神戸大学計算社会科学研究センターの西村和雄 特命教授と、同志社大学経済学部の八木 匡 教授の研究により、子ども時代に親から受ける「褒めかた」や「叱りかた」が、成人後の自己決定度や安心感に影響をあたえることが判明した。
また、「長期的な視点で物事を考える習慣」や「倫理的行動」についても、アンケート調査をもとに分析。褒めかたでは「頑張ったね」と努力を評価する言葉が「えらいね」と能力を評価する言葉や、結果に対し「褒美」を与えることよりポジティブな影響を残していることがわかっている。
叱りかたでは、一貫性を持って叱り、「どうしてできないの」と叱責したり、「罰」を課したりするよりも、「次は頑張ろうね」と励ます言葉をかけることでよりよい影響を与えていることがわかった。(怒るのではなく、子どもと同じ目線で叱ることが大切)
今回は研究の第一人者である神戸大学計算社会科学研究センター 西村和雄 特命教授に、褒めかたや叱りかたが子どもにあたえる影響について伺った。
西村 和雄さん
神戸大学計算社会科学研究センター 特命教授
子どもの教育・しつけで「本当に大切なこと」は何なのか?
成人後の所得にも影響する4つのしつけ
── はじめに、西村先生が今回の研究をしようと思ったきっかけを教えてください。
西村先生:本研究の動機については過去の研究も関係しますので、そこからお話しします。1973年にアメリカの大学院に留学した私は、博士号を取得後、東京の大学に戻って就職しました。帰国しておどろいたのは、そのころ(1978年前後)の日本では子どもたちのモラルの低下、いじめや家庭内・校内暴力が社会問題として多く取りあげられていたのです。
私自身も子育てをする時期だったため、その後アメリカの大学で、経済学を教える機会を利用して、心理学等の研究も始めました。
今回の調査をスタートする前に、大きく分けて3つのことを報告しています。
最初に調べたのは「子どもが身につける規範」についてでした。「他人に親切にする」「うそをつかない」「ルールを守る」「勉強をしよう」の4つを言われてきた人は、成人後に高い所得と学歴を得たというものです。
次に調査したのは「成人後の成功につながる子育て方法」です。見守りながら、困ったときに助ける「支援型」と呼ばれる子育て方法が子どもの成功をもたらす、という結論でした。
自己決定度が将来の主観的幸福度を上げる
そして、子どもが成人してからの「幸福度」について。学歴や所得以上に「自己決定度」が幸福度に影響するということがわかっています。親が学校や仕事、結婚相手などに口を出さず、自分で判断し決定してきた人は、お金や学歴に関係なく幸福度が高いのです。
これら3つを調べたうえで「では実際に家庭で教育する際に、自己決定や安心感を高めるにはどうすべきか」と、より具体的な方法を考えたときに、今回の叱りかた・褒めかたの調査に至ったわけです。
── たしかに、「声かけ」というのは具体的で各家庭で実践しやすいですね。その中でも、なぜ叱りかたや褒めかたに着目されたのですか?
西村先生:親は子どもに対して、日常的な表情やボディランゲージを別にすれば、声かけと応えかたがコミュニケーションの中心です。とくに、子どもが問題行動をとったときの注意のしかた、好ましい行動をとった時の励ましかたは、子育てに関するさまざまな著書や論文で重視されており、どのようにするのがいいのか多くの親が悩む点でもあります。
また、声かけと応えかたで議論の的になるのが「賞罰」の是非です。子どもに罰を与えることがよくないというのは理解できます。
しかし、著名な心理学の著作には、子どもに罰を与えることだけでなく、子どもが何か達成したときにご褒美を与えることもよくなく、「子どもが欲しているものを使って行動を支配する手段となる」との記載もありました。
褒美がマイナスの効果を及ぼすとすると理由はなぜなのか、厳しくしつけることが理想の結果を生み出すのか、といった疑問を解決すべく、実際に多くの親がおこなうと思われる叱りかた、褒めかたについて分析しました。
叱るときに「次はがんばろうね」と言われた子どもは、成人後の幸福度が高い
── 先生の発表の中で、とくに印象的だったのがこのグラフです。ちょっとした声かけの違いで、だいぶ大きな差が出ていますよね。
西村先生:このグラフは、NTTオンラインを通じて日本人2,052人にアンケートを実施して、調査で得た結果を数値化したものです。
「自己決定指標」「計画的実行能力」「法令遵守」「安心感」という、子どもの将来の成功や幸福度につながる項目を、数値が比較可能なように変数変換してあらわしています。
たとえば、自己決定指標を調査するために「小学校〜高校への進学先は誰が決めた?」、「大学はどのように決めた?」といった質問をし、「まったく希望ではなかったが周囲のすすめで決めた」なら1点〜「自分の希望で決めた」なら5点と5段階で点数をつけます。そのうえで、子ども時代にどのように褒められたか、叱られたかを調べ、影響を分析しました。
その結果、叱るときに「次はがんばろうね」と言われた人と「罰を課せられた」人では自己決定指標や安心感に大きな開きがでてくるとわかりました。前述の通り「自己決定指標」は成人後の「幸福度」にも影響しますので、親としては気をつけたいですね。
ちなみに、今回の研究でいう「子ども時代」とは3歳〜17歳までのことです。年齢が小さければ小さいほど、声かけの影響が大きいと考えています。成人になっていきなり結果があらわれるというよりは徐々に影響していきますので、やはり日常的な声かけを意識することが大切です。
── 実際にご褒美を与えたり罰を与えたりするよりも、声かけのみの方が長期的に見ていい影響があるのは意外でした。これはどんな理由からですか?
西村先生:褒美をもらうためには「結果」がすぐに必要ですよね。それを目的に子どもが行動しようとすると、「今得ができればそれでいい」という思考になりやすいのです。
これは罰についてもそうで、失敗すると咎(とが)められることを繰り返すと、親の顔色をうかがい、その場をしのぐような考えになってしまうことがあります。賞罰ともに思考が短絡的になり、倫理観に影響が出やすくなります。
一方で「がんばったね」や「次はがんばろうね」はすぐに結果がでなくても、親は見守っていてくれると伝わります。子どもには安心感が生まれ、長期的な努力をする意欲にもつながります。
「次はがんばろうね」という言葉は努力の過程を評価している
──「がんばったね」・「次はがんばろうね」という言葉が、叱る・褒める両方で一番いい影響をもたらす理由も知りたいです。
西村先生:「がんばったね」「次はがんばろうね」という言葉は、結果を問わずその子の「努力の過程」を評価しているからです。失敗したときには、励ましの言葉にもなりますよね。
「えらいね」や「どうしてできないの」という言葉と比較したとき、上からの物言いにもなっていません。叱るときも、褒めるときも子どもと同じ目線なのがポイントです。
一貫性を持って叱り、関心を持って見守る
叱ると怒るは違う!子どもの意思を尊重したしつけを
── 子育てをしていると、状況によってはきつく言わないといけない場面もあると思うのですが、その際にはどうするとよいでしょうか?
西村先生:そうですね。この声かけはあくまで指標なので、別の声かけをすることもあると思います。ただ、“叱ると怒るが違うこと”を意識してみてほしいですね。自分の感情のままに怒鳴りつける、といった行為はプラスに作用しにくいです。叱るには「してはいけないこと」を冷静に伝える努力が必要です。子どもの意志も尊重しながら話し合いましょう。
また、その際には「一貫性」が非常に重要になってきます。注意する際の基準が、子どもにも伝わっていることが重要なんです。できるだけお父さん・お母さんの注意の基準もブレないようにしましょう。まずは「誰でも共通にしてはいけないこと」を意識して、注意するのがいいと思います。
子どもはみんな「やる気」を持っている!本人の動機を大切にしよう
── なるほど、冷静に一貫性をもって伝えることが重要なのですね。ほかにも意識すべきポイントはありますか?
西村先生:子育てではよくほかと比較して「うちの子はやる気がない」「普通のことができない」という親御さんもいらっしゃいます。でも、子どもは興味の方向性がそれぞれ違うだけで、全員「やる気」は持って生まれているものです。
何かを「知りたい!」「やりたい!」と思ったとき、その欲求を素直に行動に移せるのが子どものいいところです。親が「こうしなさい、ああしなさい」と言うより、本人の内側からくる動機を大切にしてあげてください。周りとまったく同じである必要はないのですから。
なんでも先回りして注意したり、行動を指示したりすると「自己決定指標」も下がってしまいます。子どもを成功に導くのは「関心を持ってじっと見守る」ことです。
お子さんがやりたいことはできるだけさせてあげつつ、危ないときだけ助けるようにしましょう。子どもの得意を伸ばすことは、幸福感や成功にもつながっていきます。
人によって違う「個性」について研究を深めたい
── 本日はありがとうございました。最後に子どもの教育について新たにわかったことや、西村先生が研究を進めていることがありましたら教えてください。
西村先生:近年「発達障害」といった言葉に注目が集まり、子どもが小さいうちから診断を受けたり薬を与えたりする親御さんもいます。
しかし「人によって違う」ということは、本当に「治療」すべきことなのか、本来「個性」と捉えるべきところも、障害に分類されている可能性はないのか、という点が気になっています。
子どもはみんな違ってよいはずですし、子どもに限らず、大人だって本来全員違います。違う人間をどう理解し、どう育てるかが大切なのではないかと思っています。
研究を通して、「障害」と「個性」について、もっと説得力のある形で示せればと考えています。
Wellulu編集後記
西村先生にお話を伺い、親の日頃の「声かけ」がどれほど子どもに影響を与えるかがわかりました。
「子どもはみんなやる気を持っている」という言葉も印象的です。人と比べず、個性を尊重することの大切さを改めて感じました。
親としてはいろいろ心配で、つい先回りしたくなるものですが、子どもの「やる気」や「自己決定」を尊重して、のびのびと育ててあげたいですね。
本記事のリリース情報
経済学者。日本、カナダ、アメリカの大学で教え、京都大学名誉教授。2013年より神戸大学特命教授。複雑系経済学の先駆者として国際的に活躍すると共に、ゆとり教育の問題点を指摘し、日本数学会出版賞を受賞した『分数ができない大学生』をはじめ、理数科教育、道徳、子育て、学校教育、家庭教育に関する調査研究を行う。元日本経済学会会長、瑞宝重光章受章、日本学士院会員。