
生活様式の変化により、私たちの体を動かす機会は年々減少している。「運動器機能」は骨や筋肉、関節など体を動かすために必要な部分の総称で、その低下は日常生活だけでなく健康寿命にも大きな影響を及ぼす。今回は医療用品メーカー「ダイヤ工業」の飯塚さんに、運動器機能の重要性や、子どもから高齢者までが健康に過ごすためのポイントについて伺った。

飯塚 智之さん
メディカル部門 Division Manager
本記事のリリース情報
ウェルビーイングを追求する人に向けたWebメディア「Wellulu」にて体験インタビュー取材を受けました
運動器機能とは?現在だけでなく将来の健康な体を作る基本要素
なぜ今、運動器機能に注目が集まるのか
──まずは運動器機能について、基本的なことを教えていただけますか?
飯塚さん:運動器機能とは、骨、筋肉、関節、腱といった、人が体を動かすために必要な部分の総称です。これらが連携して働くことで、人間らしい動作が可能になります。生活の中で体を動かす機会が減少している現代では、この運動器機能の低下が健康寿命に大きく影響を及ぼすことが指摘されています。
──運動器機能が衰えることで、人間の身体にとってどのような影響があるのでしょうか。
飯塚さん:運動器機能は人間らしい動作という部分に直結しています。そのため、運動器機能の衰えは、身体の痛みや動きの制限が生じることにつながるのです。通勤や家事といった日常生活を困難にする、仕事に支障をきたす、高齢になると、自立した生活が難しくなり、介護が必要になるケースも増えてしまいます。
運動器機能の衰えは、人間が健康に生きられる寿命を短くし、「人間が人間らしく最後まで生きる」ことが難しくなってしまうほど、身体にとって影響を及ぼすのです。
──実際に、日常生活で運動不足を痛感することが多くあります…。どのような生活様式の変化が、運動器機能の衰えに影響を与えているのでしょうか。
飯塚さん:現代の生活は非常に便利になった分、体を動かす機会が減ってきています。昔は、掃除をする際には腕や腰を使い、洗濯物を干す際には手を高く上げる動作が必要だったため、家事を行う中で自然と体を動かしていました。しかし現代では、ロボット掃除機や乾燥機の普及などといった家事の自動化で、体を動かす機会が大幅に減っています。
また、家事だけでなく和式トイレの減少によっても、運動器機能の衰えに影響を与えていると考えられています。和式トイレを使う動作は、自然と股関節や膝を深く曲げ、足首を柔軟に保つ運動になっていました。これがなくなったことで、しゃがみ込みが苦手な人が増え、股関節や膝関節の可動域が狭くなってきているのです。
子どもの場合は、外で遊ぶ場所の減少やゲームの長時間利用によって、関節の柔軟性や運動量の低下、姿勢の歪みなどが問題になっているといえます。
年齢による運動器の衰えと課題
──年齢によって、運動器機能の衰えは進行していきますか?
飯塚さん:年齢だけではなく、普段の運動量なども運動器機能の衰えに大きく関係します。しかしその中でも、運動器機能のターニングポイントとしてよく挙げられるのは「50代」です。理学療法士の先生に伺ったところ、50代頃から上肢、つまり腕や肩周りの筋肉量が減少し始めるとおっしゃっていました。その後、体幹部の筋力が徐々に低下していくことで、姿勢の維持が難しくなったり、バランスを崩したりしやすくなるようです。
──年齢別に、特に運動器機能の衰えが課題となる部位があれば、教えてください。
飯塚さん:子どもについては、全体的な筋力の低下が見られますね。特に遊びの環境が変わったことも影響していると考えられますが、体幹が弱い子どもが増えている傾向です。
一方で、早い段階から専門的なスポーツのみを日常的に行っている子どもたちには、別の課題があります。特定の動きには優れていても、それ以外の基礎的な運動能力が低い場合があるのです。たとえば、サッカーは得意でも、転んだときの受け身がうまく取れず、手首や肘を怪我してしまうといったケースが見られます。
──大人から高齢者の場合は、どのような運動器機能の衰えが課題になりますか?
飯塚さん:大人の場合は、全体的な筋力や体幹・柔軟性が課題になりがちです。日常生活で身体を使う機会が減ったことに加えて、デスクワークや在宅ワークの普及により、筋肉量や柔軟性の減少が加速している傾向にあります。50代を過ぎ、特に体幹の筋力が落ちてくると、腰痛や背中の丸まり、肩が上がらない、転倒のしやすさなど、日常生活に支障をきたすリスクが増えてきますね。
ご高齢になってくると、お尻や太ももといった下肢の筋力低下が課題となり、特に大腿四頭筋は全身の中でも早く低下すると言われています。大腿四頭筋とは歩行や立ち座りといった日常で基本となる動作に直結している筋肉です。
歩幅が狭くなる、歩行スピードが遅くなるといった変化が現れるため、日常生活に支障をきたしかねません。また、膝や腰に痛みを抱える方も増え、健康的な生活を送れなくなってしまいます。
──運動器機能の衰えを予防するためには、やはり日常的にバランスの取れた運動を心がけることが大切なのでしょうか。
飯塚さん:そうですね。年齢だけでなく、運動不足の人ほど機能の低下が早く、体に不調が現れやすいと言われています。基本的には運動を日常的に行っている人の方が筋力や柔軟性が衰えにくい傾向にあるため、日常的な運動はとても大切です。
運動器機能低下の評価、予防、向上のためにできること
運動器機能の低下に気づく方法
──運動器機能の低下は、自身で気付くことができるのでしょうか?
飯塚さん:運動器機能の低下は痛みやケガが起きてから気付く方も多いですが、このような症状が出る前から、いくつかの変化に気づけます。特にわかりやすいのは「以前はできていた動きができなくなった」という身体からのサインです。
ケガの影響などでできなくなったなどの事情がある場合は除いて、数年前はできていたのに今はできないという状態は、運動器機能の衰えが進んでいる状態だと考えて良いでしょう。
──日常生活の中でできる、運動器機能の簡単なセルフチェック方法はありますか?
飯塚さん:早期に運動器機能の低下を発見するには、日本整形外科学会の「ロコチェック」が便利です。次に記載するチェック項目の中で1つでも当てはまるものがある場合、運動器機能が低下している可能性が考えられます。
- 片脚立ちで靴下がはけない
- 家の中でつまずいたりすべったりする
- 手すりがないと階段を上がれない
- 家事の中でやや重い物を持ち上げるのがつらい(掃除機の使用、布団の上げ下ろしなど)
- 2kg程度の買い物をして持ち帰れない(1リットルの牛乳パック2個程度)
- 15分ほどの時間を続けて歩けない
- 横断歩道を青信号で渡りきれない
これらの動作は特別な道具を必要とせず、日常生活の中でも運動器機能のセルフチェックができる方法です。
──運動器機能の低下を確認するため、定期的にセルフチェックしたほうがよい項目はありますか?
飯塚さん:下肢の筋力や筋肉量は、身体のほかの部分に比べて減少し始める時期も早く、転倒やQOLの低下に直結しやすいため、定期的・優先的にチェックすべきです。
──運動器機能に関する専門的な評価が必要になるタイミングについてですが、痛みを感じてからが一般的なのでしょうか?それとももっと早い段階で受けるのが理想的ですか?
飯塚さん:そうですね、どうしても痛みが出てから専門家を訪れる方が多いですが、本来は痛くなる前にチェックを受けていただくのが理想です。痛みは、運動器機能の低下がかなり進行した段階で出てくる場合が多くなっています。痛みを感じるよりも前に、何かしらのサインに気づけると対応が早くできるため、状態を悪化させずに済む可能性が高まります。
柔道整復師の先生がいらっしゃるような、接骨院や整骨院といった運動器を専門的にケアしている機関に行くと、専門的なチェックをしていただけます。日常生活の中での違和感や動作の変化を見逃さず、早めに専門機関を訪ねていただきたいです。
──痛みがなくても違和感や動きの変化に注目するのが大切ですね。ダイヤ工業さまがおこなっている「bonbone check(ボンボーンチェック)」でも、運動器機能のチェックはできますか?
飯塚さん:はい、まさに「bonbone check」は、痛みが出る前の状態を知るためのツールとして活用いただけます。bonbone checkでは、握力や柔軟性、立ち座りなどの測定を通じて、運動器機能の状態を数値で把握できます。数値化することで、まだ自覚症状がない段階でも「少し弱ってきている」とわかり、適切な対策につなげられるでしょう。
運動器機能の低下を予防・向上するためにできること
──特に痛みが出てから運動器機能の低下に気付く方も多いというお話でしたが、痛みが出ないような予防が大切になってくるのでしょうか。
飯塚さん:これまでは「痛みが出てからの対応」が主流でしたが、痛みを抱えない状態を作ることが注目されてきています。弊社では、関節などのサポートをするような製品の提供で、少しでも患者さんが元気でいられるような仕組みづくりを目指して取り組みをおこなっています。
現状の製品としては、サポーターやコルセットといった身体にトラブルが発生してからのサポートがメインになっていますが、最近では予防に向けた動きが増えてきました。たとえば、運動をサポートするためのギアや、自宅で簡単にセルフケアができるトレーニング器具の開発・提供が進んでいます。
「違和感を感じる前」に、運動器機能の低下を予防するような心がけは、これからの時代において重要になってくるでしょう。
──運動器機能の低下を予防するためには、どのようなアプローチをするのが効果的なのでしょうか。
飯塚さん:当社は「日常生活の中で筋肉を鍛える」というアプローチを軸として進めており、運動器機能低下の予防に効果的だと考えています。継続した運動が運動器機能の低下の予防を期待できますが、やはり「運動は面倒くさい」という多くの方が共感する課題感が背景にあります。
私たち従業員自身も、年齢を重ねるにつれて運動の習慣化の難しさを実感しており、運動で運動器機能の低下を予防するというアプローチでは、効果につながりにくい可能性があるだろうと考えています。日常生活の中で、無理なく運動器機能を維持できる仕組みづくりが大切でしょう。
──日常生活の中で運動器機能を維持・向上させるために、どのような工夫ができますか?
飯塚さん:日常の中での本当にちょっとしたことが、運動器機能低下の予防につながります。たとえば、エレベーターではなく階段を使う、通勤時の移動で少し歩く距離を増やす、洗濯物を干す機会を少し多くし大げさに腕をあげてみるなどです。こうした取り組みは、特別な運動習慣を持つことが難しい人でも実践しやすいですね。いわゆる「ながらトレーニング」を意識して環境づくりを進めるのがおすすめです。
運動器機能低下の予防、健康づくりは、特別な時間や大掛かりな運動を必要とするものではありません。日常の中にちょっとした運動のきっかけを組み込めると、誰もが自然と体を動かすことができ、運動器機能の維持・向上につなげられるのではないでしょうか。
また、当社でも開発・販売を進めているような、日常の動きが筋肉に多くの負荷をかけるようなサポーター・関節の可動域を改善するためなどのアイテムを活用してみるのもよいかもしれません。
──日常生活で自然と負荷がかかる、正しく身体を使えるようになるのは、とてもよいですね!
飯塚さん:当社の取り組みとして、サポーターだけでなく、住宅メーカーと共同で取り組んだ「日常の中で自然と体を動かす仕組み」を取り入れた住宅開発のプロジェクトもあります。家の中にわざと少し段差を設けたり、階段の手すりを安定したものではなく柔らかく揺れる紐状のものにすることで、体幹や足腰を自然に鍛えられるようにしたものです。日常動作が運動の代わりになるようなアイデアを取り入れた住宅づくりを目指しました。
──家自体に日常生活と運動を組み合わせる仕組みを作るなんて、とてもユニークで素晴らしいアイデアです。
飯塚さん:ありがとうございます。この取り組みの背景には、やはり「日常生活の中で健康を維持する」ことの重要性があります。運動は特別な時間を設けなくても、日常的な動作の中に取り入れられるという考え方を、もっと広げていきたいです。
──日常生活に身体を動かす仕組みを取り入れる部分についてお伺いいたしましたが、子どもと高齢者の場合は、どのような点に気をつけるとよいでしょうか?
飯塚さん: 子どもの場合は、さまざまな動きを経験することが重要です。特定のスポーツだけでなく、鬼ごっこやジャングルジムなど、さまざまな遊びを通じて体を動かす機会を作ることが大切です。これにより、バランスの良い筋力・運動能力が育まれます。
ご高齢の方が運動器機能を維持するには「日常生活で体を動かすこと」と「コミュニケーション」の両方が重要です。近場の買い物は歩いて行く、目覚ましに軽い体操を取り入れるなどといった無理のない運動そのものも大切ですが、特にご高齢の方の場合、孤立してしまうと運動量が減り、さらに体力が低下する悪循環に陥りやすい傾向にあります。
──高齢者が運動器機能を維持するためには、孤立しない環境づくりも大切なのですね。
飯塚さん: 地域の体操教室やイベントなど、仲間と一緒に体を動かすことで、運動が継続しやすくなります。「今日は○○さんと約束しているから」という外出の良いきっかけとなり、自然と体を動かす機会が増えていきます。
地域のコミュニティなどでの運動は、一人で行うより、誰かと一緒に運動する方が長続きしやすい傾向があるため、まずは一度足を運んでみることもおすすめです。
子どもの「50年先の笑顔」のため、今わたしたちにできること
──ダイヤ工業さまのビジョンで「子どもが50年先も笑顔」と掲げられていますが、子どもが運動器機能を意識することは現在だけでなく将来にどのような影響を与えるのでしょうか?
飯塚さん:運動器機能は、一度低下してしまうと回復が難しくなります。特に子どもの頃の運動経験は、将来の体の使い方や怪我のしにくさにも大きく影響します。昨今、「子どものロコモ」や「子どものロコモティブ症候群」という言葉を耳にすることが増えています。ロコモティブシンドローム(運動器症候群)は一般的に中高年の問題として知られていますが、実は子どもにも同様の問題が見られ始めているのです。
たとえば、しゃがみ込みができない、手を挙げてもまっすぐ上がらないといった現象が増えています。現在は痛みや不調がなくても、筋力不足や柔軟性の低下により、捻挫や骨折がしやすくなったり、姿勢が悪くなることで慢性的な腰痛が起きたりするリスクになりかねません。
──大人になってから影響が出る可能性を考えると、子どものころに問題がなくても早めに運動器機能を意識する必要があるということですね。
飯塚さん:そのとおりです。現状では痛みなどは出ていなくても、子どもが運動器機能を意識することは、将来的な健康障害の予防に期待できます。できるだけ自立した生活を送り、50年後も健康に笑顔でいるためには、若いうち、ひいては子どものうちから運動器機能を意識した生活を心がけることが重要です。
──子どもの運動器機能を健全に育むために、家庭でできることは何でしょうか?
飯塚さん:運動発達の側面では、児童期の前半(7~10歳)とそれ以降で異なってきます。児童期前半では、軽い運動や遊びの中で、歩く、走る、ジャンプ、投げるといったさまざまな動きを取り入れ、基本的な運動を繰り返し行い、適切な運動神経回路を形成することが大切でしょう。
運動器機能の客観的な評価としては、文部科学省が毎年行っている「体力・運動能力調査」の体力テストの結果が参考になります。
児童期後半は、いわゆるゴールデンエイジと呼ばれる時期となり、より専門的な運動による技術の獲得に適しています。集団スポーツなどを通して、体力や筋力の向上と同時に、チームワークやリーダーシップといった精神的な成長を促すことも大切です。
──運動器機能の維持には、特別な運動だけでなく、日常生活の中での工夫が重要になるとのこと、大きな学びになりました。本日は貴重なお話をありがとうございました。
Wellulu編集後記:
運動器機能は私たちの生活の質に大きく関わっている一方で、その低下は気づきにくいものです。しかし、日常生活の中で意識的に体を動かしたり、定期的に体の状態をチェックしたりすることで、予防や改善は十分に可能となります。子どもの頃からの多様な運動経験、大人の継続的な体づくり、そして高齢者の社会的なつながりを通じた運動習慣。年齢に関係なく、楽しみながら体を動かせる環境づくりが、健康な未来への第一歩となるのではないでしょうか。
大学でバイオメカニクスを学び、動作解析によるサポーター評価をテーマに研究を実施。2004年にダイヤ工業に入社後、サポーターの開発を担当し、自身の経験を活かして研究部門を立ち上げました。科学的根拠に基づく製品評価を行い、開発・製品化を推進。その後、生産管理や営業も経験し、開発から生産、販売まで一貫して携わることで、多方面から事業に貢献しています。