の心に何かが生まれることが大切なのですね。
西川さん:はい、そのためにはお客様の目線に立つことが何より重要だと思っています。
たとえば、海外からいらしたお客様に向けたポップを日本語だけでつくったり、お子様に見ていただきたいものを高い位置に掲示しても、内容を伝えることはできません。相手に伝わる言葉や見せ方などを考える必要があります。
そういったことがきちんとできていないと、いくらデザイン的に優れたものをつくっても、誰の心にも響かないのです。
── なるほど。そうした考えはお仕事での経験を通じて、少しずつ身についていったのでしょうか?
西川さん:「デザインはアートではない」ということは、大学時代から何度も教えられてきました。
自分がつくりたいものを表現するのではなく、相手が抱えている課題を解決することがデザインなのだ、と。頭では理解していたつもりでしたが、実際に仕事として向き合うことで、ようやく自分のなかに落とし込めたように思います。
── 学生時代に学んだ言葉が、現場での経験を重ねるなかで、西川さん自身の軸になっていったのですね。
創業者の頭の中を、組織の言葉と仕組みに変える

── 西川さんは、マーケティング部門の立ち上げにも関わっているとお伺いしています。社内で新たにマーケティング部門が必要になったのは、なぜだったのでしょうか。
西川さん:創業者が商品づくりの中心にいたころは、「これをつくりたい」というアイデアも「お客様にどのように楽しんでほしいか」という想いも、すべて創業者の頭の中にありました。当時の商品開発は、それらを形にする役割だったそうです。
その後、創業者の逝去を経て、経営体制が変わって数年がたったころに、「創業者の頭の中にあったものを、組織として共有できる形にしなければならない」という話になりました。
そこで立ち上がったのが、現在のマーケティング部門です。
── 創業者のなかにあった感覚や判断基準を、組織で共有できるものへ変えていく必要があったのですね。実際に取り組んでみて、どのような難しさを感じましたか?
西川さん:扱っている商品の数も多く、商品ごとにコンセプトも違うため、正解も一つではありません。それらを共有できる形にするのは、とても難しかったですね。
── そういったときの判断基準や指針のようなものはあるのですか?
西川さん:迷ってしまったときに私たちが大切にしているのが、創業者が残した「原点を大切にする」という言葉です。
この言葉は、「一軒のレストランとして、目の前のお客様に自信を持ってお出しできるか、本当にピエトロらしい味だと思って届けられるか、そして、お客様に喜んでいただけるのか」という問いに立ち返ることを意味していると、私は思っています。
商品がスーパーの売場に数多く並ぶようになっても、手に取ってくださる一人のお客様の気持ちになれているかという視点は、絶対に忘れてはいけないと思っています。
── レストランから受け継いできた原点を商品づくりへ生かしているんですね。
西川さん:そうですね。
マーケティングには、市場の動きや生活者の変化を捉える役割があります。ただ、それだけだと、商品が似たような方向へ向かってしまうことがあるんですよ。
ピエトロには、40年以上にわたってレストランで培ってきた、シェフならではの技術や感覚があります。それらを大切にしながら、市場を捉える視点を掛け合わせていく。そのバランスを見つけることが、ピエトロのマーケティングなのだと思います。
お客様の声の奥にある気持ちを読み解く
── 商品やブランドの方向性を考えるうえで、お客さんから届く声は、どのように取り入れていますか?
西川さん:日頃からいただく大切なお声は、さまざまな判断の材料にしています。ただし、寄せられた声をそのまま商品に反映するという考え方はしていません。
── 意見を反映すれば、お客さんが求める商品ができるわけではないということですか?
西川さん:はい。お客様の言葉をそのまま受け取るのではなく、その奥にある気持ちや本質を読み解くことが大切だと思っています。
── お客さんが口にした要望だけでなく、その言葉の背景まで考えるのですね!届いた声を、社内で共有する仕組みもあるのでしょうか?
西川さん:毎月、うれしいお声も厳しいお声も含めて、お客様から寄せられたお声を共有する「お声会議」を開いています。
いただくお声は、味に関するものだけではありません。たとえば、「ドレッシングのボトルが洗いにくい」というお声から、使い終えたあとにご不便をおかけしていることに気づき、現在は改良できるように検討を進めています。
── 味や見た目だけでなく、商品を使い終えたあとの扱いやすさも、次に選んでもらえるかどうかに関わるのですね。
西川さん:そうなんです。食べる瞬間だけではなく、その前後も、商品を使う体験の一部です。
味がおいしいことはもちろんですが、手に取ってから使い終えるまで、気持ちよく使っていただけることが、リピートにつながるのだと思います。
リーダーは、人の上ではなく、人の前に立つ

── マーケティング部門の立ち上げから組織が広がるなかで、西川さんご自身の役割にも、変化はありましたか?
西川さん:自分がプレイヤーとして前に出る立場から、メンバーが力を発揮できるよう支える立場へと、少しずつ役割が変わっていきましたね。
私はもともと、自分で手を動かすことが好きなので、本当は自分でやりたいという気持ちがあります(笑)。
ただ、すべてを自分でやってしまうと、メンバーが経験を積む機会を奪ってしまうことになるので、自分が成果を出すことよりも、メンバーにいかに力を発揮してもらうかが、自分の仕事だと思うようになりました。
── 自分でつくる立場から、メンバーが力を発揮できる環境をつくる立場へ変わったのですね。リーダーとして、指針にしている考え方はありますか?
西川さん:以前、上司から言われた「リーダーは、人の上に立つのではなく、人の前に立つ」という言葉を大切にしています。
「上に立つ」というと、指示を出す人のように感じます。でも、前に立てば、危険や課題を先に見つけて、後ろにいるメンバーを守ることができます。
少し先の未来を見て、必要であれば進む方向を整えることもできます。私も、そのような存在でありたいと思っています。
── その姿勢は、メンバーの方にも伝わっていそうですね。
西川さん:「相談しやすい」と言ってもらうことは多いです。「自分がやりたいことを尊重してもらいながら、必要なときにアドバイスをもらえる、その距離感が心地よい」と言ってくれるメンバーもいます。そのように感じてもらえていることは、うれしいですね。
まず聞く。大事なことは、自分から取りに行く
── メンバーが相談しやすい関係をつくるために、日頃から意識していることはありますか?
西川さん:一つは、「時間がないから」と言って、話を聞くことを後回しにしないことです。
社内の人からの相談は多いですが、忙しいときでも、まずは話を聞くようにしています。周囲からは、いつも誰かと話している人という印象を持たれていたかもしれません(笑)。
どれだけ忙しくても、まずは相手の話を聞く。その姿勢は、今も変わっていません。
もう一つは、最初から否定しないことです。否定ばかりされていては、人は本来の力を発揮できません。だから今は、相手の考えが自分とは違うかもしれないと思っても、まずは「なぜ、そうしたの?」と理由を聞くようにしています。
── まずは本人の考えを聞くのですね!
西川さん:そうすると、話しているうちに、本人が自分で気づき、解決していくことも多いんです。私自身も、自分のことは意外とわからないものだと感じています。
── 組織やメンバーの数が増えると、一人ひとりの状況を把握することも難しくなりそうです。
西川さん:現在は30人ほどのメンバーがいるので、今、誰が何に取り組んでいるのか、細かなところまですべて把握するのは確かに難しいですね。
ただ、待っていれば、誰かが大切なことを教えてくれるとは限りません。だからこそ、こちらから話を聞きに行くようにしています。
そのためには、日頃から話しかけやすい雰囲気をつくることも大切です。結局、大事なことほど、待っているだけでは届かないのだと思います。
── 相手の話を受け止めるだけでなく、必要な声を自分から聞きに行く。その両方が、西川さんのリーダーとしての姿勢を支えているのですね。
人の手から「心が動く瞬間」を生み出す

── 西川さんが考える、ピエトロの一番の魅力は何でしょうか?
西川さん:一番は、「人」だと思います。会社全体にやわらかな雰囲気があり、温かい人が多いんです。プライベートでも仲がよく、みんな自社の商品やレストランのメニューを本当に好きでいてくれます。
先日、社内でも「これまでは商品のおいしさを一生懸命伝えてきたけれど、これからは働く人たちを自慢したい」という話が出たところでした。その言葉に、私もとても共感しました。
── その「働く人たちを自慢したい」という考え方は、とても素敵ですね!
西川さん:そうですね。社内の雰囲気だけでなく、工場でも「人」が魅力です。全国や海外に商品を届けるようになった今でも、人の手と目を大切にしています。
私たちは工場を「大きな厨房」と呼んでいるんです。単に大量生産する場所ではなく、レストランの厨房が大きくなったような場所として捉えていて、ドレッシングも、パスタソースも、冷凍商品も、手作業の工程を多く残し、人の手を生かしながらつくっています。
── あえて手作業の工程を残しているのは、なぜでしょうか?
西川さん:機械がないから手作業にしているのではなく、手作業のほうがおいしくなる工程があるからです。
弊社の冷凍商品は1食1,000円前後と、少々お高めなのですが、その価格には「人の手をかけることで生まれるおいしさや品質」も反映されています。
心が動かないと、人は投稿しない
── 商品づくりだけでなく、レストランでの体験を通して「心が動く瞬間」を生み出せたと感じたできごとはありますか?
西川さん:印象に残っているのが、レストランのテーブルに、「ドレッシングやトッピングなどを自由に試せる形で置く」という施策です。
当初は、「非日常を楽しむレストランのテーブルに、普段使う商品を並べてよいのか」という反対意見もありました。
ところが、実際に始めてみると、お客様がとても喜んでくださったんです。SNSでも、テーブルに並んだボトルの写真が数多く投稿されました。
── 写真を撮って投稿するという行動に、お客さんの心が動いたことが表れていたのですね。
西川さん:はい。私たちが想像していたのとは異なるところで、お客様の心が動いていたのだと気づかされました。
気になるドレッシングが複数あっても、一度にすべてを購入するのは難しい場合があります。レストランで自由に試していただくことで、「この味も好きかもしれない」という新しい発見につながっているのだと思います。
── 自分たちの思い込みだけで決めるのではなく、お客さんの反応に触れることで、初めてわかる価値もあるのですね。今後、商品やレストランでの体験を通して、お客さんにどのような時間を届けたいですか?
西川さん:社内で話し合うなかで、「日常のなかに、ちょっとしたごほうびの時間を届けたい」という言葉が生まれました。
特別な日でなくても、「今日は少し頑張ったから、ピエトロを食べようか」と、いつもの食卓を少し豊かにしてもらえたらうれしいですね。
── 西川さんご自身も、普段からピエトロの商品を使われているんですか?
西川さん:もちろんです。ドレッシングやパスタソースをはじめ、ピエトロの商品をいくつも 常備していて、その日の料理や気分によって使い分けています。
私自身、料理が得意というわけではないのですが、たとえば、野菜炒めにかけるだけで味が決まり、手軽なのに一皿が様になるんです。
── 西川さんご自身も、日々の暮らしのなかで商品の価値を実感されているのですね!最後に、今後ピエトロで挑戦していきたいことを教えてください。
西川さん:私たちが届けているのは、味だけではなく、食を楽しむ時間そのものだと思っています。
そう考えると、食べている瞬間だけでなく、食事をつくる時間や、食卓を囲んだあとの時間にも、まだできることがあるのではないかと考えています。
食を通して生活がもっと豊かになるように、これからも可能性を探っていきたいです。

Wellulu編集後記
美しいものをつくるだけではなく、相手の立場に立ち、価値が届く形へと翻訳する。創業者が感覚のなかで育んできたものを組織の言葉に変えることも、メンバーの声に耳を傾けることも、その先にいるお客さんの「心が動く瞬間」を思い描く仕事なのだと思います。
一人で成果を出すのではなく、人の前に立ち、それぞれの力が発揮される環境をつくる。西川さんの言葉からは、ブランドを育てることと、人を大切にすることが、切り離せないものであることが伝わってきました。
いつもの食卓に生まれる、ささやかな喜び。その裏側には、相手を思い続ける人たちの仕事があります。私たちの日常を少し豊かにするブランドは、こうした丁寧な積み重ねから生まれているのだなと実感できる取材でした。
「人の心が動く瞬間は何なのか」を大切にしながら、商品開発・マーケティング・ブランドデザインの3部門を統括。
◎デザイン
入社後はクリエイティブ部門で、新業態の立ち上げや既存店舗の販促、商品の新ブランド立ち上げやリブランディングなどを担当。
デザインをつくることよりも、「お客様にどう感じてもらうか」「お店や商品を通してどんな体験を届けるか」というディレクションを一貫して行ってきた。
◎マーケティング
当時、会社にはマーケティング部門がなく、創業者が感覚的に行っていたことを組織として再現できるようにしたいという想いから、3人でマーケティング部門を立ち上げた。
「自社にとってマーケティングとは何か」という定義づくりから始め、今では他部署とも連携しながら、ブランドづくりや売上への貢献まで役割を広げている。
◎商品開発
今年度からは商品開発も担当。
クリエイティブ、マーケティング、商品開発を一つの流れとして考え、「商品をつくること」と「伝えること」を分けずに設計。