育児の助っ人ともなるテレビだが、幼少期の子どものテレビ視聴と視力にはどのような関係があるのだろう。
岡山大学の松尾俊彦教授、頼藤貴志教授の共同研究によって、1.5歳、2.5歳のときの長時間のテレビ視聴は、小学生になったときの視力低下と関連することが明らかになった。また、3.5歳、4.5歳、5.5歳ではテレビを見る時間が長くても、小学生になったときの視力低下との関連はみられなかったという。
今回は研究をおこなった松尾教授に、研究の内容と幼少期のテレビ視聴と学童期の視力の関係について詳しいお話を伺った。
松尾 俊彦さん
岡山大学学術研究院ヘルスシステム統合科学学域 教授
幼少期のテレビ視聴は学童期の視力低下(近視)に影響するのか?
── まず、今回の研究を実施したきっかけを教えてください。
松尾教授:僕は小児眼科という領域で子どもの目の病気を専門にしています。
昔から近視を予防するために「近くを見るときは姿勢を良くしてね」「テレビは近くで見たらだめだよ」「たまに遠くを見るように」「外でよく遊びなさい」などが言われてきましたが、疫学的に証明できることはないのかなと思いました。
子どもの目の病気は本当に少なく、昔に比べて子どもの数も減っているので、診るお子さまも、専門にする眼科医も少なくなっています。そんな中で、エビデンスを見つけて子どもたちに伝えていくことは、とても大切だと思っています。
そういった職業柄の興味があったとともに、研究結果が少しでも世の中に役に立つんではないかと感じ、今回の研究をおこないました。
── 今回の研究では、とくに“幼少期のテレビ視聴と学童期の視力の関係”に着目されていましたね。
松尾教授:最近はスマホやタブレットなどで動画を見ているお子さんも多いですよね。
テレビを見せてお子さんが大人しくしている間に、急いで家事などを済ませて…など、そういうふうに活用してもらっていいと思うのですが、お子さんにとっては“小さいときに、すごく近くのものを集中して見ている”という状態になりますよね。
この影響が将来的にどういうふうに出てくるのかという点に興味を持ちました。
実は、目に関しては“長期的に経過を追えるデータ”というものが、日本にも世界的にもほとんどないんですよ。今回の研究では「21世紀出生児縦断調査」という調査の結果を使用しています。
これは厚生労働省が2001年の特定の期間に生まれたお子さん47,015人を対象におこなっているアンケート調査で、お子さんが20歳になるまで毎年アンケートに協力してもらい、データを蓄積しているものです。
僕が所属している岡山大学に、このデータを活用してさまざまな解析研究をおこなっている疫学・衛生学分野の頼藤教授に「こういうことに興味があるんですが、使えそうなデータはありませんか」と相談したのがきっかけです。
1.5歳、2.5歳のテレビ視聴が学童期の視力低下に影響
── 「21世紀出生児縦断調査」のデータを用いたとのことでしたが、具体的にどのように研究をすすめられたのですか?
松尾教授:アンケート調査票の中に「どういう遊びが好きですか」という問いに、外遊びやテレビ、積み木、人形などの選択肢から選んで答えていただくような項目があるんですね。
まずは、このデータを使い「主な遊びとしてテレビを視聴している子」「していない子」の2つのグループにわけてデータを比べてみました。
また、2歳〜5歳になると調査票の中に「テレビを見る時間」について、1時間未満、1~2時間、2~3時間、3時間以上などの選択肢から答えていただく項目があります。
このデータを、1時間未満見ている子、1時間台、2時間台、3時間以上見ている子にわけて、比べるといったこともおこないました。
何を比べるかというお話ですが、同じく調査票の中に小学生以降「子どもについての悩み」に答えていただく項目があり、その中に「視力が悪くなった」という選択肢があるんです。
この項目に丸がついていた子ども=視力が低下したと考えて、今回の結果を導いています。
── 今回の研究では、どのようなことがわかったのでしょうか?
松尾教授:1.5歳、2.5歳のときに「テレビ視聴」がおもな遊びだったお子さんは、そうでない子と比べると、小学生(7〜12歳)になったときに1回以上「視力が悪くなった」と回答した割合が有意に高くなっていました。
2.5歳のときに“1日のテレビ視聴時間が2時間以上”であったお子さんは、“視聴時間が1時間未満”であったお子さんと比べ「小学生で視力が悪くなった」と回答した割合が有意に高くなったため、長時間の視聴が影響した可能性も考えられます。
3.5歳、4.5歳、5.5歳ではテレビ視聴と近視の関連性は少ない
ただ、3.5歳、4.5歳、5.5歳ではテレビを見る時間が長くても、小学生時に視力が悪くなることと関連はみられませんでした。
視覚が発達中の1歳、2歳、3歳までのテレビ視聴に注意
── どうして3歳以上になると関連がみられず、1.5歳、2.5歳のときのみ「テレビ視聴」と視力低下の関連がみられたのでしょうか?
松尾教授:動物の目って生まれたときからほぼ大きいですよね。
大きさはあまり変わらないんですが、3歳までの間にいろんなものを見ることで、脳の神経回路が発達していき、細かいものがわかっていくようになるんです。
3歳までは視覚が育つ時期「臨界期」なので、その時期にテレビを長時間みていると将来の視力に影響してくるけれど、4〜5歳で視覚がある程度発達したときの視聴はあまり影響がなかったのではないかと予測されますね。
── なるほど、視覚が育っていく1〜2歳の時期のテレビ視聴には気をつける必要があるということですね。
松尾教授:子どもがテレビを見るときって、近くに寄っていますよね。
どんな大きな画面でも、すごく近寄ってみる傾向にあるので“近いものばっかり見ていた”結果、将来的に近視が進む要因になったのではないかと考えています。
小学校で近視が出てくるって、けっこう早いんですよ。近視は身体の成長にともなって出てくるもので、中学生になりぐんと背が大きくなってから近視が進むことが多いのですが、最近は昔に比べても小学生で近視が進むお子さんが増えているんです。
テレビを近くでみたり、長い時間みたりということも、1つの原因じゃないかと思います。
近視予防のためにできること
── 近くでの視聴や長時間の視聴がよくないという話がでましたが、ほかにもテレビ視聴の際に気をつけることはありますか?
松尾教授:近視が進む要因に関してはたくさん研究がありまして、やはり“暗いところで見ない”というのも重要です。
歳をとると暗いとこではものが見えにくくなるのですが、子どもは大人が思っているより暗いところでも目が見えるんですね。ただ、暗いところでは目のピントの調節が不安定になるため、それによって近視が進んでしまうというのは、いろんな研究でわかっています。
また、テレビの話からはそれますが“外遊びをする”というのも大切です。
明るい太陽光のもとで1〜2時間くらい活動しているお子さんのほうが、近視が進みにくいということがシンガポールからの研究でわかっています。「外で遊びなさい」というのは、近視予防としては正しいんです。
まだ研究としてきちんと証明されているわけではないのですが、近くのものを見すぎることで、目が寄ってしまう斜視(しゃし)の原因になるのではないかといわれています。
── 幼児期のテレビ視聴に限らず、近視予防として、日頃から暗い場所でものをみたり、近くでみたりするのは避けた方がよさそうですね。
松尾教授:そうですね。小学生になると、勉強をしたりゲームをしたりすることも多いですよね。
近視予防の観点からは、テレビ視聴に限らず、目を近づけて本を読む、文字を書く、暗いところでのゲームや読書はできるだけ避けておくといいですね。
スマホ・タブレットでの動画視聴も注意が必要
── 最近の子どもはタブレットやスマホで動画を視聴するケースも多いですよね。テレビよりも画面を近くでみる場合もあるかと思いますが、今回のように視力への影響が懸念されそうでしょうか?
松尾教授:今は想像でしかお話できませんが、近くをずっと見ているということはテレビ視聴と変わりませんので、おそらく同じような影響はでてくるのではないかと考えられます。
今回の研究は2001年に生まれたお子さんのデータを用いましたが、実は2010年に生まれたお子さんの調査というものもおこなわれていて、そちらの調査票では「スマホ・タブレット」も質問項目に含まれているんです。
このデータが使えるようになれば、きちんとスマホ・タブレットの動画視聴による影響を調べてお伝えすることができると思います。
── 松尾教授、本日は貴重なお時間をありがとうございました!
Wellulu編集後記
今回は、幼少期のテレビ視聴と学童期の視力低下の関連について、松尾教授よりお話を伺いました。
3歳までは視覚が発達途中である「臨界期」にあたり、この時期のテレビ視聴には注意が必要とのこと。最近はスマホ・タブレットでの動画視聴も主流になっていますが、テレビよりも近くで画面をみることも多く、どこでも手軽に視聴ができるので、ついつい視聴時間が長くなってしまうことも考えられます。
長時間見ない、暗いところで見ない、画面には近づきすぎないなどの工夫をし、積極的に外遊びも取り入れながら、対策をしておくことが重要だと感じました。
本記事のリリース情報
眼科医。臨床診療の中で特に専門としている領域は、ぶどう膜炎、眼腫瘍、小児眼科、網膜硝子体手術。「光電変換色素薄膜型」人工網膜の開発研究や斜視遺伝の研究も行っている。岡山大学医学部医学科卒。岡山大学大学院外科系眼科学分野修了。日本学術振興会の特別研究員、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学の博士研究員、岡山大学病院眼科助手(助教)、講師を経て、眼科学の准教授、ヘルスシステム統合科学の教授。