臨床心理学、家族心理学を専門に研究する東北福祉大学福祉心理学科・高木講師に、心理学的側面からみる「良い家族」の定義やコロナ禍における家族問題についてお話を伺った。
また、家族問題は外部のコミュニティとも密接に関係しており、家族以外の心理不安や人間関係の問題、それらを解消していくために活用できるセルフケアなど…、日常の考え方を少し変えるだけで、今のあなたの不安や問題も解決に近づくかもしれません。
高木 源さん
東北福祉大学総合福祉学部福祉心理学科 講師
本記事のリリース情報
【報告】Webメディア「Wellulu」に掲載されました/高木 源 講師
家族療法・家族心理学の視点で家族問題を解決する
コミュニティ内の健康状態を目指す家族療法
──先生が人の悩みやセルフケア、家族心理学などのテーマに取り組むきっかけは何だったのでしょうか?
高木講師:私が取り組んでいる研究テーマは、セルフケアや家族心理学が主です。多くの人がカウンセリングを一対一のセッションと考えがちですが、家族療法では両親や夫婦、子どもも含めた家族全体を対象にします。または家族が直接的には参加しなくても、その影響を考慮に入れます。家族療法を知ったとき、個々の関係性だけでなく、より広い視野で治療を進めることの魅力に気づきました。
職場など他のコミュニティも重要なシステムとして捉えることができます。のような広い視野で捉えられるアプローチを学んだことで、セルフケアの重要性にも気づきました。コミュニティがセルフケアのツールを提供することで、より健康な状態や良好な関係を実現できると考えています。
──最近、カップルカウンセリングなども身近になってきましたが、これも家族療法の一環ですか?
高木講師:はい、家族療法は家族を対象にしたイメージが強いですが、その根底には「システム」という考え方があります。例えば、職場の上司と部下がカウンセリングを受ける場合も、家族療法のアプローチを適用することができます。カップルのカウンセリングもその一例です。
家族療法の本質は「システムとして問題を捉えること」です。たとえ一人でカウンセリングに来た場合でも、その人の背景にあるシステムを考慮します。
勢力、結びつき、開放性の3要素で家族環境を捉える
──「家族心理学」について詳しくお伺いしたいです。「家族環境が良いか悪いか」というのは、どのような基準で判断されるのでしょうか?
高木講師:家族心理学では、家族を大きく三つの要素で捉えます。まず第一の要素は「勢力」です。これは家族メンバー間の力関係や影響力のことで、互いにどれだけ影響を与え合っているかを指します。第二の要素は「結びつき」、つまり家族間の親密さや関係性の深さです。最後に「開放性」。これは家族内だけでなく外部との関係や交流のあり方を意味します。
家族心理学の視点で考える「良い家族」とは?
高木講師:理想的な家族環境とは、勢力・結びつき・開放性の3要素がそれぞれ高いレベルで、バランス良く組み合わさっている状態です。
お互いを尊重することで「勢力」のバランスを保つ
──1つ目の要素家族メンバー間の「勢力」について、例えば、お父さんが一方的に勢力を持っているような家族はどうなのでしょうか?
高木講師:勢力のバランスが偏っている家族では、一部のメンバーだけが支配的な役割を持ち、他のメンバーの意見や要望が無視されがちです。例えば、お父さんだけが決定権を持ち、他の家族が意見を述べても聞き入れられない状況です。理想は、各メンバーが互いに影響力を持ち、平等に意見を交換できるような勢力が均衡した状態です。
──では、「勢力」のバランスを均衡にするためにはどうすれば良いのでしょうか?
高木講師:勢力のバランスを整えるためには、家族メンバーがお互いの得意・不得意を理解し、それを尊重することが重要です。家族療法では、勢力のバランスを整えるための介入が行われることもあります。例えば、夫婦間で意見の不一致がある場合、カウンセラーが間に入り、両者の意見を平等に扱うことでバランスを取ろうとします。また、子供が成長するにつれて、その意見や価値観が家族内の勢力バランスに影響を与えることもありますが、その場合には子供の変化に応じて柔軟に対応しつつ、子供の意見を尊重することが大切です。
家族内の親密さが「結びつき」に影響する
──2つ目の要素、家族間の「結びつき」に関しては、どのように測定されるのでしょうか?
高木講師:結びつきは、家族メンバー間の親密さを測る尺度を用いて評価されます。私が学んだ東北大学の研究室では、特定の尺度を用いて家族メンバー間の親密さを測定します。例えば、父母間、母子間、父子間といった、家族メンバーの中の2者間の親密さを1から10のスケールで評価し、その合計点で家族全体の親密さを判断します。
外部との良好なコミュニケーションが「開放性」に
──3つ目の要素「開放性」とは具体的にどういうことを指すのでしょうか?
高木講師:開放性は、家族が家族内のコミュニケーションにとどまらず、外部のコミュニティとの関係性がどれだけ開かれているかを指します。開放性が高い家族は、家族メンバーがそれぞれ外部のコミュニティとも豊かな関係を持っています。これは家族のメンバーそれぞれが、仕事場や学校、クラブなど外部のコミュニティと良好な関係を持っていることを指します。開放性がなく家族内に閉じこもってしまうと、より家族内で問題が起こりやすくなるため、この開放性は非常に重要です。
コロナ禍は家族の3要素のバランスを悪くし、家族問題を増加させた
コロナ禍で家族問題が増加。その原因とは?
──コロナ禍における家族問題の研究をなさっていますが、まずは研究内容について教えていただけますか?
高木講師:コロナ禍における家族問題と家族の基本的な特性との関連を調べました。コロナ禍を経て家族内問題が増加している背景があり、2021年10月初めに日本国内に住む子供を持つ親を対象にWeb調査を行い、220名のデータを集めて分析しました(※詳細)。
そのデータをもとにコロナ禍における家族問題の発生に影響を及ぼす様々な要因を分析しました。まず、喫煙者は配偶者からの暴力を受けやすい可能性が高いことがわかりました。また、未就学児を持つ家族では、児童虐待に関する不安が高まる傾向がありました。さらに、収入が減った家族や部屋数が少ない家族、そして仕事をしている人はインターネット依存になりやすいという結果も出ました。さらに、収入の減少や新型コロナウイルス感染症に対する意見の対立がある家族は、精神的健康が悪化する可能性があることが明らかになりました。
家族間の意見交換が減り「開放性」が低下
──コロナ禍の生活様式や変化が家族内での葛藤やメンタルヘルスの問題を引き起こす要因となっているという点について、詳しくお話しいただけますか?
高木講師:コロナ禍における特異な状況は、家族の生活に多大な影響を与えています。特に、開放性の低下は家族間のコミュニケーションや情報交換の機会を減少させ、それが家族内の葛藤やストレスの増大につながっていると考えられます。また、高齢者が同居している家庭では、コロナ対策への意識が高まり、家族内での意見の対立が生じやすくなっています。これらの要因は、家族メンバー個々人のコロナへの恐怖感や不安がさまざまであることに起因しています。家族が一致した見解に至ることが難しく、それぞれのメンタルヘルスにも影響を及ぼしていると言えます。
このように、コロナ禍は家族内での葛藤を引き起こし、それが精神的健康への悪影響をもたらしています。家庭での話し合いにおいても、開放性が低下しているため、葛藤的な状況で親密性を保つことが難しくなっており、それがさらなるストレスや不安を引き起こしていると考えられます。
選べないコミュニティ「家族」と選べるコミュニティ「職場・友人」
──家族内コミュニケーションの重要性についてのご見解を伺いましたが、その他にも家族以外のコミュニティの重要性についてもお話いただけますか?家族は変えられないコミュニティとしての特性を持ちつつ、外部のコミュニティとの関わり合いがどのような影響を及ぼしているのでしょうか。
高木講師:確かに、家族は生まれて最初に所属するコミュニティであり、他のコミュニティに参加する際の基本的なロールモデルとなります。家族は基本的に変わらないものですが、外部のコミュニティ、例えば職場や友人関係などは変更が可能です。これらの外部コミュニティとの関わり合いは、家族内の関係性や問題解決においても重要な役割を果たします。
家族内の結びつき(親密性)と外部コミュニティへの開放性の両立が家族問題解決のカギ
高木講師:家族内の結びつきは非常に重要ですが、問題が発生した際には外部のコミュニティへの相談やサポートが必要な場合もあります。例えば、家族内で解決できない問題がある時には、友人や先生、カウンセリングの専門家に相談することが有効です。また、職場での困りごとを家庭に持ち帰り、家族のサポートを受けることも重要です。このように、家族内の結びつき(親密性)と外部コミュニティへの開放性が両方重要であり、それぞれの困りごとをお互いに補い合いながら解決していくことが理想的な関係性を築く上で重要だと考えます。
──確かに、外のコミュニティで相談できることは、解決への糸口になりますね。家族の問題もひとくくりに「人間関係」の一つかと思いますが、近年の悩みの傾向は何かありますか?
高木講師:今も昔も悩みの傾向として、人間関係が一つの大きな部分を占めています。特に家族関係や異なる価値観を持つ人々との関わりが、多くの人にとってストレスの原因になっているようです。特に最近では、時代が経るにつれ、個々人がどのように生きるかを自分自身で決めなければならないという圧力が増してきたように思います。例えば、転職が一般的になるなど、職業選択の自由や多様性が増えたことにより、自分の価値観や生き方をどう実現するかという問題もまた、多くの人にとっての悩みとなっています。
家族問題、対人関係、将来への不安を解消する、2つのセルフケア術
アプローチ➀」どうなりたいか、どう変わりたいか?「解決志向短期療法」
──悩みに対処するために、セルフケアの開発に取り組んでいると伺いましたが、その内容について教えていただけますか?
高木講師:セルフケアに関しては、「解決志向短期療法」というアプローチを取っています。これは、どうなりたいか、どう変わりたいかを深く考える方法です。例えば、「ミラクルクエスチョン」という技法があります。これは、「悩みが奇跡的に解決したとしたら、どのような変化が起こるか」を想像することで、理想の自分や理想の状態を明確にする方法です。このアプローチを取ることで、悩みの原因を掘り下げるだけでなく、解決に向けたポジティブなビジョンを持つことが可能になります。これは、個々人が自分の理想や幸せを具体的に想像し、それに向けて行動する手助けをするものです。また、理想の状態が明確になることで、現状とのギャップを認識しやすくなり、小さな進歩も見逃さず、ポジティブな変化を実感しやすくなります。
──人間関係の悩みに関して、セルフケアで具体的にどのように対応できますか?
高木講師:たとえば、ドラえもん「もしもボックス」が分かりやすいでしょう。あなたは電話ボックスに入り、受話器に、「もし〇〇が××だったら…?」というふうに、今抱えている特定の問題や悩んでいる対人関係の理想の状態を伝え、電話ボックスを出てみます。すると、外はあなたの願いが叶い問題が改善された理想的な世界です。その世界で、悩みのタネであった相手は、どんな態度をあなたに取るでしょうか?あなたはどんな言葉を返すでしょうか?
このように「もしもその関係が改善されたらどのようになるか」を想像することで、その状態に近づけるために自分がどのように振る舞えば良いかを考え、現実の対応方法にヒントを得ることができます。
問題に焦点を当てた取り組みは多くの人が行っています。だからこそ、自分自身が望んでいる理想の状態を思い描くことで、その状態になるために、何が役に立つのかが見えてくることがあるのです。これはキャリアに悩んでいるような場合にも適したアプローチです。
アプローチ②:「問題事態を解決する方向性」と「問題による悪影響を小さくする方向性」
──問題に対して向き合っていく態度として、理想を思い描き対応策を講じることはとても重要ですね。他に問題を解決していくためにできるアプローチはありますか?
高木講師:「問題事態を解決する方向性」と「問題による悪影響を小さくする方向性」の2つのアプローチがあります。特に意識しづらいのが「問題による悪影響を小さくする方向性」のアプローチです。これは、特定の問題が生活全体に及ぼす影響を最小限に抑えることを目指します。例えば、仕事や家庭の問題があっても、それが生活全体を支配しないようにすることが重要です。問題は生活の一部であり、それ以外の要素にも目を向けることが大切です。この考え方に基づき、生活の充実を目指すことが、問題による悪影響を小さくする方法となります。
──なるほど、問題が生活の多くを支配しないように、他の幸せや日常に目を向けたり、趣味の時間をメリハリを持って作ることが大切ですね。
これから家族を築く人へ。家族ルールは柔軟に
──読者は20〜30代も多く、これから新しい家族を築いていく方も多いと思うのですが、良好な家族関係や安定した家族心理を築くために大切なことはありますか?
高木講師:新しい家族を築いていく上で重要なのは、お互いの異なる価値観やライフスタイルを認識し、共通の家族ルールを作っていくことです。新婚期や子供が生まれたときなど、ライフステージの変化に応じて、家族のルールを柔軟に調整する必要があります。具体的には、家事の分担や家計の管理などの日常的なルールから、お互いの合意に基づいた新しいルールを定め、それを適宜更新することが大切です。また、子供が生まれた場合は、子供に適したルールも考慮に入れる必要があります。家族内での意思疎通と相互理解が、安定した家族関係の基盤となります。
セルフケアなのにフィードバックがもらえる?「AIを活用したセルフケア」
──今後の研究分野や現在進行中のプロジェクトについて教えていただけますか?
高木講師:私の現在の研究は、セルフケアを支援するツールの開発に重点を置いています。特に、自然言語処理技術、例えばChatGPTやBERTなどを活用して、より効果的なセルフケアを実現することに焦点を当てています。これまで解決志向短期療法をワークシートやオンラインツールの形で提供してきましたが、セルフケアは自分一人で行うため、ユーザーが示した回答に対して誰からもフィードバックがない状態です。今後はAI技術を組み合わせることで、ユーザーの答えに応じたリアクションや具体的なフィードバックを提供できるようなツールを開発していきます。例えば、「目標」は具体性と現実性が重要なポイントですが、それを機械的に評価し、改善の提案をするシステムを考えています。これにより、セルフケアツールが対面セラピーに近い形での支援を提供できるようになることを目指しています。
──セルフケアツールが発展すると、カウンセリングに対するハードルが下がりそうですね。
高木講師:セルフケアツールは、カウンセリングにいくことにハードルを感じる人にとっても日常的にアクセスしやすい方法です。ただし、セルフケアツールと専門家によるカウンセリングは異なる役割を持っており、完全に同じものになることはないと考えています。自然言語処理技術を活用することで、機械ができる部分と人間ができる部分の境界を明確にし、その両方の価値を示すことが可能になると思います。また、自分でもオンラインツールをいくつか作成して公開していますが、その効果については検証済みのものもあれば、検証中のものもあります。ツール方向性については、セルフケアの支援だけではなく、エンターテインメントとしても楽しんでいただくツールも重要だと考えています。
──先生の開発されているセルフケアツールについて教えていただけますか?
高木講師:解決志向短期療法に基づく「※解決志向ワークシート」や、ユーザーが日々の出来事を書き記し、特定のキャラクターから褒めてもらえる「※褒められダイアリー」などのツールがあります。これらのツールは、ユーザーが自分の考えや経験を言語化し、それに基づいてポジティブなフィードバックを受けることができます。これにより、自己反省や自己理解を深める機会を提供します。ぜひ、活用してみてくださいね。
※リンク先のページの読み込みに時間がかかることがございます。
Wellulu編集後記:
東北福祉大学の高木先生による「家族心理学・セルフケア」の研究は、私たちの日常に深く根差したテーマを掘り下げています。理想的な家族環境の構築には、勢力、結びつき、開放性の3つの要素が不可欠であること、コロナ禍による家庭内の変化は、これらの要素に新たな課題をもたらしていることなど、お話を聞いて勉強になる部分も多かったです。また、セルフケアの方法として「解決志向短期療法」を提案しています。このアプローチは、理想の状態を明確にし、小さな進歩を見逃さないことで、ポジティブな変化を促すものです。家族問題の悩みだけでなく、職場や友人といった外部コミュニティとの関わりにおいても参考になると思います。
公認心理師、臨床心理士。東北大学教育学部卒業、同大学大学院博士課程後期を修了。博士(教育学)。2020年3月東北大学総長賞受賞。東北福祉大学総合福祉学部福祉心理学科助教を経て、2023年より現職。専門は臨床心理学、家族心理学。近著では『こころの健康度を高めるセルフケアツール開発』(慶應義塾大学出版会)がある。これまで、解決志向短期療法に基づくセルフケアツールの開発を行い、効果検証の研究に取り組んできた。近年は、自然言語処理の技術を応用して、フィードバック機能を伴うセルフケアツールを開発し、その効果の検証を行っている。