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【ブランド責任者のB面】「絶対、継がない」と決めていた私が、家業を選んだ理由。石井食品が地域と紡ぐ、新たな可能性

ミートボールでおなじみの石井食品。1945年創業の老舗食品メーカーで、代表取締役社長執行役員を務めるのが5代目の石井智康さん。

実は石井さんは、創業家に生まれながら、かつては「絶対に継がない」と決めていたという。しかし、ソフトウェアエンジニアとしてキャリアを築き、フリーランスとして自立した後、あえて家業を継ぐという道を選び、社長に就任。

なぜ、その決断をしたのか。そして、異業種で培った経験は、80年続く老舗企業をどう変えていったのか。「第四創業期」を掲げ、石井食品の新たな価値づくりに挑む、その仕事観に迫る。

石井 智康さん

石井食品株式会社 代表取締役社長執行役員

2006年6 月にアクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズ(現アクセンチュア) に入社。ソフトウェアエンジニアとして、大企業の基幹システムの構築やデジタルマーケティング支援に従事。

2014年よりフリーランスとして、アジャイル型受託開発を実践し、ベンチャー企業を中心に新規事業のソフトウェア開発及びチームづくりを行う。

2017年、祖父の創立した石井食品株式会社に参画。2018年6月、代表取締役社長執行役員に就任。地域と旬をテーマに農家と連携した食品づくりを進めてい
る。認定スクラムプロフェッショナル。

目次

「絶対、継がない」そう決めていた私が、家業を選んだ理由

── 石井さんは、もともと「絶対に家業は継がない」と考えていたそうですね。それでも石井食品を選んだ理由から教えてください。

石井さん:石井食品に入社する前は、総合コンサルティングファームを経てベンチャー企業に入り、その後はフリーランスのエンジニアとして働いていました。

そこから家業に入った理由は、大きく二つあります。一つは、自分のキャリアです。フリーランスとして働く中で、「このまま10年はやっていけるな」という感触を得たんですね。

そこで初めて、自分の将来をフラットに考えられるようになりました。フリーランスを続けるのか、スタートアップに入るのか、起業するのか。そして、その選択肢の中に、家業である石井食品も並びました。

もう一つは、「食」が自分にとって身近なテーマになったことです。結婚や妻の病気をきっかけに生活習慣を見直す中で、「食の改善って本当に難しいな」と感じる一方で、可能性があると思い、「食で何かできないか」と考えるようになったんです。

── キャリアの節目に、家業である石井食品と向き合うきっかけがあったわけですね。

石井さん:はい。「食で何かできないか」と思い描く中で、パッと石井食品の事業と自分の想いがリンクしたんです。しかも、身近に食品工場があることの価値にも改めて気づきました。

ITのスタートアップなら、パソコン一台とサーバーがあれば始められますが、食品工場はそうはいきません。工場を建てるにも、人を育てるにも、技術を積み重ねるにも、莫大な時間とお金がかかります。

そんな中で、自社工場を持ち、かつ無添加調理という独自の技術がある石井食品に大きな可能性を感じました。家業だからというより、一つの会社として魅力を感じたという方が正しいですね。

── なぜ、もともとは「絶対に継がない」と考えていらっしゃったのですか?

石井さん:「コンプレックスが大きかったから」かもしれません。家業がなければ自分は生きていけないんじゃないか、人からもそう見られるんじゃないか、という想いがありました。

だからまずは、家業から離れて、自分一人でちゃんと生活できるのか、稼げるのかを確かめたかったんです。

自分の力で生きていける。その自信が、家業への見方を変えた

── そのコンプレックスをどのように乗り越えていったのでしょうか?

石井さん:フリーランス時代の経験が自信につながりましたね。自分の力でお客様との関係を築き、仕事を獲得し、稼ぐ。

日々の生活を難なくこなせるようになり、さっきも言ったように「10年は食べていけるな」という感触を得たときに、コンプレックスがきれいに外れました。

なので、突然職を失ったとしても、何とかやっていけるという自信があります。この先、自分が何をすればよいか、何ができるのかがわかっているので。

── ご両親からは、「いずれは継いでほしい」という話はなかったのですか?

石井さん:父の心の内はわかりませんが、必ず石井食品に入社しろ、というふうに強制されたことはないです。でも、私が入ると決めたときは、もちろん歓迎してくれました。

── 創業家のご出身ですから、最初から社長候補として迎えられたのでしょうか?

石井さん:入社時に次期社長だと約束されたわけではないです。ただ、当時の社長も幹部も、私を将来の社長候補として見ていたと思います。

でも私は、肩書きだけでは現場の人はついてこないと思っていました。フリーランス時代は、システム開発だけでなく、開発チームづくりにも携わっていました。エンジニア一人ひとりが力を発揮できるチームをどうつくるか、という考え方を学び、実践してきたんです。

そこは製造業も同じで、現場の人たちが力を発揮できなければ、いい商品は生まれません。とくに食品メーカーは、現場でつくる商品そのものが会社の価値になります。だからこそ、まずは現場に入り、みなさんに認めてもらい、自分も現場を理解することが大切だと考えていましたね。

業界が変わっても「ものづくりの本質」は変わらない

── IT業界から食品メーカーへと業界は変わりましたが、「ものづくり」という点では共通する部分もあったのでしょうか?

石井さん:そうですね。つくるものは違いますが、私はエンジニアとしてずっと「ものづくり」に携わってきたので、本質は変わらないと思っていました。

フリーランス時代には、最初から完成形を決めるのではなく、チームで意見を出し合い、試しながらよりよい方向へと改善していく「アジャイル」という考え方を実践してきました。大切なのは、個人の力ではなく、チームの一人ひとりが力を発揮できる環境をつくることです。

その考え方は、食品メーカーのものづくりにも通じると感じました。だから、「これまでやってきたことは石井食品でも生かせる」という感覚がありましたし、その想いは入社してからさらに強くなりました。

── ありがとうございます。奥様のご病気をきっかけに食と向き合うようになったと伺っているのですが、そこからどのようにして石井食品への入社につながったのか、お聞きしたいです。

石井さん:妻の病気をきっかけに生活習慣を見直したんです。睡眠や運動はある程度自分の努力で変えられました。でも、食だけは思うようにいかない。

添加物はできるだけ減らしたいし、農薬もできるだけ少ないものを選びたいと思っても、近所のスーパーでは選択肢がほとんどない。自分一人の努力や覚悟だけでは解決できない課題だと感じました。

同時に、もしかしたら、同じように悩んでいる人がいるかもしれない、とも思いました。だからこそ、「もっと多くの人が無理なく食生活を変えられる仕組みが必要なんじゃないか」と考えるようになったんです。忙しい毎日の中でも、安心して手に取れる食品があれば、食生活を変える最初の一歩になります。

その仕組みを実現するには、安心して食べられる加工食品が必要です。そして、それをつくる工場がすぐ近くにありました。それが石井食品だったんです。

── 家業だからではなく、ご自身が実現したいことと石井食品の可能性が重なったということでしょうか?

石井さん:そうですね。「石井食品といえばミートボール」という印象が強いと思います。でも、私は石井食品がミートボールだけの会社ではないことを、もちろん知っていました。食生活全般を支える商品を生み出せる会社だということは、自然とイメージできたんです。

実は、私が子どものころは中華惣菜もたくさんつくっていて、本気で「うちは中華屋さんなんだ」と思っていたくらいなんですよ(笑)。

20年に一度、企業は変わる

── 社長就任後は「第四創業期」という言葉を掲げて改革を進められました。この言葉には、どんな想いを込めたのでしょうか?

石井さん:改革を進めるにあたって、まず取り組んだのは、全国の工場や営業所を回り、「石井食品のよいところ」と「課題」を、社員のみなさんと一緒に話し合うことでした。

実際に話を聞いて感じたのは、みなさん会社のことが本当に好きだということです。一方で、変化への危機感には、経営と現場で少し温度差があり、毎年同じ行事を繰り返している「学校みたいだな」という印象も受けました。

そんな中、当時会長だった父が「企業は20年に一度、大きく変わる」と話していたんです。その感覚は、創業家として私にもよくわかるものでした。

実際、石井食品も「佃煮」から「ミートボール」へ、そして「無添加調理」へと、おおよそ20年ごとの節目で大きく変わってきた会社です。

一方で、私がいたベンチャー企業では、事業や組織が大きく変わるタイミングを「第二創業期」と呼ぶことが多かったんですね。それなら、創業80年を迎えた石井食品は「第四創業期」だな、と。その言葉を旗印にして、「今こそ会社を変えていこう」という共通認識を社内に浸透させていくことにしたんです。

── 具体的には、どのように浸透させていったのでしょうか?

石井さん:行動規範を見直して最初に掲げたのが「去年と同じことは原則禁止」でした。もちろん、比較した結果、去年と同じが最善なら構いません。一方、「何となく去年と同じはやめよう」と伝え、毎年必ず振り返り、新しくアップデートすることを求めました。

ちょうど当時は、石井食品の本社がある船橋の西武百貨店が閉店した年でした。長年親しまれてきた百貨店の閉店は地元でも大きなニュースとなり、私も寂しい想いがありました。

同時に、経営者として「惜しまれること」と「日常的に選ばれ続けること」は別なんだと改めて感じたんです。変わらなければ、お客様は少しずつ離れてしまう。その危機感は、社内でも繰り返し伝えてきました。

── 「第四創業期」の中で、とくに大きな変化だったと感じている取り組みは何でしょうか?

石井さん:いろいろありますが、地域と旬を生かした商品づくりですね。父から聞いた話ですが、チキンハンバーグが発売された当時、「3分で夕食がつくれる」という価値に、お客様が大きな熱量で応えてくれたそうです。地域商品でも、それに近い手応えがありました。

たとえば、白子町の玉ねぎハンバーグを現地で販売すると、箱買いしてくださる方がいて、理由を聞くと「親戚や友人に配るため」と。自分たちの町の商品ができたことを誇りに思ってくださっている。

そういった反応は、ミートボールではなかなか見られないものでした。それと同時に「地域に必要とされる商品をつくる」その方向性は間違っていないという自信にもつながりました。

「3ヵ月しかつくれない、価格は2倍」それでも挑戦した理由

── 地域や旬を大切にするということは、扱える時期や量も限られますよね。そうした取り組みだからこその苦労もあったのではないでしょうか?

石井さん:苦労は本当にたくさんありました。地域を限定すると旬も決まるので、新玉ねぎなら3ヵ月しかつくれません。しかも、価格は従来のチキンハンバーグの約2倍です。

営業部からは「高すぎる」と言われ、売り場からも「季節限定では扱いづらい」と言われました。社内でも、「ミートボールがあるのに、なぜこんなことをやるのか」と思われていたでしょうね。

そんな中で変化が生まれたのは、社員にも実際に地域へ足を運んでもらったことでした。生産者の想いや地域の課題を直接聞くと、「もっとおいしくしたい」「もっと地域の役に立ちたい」という声が自然と出てきたんです。現場を知ることで、人の意識は変わる。そのことを、この取り組みを通して実感しました。

効率化できない世界がある。生産者と歩んで気づいたこと

── ありがとうございます。ほかにも印象に残っていることはありますか?

石井さん:天候には悩まされましたね。千葉の白子町で玉ねぎを使ったハンバーグを商品化したのですが、天候の影響で収穫量が大きく落ちてしまい、目標としていた生産量をつくれませんでした。

山梨の大月の玉ねぎを使った商品も、計画の3分の1しかつくれなかった年がありました。

── それは、営業の現場としても厳しい状況になりそうですね。

石井さん:営業はスーパーに売り場を確保してもらわなければいけないので、生産計画を見直すことになれば、やはり気が滅入ります。でも、それ以上に大変なのは農家さんなんです。

弊社としては別の商品を提案することもできますが、農家さんは一年かけて育てた作物が思うように収穫できない。

だからこそ、「どう支え合っていくか」がすごく大事なんです。地域でものづくりをするというのは、けっきょくそういうことなんですよね。

気軽に電話ができる関係をつくる

── ここまで地域と一緒に歩んでいると、生産者のみなさんとの関係も、一般的な仕入れ先とはまったく違うものになっていそうですね。

石井さん:一般的に考えられる以上に生産者さんとの関係は親密ですね。白子町の組合長さんにも気軽に電話できるくらいの関係ですし、地域のイベントにはお互いに参加しています。

山梨県大月市では、弊社のメンバーも深く関わりながら、地域商社のような取り組みを始めたり、玉ねぎの研究会を立ち上げたりしています。

── まるで地域住民のようですね!

石井さん:我々が地域に根ざした活動をするのと同じように、我々の商品づくりに対しても初期から地域の方に入っていただいています。

たとえば商品の味づくり。その土地の玉ねぎの特徴をどう生かすかを何度も話し合い、私のところへ試作品が届くころには、地域ではすでに4〜5回は議論を重ねているんです。だからこそ「これは白子の玉ねぎのお墨付きだ」と胸を張って言える商品になる。工場だけで商品をつくるのではなく、地域の方々と共同開発している感覚ですね。

── 本社が千葉なので白子町との関わりはわかるのですが、山梨との関係は、どうやって始まったんですか?

石井さん:本当にご縁としか言えないですね。当時は父が会長職だったのですが、たまたま大月市に旅行に行って、現地の方と話し合う中でプロジェクトがスタートしました。

── 旅行ですか!?

石井さん:はい。そこで地元の方たちの話を聞くと、大月市にはあまり名産がなく、大月駅も中継地のような扱いでみんな素通りしてしまう。

玉ねぎをつくり始めてみたところ、収穫量はそこそこあるけど「販売方法が明確に定まっていない」という話になり、「石井食品のハンバーグでなんとかできるのでは」と商品化の話に発展していったんです。

── 偶然の出会いから、取り組みが自然と広がっていったのですね。

石井さん:そうなんです。一つひとつ成功事例を積み重ねるうちに、「うちの地域の食材も使ってもらえませんか」と声を掛けていただけるようになりました。

地域の食材を生かして商品をつくることは、地域の特産品づくりや活性化にもつながります。ものづくりが、食品をつくることを超えて地域に貢献できる。その面白さを実感しています。

だから第四創業期では、この事業を「地域プロデュース業」と呼ぶようになりました。社員一人ひとりが地域プロデューサーとして「その土地の食材をどう生かし、どうやってビジネスにつなげるかを考えていこう」と社内でも掲げています。

地域に支えられて、ものづくりは続いていく

── 地域を支えることは、社会貢献というだけではなく、石井食品のものづくりそのものにもつながっているんですね。

石井さん:よい素材を手に入れるということは、組織にとって欠かせない課題なんですよ。

食品加工では、調味料などを組み合わせて味を整える方法もあります。一方、無添加調理では素材の持ち味が仕上がりに大きく影響するため、よい食材を選ぶことがとても重要なんです。

だから、よい食材を安定して届けてもらえる仕組みがなければ、商品をつくれないし、おいしいものもつくれない。そう考えると、生産者のみなさんに元気でいてもらうこと、その方たちと強い信頼関係を築くことは絶対条件なんです。

地域の疲弊は大きな社会課題ですし、地域活性に本気で取り組むことは、私たちにとっても、お客様にとっても、社会にとっても価値があることだと思っています。

── アジャイル開発やITを活用した組織改革に取り組んできた石井さんにとって、「地域と旬」を対象としたものづくりは、これまでとは違う難しさもあったのではないでしょうか?

石井さん:おっしゃる通りです。石井食品がつくっているのはお惣菜、つまり料理です。料理って、レシピ通りにつくっても、その日の食材の状態や温度によって、仕上がりが微妙に変わるんですよね。

料理が上手な人は「今日はこんな感じかな」とこれまでの経験や知見で調整しながら、おいしく仕上げていきますが、我々の工場も実は同じなんです。

たとえば、同じ商品でも焼き時間を少し変えたり、油の温度を調整したり。その日の素材の状態を見ながら、工場の担当者が一番おいしくなるように微調整しています。

── 工場生産とはいえ、最後は人の技術や判断が欠かせないのですね。

石井さん:もちろん機械化はできます。でも、その機械を使いこなし、日々変わる食材の状態を見極めて判断するのは人です。

すべてを効率化・自動化できるわけではなく、人の技術や経験、その場その場の判断が必要な領域が、確かにあります。

ミートボールだけじゃない。石井食品が持つ、まだ見ぬ可能性

── ここまで石井食品のものづくりについて伺ってきました。それを踏まえて、これから石井食品として挑戦したいことは何でしょうか?

石井さん:たくさんありますよ!

まずは、ミートボールやハンバーグに続く柱をつくっていきたいですね。もっと言えば、弊社の技術でつくれるものは、まだまだたくさんある。その技術を「お客様の暮らしにもっと役立てられるのでは?」と考えています。

その一つが玄米がゆです。玄米は白米に比べて食物繊維やビタミン、ミネラルなどを多く含みますし、体調がすぐれない日や、前の日に食べ過ぎた朝にも、おかゆってすごくいいんですよ。でも、自分でつくろうと思うと意外と手間がかかる。

その点、弊社には玄米がゆのラインナップもありますし、こういう商品がもっと日常に定着すれば、日本人の健康のお手伝いができると思っています。

── 玄米もおかゆも好きです(笑)。「食生活のさまざまな課題を解決したい」というお気持ちが伝わってきました。

石井さん:弊社の主力品におせち料理がありますが、おせちをつくるには「煮る」「焼く」「揚げる」など、本当にさまざまな調理技術を使っています。

そうした技術を使って、みなさんの暮らしをサポートできたら最高ですね。

── 現在の商品だけでは、石井食品が持つ調理技術をまだ十分に生かし切れていないということでしょうか?

石井さん:もし技術が100あるとしたら、今使えているのは5くらいじゃないですかね。

── たったの5ですか!?逆に言うと、それだけ多くの可能性が眠っているのですね。

石井さん:どうしてもミートボールやハンバーグが事業の中心なので、それ以外の商品の魅力がまだ十分伝えられていません。

手前味噌ですが、黒豆やレトルトカレーもおいしいですよ。カレーはルウを使わず、スパイスの調合から工場でおこない、国産素材をどう組み合わせれば一番おいしくなるかを、一から考えてつくっているんです。

── 一つひとつの商品にこだわりを感じます!石井さん自身が、「もっと多くの方に知ってほしい」と思う商品はありますか?

石井さん:とりそぼろですね。あれは、実は佃煮の技術がすごく生きている商品なので、本当にもっと売れていいと思っています。

私自身、子育てをしていて、ミートボールよりとりそぼろの方を3倍、4倍使っていたくらい、日常の食卓に取り入れやすくて、子育てにも役立つ商品なので、その価値をもっと伝えていきたいですね。

石井食品らしさは、「まだ誰もやっていない」を選ぶこと

── 最後に、石井さんが考える「石井食品らしさ」とは何でしょうか?

石井さん:去年、創業80周年を迎えたタイミングで、「石井らしさとは何か」を社内で改めて考える機会がありました。

各部署でも、それぞれ「石井食品らしさ」を言葉にしてもらったんです。そこで一番多くあがったのは、「真面目さ」でした。もちろん、それも石井食品らしさですが、個人的にもう一つ大事なものがあると思っています。

── それは何ですか?

石井さん:誰もやったことがないけれど、「絶対にやった方がいい」と思うことに挑戦する姿勢です。

調理済みハンバーグが一般的ではなかった時代に取り組みを始めましたし、ミートボールも、お弁当のおかずとして新しい市場を切り開いてきました。ほかにも真空パック技術もそうです。

── これまで先陣を切ってさまざまな挑戦をされてきたのですね!

石井さん:もちろん、失敗もたくさんありました。たとえば、90年代には豆腐ハンバーグを発売しています。今では当たり前の商品ですが、当時は早すぎてまったく売れませんでした。

でも、そういう挑戦も含めて、石井食品らしさなんです。真面目に、ひたむきに。そして、新しいスタンダードをつくっていく。

逆に言うと、「他社がやってるからやりましょう」という発想は、一番嫌いなんですよ。だからこれからも、お客様の暮らしを少しでもよくするために、まだ誰もやっていないことへ挑戦し続けたいですね!

Wellulu編集後記

今回の取材で印象に残ったのは、「地域と一緒に商品をつくる」という石井食品の姿勢です。商品開発というと、メーカーの中だけで完結するものだと思いがちですが、石井食品では生産者のみなさんと何度も話し合い、試作を重ねながら、その土地ならではのおいしさを一緒につくり上げているそうです。

「これは白子の玉ねぎのお墨付き」と胸を張れる商品になるまでの過程を伺い、地域との信頼関係そのものが、石井食品のブランドの強さなのだと感じました。

そして、取材で話題に上がったとりそぼろは、私も以前から大好きな商品です。取材時はちょうど子どもの夏休みが始まったばかり。

ご飯にのせるだけでお弁当が完成する頼もしさを改めて実感し、わが家でも早速大活躍しています。「とりそぼろ3倍計画」、私もひそかに応援しています。

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