思春期頃から男女ともに、多くの方が悩むニキビによる皮膚疾患。思春期ニキビから始まり、大人ニキビやストレスが原因のニキビまで、その原因はいくつかの種類に分かれると言われている。
今回はその中でも科学的根拠が乏しいストレス性ニキビについて、東京薬科大学薬学部生化学教室の佐藤 隆教授にお話を伺った。虎の門病院との共同研究で、不安度の高い患者さんほど、毛包内にストレスホルモンの代謝産物である「ノルメタネフリン」量が有意に高いことが明らかになった。
ストレスとニキビの関係性について、そしてその対処方法についてアドバイスをもらった。
佐藤 隆さん
東京薬科大学薬学部 生化学教室 教授
思春期ニキビ・大人ニキビ・ストレス性ニキビ、それぞれの原因は?
──佐藤先生、本日はよろしくお願いいたします。今回はストレス性のニキビについてお話をお伺いできればと思っています。
佐藤教授:よろしくお願いします。ストレス性のニキビについてお話する前に、まずお伝えしたいことがあります。
──はい。何でしょうか?
佐藤教授:多くの方が皮膚を単なる「皮膚」として捉えていると思いますが、実は皮膚は私たちの体の中でも非常に大切な「臓器」のひとつです。そのため私は、心臓や胃などの内臓の不調と同様に、肌荒れやニキビの症状に対して真剣に向き合った方がよいと考えています。特に男性は、肌の問題に対してあまり関心を持たない傾向にありますが、もっと皮膚は「臓器」であるという認識を持つことが重要です。
──皮膚は「臓器」のひとつ。考えたことなかったです。
佐藤教授:そうですよね。女性は日常のメイク、男性はヒゲ剃りなどによって、体の臓器に負の影響を与えています。そういった日々の生活で、私たちがどれだけ皮膚に負担をかけているかを見つめ直すことで、毎日のスキンケアも変わってくるはずです。
──ニキビができるのも、臓器の炎症ということですね。
佐藤教授:はい。そして10代から20代の約96%の人たちが一度はニキビになると言われています。これは非常に高い数字であり、多くの人々が思春期にニキビを経験していることを示しています。ひと昔前の世代では、ニキビは「青春のシンボル」として軽視されていましたが、現代では多くの人がニキビ跡に悩むようになっています。
特に中学生や高校生は、ニキビによって自分の外見にコンプレックスを持つこともあり、精神的にも悪影響を及ぼす可能性があると言われています。さらに、定期試験のストレスなどがニキビをより悪化させることもわかっています。ストレスがニキビの原因の約50%を占めていると報告した論文もあります。
──50%も!半分近くがストレスが原因なんですね。
佐藤教授:ニキビにおけるストレスの原因割合を正確な数字では言えませんが、重要なのは「ストレス」の定義です。人それぞれストレスの感じ方も違えば、捉え方も違います。ニキビは病気の一種ですが、そのニキビとストレスの関係を科学的に証明する必要がありました。
──ストレスが原因でニキビができる事実は知っていましたが、その根拠は確かに聞いたことなかったです。
佐藤教授:この点についての科学的根拠は、実はずっと不十分でした。私はニキビの研究を行いながら、特に基礎研究と臨床の間の橋渡しとなる研究に取り組んできました。多くの人々が経験するニキビとストレスの関連性について、その科学的根拠を明確にすることが、今回の研究に取り組んだ背景です。
──ストレスとニキビの関係性を聞く前に…、思春期ニキビと大人ニキビの違いについても教えてもらえますでしょうか?
佐藤教授:はい。思春期ニキビは、主に中学生や高校生など、体が急速に成長する時期に現れるものです。主な原因は男性ホルモンが皮脂の産生を増やすことで、顔のTゾーン・胸・背中など、皮脂腺が多い部位によく現れます。
一方、大人ニキビは大学生や20代以降の方によく見られます。このニキビの原因は乾燥が大きく関与していると考えられます。特に顔のUラインなどの部位は乾燥しやすく、毛穴が詰まる原因になります。さらに、女性はメイクやホルモンバランスの変化など、さまざまな要因が絡むため大人ニキビができやすくなるんです。
──ありがとうございます。続けてストレス性のニキビについても教えてください。
佐藤教授:ストレスは人それぞれ異なる形で影響を及ぼしますが、その背景にはホルモンや脳の反応が関わっています。ストレスを感じると体内でホルモンバランスが崩れることもあります。女性の場合は心理的ストレスがかかると内分泌系に影響を及ぼし、「エストロゲン」という女性ホルモンの減少がニキビの一因となります。
──エストロゲンが肌荒れの原因ということですか?
佐藤教授:原因のひとつと言えるでしょう。エストロゲンはコラーゲンの産生を促進する働きがあるため、このホルモンが低下すると肌荒れも起こりやすくなるんです。特に月経前にはエストロゲンが減少し、プロゲステロンが増加します。月経前に肌が荒れるという経験をしたことのある女性も多いと思います。
また、ストレスにより恐怖や緊張を感じると、血管が収縮し血流量が低下します。血流の低下によって栄養の供給が悪くなり、皮膚の老廃物の排出もうまくできなくなることがあります。
さらに、ニキビができたことを気にするあまり、さらなるストレスを感じるという負のスパイラルに陥ることもあります。ホルモンバランスや血流など、ストレス性ニキビにはいくつかの要素が関連しています。
──ニキビって、いろいろな原因が関係しているんですね。
毛包内の「ノルメタネフリン」量がストレスマーカーに
──ここからが本題なのですが、今回ニキビと心理的ストレスの関係性を解明するにあたって、どのような研究に取り組まれたのでしょうか?
佐藤教授:ストレスホルモンがニキビの発症や悪化に影響をあたえるという仮説を立てるところから、研究はスタートしました。具体的には、ストレスが原因で分泌されるホルモンが、ニキビの病巣部である毛包に存在し、ニキビを引き起こすのではないかと考えた訳です。
研究方法としては、まずニキビの患者さんにご協力いただき病巣部の毛穴の内容物を調べました。その内容物を解析し、ストレスホルモンが存在するかどうかを確認しました。特に注目したのは、カテコールアミンと呼ばれる神経伝達物質群、つまりアドレナリンやノルアドレナリンです。
これらの物質は体内で分解・代謝されますが、その代謝産物であるメタネフリンとノルメタネフリンも含めて調査しました。そして、これらのストレスホルモン及びその代謝産物が毛穴内に存在していることを確認できました。
この結果は、ストレスホルモンがニキビの発症や悪化に一定の関与をしているという私たちの仮説を支持するものであり、これまでに報告されていない新しい発見です。
──つまり、ストレスホルモンの代謝産物が影響していると?
佐藤教授:はい。さらにノルメタネフリンとメタネフリンの調査を続けると、ノルメタネフリンはストレスが高い患者において増加する傾向があることがわかりました。これにより、ニキビの患者のストレス度合いはノルメタネフリンの量で評価できるという結論を示しています。
ストレス性ニキビを予防するためのポイント
──ニキビの治療法や対処法についても知りたいのですが、どのようなアプローチが効果的なのでしょうか?特にストレスが影響するケースについて知りたいです。
佐藤教授:ニキビの治療には通常、皮膚の状態を改善するための外用薬や抗生物質などが用いられます。しかし、ストレスが影響している場合、肌だけでなくメンタルのストレスも考慮に入れる必要があります。私たちの研究でストレス度合いを科学的に評価する方法が解明できたため、ストレス度合いを客観的に測定した上で、それに応じたメンタルサポートを提供することが効果的だと考えています。
──ストレス性のニキビの場合、従来はどのような診断を行っていたのでしょうか?
佐藤教授:従来は、アンケート主体の診断方法でした。今回の研究内容をもとに科学的なデータに基づいた診断が行えるようになれば、治療のアプローチもより精確になると考えています。それぞれの患者さんに合った、よりパーソナライズされた治療プランを提供することも可能になります。患者さんのストレスを軽くするような対処方法が求められ、さらに包括的で効果的な治療ができるようになるかもしれません。
──ちなみに、自分たちで事前に対処できる方法はあるんですか?
佐藤教授:ストレス性のニキビに対する効果的な対処法としては、まず生活習慣の見直しが重要です。規則正しい生活を心がけ、バランスの良い食事、夜更かしをせず十分な睡眠を取ることが基本的なポイントです。加えて、心理的ストレスもニキビの悪化を招く可能性があるため、メンタルケアも重要です。あとは、1日2回の洗顔で皮脂を正しく洗い流すことも大切です。
──心理的ストレスというのは具体的にどういったことを意味するのでしょうか?
佐藤教授:心理的ストレスとは、仕事や人間関係、日常生活のプレッシャーなどが引き起こす精神的な負担を指します。このようなストレスがニキビを悪化させ、さらに肌の状態が悪くなることでストレスが増える、という悪循環に陥る可能性もあります。
今後の研究で、心理的なストレスとニキビの関連性についてさらに詳しく調査していく予定です。具体的には、ストレスレベルを客観的に測定できる生物学的指標を用いて、そのデータに基づいた診断法を開発する方向で進めています。これにより、より効果的な治療とストレスの軽減を同時に実現できるようになると期待しています。
──最後に、今後取り組む予定の研究について教えていただけますか?
佐藤教授:今後の研究では、ストレスとニキビ以外にも幅広いテーマを探究していきたいと考えています。特に注目しているのは、がん治療や腎移植治療に使用される薬物が引き起こす副作用としての皮膚障害です。予期せぬ皮膚障害は、患者さんのメンタルや生活の質(QOL)にも影響を与える可能性があります。これら薬物による副作用の発生メカニズムを解明し、それに基づいて新たな治療法や対策を開発することが、次の研究の一つの目的です。
──具体的にはどのようなアプローチを考えているのでしょうか?
佐藤教授:高齢者に関しては、特に皮膚の健康がQOLに大きな影響を与えると考えています。乾燥肌やその他の皮膚トラブルが高齢者のQOLを低下させる可能性があるため、これに対する新たな治療法やスキンケア商品の開発も進めています。具体的には、皮脂腺の活性化を促す化粧品や医薬品の研究開発を行い、高齢者の乾燥肌や乾燥からくるかゆみを治療、予防することで皮膚健康とQOLの向上に寄与することを目指しています。この研究は、高齢化社会においてますます重要になると考えています。
──本日はありがとうございました。
Wellulu編集後記:
今回の取材で先生がおっしゃっていた「皮膚は臓器のひとつ」という言葉が印象的でした。この言葉で、ニキビによる皮膚疾患に対する考え方も変わり、食生活や睡眠などライフスタイルの過ごし方も今まで以上に注意が大切だと感じました。
まだストレス性ニキビの治療法について検討段階ではあると思うのですが、精神面など内面からアプローチできる適切な方法が見つかればいいなと感じています。ストレスでニキビができる→ニキビができたことにストレスを感じる→さらにニキビが増えるといったサイクルに陥らないためにも、事前に皮膚と心のケアにしっかり取り組みたいなと思いました。
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