「すべての⼈が『しあわせ』を感じられるインクルーシブで豊かな社会を共に創る」を企業ミッションに掲げる株式会社丸井グループ。
仕事を通じて「フロー」を体験できる組織をつくることで、働く社員一人ひとりの幸せを目指す企業文化の変革への取り組みは、「手挙げの文化」をはじめ、全社横断の「ウェルビーイング推進プロジェクト」などユニークで独自性がある。
今回は、取締役CWO(Chief Well-being Officer)である⼩島玲⼦⽒に、丸井グループのウェルビーイング経営に関する取り組みについて話を伺った。
ライフテーマの実現が「ウェルビーイング」だと語る小島CWO。企業で産業医として働く意味とは?
堂上:まずは、小島さんが産業医になろうと思ったきっかけを教えていただけますか。
小島:はい。私にはライフテーマがあって、それが「健康を通じた人、組織、社会の活性化」というものなんですね。共働きの両親を見て育ったので、働く人たちを支える医師になりたいと思ったことから産業医を志しました。
堂上:医学部を卒業されてからは、ずっと今のお仕事を?
小島:はい、そうです。医学部卒業後は、総合病院での2年間の臨床研修を経て、心療内科での外来診療を定期的に続けながら、大手メーカー専属の産業医を10年ほど務めていました。この仕事を続けて23年目になりますが、最初の数年はやはり不調がある人への対応や面談が中心でした。それも大事な仕事ではありますが、特に不調ではなく働いている人が多い企業組織に産業医が常勤する意味ってなんだろう? ということをずっと考えていたんです。
堂上:産業医の役割については少なからず疑問をお持ちだったというか、葛藤があったのですね。
小島:ええ。産業医としてもっと医学的なバックボーンを働く現場に役立てられないだろうか、元気で働くために医学的な知識がもっと応用できるんじゃないかと考えました。わかりやすい例でいえば、頭の回る睡眠のとり方や、食事の摂り方です。徹夜明けで仕事して全然頭が回らなかったり、ちゃんとごはんを食べていなくてイライラしていたり。それって、当たり前なんですよね。がむしゃらに仕事をして睡眠時間を削ってしまうなんて本末転倒です。
堂上:働く現場への医学的視点からのアプローチということですね。御社のHPで⻘井社長は「幸運だったのは、⼩島玲⼦先⽣という情熱的な産業医をお迎えできたことです」と語られています。丸井グループとはどんな出会いがあったのでしょうか。
小島:本当にご縁なんですけど、私が大学院を卒業したのが2010年で、ちょうど丸井グループが産業医を募集していて、翌年に入社したんですね。当時の専属産業医は私だけだったので、はじめは不調者との面談や、法律で定められている安全衛生委員会に出席するために首都圏すべての店舗を月1回訪問していました。その中で、店舗ごとで職場の雰囲気などに差があることに気づき、各店舗を横断的かつ客観的に見ることができる産業医としての私の立場ならではの見方ができるのではないかと思ったんです。そこで事業所ごとに感じた特徴をレポートにまとめ、月報に添えて提出することを1年ぐらい続けていたんですね。
堂上:素晴らしいですね! 現場に足を運んで見えてきたことや、産業医として社員との対話があるからこそ気づくことがあったわけですし。
小島:人事部長がそのレポートを人事担当役員に伝えたことから、社長の青井と面談の機会が設けられることになったんです。当時のことは今でもよく覚えています。青井はレポートをしばらく眺めたあと、しばらく無言でした。不安を感じていると、「小島先生の活動のゴールはなんですか?」という質問を受けたんです。それは自分が常に考えていることでもあったので、日頃のテーマである「健康を通じた人、組織、社会の活性化」を医学のバックボーンを通じて実現したいと伝えました。すると「自分も同じような方向性で考えている」という答えが返ってきました。
堂上:青井社長と小島さんの出会いは、グループ全体としてひとつの向かうべきゴールが見えたという意味でも、とても大きなことだったのだろうと感じます。
小島:さらに青井は「私は社員が『フロー』体験できる会社にしたいと思っている」とも話していました。こうして目的に向かって一緒に進んでいる状態は、私個人のウェルビーイングでもあります。
創造力を発揮させ、仕事を通じて「フロー」を体験できる組織をつくる
堂上:社長とのお話に挙がった「フロー」体験は、ウェルビーイング経営に関わる大きなキーワードでもあるのでしょうか。
小島:もともと私自身も研究いたことです。「フロー理論」とは世界的な心理学者のミハイ・チクセントミハイ氏が提唱した概念で、簡単にいうと主体的に物事に没頭している状態のことを指すのですが、人はフローを体験することで、最高の力を発揮することができるというものなんですね。
よくスポーツでいわれる「ゾーンに入る」というのもそれにあたります。没頭という言葉だけがクローズアップされがちですが、これは「脳にとっての休息」ともいえます。例えば集中しているときに雑音が消えるような感覚というのは、そのあいだは音を認識する領域の脳の活性が相対的に落ちていると考えられています。集中して頑張った割に、意外と疲れていないときってありませんか?
堂上:ありますね。それでいうと僕、毎日フロー状態みたいな感じです(笑)。
小島:毎日活力に満ち溢れているんですね(笑)。素晴らしいことです。産業医をする中や、以前、心療内科での外来診療をしていたときも、仕事がつらくて体調を崩す人もいれば、仕事を通じて生き生きしている人、両方見てきました。その違いは必ず人生の質に影響してくると思うんですよね。
堂上:本当におっしゃるとおりです。
小島:ただ、単に没頭して仕事をしましょうというところだけ伝わると、根性論みたいな受け取られ方になり兼ねません。フロー理論は膨大なフィールド研究から導かれた学術的な理論です。医師の立場からアカデミックな視点で伝えることは大切だと思っています。
「フロー」はその体験自体が「幸せ」をもたらすので、丸井グループでは「仕事を通じてフローを体験できる組織」をつくることで働く社員一人ひとりの幸せを目指していきたいと考えています。
堂上:産業医でもありCWOからのお話なので、すごく説得力がありますよね。ちなみにですが、「フロー」体験を意識するときのキーワードや具体的な例はどんなものがありますか?
小島:キーワードを挙げるとしたら、「能力と挑戦のバランス」「負荷とリラックスのゆらぎ」でしょうか。成長の原則も「ゆらぎ」がキーワードです。例えば、運動後の筋肉痛は、筋肉に負荷を掛けて筋繊維が炎症を起こしている状態です。その後に身体を休めることで筋肉が回復し、元の負荷よりも大きな負荷に適応できる状態になります。少し挑戦度合いが高めの物事に自ら主体的に挑戦し、負荷とリラックスのゆらぎをつくりながら成長できる組織にすることを目指しています。
丸井グループならではの「手挙げの文化」がイノベーションの創出を促す
堂上:そもそものお話なんですが、企業におけるウェルビーイングの位置付けというのは、どのように変わってきたとお考えですか?
小島:ウェルビーイングという言葉は、WHO(世界保健機関)の「健康の定義」として1947年のWHO憲章で採択された文言にも含まれており、昔からある言葉です。また読んで字のごとく、「良く在る状態」をさします。大量生産の時代には働く人が「良く在るかどうか」というよりも、生産性、経済性、効率性が社会の価値観の中心でした。モノを大量生産する時代から、働く人の創造性やイノベーションが求められるようになり、ウェルビーイングが重視されるようになってきたと思います。
堂上:丸井グループ全体としてのウェルビーイングへの意識の変化はいかがですか? 現在どのようなものに取り組まれていらっしゃるかの例も、いくつか紹介していただけると嬉しいです。
小島:丸井グループでは10年以上をかけて、「手挙げの文化」を浸透させてきました。当社では「従業員」という言葉は使わずに、必ず「社員」と言います。何かに「従う」わけではなく、自ら考え行動する人をさすからです。バブルの時代は、上意下達の企業風土でしたが、一人ひとりが自発的に考えて行動する意識に少しずつ変わってきました。
堂上:なるほど。小さな意識改革の積み重ねでもあるのですね。この10年間のあいだで取り組まれた例について、いくつか紹介していただけますか?
小島:当社では「お客さまのお役に立つために進化し続ける 人の成長=企業の成長」という経営理念のもと、人の成長を促進することで、企業価値の向上を目指しているんですね。「経営理念の制定」、「対話の文化」、「働き方改革」、「多様性の推進」、「手挙げの文化」、「グループ間職種変更異動」、「パフォーマンスとバリューの二軸評価」、「ウェルビーイング」といった8つの施策を同時並行で進めてきました。
堂上:そんなにたくさんの施策があるんですね。「手挙げの文化」はだいぶ浸透していると伺いましたが、社員の皆さんの意識も変化している実感はありますか?
小島:そうですね。毎月行っている中期経営推進会議をはじめ、新規事業や「グループ間職種変更異動」などもすべて手挙げ制で行っているのですが、昨年のデータでは自ら手を挙げて参画した社員の割合は全体の85%に達しました。
また、2016年から取り組んでいる「ウェルビーイング推進プロジェクト」には毎期約50人が参加してきました。多いときで応募倍率が5倍だったこともあります。一年間ごとの総入れ替え制なので、ウェルビーイングの伝道者がどんどん増えていくという仕組みにもなっています。
堂上:なるほど。伝道者となった人が自分の職場に持ち帰ることで広がるということですか。この手挙げの文化には、青井社長の意思も強く反映されていますよね。代表の方がウェルビーイングやヒューマンリソースに対してどのように向き合うかという姿勢は、とても重要なことだと感じます。
小島:同感です。丸井グループの場合、創造性が高い社員が新しいものを生み出してくれるという考えが根底にあるので、カルチャーそのものが経営戦略の一環なのです。
社員一人ひとりの成長に重きをおいた人事評価制度
堂上:人事評価制度の部分でいうと、先ほどお話に挙がっていた「パフォーマンスとバリューの二軸評価」は具体的にどのようなものでしょうか?
小島:2017年までは、個人のパフォーマンスを評価する制度だったのですが、「チームのパフォーマンス評価」と「個人のバリュー評価」の二軸評価へ、人事評価制度を刷新したのです。バリュー評価では、経営理念を行動に移す姿勢、働く姿勢や周囲との関係性などの、いわば人格的要素も問われます。これは、心理学的な言葉で言うと「適応的知性」というもので、仲間と協力して目標を達成する姿勢が評価されます。
中国の古い歴史書に「功ある者には禄を与えよ、徳ある者には地位を与えよ」という言葉がありますが、当社の制度もこの考え方で、チームのパフォーマンスは賞与に、個人のバリュー評価は昇進昇格に活かされます。また、この人事評価制度自体も単なるトップダウンではなく、延べ3000人ぐらいの社員が2年ぐらいかけて何度も議論を繰り返してできたものなんです。
堂上:まずは働く社員の方であり、人なんですね。新たな人事評価制度が社員の皆さんの対話によって生まれたものというのもすごいです。一人ひとりの働く姿勢が経営利益にもつながっていくわけですし、社員のウェルビーイングの実現という意味でも非常に重要ですね。
丸井グループでは柔軟なチャレンジをどんどんされていて、お話をお聞きしながらたいへん刺激を受けましたし、たくさんのヒントをいただきました。ありがとうございました。
〈後編〉はこちら
小島 玲子さん
丸井グループ 取締役上席執行役員CWO ウェルビーイング推進部長 専属産業医
堂上 研さん
Wellulu 編集部プロデューサー