
最高の素材と卓越した職人技で、美しさを極限まで引き出して作られる「ラッキーアンドカンパニー」のジュエリー。日常使いできるラインナップで若い女性を中心にファンを増やし続け、ジュエリーの魅力を体感できるオープンファクトリーは、山梨の観光スポットのひとつにもなっている。
創業88年、日本を代表する老舗ジュエリーメーカーの代表取締役社長を務めるのが望月直樹さん。リクルートで磨いたビジネスの手腕を活かし、OEM100%だった会社を自社ブランドの開発や小売り、越境EC、他社へのEC事業サポートなど、多角的に展開。常に目標を設定し、挑戦を重ねながら会社を成長させてきた。
今回の対談は、Wellulu編集長・堂上が今年から「ウェルビーイング共創学」教授としてゼミやプロジェクトを発足させている「経営情報イノベーション専門職大学(iU)」で開催。望月さんにこれまでの転機や気づき、ウェルビーイングな仕事術、そしてジュエリーとウェルビーイングの関係について話を伺った。

望月 直樹さん
株式会社ラッキーアンドカンパニー 代表取締役社長

堂上 研
株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu編集長
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。
“幸せな商品開発”の原点は、作り手のウェルビーイングにある
堂上:本日は、ウェルビーイングな生き方を体現されているラッキーアンドカンパニーの望月社長にお話を伺います。ジュエリーが人々にとってどんなウェルビーイングをもたらすのか、その点もぜひお聞かせください。
望月:よろしくお願いします。私は新卒でパソナ、その後リクルートに入社して、29歳で家業を継ぎました。もう20年程経ちますが、体感的には100日くらいに感じるほどあっという間でした。
先にジュエリーがなぜウェルビーイングにつながるのかという話をすると、たとえば結婚指輪を買うときって、これから結婚するふたりが幸せなのはもちろん、販売するスタッフも幸せな気持ちになるんですよね。それに、誕生日や記念日、自分へのご褒美など、特別なシーンで選ばれるジュエリーも、それ自体がウェルビーイングといえるほど“人々に幸福をもたらしてくれる存在”だと思っています。
堂上:わかります。キラキラと美しいジュエリーは、見ているだけで心が豊かになります。僕がウェルビーイングを探求する中でも、「肌がきれい」「ファッションを楽しめている」など、外見にまつわることで幸せを感じるという声はよく聞きます。ジュエリーはまさにそのひとつですね。
望月:そうなんです。最近は「自分買い」が増えていて、目標を達成したご褒美や、自分を励ますためにジュエリーを選ぶ人も多いです。一方で、贈り物としてのジュエリーは、「結婚しよう」「愛している」「ありがとう」という誰かの大切な想いに寄り添うもの。どちらも内面から幸せを実感するものだからこそ、作る私たち自身が幸せじゃないと良いものは生まれません。
まずは、私たち自身が楽しく働き、“幸せな商品開発”をしていく。今は「誰が、どんな想いで作っているか」が問われる時代です。だからこそ社員にも「自分たちが幸せであることの大切さ」を伝えています。
堂上:「幸せな商品開発」、まさに理想ですね。じつは、ジュエリーとウェルビーイングをテーマに、Welluluオリジナルジュエリーをラッキーアンドカンパニーさんにオーダーしたいと思っていたんです。今日のお話を聞いて、間違ってなかったと確信しました。
「価値あるものは売れる」。その信念が導いた経営改革とは
堂上:望月さんは社長就任後に、会社の仕組みを大きく改革されたそうですね。きっかけなどを教えてください。
望月:私はリクルート時代にマネジメントを学び、社員の育成にもある程度自信がありましたし、経営にも関心がありました。ただ正直、ジュエリーにはそれほど興味がなくて(笑)。でも、「どんなものでも売る」という自信はありました。シャーペンでもジュエリーでも、ものの価値をどう伝え、どう販売するかを考えることが好きでしたね。
ですから、定年を迎えた父に「家業を継がないか」と言われた時は、「社長としてすぐ経営に関われるならやる」と答え、入社して3カ月後で社長になったんです。
堂上:3カ月で社長に!? 社員のみなさんも驚かれたのではないですか?
望月:そうですね。でも昔から変な自信があって、この人と仕事したら上手くいく、とか、紹介すればきっと良い関係になる、といった直感みたいなものがあるんです。それが商談の成功にもつながっているんじゃないかと思います。
また、当時の会社は100%がBtoBで、小売店の商品を開発するのがメインだったのですが、自社で商品を開発して、新しい売り方を増やしていくことで、BtoBから徐々にBtoCも増えていく形になりました。
堂上:なるほど。それで、BtoCに転換されたんですね。思い切った決断です。
望月:父の代から働いてくれている職人さんたちには敬意があるので、ものづくりは彼らに任せました。そのうえで、リクルートでの経験や人脈を活かし、新規営業は私が担うようにしたんです。
堂上:とはいえ、そもそもジュエリーにあまり興味がなかったとのこと。ビジネスとして20年も続けるのは大変ではなかったですか?
望月:マーケティングや販売戦略を考えるのが楽しくて仕方なかったんです。たとえば「今年中に事業をここまで広げる」「数値目標はこれくらいに設定する」と計画を立てて、その達成にモチベーションを感じていました。あとは、手帳に「いつまでにどうなりたいか」を毎年書いてるんです。5年後、10年後のビジョンも含めて。それを一つずつ実現してきました。
堂上:素晴らしい習慣ですね! どなたかの影響ですか?
望月:特にはないですが、GMOの熊谷正寿さんも著書に書かれていました。これは本当に効果があるのでみなさんにおすすめしたいです。経営コンサルタントの大前研一さんの著書からも多く学びました。枠にとらわれず、誰もやっていないことをやる。右に行く人が多ければ、自分は左に行く。他の人がやらないことをする、そんな姿勢を大事にしてきました。
学びを力に変えて。変化を起こすリーダーの視点
堂上:実際に社長になられてから「あっという間だった」とお話しされていましたが、今は楽しいと感じられていますか?
望月:いやいや、めちゃくちゃ大変ですよ。社長なんてやらないほうがいい……っていうのは冗談ですが(笑)、仮説を立てて、それを自分の裁量で実行できるという点は、面白いところです。自分が諦めなければ、失敗にはならないと思っています。
たとえば新規事業が上手くいかなくても、それで諦めなければ失敗じゃない。会社は“生き物”ですから、今日売上が悪くても、来年や再来年には良くなっているかもしれない。決して、目の前の一日で物事は完結しないんです。
堂上:その視点、すごく前向きですね。少し話が戻りますが、僕も大前研一さんの影響を強く受けていまして。博報堂で「ミライの事業室」という新規事業を立ち上げた際、一番最初にお招きしたゲストが大前さんでした。
その後、ご縁があって講義を受ける機会もあったのですが、「変革を求める方法は3つしかない。『時間配分』を変える。『住む場所』を変える。『付き合う人』を変える」という言葉が心に残っています。望月さんは、まさにそれを実践してこられた印象です。
望月:そう言っていただけてうれしいです。私はリクルート時代に本当に多くを学ばせてもらいました。リクルートは、人と企業をつなぐ「編集」の会社。“どう伝えるか”という視点を徹底的に学んだことで、それが今のジュエリービジネスにも活かされています。
価格高騰の荒波に挑む。ジュエリービジネスの再構築と未来戦略
堂上:現在のジュエリー業界の状況についても教えてください。特有の難しさや課題はありますか?
望月:一番の課題は「地金の価格変動」ですね。現在、金は1gあたり15,000円ほどと非常に高くなっています。1gは1円玉ほどのサイズです。私が継いだ時は、1g3,800円でした。金そのものの価値があがっているため、その金を使ってデザインをし、商品を開発して、販売する単価に大きな影響を受けています。これは世界相場の影響を受けるため、在庫や価格の管理がとても難しい。現金をしっかり持っていないと、ビジネスとしては成立しにくい業界です。
堂上:そうした厳しい環境のなかで、望月さんは、独自の戦略を展開されていますよね。
望月:ジュエリーは、価格の高い素材に手間をかけて加工し、さらに販売員を介して売るという、ある意味とても非効率なビジネスなんです。だからこそ、社員には「自分が本当に欲しいと思うもの以外は作るな」と伝えています。
堂上:山梨のファクトリーにもお伺いしましたが、美しいジュエリーがずらっと並ぶショールームは圧巻でした。BtoBからBtoCに転換されたと伺いましたが、具体的にはどのような改革だったのでしょうか?

望月:以前はジュエリーブランドのOEMなどを中心とした、いわばメーカー専門でした。しかし、そこから自社のオリジナルブランドを立ち上げ、BtoCへと舵を切りました。
今でこそすっかり定着した「インフルエンサー」という言葉ですが、じつは2014年当時、アメブロのブロガーさんとコラボして伊勢丹新宿でポップアップを開催したのが、弊社にとって初めてのBtoC挑戦でした。1週間で何千万円を売り上げたんですが、当時は業界内でかなり批判されました。「メーカーが何やってんだ」と。
それでも、社名は言えませんが、いくつかの取引ブランドの社長さんが「一緒に市場を盛り上げよう」と言ってくださったんです。あれは会社にとって大きな転機でした。
堂上:僕ら広告会社の視点からすると、CMをつくって認知を広げ、商品を売るという「プロダクトアウト」型のマーケティングをやってしまう企業をよくみていましたが、望月さんのやり方は「マーケットイン」型ですよね。生活者の本音を起点に、事業をつくっているのがすごいです。
望月:私たちは「他社がやらないことをやる」を基本戦略としています。業界の常識に捉われず、他社がやらないことに果敢に挑戦していく。
堂上:新しい挑戦はリスクを伴いますが、それこそが経営の本質ともいえます。「リスクを取らないことが最大のリスクだ」という言葉もありますし。挑戦的な環境は、社員のウェルビーイングにもつながりますよね。新しい事業を立ち上げてイノベーションを生む、そういう土壌があることが、働きがいや生きがいにも直結すると思っています。
船をともに漕ぐ仲間を見極める、経営者の覚悟
望月:堂上さんと出会ってから、「ウェルビーイングとは何か」をより考えるようになりました。私にとっては、自己実現や目的達成がウェルビーイングですが、社員がみんな同じ考えとは限りません。数字に追われたくない人もいれば、自分のペースで仕事をしたい人もいる。そこのバランスをとることは大事ですね。
実際、社長に就任したばかりの頃、「僕と同じ船に乗れない人は降りてください」と伝え、15人ほどの社員が退職しました。厳しいように聞こえるかもしれませんが、互いの価値観を尊重し、本当に挑戦したい人と一緒に仕事をすることが大切だと思ったんです。
堂上:最近では「配属ガチャ」なんて言葉もありますが、合わない人と働くのは本当にストレスになりますよね。価値観が合わないなら、無理に続けないという選択肢があるのも健全だと思います。
でも、そんな厳しい決断もされてきた望月さんが、社員さんととてもフランクに接している姿を拝見して、温かい会社だなと思ったんですよ。
望月:私は誰に対しても同じように接するように心がけています。マイクロソフトのビル・ゲイツも「誰が顧客になるかわからない。すべての人をお客さんだと思って接するべきだ」と言っていますし、本当にその通りだと思っています。
堂上:いやあ〜、話を聞けば聞くほど、望月さんって人格者ですよね! 僕、運がいい人って話しているとわかるんですけど、望月さんはまさにそういう方だと感じました。運のいい人って、やっぱり行動するし、リスクを背負うし、挑戦しているんです。その力は、いつ頃から身についたんですか?
望月:リクルート時代の経験が大きいですが、学生時代からリーダーを任されることが多くて、「全員に好かれる必要はない」と思うようになりました。自分に素直に生きよう、と。
それと、「人間関係」は特に大切にしています。軽く知人同士を紹介するということはしないようにしていて、自分が本当に信用できる人しか紹介しない。その姿勢を貫くことで、より深い信頼関係が築けるようになっていきました。
「非効率」な領域にこそ、可能性は拡がっている
堂上:茨城のりこさんという詩人の『自分の感受性ぐらい』という大好きな詩集があるのですが、その中に「ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて」という一節があります。最後に、「自分の感受性ぐらい 自分で守れ ばかものよ」と続くんですね。上手くいかないことを他人や社会のせいにしてしまうときって、自分への“水やり”をサボっている場合が多いと僕は感じています。望月さんは、きちんと自分と対話して向き合っているからこそ、ウェルビーイングが実現できているのでしょうね。
望月:私は社員がミスをしたり、目標を達成できなかったりしても、基本的に責めることはないんですよ。他者や環境のせいにするのではなく、まず自分に原因があると考えるようにしているんです。業界によって浮き沈みはありますが、それはどこの社長でも私でも同じ。マーケットも、若者の感覚も常に変化しますからね。言い訳はできないし、そのなかでどう決断をするかがすべてだと思っています。
堂上:とはいえ、毎回決断の連続だと、心身ともに疲れてしまいませんか? 望月さんがご自身の身体という「資本」を健康な状態に保つために、習慣にしていることがあれば教えてください。
望月:睡眠ですね。毎日疲れ切って、21時には寝てしまうこともあります(笑)。あとは、行きたくない会合には行かない。会いたくない人には会わない。やはり同じ価値観や方向性を共有できる人と仕事をするほうが上手くいく、というのが社会人経験で得た結論なんですよ。今もまさにM&Aで、ある会社を買収しようとしているのですが、その際も「そこの会社や経営者がいい人かどうか」をものすごく重視しています。
堂上:よくわかります。やっぱり「人を見る目を養う」ことも大事ですよね。では、プライベートなお話になりますが、望月さんが「一番楽しい」と感じるのは、どんなときですか?
望月:やっぱり仕事ですね。最近だと、生成AIがすごく面白くて。今、シリコンバレーのAI企業とコラボレーションを進めているんです。ジュエリーとAIって、一見つながらなさそうですが、じつは革新的な可能性があります。
生成AIで、デザインや3Dデータ作成、サンプル製品の作成まで1カ月かかった時間が5分でできる時代がすぐそこまできています。そのほかには、顧客の購入履歴や、SNSでの好み、ライフスタイルなどのデータを分析することで、その人だけのユニークなジュエリーをデザインできる。いわゆる大量生産ではなく、一人ひとりに寄り添う“カスタマイズ”への転換を目指しています。
堂上:生成AIを取り入れる発想もそうですが、常に新しいことへ挑戦する姿勢や探究心はさすがです! では最後に、2050年、つまり25年後の未来の社会について、どのように展望されていますか?
望月:今よりもっと、場所や時間にとらわれない働き方や生活が当たり前になっていると思います。
そのなかで重要なのは、「自分の付加価値をどう作るか」。AIやテクノロジーが進化するほど、人間にしかできない“非効率なこと”の価値が高まるのではないでしょうか。それは農業やものづくりといった、人の手がかかる領域こそ、人間の可能性が宿るのではないかと。効率だけを追求する社会に、私はずっと違和感があって。むしろ「非効率」な領域にこそ、人間らしさや創造性がある気がしています。
堂上:時間にもっと余裕のある社会が実現しているかもしれませんね。仕事か家庭かという二択じゃなくて、もっとボーダーレスな生き方が当たり前になっているような、そんな未来も描けそうです。
望月:社会の仕組みはきっと変わっていくと思います。それをどう活用して、自分が好きなことを仕事にしていくか。それが、これからの課題なんじゃないかなと思います。
堂上:今日は望月さんならではの経営哲学に触れながら、ジュエリーとウェルビーイングの幸福な関係も深く掘り下げることができました。本当に学びの多い時間をありがとうございました!
堂上編集長 後記:
望月さんは、2/20に行われたECOTONE主催のイベントに来ていただいたときに、はじめてご挨拶をした。そこで、山梨に行きたい、と言うことだけお伝えしていたのだが、多分、望月さん的には社交辞令くらいにしか思っていなかっただろう。
2回目にお会いしたのが、僕が勝手に押しかけた山梨県甲府市だった。僕は勝手に行く日だけ、お伝えしていたのだが、1日で会いたい方とセッティングしてくださっていた。しかも、日帰りで山梨出張をさせて頂いた。
そして、この対談が3回目である。不思議と、昔から一緒に仕事をしていたかのような感覚で、昔から一緒に遊んでいたかのような気分になる。同い年というのもあるだろうけれど、勝手に親近感を感じている。
望月さんとは、新たなプロジェクトを立ち上げようと思う。お忙しい中、経営情報イノベーション専門職大学(iU)まで来ていただきありがとうございます。堂上ゼミの生徒たちもめちゃ楽しんでいました。
株式会社パソナを経て、株式会社リクルート・マーケティングソリューションDIVにて勤務した後、2004年より家業であるジュエリー会社を継ぎ現職。2020年から2023年まで一般社団法人日本ジュエリー協会副会長就任。早稲田大学大学院修了。趣味はゴルフ、トライアスロン。
https://j-lucky.co.jp/